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【元素娘】~元素118種、擬人化してみた。聖メンデレーエフ女学院の元素化学魔法教室~  作者: 我破破
【1. 水素ちゃん】明るく元気いっぱいで、誰とでもすぐに打ち解けるムードメーカー。好奇心旺盛で新しいことが大好き。ちょっぴりドジ
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「アタシの輝きに興奮してる?」 ネオンちゃんが見つけた夜の理科室

 聖メンデーレフ魔法女学院の夜は、昼間の賑やかさとは打って変わり、静かで神秘的な雰囲気に包まれる。

初夏の夜空に輝く月明かりがステンドグラスを透過し、床に幻想的な模様を描き出す。

女生徒たちが眠りについた寮の窓からは、時折、微かな魔法の光や、夢の中の寝言が漏れ聞こえる程度だ。



 その静寂を破り、二つの小さな影が古い理科室の扉に忍び寄っていた。

一人はアクアブルーの髪、もう一人はバーミリオンの髪。

水素ちゃんとネオンちゃんだ。



「しーっ! 静かにね、ネオンちゃん!」


 水素ちゃんは指を口に当て、ネオンちゃんに注意した。

彼女は夜の学院の静けさに、少しだけドキドキしているようだった。

水素ちゃんが夜更かしをするのは珍しい。

彼女が今日理科室に忍び込んだ目的は、窓から見える学院裏の森の上空に広がる、満天の星空を観察することだった。

理科室の望遠鏡なら、もっとよく見えるかもしれないと思ったのだ。



 一方、ネオンちゃんはというと、水素ちゃんとは全く違う理由でここにいた。



「大丈夫よ、水素ちゃん。アタシが来れば、どんな場所だって華やかになるんだから。夜の理科室は穴場スポットよ! アタシの輝きで最高にムーディーにしてあげる!」


 彼女は目を輝かせ、すでに体から淡い光を放ち始めていた。

派手好きのネオンちゃんは、夜の学院という「秘密の場所」の雰囲気にすっかり興奮しているようだった。

誰にも見られない場所でも、彼女は輝くことをやめられない。

それは、誰にも干渉されない希ガスである彼女が、自身の存在を証明しようとする、ある種の無意識の欲求なのかもしれない。



 二人は軋む扉を開け、理科室の中へ足を踏み入れた。

薬品の匂い、古い実験器具、骨格模型や臓器模型。

昼間とは違う、少し不気味な空気が漂っている。



 ネオンちゃんは、この雰囲気を一層「ムーディー」にしようと、自身のネオン光を強めた。

赤橙色だけでなく、希ガス仲間のヘリウム(He)のような黄色、アルゴン(Ar)のような青紫色の光も混ぜて、理科室をカラフルにライトアップする。



「どう? 綺麗でしょ!」


 得意げに周囲を照らしていたネオンちゃんが、突然息を呑んだ。



「な、何あれ…!」


 ネオンちゃんの光が、部屋の隅に置かれた一体の人体模型に当たると、その模型がぼんやりと、緑色に光り始めたのだ。

暗闇の中で不気味に光る骨格。



 水素ちゃんは「え? 何あれ… 怖い!」と小さな悲鳴を上げた。

そのスカイブルーの瞳は、恐怖で丸くなっている。

彼女は怖いものが苦手だ。

特に、夜の暗闇で光るなんて、想像するだけで足がすくむ。



 しかし、ネオンちゃんの反応は違った。

恐怖よりも、奇妙な興奮が勝っている。



「キャー! ホントだ! 光ってる! でも、アタシの光に反応してるってこと? ちょっと嬉しいかも!」


 彼女はネオン光を人体模型にさらに強く当ててみる。

すると、模型の光も少し強くなったように見えた。

それは、まるでネオンちゃんの輝きに引き寄せられているかのようだ。

ネオンちゃんは、自分自身の不活性ゆえに他の元素と反応できないという寂しさを、心の奥底で感じていた。

だから、自分の光に反応してくれる「何か」がいるかもしれないという可能性に、無性に惹きつけられたのだ。



 怖がる水素ちゃんを見て、ネオンちゃんは得意げに胸を張った。



「大丈夫よ、水素ちゃん! アタシがバリアで守ってあげるから! 希ガス特有の安定性! これぞアタシの特技! 聖域展開セイクレッド・ネオン!」


