第30話 模試返却
## 第三十話 模試返却
塾へ着くと、いつもより廊下が騒がしかった。
まだ授業までは少し時間がある。
それなのに、受付前には多くの生徒が集まっていた。
「返ってきた!」
「順位出てるぞ!」
「今回は難しかったらしい。」
そんな声が飛び交う。
将太はリュックを肩へ掛け直し、人だかりを見た。
「何だろ。」
後ろから悠真が歩いてくる。
「模試じゃない?」
「もう返却?」
「たぶん。」
二人は並んで教室へ向かった。
*
授業が始まると、講師は机の上へ厚い封筒を置いた。
「今日は全国模試を返す。」
一瞬で教室が静まり返る。
「点数だけ見るな。」
講師は教室を見渡した。
「何を落としたか。どうして落としたか。そこまで見て初めて模試の価値がある。」
封筒が順番に配られていく。
「綾小路。」
「はい。」
将太は封筒を受け取った。
紙一枚のはずなのに、妙に重く感じる。
隣では悠真もまだ開けていない。
二人は自然と顔を見合わせた。
「せーので開ける?」
将太が小声で言う。
悠真が少し笑った。
「いいよ。」
二人は同時に封を切った。
最初に数学を見る。
赤い丸が並んでいた。
最後の一問だけ、大きく斜線が引かれている。
「……よし。」
思わず声が漏れた。
自己最高だった。
次に英語。
国語。
どちらも前回より上がっている。
劇的ではない。
それでも確実に伸びていた。
最後に成績表を開く。
視線が止まる。
「……え。」
順位が大きく上がっていた。
七位。
塾内では初めて見る順位だった。
「どうだった?」
悠真が覗き込む。
将太は黙って成績表を差し出した。
悠真は一通り目を通し、小さく頷く。
「すごい。」
「俺もびっくりしてる。」
「数学だけじゃない。」
「全部少しずつ上がってる。」
「うん。」
「ちゃんと積み上げた結果だ。」
将太は苦笑する。
「みんな同じこと言う。」
「だって本当だから。」
「でもさ。」
将太は少しだけ視線を落とした。
「最近、何か変なんだ。」
「変?」
「問題を見ると、前より早く分かる。」
「勘?」
「いや……。」
将太は首を振る。
「説明できない。」
悠真はしばらく考え、小さく笑った。
「それでも考えたのは将太だろ。」
その言葉が、妙に胸へ残った。
*
休み時間。
廊下では模試の話で持ちきりだった。
「数学むずかった。」
「国語終わらんかった。」
「英語でやらかした。」
そんな声が飛び交う中、天堂が近づいてきた。
「七位。」
短く言う。
「早いな。」
「塾は狭い。」
天堂は順位表を見たまま言った。
「追いついてきたな。」
「まだ追いついてない。」
「そのくらいでいい。」
将太は笑う。
「何だそれ。」
「追われない相手は退屈だ。」
天堂らしい言葉だった。
「次は負けない。」
将太が言う。
「俺も負けない。」
二人は自然と笑った。
*
教室へ戻る途中、心陽とすれ違う。
「将太君。」
「お疲れ。」
「結果どうだった?」
「思ったより良かった。」
「そう。」
心陽は嬉しそうに笑う。
「頑張ってたもんね。」
「まあ。」
「でも、一回の結果で安心しちゃ駄目だよ。」
「分かってる。」
「勉強って、積み重ねだから。」
将太は成績表を見下ろす。
積み重ね。
その言葉は、不思議なくらいしっくりきた。
止まった世界があった。
白い駅もあった。
それでも。
毎日机へ向かったのは自分だ。
英単語を覚えた。
数学を解き直した。
国語を最後まで読み切る練習もした。
それは誰にも奪えない。
「ありがとう。」
将太が言うと、心陽は小さく頷いた。
*
夜。
部屋へ戻る。
制服を脱ぎ、成績表を机へ置いた。
「自己最高、か。」
嬉しい。
それは間違いない。
だが。
「本当に俺の力なのか。」
『疑う必要はない。』
静かな声がした。
窓際に石田三成が立っている。
「お前か。」
『努力なくして結果は出ぬ。』
「でも。」
『止まった世界で答えを覚えたか。』
「いや。」
『誰かがお前の手を動かしたか。』
「違う。」
『ならば、お前の力だ。』
将太は黙った。
三成は静かに続ける。
『ただし。』
『お前は今、人より多くのものを見始めた。』
「観測世界か。」
『ああ。』
『見るということは、見られるということでもある。』
その言葉に、将太は昨日の黒コートを思い出した。
「ダンニュク……。」
『名を知っただけだ。』
『まだ追うな。』
将太はゆっくり頷いた。
*
三成の姿が薄れていく。
部屋には静寂だけが残った。
将太は机の上を見る。
白い紙が一枚。
何も書かれていない。
そう思った次の瞬間。
黒い文字が、ゆっくりと滲み始めた。
**──観測開始。**
将太は息をのむ。
同時に。
カチリ。
時計の秒針が、一瞬だけ止まった。
そして何事もなかったように、再び時を刻み始める。
将太は白い紙を見つめたまま、動けなかった。
もう後戻りはできない。
そんな予感だけが、静かな部屋に残っていた。




