二十八歳、芽生える絆
魔法少女の息がかかった病院に内納侑巳と阿賀谷紗奈は入院していた。
侑巳は久我の応急処置により大怪我はしたものの数日で完治すると診断された。
紗奈は検査入院で一日だけの入院となっている。
二人は六人部屋に二人で入院している。
侑巳は一人暮らしの為、家族に入院をしている事を伝えていない。
紗奈は友達の家に泊まると言って入院をしている。
魔法少女は基本的に表世界で公にならないよう活動している為、家族にも出来るだけ知らせないのが暗黙の了解となっている。
万が一バレたとしても、魔力関係のことは記憶に残らないのでコスプレが趣味と思われるだけですのだ。
日曜日の朝、侑巳が大怪我をしたと連絡を受けた巽八千代は、血相を変えて入院先の病院へ向かった。
侑巳と紗奈が入院している病室の扉が勢いよく開け放たれた。
「侑巳ちゃん!大丈夫!?」
走ってきたので、巽は息を切らしながら侑巳の元へ駆け寄った。
「あ、巽先輩、お見舞いに来てくれたんですね」
ベッドで横になっている侑巳は、点滴をしているだけで、包帯などは付けていなかった。
「当たり前でしょ。私は先輩なんだから、別に心配でいてもたってもいられなかったとかそういうのじゃないから」
巽は顔を赤らめて聞いてもないことまで言ってしまう。
「嬉しい。あー可愛なあもう!」
侑巳は巽を抱きしめて、巽の頭を自身の豊満な胸で包んだ。
「ちょっ……いきなりなにするの!」
「お見舞いに来てくれたのが嬉しくて、つい。それに八千代ちゃんが年相応に見えてなんだか凄く抱きしめたくなっちゃったの」
「や、八千代ちゃんって……巽先輩って呼びなさいよ……」
巽が小さな声で呼び方を訂正する。
「なにか言った?八千代ちゃん」
「あーもういいよ!いいです、八千代ちゃんでいいから!……って、なんで侑巳ちゃんが泣いてるの?」
先ほどまで笑顔だった侑巳の目は充血していて、その目からは涙が流れていた。
「本当に……嬉しくってね。私……前の職場で倒れた時、ずっと独りで、寂しくって……。八千代ちゃんが来てくれた時は本当に嬉しくって、安心した」
「侑巳ちゃん……」
今度は八千代が侑巳をそっと抱きしめた。
「今回はごめんね。私が守らないといけなかったのに。これからは私が守るから」
「私もこれから強くなるね、これからよろしくね、八千代ちゃん」
侑巳と八千代の間に絆が芽生えた瞬間だった。
「アツアツだね、紗奈」
「ちょっ、冷やかすのはよくないよ時野谷さん」
侑巳の向かいにあるベッドから千尋と紗奈の声が聞こえた。
「なっ!アンタらいつの間に!?」
八千代は侑巳を抱いていた手をパッと離して千尋たちの方へ向き直る。
「いつの間にって、巽が泣きそうな顔で駆け込んでくる前から私たちはここにいたから」
「え……嘘、でしょ?」
巽は信じられないといった表情で時野谷を見た。
「心配過ぎて周りが見えなかったのかな。巽がまさかあんなに後輩想いだったとはね。普段はおちゃらけてるくせに」
「時野谷さんよしなって。巽さんまた泣きそうだよ」
女子高生二人の攻撃を、元OLが止めに入った。
「二人共、八千代ちゃんはまだ中学生なんだから、いじめちゃだめですよ」
侑巳は女子高生二人を止めたはいいものの、その言葉が八千代にダメージを与えるということに気がつかなかった。
「中学生って言うなーー!それに私はちょっと言われたくらいで泣いたりしない!」
そのまま八千代は泣きべそをかいて出入口の扉に向かって走り出した。
しかし、扉を開けると人がいて、そのままぶつかって尻餅をついてしまう。
「うわっ!」
「きゃうっ!」
八千代がぶつかった相手は、メイド服姿の女性だった。
「痛いですー。まったく、病院では走らないで欲しいのです」
メイド服姿の女性はすっと立ち上がり、ぶつかってきた八千代の方に視線を向ける。
「あれ、八千代さんじゃないですか」
八千代は自分の名前を呼ばれてメイド服姿の女性の顔を見るが、覚えがないので戸惑っていた。
「そ、そうですけど……」
「これから連絡事項を話すので病室に戻るのですよ」
そういってメイド服姿の女性は八千代を立ち上がらせ、病室の中へと入ってきた。
すると千尋は面識があったようで、メイド服姿の女性に話し掛けた。
「野上さん、能登さんの屋敷ではお世話になりました」
「いえいえ」
野上詩頼、能登美姫のメイドで魔法少女。
千尋が以前能登家で修行をしていた時に何度か顔を合わせていた。
「メイドさんだ!本物ですよね!?初めて見ましたよ私!可愛いですね!」
侑巳は久我に助けてもらっていたが、気を失っていたので、野上詩頼が初のメイドさんという訳だ。
「どうもありがとうです。ではお初の方もいるので自己紹介をします。野上詩頼です。能登美姫親衛隊兼魔法少女兼メイドをしてるのです」
「美姫さんの……メイドさん……。さ、先ほどはご無礼を、その、えっと、許してください、ごめんなさいでした」
先ほどぶつかった相手が美姫の関係者と判明し、心臓がバクバクの八千代は、緊張のあまり変な謝り方をしてしまった。
「病院では走らないのですよ」
詩頼は笑顔で八千代を許してあげた。
「それで、連絡事項なのですが、二つあります」
詩頼は指を二つ立てて、説明を始めた。
一つは朱通茉莉の容態について。
朱通茉莉はナイトメアとの交戦中に何らかの影響で身体が縮んでしまったこと。外傷などはなく、自宅で待機しているとのことだった。
もう一つは、八千代と千尋に魔法少女協会に行って今回のことを伝えて欲しいとのこと。
「なんで私が巽と一緒に行かないと行けないんですか、いやですよ」
「わ、私も時野谷と一緒なんていやなんですけど」
八千代と千尋は本気で嫌そうな顔をして互いを指さして抗議した。
「美姫様からの命令です。お二人に拒否権は無いのですよ」
埼玉代表、美姫の命令とあれば断れない。
諦めた八千代と千尋は、具体的な内容を聞くことにした。
「で、私たちは魔法少女協会へ何をしに行くんですか?連絡だけなら電話でいいんじゃ……」
「まず、魔法少女協会って、どこにあるんですか?」
「では順に説明をします。まず、魔法少女協会は、基本的に外部との連絡が出来ないようになっています。反対に、協会からは連絡がくるので、一方通行という訳なのです。そして魔法少女協会の場所ですが、東京のとある離島にあります。ですので、二人には美姫様が用意した個人船でその離島まで向かってもらいます」
「離島って、それ何時間かかるんですか」
「日帰りは無理、とだけ言っておくのです」
すると詩頼は鞄からA4サイズの封筒を取り出した。
「この封筒を離島にある魔法少女協会に届けて欲しいのです。行き方は後でメールで知らせるのですよ」
こうして八千代と千尋のギスギス先輩後輩コンビは、離島の魔法少女協会を目指すこととなった。