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「お聞きになりまして?」


 それは、早くこの噂話を話したくて仕方ないというような、嫌な調子の声だった。


「ええ。どうやらあの人魚はあろうことかキース殿下に求婚をして、しかも断られ続けているというのでしょう?」


 答える相手の声にも嘲りが滲んでいる。


「やはり殿下も魚はお嫌だったと見えますわね。そもそも殿下は魔王様の手前、あの人魚を歓待していただけに過ぎませんのに、社交辞令というものを魚に理解させるなんて無理な話ですわ」


 どれだけ品よく振る舞っても、彼女らの甲高い嘲笑は廊下にまで漏れ出ている。


 それらを盗み聞きする形になったフェリシアは廊下の先から人が来る気配を察して慌ててその場を後にした。




 十分に離れたところで庭に出て、綺麗に整えられた花壇を見下ろす。顎に手を添えて首を捻った。


 ──タイシはわたしが人魚だから結婚を嫌がっている。……だって?


 それならあの人はそう言ってくれると思うのだけど。……でも人間は本心をあらゆる言葉の薄紙に包んで見た目だけは美しく見せるものだとサラが言っていた。だとすると……タイシはわたしを可愛いと言ったその頭で、自分にこの魚は相応しくないと思っていたのかしら?


 フェリシアは頭を振り、この考えを即座に捨てた。


 ──タイシはあんな意地悪な人達とは違うわ。


 そんな考えを一瞬でも持った自分に対して腹が立つくらい、これだけは自信を持って言える。

 怪我をするのが嫌だなんて、何とも思っていない相手にいうわけがない。


 でも……。


「それならどうして……結婚したくないのかしら……?」


 空を仰ぐ大きな花弁が答えてくれるわけもなく。フェリシアは一人、再び首を傾けたのだった。




 ふと、決して良くはない人魚の耳に、人の声が届いた。


 思わず耳をそばだてる。


 ──キース殿下って言った?


 その声に意地悪ではない調子を感じ取り、静かに声のする方へと足を向けた。


 向かった先には小さな東屋があった。王宮と揃えられた白亜に青みがかったグレーの屋根がかかる東屋には知っている男性と見知らぬ女性が向かい合って腰を下ろしている。


 思わず、丁度いいところに! と喜びつつもフェリシアは礼儀正しく邪魔をせずに、女性が立ち去るのを待った。


 運良く女性はすぐに男性へと丁寧に腰を折って去って行った。


 男性も立ち去ってしまう前にと顔を覗かせると、その人はすぐにフェリシアに気付いて心からの笑みを浮かべた。


「これはフェリシア嬢。またしても貴女にお会いできるとは運命の女神に感謝しなければなりませんね。美しき花々さえも羨む貴女の視線を独占できるなど、私は今日で死んでもいいとさえ思いますよ」


 このくすぐったい台詞にフェリシアは無意識に身動ぐ。


 ──やっぱり中身はあんまり似ていないわ……。


「そういうのは……さっきの女性に言わなきゃいけないんじゃないの?」


 東屋にいた男性──アデルダート王子はフェリシアの台詞に「おや……」と可笑しそうな笑みを浮かべてみせた。


「貴女は意外とするどい。察しの通り彼女は私の婚約者ですよ。機会があれば紹介させてもらえませんか。愛しい私の婚約者と可愛らしい妹の貴女の三人でお茶でもいかがです?」


 それはとても嬉しいんだけど……。とフェリシアは困惑しつつも可愛らしく首を傾けて「愛しいって愛している人に付ける言葉だって思っていたけど」と続けた。


「アデル兄様はあの婚約者さんを愛していないでしょう?」


 女性が立ち去るまで、フェリシアは二人の姿を観察していた。


 にこやかなアデルダート王子はいつも通り優しく女性に話しかけていたが、直前にフェリシアは見ている。彼が兄や姉、そして弟のタイシと話している姿を。それと比べれば、女性と話す姿はどことなく笑顔の仮面を付けているような、女性に対して少し距離を置いているように思えたのだ。


 そして初対面の女性は後ろ姿しか見られなかったが、海でも愛する異性とお喋りする人魚の姿を何度も見たことがある。とても女性の纏う空気は愛する婚約者とお喋りするものではなく、どことなく緊張が混ざっているように見えた。


 王子は僅かに目を見張り、感心したように笑みを深めた。


「姉上の仰る通り、貴女はなかなか侮れない慧眼をお持ちだ。……まぁ隠すほどのことでもないか。王族の婚姻にはね、愛など必要のないものなんですよ。ああ、誤解しないでくださいよ。私は彼女を好ましく思っているから婚約を申し出たんです。兄や……いや。兄上とは違って私は自分で彼女を選びましたから。そう、利害の一致というやつでね」


 フェリシアはこれを追求しなかった。それよりも気になる言葉があった。


「わたしとタイシでは、利害の一致にはならない?」


 だからタイシはわたしと結婚したくないのかしらと聞くと、アデルダート王子の目はほんの少し、細められた。


「貴女にそのような言葉は似合いませんよ。貴女は愛し愛される結婚をなさるべきです」


 王子の目がこちらを嗜めているように感じて、フェリシアは居心地悪くなって目を伏せた。

 それでも、これだけは聞かなければならない。そのためにここで待っていたのだから。


「……わたしはタイシと結婚したいの。アデル兄様はタイシがわたしを愛していると思う? どうしてわたしとの結婚が嫌なのか、分かる……?」


「申し訳ありませんが」


 アデルダート王子は優しくも苦く微笑んだのだ。


「それは私からお話しするわけには参りません。ですが、これだけは誤解なさらないでくださいよ。話がうまく運ぶよう願っているのは私や兄上に姉上。それに陛下も、同じ想いです」

ありがとうございました。

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