第3話 津軽海峡 冬景色
「わっきゃおもへこどがたげ好ぎなのだ。だはんで今回の企画立でだわげだよ」
夜のとばりが下りて辺りは暗くなっている頃、セイレーンの事務所にある居間のテレビにやすむたちは集まっていた。
社長の秋本美咲とマネージャーの岩佐康、営業の緒方真世とスタイリストで真世の妻である日高雄二が仲良くソファーに座っていた。
真世はきりっとした顔立ちでオールバックに顎髭を生やし、眼鏡をかけている。白いスーツに黒いシャツを着ていた。
雄二は金髪の黒ギャルで豊満な胸に黒いシックなワンピースを着ていた。実は真世はオナベで雄二はおねぇだ。美咲たちはまよさん、ゆうさんと呼んでいる。
テレビではジパングテレビのテレビホリデーを放送していた。先ほどの言葉は番組の主役であるシュガーとしおである。彼は津軽弁が特徴的な芸人だった。頭は禿げ上がっており、つぶらな瞳にちょび髭、おちょぼ口の面白い顔のおじさんだ。着ている服も白いトレーナーで大物芸能人には見えない。
だが見た目は50歳だが御年80歳の大ベテランである。50年前に漫才師としてデビューし、大人気を博した。もっとも相棒はぱっとせず、引退してしまったが、友人として今も交流しているそうだ。
30年前から舞台に凝っており、様々な舞台劇を成功させていた。40年前は様々な冠番組を持ち、お化け番組を何本も持っていたが、今は数本に落ち着いている。それでも芸能界では重鎮扱いされていた。
同じく80代にろっくタケシという芸人がいるが、こちらはどこかとんがった芸風が目立っていた。タケシは見た目が髭を生やしたヤクザに見えるが、問題は起こしていない。映画監督や俳優として活躍したことがあるが、60代を境に監督業は辞めて、俳優としてたまに出演する程度だ。
「確かこの企画はフジサンテレビとクリスタルエデンが主催でしたよね。企画は伊達賢治。世間では彼から企画を奪ったと言われてますよ」
アシスタントの猿山トムが質問した。彼はおサルのような顔立ちで、こちらも黒いジャンバーにジーンズといったラフな姿だ。シンガーソングライターとしても有名で、かつては冠番組を何本も持っていたが、歳のせいか現在は数を減らしていた。
その後ろにはレギュラー陣が並んで座っており、としおたちの話を黙って聞いていた。
「実は伊達がら押す付げらぃだ。ほら、フズサンテレビはわんつか問題起ごすたよね? 優勝賞金減らすてと向ごうがらしゃべらぃだのが気さ食わねがったようで、わさ押す付げだのだ」
「そりゃあ、ひどいですね」
トムは猿のように歯をむき出しにして笑い、右手で頭をぽりぽり掻いた。猿の仕草をするのが彼の芸風なのだ。としおの津軽弁は聞き取りずらいが、トムは長年の付き合いで理解していた。
「わならある程度無茶は通りますはんでね。もうすでに出場者ば募集すてますた。1000人ほどエントリーすてぎだね。そごがら6名選んだ」
「1000人!! そこに仙人がいたらひとりでも仙人ですね!!」
「それは優勝賞金は一億円だはんでね。みんな一攫千金目指すますじゃ」
一億と聞いてトムは目を見開いた。目と歯茎をむき出しにして驚く仕草をする。としおはあははと笑うばかりだ。
「ちなみにエントリー料は200万円だ。みんな必死になるのは当然だな」
「200万!! それはぼりすぎですよ!! 事務所では虎の子を差し出すようなものじゃないですか!!」
「そえでなぇば真剣にならねよ。ちなみに予選はわがやった。決勝さ出場するのは以下の6名だ」
そう言ってとしおはスタッフに促して、写真パネルが貼られたホワイトボードが出てきた。写真の下にはその人の役職が書かれたプレートが貼られている。
YASHIKI(超大物音楽プロデューサー)
五味秀一(悪役専任俳優・Mr.Scandal)
光坂桜(ティーネージャーのカリスマ配信者)
篠田林檎(元教師のトップ・オブ・怪談師)
香月透也(アイドルグループ、ライザーズのリーダー)