 そう言って、彼女は自身の周囲に淡いネオン光のドームのようなものを作り出した。

それは物理的なバリアではないが、精神的な安心感を与えるような、静かで安定した光の領域だ。

水素ちゃんは、その光の中に身を寄せ、少しだけ落ち着きを取り戻したようだった。



 恐る恐る、二人は光る人体模型に近づいてみる。

ネオンちゃんの光を頼りに、じっくりと模型を観察した水素ちゃんは、あることに気づいた。



「あれ? これ、なんだか塗ってあるみたい… キラキラしてる」


 水素ちゃんが指で模型の表面をそっと触ると、微かに粉っぽい感触があった。

ネオンちゃんも興味津々に顔を近づける。



「ホントだ! これって… 蛍光塗料じゃない?」


 ネオンちゃんは、自身の知識を披露するかのように言った。

彼女は派手なものが好きなので、光る素材にも詳しいのだ。

暗闇でぼんやりと光るものは、大抵の場合、光を蓄えたり、特定の波長の光(ネオンちゃんの光も含まれる)に反応して光を放つ蛍光物質が使われている。



「なーんだ… お化けじゃないんだ…」


 水素ちゃんはホッと息をついた。

少しがっかりしたようなネオンちゃんは、安心したせいか気が緩んだ。



「なんだ、そんなこと。せっかくアタシの光に反応したのに、単なる化学反応だったなんて、つまんないの」


 そう言いながら、ネオンちゃんはもっとよく見ようと、人体模型にぐっと顔を近づけた。

しかし、厚底ブーツを履いている彼女は、足元がおぼつかない。



「うわっ!」


 バランスを崩したネオンちゃんの手が、人体模型に強く当たってしまった。

ゴロゴロと音を立てて、高さのある人体模型が、よりによって水素ちゃんの方へ倒れてくる!


「きゃー! 危ない!」


 水素ちゃんは咄嗟に反応した。

恐怖で硬直しかけた体だったが、間一髪、彼女の特技が発動する。



「水の魔法! 受け止めて!」


 地面に溜まっていた僅かな水分が、水素ちゃんの魔法に応えて凝集し、クッションのように人体模型を受け止めた。

大きな模型は、水の上でゆらゆらと揺れ、水素ちゃんの上に直接落ちることはなかった。



「もう! ネオンちゃんったらドジなんだから! 危なかったじゃない!」


 水素ちゃんは顔を真っ青にしながら、ネオンちゃんに怒った。

水の魔法で模型を浮かせているため、彼女の体は少し震えている。



 ネオンちゃんは、倒れた模型と水素ちゃんを見て、バツが悪そうにしている。



「あ… 悪かったわよ! でも、アタシのバリアがあったから、そんなにパニックにならなかったんでしょ! アタシがいなかったら、アンタもっと怖がってたでしょ!」


 彼女は少し強がったが、確かにネオンちゃんの存在とバリアは、水素ちゃんに多少の安心感を与えていた。

そして、水素ちゃんの素早い水の魔法が、彼女自身を救ったのだ。

普段は反発しがちな二人だが、この危機を通して、お互いの能力が全く違う形で役に立つことを、無意識のうちに感じ取っていた。



「もう、早く戻そうよ!」


 水素ちゃんは水を操り、ネオンちゃんは模型のバランスを取るのを手伝う。

協力して、なんとか無事、人体模型を元の位置に戻すことができた。



「ふう… びっくりしたね」


「まったく。散々な目に遭ったわ。でも、夜の理科室もたまには面白いわね… ちょっと寒気がするけど」


 ネオンちゃんは肩をすくめた。

二人は顔を見合わせ、そして、時計を見た。

時間はすでに真夜中を過ぎていた。



「もうこんな時間! 早く寮に戻ろう!」


「え、早く! 見つかったら大変!」


 さっきまでの恐怖も忘れ、二人は慌てて理科室を飛び出した。

闇夜に紛れて駆ける二つの小さな影。

理科室には、ぼんやりと光る人体模型と、微かに残るネオンの残光だけが残された。

そして、誰にも知られることなく、その人体模型がなぜ蛍光塗料で光るのか、その塗料がいつ、誰によって塗られたのか、学院の歴史の影に隠された小さな謎が、そこに静かに存在し続けるのだった。


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