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冷宝  作者: 霧宮 夢華
報告書2~稜鏡~
31/78

19部目

 「本当に……本当にすみませんっ!!」


 半ば、怒鳴り声に近い謝罪だった。


 震えていた。自責の念に駆られ、自分の力不足にやり場のない憤りを感じているようだった。

 そして、言い表し様のない恐怖に身を硬くしながら、どんな言葉で責められようと全てを受け入れる覚悟が垣間見えた。


「敗けたって……どういうことだ?」


 科学捜査班の主任らしき男性が、努めて冷静に状況を尋ねる。

責めるでもなく、現状を把握するために。

 しかしその顔には、「えっ、君が?」と書いてあるようだった。


「はい……あと少しで動画が落とせるところだったんですけど、向こうからホームページを消されました」


「じゃあ、途中までならデータはあるんだな?」


「いえ……全て盗られました」


 手掛かり、ゼロ。

 自分の失態を再度口にした男性は、一層真っ青になって「すみませんっ……!」と頭を下げた。


「……君の腕は聞いている。むしろ、よくここまで渡り合ってくれた」


 梅崎は男性の肩を優しくポンと叩くと、主任と顔を合わせた。


「化物級だ」

「そのようだな」


 彼は、班内随一のハッキング技術の持ち主だ。

 ただでさえ選りすぐりしか着任できない東志波の科学捜査班。一通り以上は出来て当り前の世界で、一番だと噂に至るまでがどれほど難しいか。さらに全員から認められるとなると……。


 一枚上手、なんて言葉じゃ済まされない。

 物どころか設計図さえ出回っていない装置を作り出したことからも、尋常でないほど機械に精通している人が敵にいることは間違いない。


 梅崎が、無線に手をかけた。


「全員、返事はしなくていいが聞いてくれ」


 ゆっくりと、穏やかに、簡潔に。


「敵に勘付かれた。だが、それは諸君のことではない。本当の意味で一発勝負となった。一層気を引き締めるように」


 そう言って無線を切り、静かに画面に目を映す。

 電車が行ったばっかりだったのか、乗車駅に人はそんなにいなかった。おそらく5班も電車に乗ったはずだ。

 GPSも変わらず移動中。どこまで乗って行くのだろうか。


「連絡なくてヒマ〜」


 これ以上の情報が漏れないよう、全員がかりで後始末に追われている科学捜査班や教師陣とは対照的に、GPSを見守ることしか出来ない生徒3人は変化のなさに暇を持て余す。決して、気を抜いているわけではない。


「智佳。声デカい」

「あっ、ゴメン」


 さすがの智佳も、この時ばかりは状況を読んで素直に謝った。

 窘めた忠も「気持ちは分かるけどな」と、智佳の発言を丸々否定はしなかった。忍耐力がないと言われればそれまでだが。


「にしても、結構乗ってるよな」


「瑠璃の乗ってる電車、急行じゃなかった?」


「確かそうだった。あれから20分も乗っている」


 義明が室内の壁時計に目をやる。


「そろそろ動きがあっても……『こちら2班』


 噂をすれば何とやら。義明の発言を遮って尾行班から無線で連絡が入った。

 待ち侘びていた変化なだけに、3人の反応は過敏だった。


『ターゲット、電車を降りて乗り換えるようです。指示を』

「乗り換え先のホームで4班のみ待機。その他は尾行続行」

『了解』


「乗り換え?」

「マジでどこ行くんだよ……」


 GPSの移動速度が格段に下がる。というより、静止した。

 監視カメラ映像が、出発駅から降車駅の映像に切り替わる。なかなか大規模で広い駅だ。階段やエスカレーターをひたすら下っているところから、地下鉄に乗り換えるのだろう。相変わらず、自然に見える不自然な様子で、一定のリズムを崩さずに歩いていた。


『こちら4班。乗車を目視。駅で待機します』

『こちら3班。遠目にてターゲット監視中』

「了解だ。引き続き頼む」


『こちら5班。電車から降りました。4班と合流しますか?』


 最初の駅に置き去りにされた5班からの突然の連絡。

 内容が内容というのもあり、違う指示を用意していた梅崎は一瞬返事が遅れた。


「追いついたのか?」


 それもそのはず。急行で20分以上の場所に、置き去りメンバーがたったの数分違いで到着してしまったからだ。

 このことを見込んで、梅崎は「帰還」の指示を用意していたのだが……。


『二本後が特急だったので、それに乗ったら思ったより早く着きました』


「そういうことか……」


 ハッキング騒動でバタバタしていたため他のことを気にかける余裕などなかったが、5班は自己判断で早く追いつく方を選択した。それが今後の捜査にどう響いてくるかはさておき、人数を減らすことなく尾行が続けられる。