玄姫やすむ(人気動画配信者・男の娘)
「おや、玄姫やすむはセイレーン所属のタレントではありませんか。問題が起こりますよ?」
「問題どはなんだが?」
「セイレーンはあの業界の問題児、秋本美咲が運営する事務所ですよ。しかも30歳年上と結婚した泉香菜の先輩だそうです。そういう人を出すとこの大会に権威に瑕がつくと思いますが」
トムの言葉にとしおは目を見開き、激怒した。
「そったものは関係ね!! そもそもわりのは秋本美咲ではなぐ、今は亡ぎキツネ御殿の社長だ!! それにわも30年下のおなごと結婚すてわらすもいる!! 関係ねごど結び付げるな!!」
としおの怒りを身に浴びてトムはすっかり恐縮していた。すぐに頭を下げて反省した。
「ごめんなさい。私が軽率でした」
「わがぃばよろすい」
としおはそれに満足した。恐らくこの流れは台本通りだ。トムは普段差別的発言を忌み嫌う性格だ。恐らく業界で蔓延している秋本美咲を毛嫌いする空気を一掃するための芝居であろう。もっとも背後のレギュラー陣はそれを知らないのでおろおろしていた。
「ちなみに審査員は第2回優勝者の綺羅めぐるに、準優勝の西瓜亭羊、それど清田憲司だな」
「清田さんはフジサンテレビの社長ですよね!! うちに出演させていいんですか!!」
「むすろ忖度がねはんでいど思います。スピーチヒーローは春の特番で放送すますじゃ。皆さんお楽すみに」
そういってとしおは話を締めた。他にはスピーチヒーローの舞台は大きな箱で行うと告知して、チケット販売を宣伝した。さらに出場者のインタビュー映像も流れる。
次に21年間昏睡状態だった、元総理大臣の西山清志が政治家として復帰した話に移る。
☆
「ふぅ、緊張するなぁ。こうして告知されると胸がドキドキする」
「あんたのインタビューは面白いわね。自分で考えたの?」
「真世さんが書いてくれたんだよ」
やすむは紅茶を飲みながらつぶやいた。美咲が問い詰めるとやすむは否定する。
「当日の台本は俺が書いたよ。あとは本番まで待つだけだね」
真世はコーヒーを飲みながら言った。
「でも予選の時は大変だったわね。やすむちゃんに絡む馬鹿が出たんだもの」
「うん、すごく怖かった」
雄二が当時のことを思い出すように言った。それを聞いてやすむは身震いするような仕草をする。
予選自体はひと月前に行われていた。ジパングテレビで参加者が集められており、にぎわっていた。
200万という決して安くない金額を支払ったのは、優勝賞金だけでなくシュガーとしおと縁を作るためでもあった。80歳と高齢だがまだまだ芸能界に影響を及ぼす彼と繋がるのは、芸能人にとって死活問題だ。
やすむはなんとなく名前を知っている程度で、あまり緊張はしていなかった。審査は会議室で行われており、シュガーとしおと彼が主催する劇団さくら(シュガーとしおの本名は佐倉利男)の団員たちが審査を務めている。
5分間のスピーチに出てきた人間はげっそりとしていた。大物芸能人と顔を合わせる緊張感は並ではないからだ。
「なんだおかま野郎、なんでお前みたいなやつがここにいるんだよ?」
突如後ろから声をかけられた。振り向くとそこには男が一人立っていた。アフロヘアで日焼けした肌に、陰険そうな表情を浮かべている。金ぴかで派手な衣装を着ており、ビア樽のように太った腹をさらけ出していた。大馬鹿太というお笑い芸人で、シュガーとしおの番組にレギュラーとして出演していた。
「ここはお前みたいなおかまが来る場所じゃないんだ、さっさと消えろ!!」
「えっ、ええ!?」
「俺様はシュガーとしおさんに認められたんだ!! だから偉いんだよ!! お前みたいな男女はお呼びじゃないんだ、なぁみんな!!」
鹿太は怒鳴り散らしながら、周りに同意を求めた。だが誰も口にしない。関わり合いになりたくないからだ。
「ほらみろ、みんなお前なんか死ねって思っているんだよ!! だから出てけ!! 二度と人前に現れるな!!」
