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 何やら思い詰めた表情で立ち去るキースの後ろ姿を、ユージーンは何とも言えず眺めていた。


 そんなユージーンの背後から、影が伸びた。


「……貴方がその話をするとは思いませんでしたよ。あれではキース殿下はフェルを手放してしまうでしょうに」


「それならそれでいいさ。なし崩しに結婚に至った後で知るよりずっと良い」


 気配もなく背後に近付ける種族は限られている。

 ユージーンは振り返りもせずに答え、声の主は流れるような動作で隣に腰を下ろした。


「なるほど。貴方は彼らの結婚に反対なんですねぇ」


 いつもなら尻尾が忙しなく揺れるだろう面白そうな口調で言ったのは猫人の族長、トガだ。


「貴方は人魚の肩を持つと思っていましたが、もしや人間との婚姻を認めたくなくなりましたか?」


「いいや? 俺は上手く収まってくれりゃあいいと思っているが……。猫の旦那こそフェリシアはお気に入りだったろう。結婚しちまっていいのかい?」


「残念なことですが、致し方ありません。あの見事なルビーの輝きはなんとも惜しいですがね」


 言うなり猫人は瞳孔を縦に細くし、赤い舌が唇をくるりと舐め回した。

 ユージーンは「こいつらはこれがなけりゃなぁ」と内心呆れつつ、体ごと猫人へと向き合う。


 真剣そのものの口調で言った。


「言っておくがな、旦那。人魚に手出ししたら俺達ケンタウロスが黙っちゃいねえよ。人魚は魚でもあんたらの飯でもないんでね」


 直後、ユージーンの体はまるで質量を増したかに見えた。ケンタウロスの本来の体重は人の姿を模した今の数倍にもなる。その本来の姿を目の当たりにしたような気迫だ。


 数人の騎士達がその気迫に気付き、手を止めてこちらを警戒するように見ている。


 それでも、彼らには見えなかっただろう。


 ユージーンの太い首にちらりと浮き出た丸い鱗は。


「人魚は俺のひい婆様でもありケンタウロス族の家族だ。猫の飯にされちゃあ敵わんよ」


 かつて、これも異種族の間で起きたことだ。


 人魚の男と親しくなった猫人の女性が、人魚の尾に噛みつき食いちぎってしまった事件があった。


 幸いにして人魚は命に別状もなく、その後長生きしたらしいが──この二人は別れてしまったらしい。これはキースには言えない、異種族間での交流の悲しい結末だ。


 付け加えるなら猫人の女に悪気があったわけじゃない。

 ただ、魔族には抗えない本能というものがあるというべきか。彼の尾ビレが釣って食べる魚と同じように見えてしまった、というのが猫人の主張だった。


 これもまた魔族の間では非常に有名な話だ。そしてこの話には続きがある。


 池へと男に会いに行かなくなった猫人の女性はその後、生涯を未婚で通した。


 そして──人魚の男は死ぬまで、恋人が来るのを待ち続けた、という。


「ご心配なく。私には彼女ほど一途に人を愛せるとは思えませんので。やはり我々は同じ種族で婚姻を結ぶ方がよほど気楽というものでねぇ」


「ああ。あんたの言う通りだ。俺だって嫁にするなら同じケンタウロスの女を選ぶよ。気楽ってだけじゃなくてな、俺は同じケンタウロスの女が良いと思ってる。それでも──嬢ちゃんはキースが良いんだとさ」


「おやまぁ……。彼女の、こうと決めたら頑固なところは父親譲りでしょうかね」


「だなぁ……。キースも気の毒に。娘の求婚に折れたところで今度はあの父親が相手になるんじゃあなぁ」


 二人は揃って顔を見合わせ、同時に息を吐き首を振った。

 言うなれば「ご愁傷様」といったところだ。


 雰囲気が暗くなったのを感じて、ユージーンが話題を変えた。


「ところで旦那。面倒くさがりな猫人が修練場に来るのは珍しいよな。何かあったかい?」


 残念なことに、この話題では暗くなった雰囲気が変わることはなかった。


 猫人はいつも目尻を垂らしにやけ顔の細い目を薄く開き、覗く瞳に剣呑な光を宿していたのだ。


「はぁ、まあ……どうにもね。雲行きが怪しいようで」


「雲行き?」


 猫人は『ええ』と、使う言葉を変えた。


『我々はどうやら、一部の人間には招かれざる客というもののようですよ』

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