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【元素娘】~元素118種、擬人化してみた。聖メンデレーエフ女学院の元素化学魔法教室~  作者: 我破破
【1. 水素ちゃん】明るく元気いっぱいで、誰とでもすぐに打ち解けるムードメーカー。好奇心旺盛で新しいことが大好き。ちょっぴりドジ
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ドジっ子製造マシーン!?フッ素ちゃんのテフロン魔法で学院が阿鼻叫喚の地獄絵図に!

 初夏の強い日差しが照りつける聖メンデーレフ魔法女学院。

廊下には、時折、風に乗って舞い込む植え込みの鮮やかな元素樹の花びらが少し散らばっていて、日の光を浴びてきらめいていた。

そんな廊下は、日中の活動で少しばかり掃き掃除が必要だった。



 水素ちゃんは、そんな廊下を、いつものように勢いよく駆け回っていた。

彼女は、軽い体を活かして、時折、足元に小さな水の塊を作り出してそれを踏み台にしたり、自身の密度を魔法で一時的に下げてフワフワと浮き上がりながら、文字通り「しゅわーっと」移動していた。



「しゅわーっと行こう!」


 彼女の声が、学院の廊下に響き渡る。



「水素! 廊下は走るなと何度言えばわかるの!」


 案の定、フッ素ちゃんの怒鳴り声が聞こえてきた。

フッ素ちゃんは、舞い込む葉を見て、さらに不機嫌そうだった。

彼女の潔癖症は、こんな季節には特に敏感になる。



「危ないわ! あなたの予測不能な動きは、いつか大事故を引き起こしますわよ!」フッ素ちゃんは、鋭いライムグリーンの瞳で水素ちゃんを睨みつけた。



 水素ちゃんは、くるりと振り返ってニッコリ笑った。

「大丈夫だよ! フッ素ちゃん! 私、軽いから、転んでも平気だよ!」


「軽いからじゃない! あなたがドジなだけよ! そして、あなたは単体では不安定なのですわ!いつ爆発するか分からない存在が、学園内を好き勝手に走り回るなど、言語道断ですわ!」フッ素ちゃんは、水素ちゃんの不安定さを引き合いに出して批判した。



 そこに、好奇心旺盛な雰囲気を纏った少女が通りかかった。

黒曜石のような艶やかな髪を持ち、どこか掴みどころのない、しかし豊かな生命力を感じさせる存在。

それは、周期表の真ん中あたりに位置する6番、炭素ちゃん(C)だ。

彼女は、様々な元素と結合して多様な物質を作り出すことができる、学院でも屈指の「組み合わせの達人」だった。



「あらあら、また喧嘩してるの?」炭素ちゃんは、いつもの穏やかな口調で二人に話しかけた。

彼女の周りには、時折、小さな結晶や、有機物のような複雑な構造が微かに浮かび上がっては消えている。



 フッ素ちゃんは、炭素ちゃんを見て、眉間の皺をさらに深くした。



「炭素ちゃん、ちょうどいいわ。あなた、この暴走水素が廊下を走るのを何とかして頂戴。あなたの多様性で、彼女のエネルギーを分散させるとか、何か方法は無いの?」


 炭素ちゃんは、困ったように微笑んだ。

「うーん、水素ちゃんには自由に走り回ってほしい気持ちもあるんだけどね。彼女の軽やかな動きを見ていると、生命の躍動を感じるから。でも、フッ素ちゃんの言う通り、危険なのも確かだね。」


 水素ちゃんは、炭素ちゃんに駆け寄った。

「炭素ちゃん! 私と合体くっつこ! 一緒にぴょんぴょんしよ!」


「あはは、ありがとう水素ちゃん。でも今は、フッ素ちゃんが心配していることを解決しないとね。」炭素ちゃんは、水素ちゃんを優しくいなした。



 フッ素ちゃんは、二人のやり取りを見て、ますます苛立ちを募らせた。



「全く、埒が明きませんわね! あなたたちを見ていると、私の反応性が高まってしまいますわ!」フッ素ちゃんは、独り言のように呟いた。

「こうなったら、仕方ないわね…。」


 フッ素ちゃんは、決心したかのような顔になり、ライムグリーンの瞳を廊下の床に向けた。

彼女は、手をかざし、フッ素ちゃんの力を床に注ぎ始めた。



「これで滑って転ぶ心配はないわ! 感謝しなさい、水素! あなたのドジっ子ぶりを、私の力で完璧にカバーして差し上げますわ!」


 フッ素ちゃんが使ったのは、テフロンちゃん加工の魔法だった。

炭素ちゃんとフッ素ちゃんが結合してできるフッ素樹脂(ポリテトラフルオロエチレンちゃん、PTFE)は、非常に摩擦係数が低く、ほとんどの物質が付着しないという特性を持つ。