実際は何も言っていないのに、勝手に同意したと決めつけ、圧を強めていた。やすむは言葉の暴力に身をすくめていた。普段はキャラを作っているが本音は気弱な人間であった。
「わんつかいが?」
「あん、誰だよ!! 今いいところ―――」
後ろから肩を掴まれ、不機嫌そうに鹿太は振り向いた。するとそこにはシュガーとしおが立っていた。目は笑っていない。
「おめはそごさいる玄姫やすむに暴言吐いでいますたね。なすてだが?」
「決まっているでしょう!! こいつは人間のクズなんだ、だからあなたのために追い出す最中なんですよ!!」
「わがそったごどすて喜ぶ人間だど思ってあったのだが」
としおは淡々と告げるだけだが、底冷えする声であった。鹿太だけでなく、やすみや周囲の人間もその迫力に圧倒されていた。まるで彼の周りだけ氷河期になったような気分になり、寒気がしてくる。津軽海峡の冬景色が見えてきた。
「なにそった権限はねよ。玄姫さんに謝罪すてけへ」
「なぜですか!! あの馬鹿はここにふさわしくないんです!! なんで謝らないといけないんですか!! 私はあなたのためを想っているのですよ!!」
「このすっとこどっこいが!!」
それを聞いたとしおは一喝した。
「わば想ってらだど? それはでったらだ間違いだ。なっきゃわの名前利用すて威張り散らすてらだげに過ぎね。そったふとと関わり合いだぐね、エントリー料は返すはんで帰ってけへ!!」
そう言って警備員を呼び、鹿太を羽交い絞めにしてつまみ出した。
「なぜだ! 私は偉いんだぞ!! としおさんに認められた世界最強の存在なんだぞ!! この私にこのような狼藉をして生きていられると思うなよ!!」
流れ者の小唄のように鹿太は追い出された。周囲の人間はパチパチと拍手をする。としおはやすむの前に立ち頭を下げた。
「申す訳ねがった。彼はわの番組さ出演すていますたが、増長すてあったようだ。今後は控えるよう指導すます」
そう言ってとしおは謝罪した。大物芸能人とは思えないほどの腰の低さだ。
かえってやすむは恐縮する始末であった。
「私たちが花を摘みに行っている最中に、そんなことが起きていたとはうかつでした。やすむちゃんは怖がらせてごめんなさいね」
「ちなみに大馬鹿太は事務所を首になったよ。普段は温厚なとしおさんを怒らせたんだ。事務所はとしおさんを尊敬しているから余計大馬の行為はご立腹らしい」
雄二と真世がフルーツケーキを食べながら言った。
やすむは初めて出会ったとしおに尊敬の念を抱いた。あれこそ本物の芸能人だと思った。
「くっ、僕は美咲についていたから、お前を守れなかった!! すまない!!」
康はやすむに頭を下げる。やすむは慌てて謝らないでよと言ったが、真世たちの表情は暗い。
「康。なんでも自分のせいにする必要はない。私たちがいたんだからな」
「そうよ。もうじき新しいビルは完成するし、マネージャーたちも3人ほど増えるから、あなたの仕事の負担も減るわよ」
真世と雄二が慰めたが、康の顔は険しいままだ。彼は美咲も大切だが、やすむも同じように守ってあげなくてはならないと思っている。
「あんたはもう少し気を抜きなさいよ。そんなんじゃ息が詰まるわよ」
美咲も言ったが、康の顔は堅い。学生時代から康はそうだった。気が弱そうに見えて、実際は曲がったことは絶対に認めない男だった。もっとも事前に教師たちに根回しすることが多く、合理的に解決することがほとんどだった。教師たちは康を煙たがる一方で便利な人間だと重宝していたのである。
やすむもそうだが、康が無茶しすぎないか心配であった。
シュガーとしおは喜劇俳優の由利徹さんを意識しています。
猿山トムは所ジョージさんがモデルです。外見は猿岩石の有吉さんです。
大馬鹿太の外見はパパイヤ鈴木さんを意識しています。嫌味な人は実在の人をモデルにするわけにはいかず、変更しました。




