23部目
「手短に言おう。全てハズレだ」
中には、「ほらやっぱり」と思った人も多いだろう。
条件に当てはまる建物は、学校の外に確かに数軒存在した。しかし、どれもこれも怪しい箇所は見受けられず、午前中に救出とはならなかった。
「無論、この結果を伝えるためだけに諸君を召集した訳ではない。これを見てくれ」
スクリーンに普通の地図が映し出される。1回目作戦会議時の航空写真と比べて、建物の大きさが少し小さくなっている。
まち針を中心とした赤い円が出現しているあたり、嫌な予感しかしない。
「捜索範囲を、5メートルから2キロに変更する」
……嫌な予感、的中。
建物や区画が全体的に少し小さいのは、縮尺を変えたからだった。
生徒の中にも、捜査とはいえ嫌気のさした顔を露骨に表している人もいる。「やっても無駄じゃね?」と言わんばかりだ。
「しかし、さすがに2キロは広すぎる。そこで」
梅崎が一旦言葉を切ると、赤い円の中心にあるまち針とまた種類の違うまち針が、スクリーンに何個も出現した。
「我々の方で調べてきてほしい建物を、いくつかに絞った。割り振りは既に各担任に伝えた。各自指示に従うように。ではまた、10分後に校門前に集合だ」
……最初から、そうしてほしいものであった。
***
「ね〜〜〜ぇ、2キロって人何人分?」
「一応、1200人くらいです」
「もう人で考えるの止めね?」
呆れたというよりは、3人は気力を失っていた。
やったところで無駄足に終わる気しかしないのは、果たして3人の気のせいなのか。
「ほら、だらけないでやる気出して」
普段なら、そこで冥奈に加勢して叱咤する義明だが、今回ばかりは何も言わない。責任感が強いだけに文句こそ控えているが、気持ちの面では3人よりだ。割り切れなかったらしい。
「んで? どこやればいいんスか?」
ひとまず気持ちの整理がついたものの、口調がやや乱れ気味の忠。その姿に、仕方なしとばかりに冥奈はため息をつく。これ以上の説得の必要もないという、安堵の意味も込めて。
「方面はさっきと一緒。調べてほしい建物は8個。そこそこ離れてるから、そうだね、1人2個ずつ担当するのがいいかも」
地図を見ると、目的の建物は確かにまばらに存在している。先程のように2人組で捜索にあたると、少し時間がかかりそうだ。
「他にも、ちょっと怪しそうな建物があったら調べてもらえたらな〜、なんて」
僅かばかりの希望を込めて生徒を見る。一応言っておいたが、返事をしてくれないあたり、そんな余力はどこにもなさそうだ。
「……じゃ、集合場所に行こうか」
***
端的に結果だけを述べよう。全てハズレだった。
「ここまで収穫のない捜査なんて初めてだよ〜」
全力で気落ちしている智佳の独り言が、クラスの、ひいては全員の気持ちを的確に表していた。
瑠璃・義明・忠に至っては言葉を発することすら億劫なのか、普段の倍以上疲れきっている。
外から帰ってきてからの会話も、「どうだった?」「なかった」の類しかなく、会議室から戻ってきた今の状況がこれだ。
(どこにいるんだろう……)
と、考えるのは頭だけ。行動に移すには、あまりにも足が重すぎる。
近場にもない、遠出してもない、これでもっと遠方に行けばあるのだろうか。
(となるともう、根本が間違ってる、とか?)
