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憑いてる。  作者: 受験孔明
観測者たち
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32/82

第32話 伸びる理由

 模試の成績表を見るたび、将太の胸には小さな引っ掛かりが残った。


 自己最高順位。


 嬉しい。


 けれど。


 これは本当に、自分で取った点なのか。


「また見てる」


 隣で悠真が言った。


「何を」


「成績表。今日だけで四回目」


「数えてんの?」


「目に入るから」


 冬期講習の開始前。悠真はもう、昨日返された数学の解き直しを始めていた。


「急に点が上がったら、どう思う?」


「嬉しい」


「それだけ?」


「理由を調べる」


「普通、もっと余韻に浸らん?」


「浸っても次の点は上がらない」


「出た。正論」


 悠真は将太の成績表を受け取り、答案と見比べた。


「数学は途中式が増えた。英語は空欄が減った。国語は最後まで解いてる」


「それは分かってる」


「なら、上がる理由あるじゃん」


「でも、考える時間が人より長かったら?」


「時間が増えても、知らないことは解けないよ」


 悠真はあっさり答えた。


「単語を知らなければ英語は読めない。公式を知らなければ数学も解けない。時間があっても、できることがなければ何も増えない」


 その瞬間、答案から白い線が伸びた。


 解き直しノートへ。


 単語帳へ。


 時間配分を書いた付箋へ。


 線はすべて将太自身へ戻っている。


 空席には一本も届いていない。


 誰かにもらった点ではない。


 観測地図は、そう示していた。


「……そっか」


「納得した?」


「ちょっと」


 悠真の背後で、羽扇の老人だけが将太を見ていた。


 正確には。


 白い線の途切れた先にある、将太の空席を。


     ◇


 数学の演習が始まった。


 残り十二分。


 将太は解けずに飛ばした図形問題へ戻る。


 補助線が浮かばない。


 その時、音が消えた。


 鉛筆も、時計も、講師の足音も止まる。


 停止世界。


 将太は反射的に問題を見た。


 ここなら、いくらでも考えられる。


『やめろ』


 三成の声だった。


「何で」


『ここは答案を作る場所ではない』


「でも時間は止まってる」


『時計が止まっているだけだ。お前の脳は動いている』


 三成は冷たく言った。


『ここで一時間考えれば、お前は一時間分疲れる。明日使うはずの思考を先に使っているだけだ』


 将太は、最近の頭痛と眠気を思い出した。


「じゃあ、どうやって戻る」


『答えを探すのをやめろ』


「無理だろ」


『なら、ここに残れ』


 将太は問題用紙を見る。


 あと少しで解けそうだった。


 けれど、ここで取った一問を自分の点だと思えるのか。


 シャープペンを置く。


 目を閉じる。


 答えを手放した瞬間、教室の音が戻った。


 時計は一秒も進んでいない。


 将太は現実の十二分でもう一度考えた。


 補助線を引く。


 消す。


 前の小問へ戻る。


 条件を拾い直す。


 残り三分。


 式がつながった。


 終了の合図と同時に、最後の数字を書く。


 正解かは分からない。


 それでも今回は、自分で解いたと言えた。


     ◇


 休み時間。


 心陽の席は空いていた。


「気分悪いって、さっき出ていったよ」


 近くの女子が教えてくれた。


 将太には、心陽の机から伸びる白い線が見えた。


 線は保健室へ向かっていない。


 壁を抜け、白い霧の中へ続いている。


 その上に黒い文字が浮かんだ。


『第二観測点 同期開始』


 続いて。


『接続まで、あと一日』


「明日、何が起きる」


 三成が現れた。


『分からん』


「嘘つけ。知ってる顔だろ」


『知っているのではない』


 三成は心陽の空席を見つめた。


『一度、見たことがあるだけだ』


 いつもの皮肉はなかった。


 その目にあったのは。


 将太が初めて見る、後悔だった。

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