「4班、あとどれくらいで次の電車が来る?」

『えっと……3分後です』

「相互に連絡を取り合い、至急合流」

『『了解』』


「……地下まで結構歩いてたよな? 3分で間に合うのか?」

「間に合うだろ。上位クラスだぜ?」


 一応心配してみたものの、義明も上位クラスの失敗は疑っていなかった。全力疾走であの距離3分以内は、もしそこにいるのが自分達だとしても間に合うミッションだ。

 ただ自分達では、万が一敵の監視があったとき、そうでなくても全力疾走したら周囲から奇異の目を向けられてしまうことが容易に想像できた。目立たないように走ることも出来なくはないが、技術的には上位クラスの方が遥かに上手い。


「走ってる様子とか見らんないかなぁ……」


「これ以上科捜班の人達の手を煩わせる気か」


「そうじゃないけど……でもヨッシーだって気にならない?」


「まぁ……ならないと言えば嘘になるが……」


 勿論、声を潜めての会話である。

 見取り稽古ではないが、上位クラスの動きは見ているだけで得られるものも多い。参考にしかならないかもしれないが、実践で使える引き出しは多いに越したことはない。盗んででも吸収すべき技術はまだまだ沢山ある。


「ヨッシーが智佳にやりこめられてる」


「なっ……! これは決して……」


「へへーん。ヨッシーに勝った〜」


「調子に乗るな!!」


『こちら3班』


 得意気にピースサインを押し出す智佳の様子に、今にも激昂しそうな義明。明らかに忠のいじりが炎上のきっかけだが、いいタイミングで無線が入ったので、義明の一人負けという結果はうやむやになった。

 切り替わった画面に3人は目を移す。映し出されるは、駅のホームに姿を現した操られた同級生。


『ターゲット、電車を降りました』

「乗り換えは?」

『いえ、この駅の路線は1つだけです』

「なら、ここが目的地か。4班、次の電車は?」

『もうすぐ来ます。5班とは合流済みです』

「そこから3駅後だ。着き次第連絡を取り合い、他の尾行班と直ちに合流せよ」

『了解』


「なぁ……地下鉄って、基本一つの出口につき一本道、だよな?」


「大勢で尾行したら確実にバレるな」


「大丈夫。ちゃんとやり方があるから」


 その疑問に答えてくれるのは、後始末地獄からやっとのことで解放された冥奈。声音一つ振る舞い一つとっても、疲れを微塵も感じさせないあたり、流石といえる。


「こういう地下鉄のときの尾行だけど、後をつけるのは多くて一班のみ。他の班は別出口から先に出て、落ち合うのが東志波ウチのやり方」


「それって連絡こまめにとらなきゃだから、逆に後ろざわつきません? 地下鉄の階段とかって意外に響くし」


「そう。だから、駅内での連絡は出口名を伝えて終わり。その後の連絡は全部外。でも、大体先に他の班がその出口付近に待機してるって感じかな」


 何でも授業のネタになる。3人は真剣な面持ちで、時折質問を挟みながら冥奈の講義に耳を傾けていた。監視そっちのけで。


「ほら、そろそろ外に出るんじゃない?」


 冥奈に促され映像内の瑠璃を見ると、ほんのりと太陽光が差していることの表れなのか、顔の映りが明るい。出口が近い証拠である。


 もどかしいくらいの速さで階段を上っていく瑠璃。きっとすぐ後にいる尾行班の人達も、焦れったく思っているに違いない。

 陽の差し込み具合が、顔から上半身、膝上、膝下、足元と、徐々に照らす面積を大きくしている。確実に、地上に近づいている。

 一歩、また一歩、見事以外の言葉が見つからないほど、崩れの無い規則正しいリズム。しかしカウントダウンと呼ぶにはあまりにも遅く、言い表し様のない苛立ちしか募らせない。


 最後の一段を上る。映し出されるは暗い階段と瑠璃の後ろ姿。

 前へ進む。一歩。二歩。


 ──監視カメラ映像が、切り替わる。


「礼羅……凄いな」


 そこには、瑠璃と一緒に都庁も映し出されていた。

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