フッ素ちゃんは、この特性を応用し、廊下の表面をこのフッ素樹脂でコーティングする魔法をかけたのだ。

床は、光を反射してツルツルと光沢を帯び始め、滑らかになっていく。



 水素ちゃんは、興味津々といった様子で床を見ていた。

「わあ! キラキラになったね! すごい、フッ素ちゃん!」


 炭素ちゃんも、フッ素ちゃんの能力に感心したような顔で見つめていた。

「なるほど、フッ素樹脂の特性を応用したんだね。これで、本当に滑らないのかな?」


 フッ素ちゃんは、自信満々に胸を張った。

「当然ですわ! これであなたの暴走も、私の潔癖症も、両方解決ですわ!」


 フッ素ちゃんは、自分が加工した廊下を歩き出そうとした。

しかし、次の瞬間、彼女の顔から自信満々な笑みが消えた。



「ちょ、ちょっと待って…!」


 彼女の足が、意図せず滑ったのだ。

テフロンちゃん加工は、滑りを防止するのではなく、極限まで滑りやすくする魔法だった。

フッ素ちゃんは、その摩擦係数の低さを「滑って転ばない」と都合よく解釈してしまったのだ。

実際には、物が全く引っかからず、抵抗なく滑り落ちるため、歩行には非常に不向きなのである。



「な、なんですの、これ!?」フッ素ちゃんは、慌ててバランスを取ろうとするが、体が言うことを聞かない。

ツルツルの床の上で、まるで氷の上を歩いているかのように、足が勝手に滑ってしまう。



 水素ちゃんは、フッ素ちゃんの様子を見て、面白そうに駆け寄ろうとした。



「フッ素ちゃん、どうしたのー? あれ? ホントだ、ツルツルだね!」


 水素ちゃんもまた、その軽い体でもって、テフロンちゃん加工された床の上でバランスを崩した。

彼女は転ばずに、むしろスケートをするかのようにツルツルと滑り始めた。



「わーい! 滑るよ! しゅわーっと滑るー!」水素ちゃんは、意外なことにそれを楽しんでいるようだった。



 炭素ちゃんも、好奇心から一歩を踏み出した。



「うわっ! 本当だ、これはすごい…!」


 炭素ちゃんもまた、ツルツルの廊下の上でバランスを崩した。

彼女は、自身の多様な結合パターンで何とか体を支えようとするが、足元は制御不能だ。



「きゃー!」「なんですって!?」「うわー!」


 廊下全体が、フッ素ちゃんのテフロン加工によって、文字通りスケートリンクと化してしまったのだ。

水素ちゃんは、楽しそうに滑り回り、時折フッ素ちゃんや炭素ちゃんにぶつかりそうになる。

フッ素ちゃんは、転ばないように必死で手をばたつかせ、顔を真っ赤にして怒鳴っている。

炭素ちゃんは、何が起きているのか理解しようとしながらも、バランスを崩して右往左往していた。



「止まれ! 止まりなさい、水素! そして私の魔法! なぜこんなことに!?」フッ素ちゃんは、自分の完璧な計画が裏目に出たことにパニックを起こしていた。



「だってー、滑るんだもん! 気持ちいー!」水素ちゃんは、無邪気に笑っている。



 その時、廊下の曲がり角から、モーズリー先生が慌てて駆けつけてきた。

生徒たちの騒ぎ声を聞きつけたのだろう。



「一体何が…って…!?」


 モーズリー先生は、目の前の光景に言葉を失った。

廊下全体が、見事なまでにツルツルに加工され、その上で水素ちゃん、フッ素ちゃん、炭素ちゃんの三人が、まるでコメディ映画の登場人物のように滑って転んで大騒ぎしている。



「モーズリー先生! 見てください! フッ素ちゃんが廊下をスケートリンクにしちゃったよ!」水素ちゃんが、滑りながら先生に訴える。



「違いますわ! これは、安全対策で…! そのはずが…!」フッ素ちゃんは、半泣きになりながら言い訳をした。



 モーズリー先生は、深々と溜息をついた。



「皆さん…私は確かに『テフロン加工は非常に滑らかな表面を作る』と教えましたが…それを廊下に施すのは、安全対策ではなく…」モーズリー先生は、ツルツルの床に足を踏み入れ、当然のようにバランスを崩した。

「…こうなりますよね…」


 モーズリー先生もまた、滑って転んで大騒ぎする三人の輪に加わった。



 初夏の聖メンデーレフ魔法女学院の廊下は、皮肉なことに、最も安全になるはずの魔法によって、前代未聞のドタバタ劇の舞台と化したのだった。

フッ素ちゃんの能力は、時として意図せぬ結果をもたらす。

だが、水素ちゃんの無邪気さや、炭素ちゃんの好奇心も相まって、その結果はいつも、どこか予測不能で、そして、賑やかな騒動となるのだった。

三人の間には、いがみ合い、反発し合いながらも、共にこの奇妙な状況を共有しているという、ある種の奇妙な一体感が生まれていた。



 水素ちゃんは、フッ素ちゃんの横を滑り抜けながら、「フッ素ちゃん、次は何して遊ぶ?!」と声をかけた。



 フッ素ちゃんは、滑りながらも叫んだ。

「遊ぶ!? 馬鹿を言わないでくださいまし! まずはこの魔法を解除しないと…! ええい、全くですわ! あなたといると、いつもこうですわ!」


 しかし、その声には、いつもの苛立ちだけでなく、どこか諦めと、そしてほんの僅かながら、この騒動を楽しんでいるような響きも混じっているようだった。

二人の関係は、反発し合いながらも、確かに少しずつ、確固たる何かへと変化しているのかもしれない。

それは、水素ちゃんとフッ素ちゃんという、最も反応性の高い二つの元素が出会った時に生まれる、予測不能で、しかし強烈な結合力のように。

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