「灯台下暗し」の「灯台」は「学校」ではなかった、という説。
仮にこの説が正解だったとしても、他に「灯台」となり得るものなど、瑠璃には見当もつかない。
(また振り出しか)
両手を受け皿にして、自分の机に突っ伏す。
「考えなきゃ」という義務感と「考えたくない」という無力感が、脳内でせめぎ合う。そのせいで何も考えられなくなっている自分が、なんか嫌だった。
「ん? 瑠璃どうしたの?」
その立ち上がり方は、今のこの空気にはあまりにも不釣り合いだった。
机に両手をついて肘を真っ直ぐに伸ばし、腰を素早く浮かせた反動で椅子が後ろに動く。脱力の延長線上にある緩慢な動きでもなければ、たかがトイレに行くためだけの動きでもない。
「ちょっと、お散歩してきます」
担任を待っているだけの時間が、生き地獄を味わっているかのように長い。あと少しで来るかもしれなくても、後で謝ればいい。学校の敷地内にいるのだから。
誰からの見送りや制止もなく、瑠璃はフラフラっと教室を出た。
階段を下り、玄関に着く。瑠璃独りしかいない、寂しい玄関だ。
なんとなく、礼羅の下駄箱を開けてみる。案の定、上履きが入っていた。
(他のもこうなっているのかな)
変な落胆を隠せず、無言で扉を閉める。ほんのちょっぴりだけ礼羅に謝らなくてはと、思わなくもなかった。
校舎の外に出る。少しの距離を隔てた正面が、すぐ校門だ。
敷地内から出ないという自分に課したルールや、上の階に行ってはいけないという規則を守るためにも、もう行ける場所といえば1つしかない。よって、足は自然にそちらを向く。
校舎の白い壁に沿って歩いていくと、あるところで一気に視界が開けてくる。そう、校舎よりも広い校舎裏だ。
巨大体育館とミニチュア東京ドームが、いきなり目に飛び込んでくるのにはまだ慣れない。来るたび圧倒されながらも、とりあえず外側をぐるっと一周しようと決め、進路を右に変えて道なりに歩いていく。
そよ風が揺らす葉の心地よい音だけがさざめく、平和的なある昼下がり。ほの暖かな日差しはまさにお散歩にうってつけで、ほぼ白色に見える薄灰色の舗装された真っ平らな地面が、靴底とよく馴染む。
頭の中が浄化されていくような感覚が快く、いい意味でお散歩中は何も考えないようにしようとふんわり思った。
いつもは入口しか見ない体育館。外見をこんなにじっくり見るのは初めてのことだった。「大きい」の一言で感想が尽きてしまうが、外装は凝ってなく、窓付きの箱という表現が一番的を射ている。しかも、それと全く同じものが4つも存在する。
見る目を楽しませるのではなく、どこまでも実用性を突き詰めた結果の代物だ。本当につまらない。
奥の突き当たりまで来た。振り返りざまに見えるのは、瑠璃から見て一番手前が第二体育館。奥が第四体育館。そして、第二体育館のすぐ横、つまり瑠璃から見て右手側にあるのが第一体育館。
第一体育館と第二体育館の間には当然舗装された道があるが、外周を歩くというあってないような目的からすれば、今回そこには要はない。
そのまま道なりに曲がってまっすぐ進む。第一体育館を通り過ぎてしばらくすると、未知の領域であるバトルドームが見えてくる。こちらも、体育館に負けず劣らずの大きさ。
体育館に比べたらデザイン性はある、といった印象だ。東京ドーム丸パクリ感が否めないが。
歩を進めるに連れて、砂利のチャリチャリとした軽やかな音が足裏から伝わってくるようで、耳障りがよい。外周に植えてある木々がいい具合に木陰を作り出し、少し涼しい。
3つ目の角を曲がってふと左を見ると、バトルドームの入口が目に入った。
お初にお目にかかるそれはよくあるタイプの両開きの扉で、大きめの銀色の取っ手が内側に2つついている。鍵穴もあるが、同時に取っ手と扉の隙間を通した、太い鎖の南京錠までついている。どこか物々しい。中に入れる日は、まだ先になりそうだ。
ちなみに、入口はその1つだけだった。
4つ目の角を曲がり終え、スタート地点に戻る。一旦立ち止まり、一息つきつつ軽く空を見上げると、心なしかスッキリした気分になっているのが自分でも分かった。悪くない散歩だった。
そのまま振り返らずに、校舎裏を立ち去る。
玄関を目にしただけでどんよりとしたものが思い出されるが、いつまでも現実逃避するわけにもいかない。
諦めて潔く、玄関のマットで靴裏の砂利を落とす。普段やり慣れていないため、どれくらいやればいいのか悩みながら、上履きをマットに強く擦り付ける。
(もうちょっと?)
上履きを脱いで確認し、履き直してはまた擦り付ける。校内に砂を持ち込むのはいけないと、瑠璃の良心が警告していた。
(爪で取ったほうが早いかなぁ? そもそもこんなことやってたっけ?)
そう思った瞬間、とてつもない違和感に襲われた。
バトルドームに近づいたのは初めてだが、体育館には毎日といっていいほどお世話になっている。
果たして自分は、クラスメイト達は、その帰りにこのような面倒なことをしていたか。
(何で私は、こんなことしようと思った?)
どこだ? どこでこんな砂利をつけてきた?
──そもそも、教職員も含めてほとんど上履きでしか行かない領域に、なぜそんなに砂利があった?
(これ……みんなに話すべき?)
全ての条件を満たし、全ての辻褄が合う仮説が、恐ろしいほど冴えきった脳内で急速にまとまる。
考えたくはないが、もしも、もしもこの仮説が当たっていたとしたら……。
今の今まで運が味方してくれていたことに、瑠璃は身の毛がよだった。




