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「釣りって魚を獲るときの言葉じゃなかったの?」
露天のある広場を抜け、目当ての店に着いたところでフェリシアはそういえばと首を傾げながら尋ねてきた。
両手にフォークとナイフを持ち、貴族令嬢さながらの洗練された手捌きで白身魚のフライを小さく切り、口元に運んでいる。
「買い物したときに、買ったものとの間で出た差額もお釣りって言うんだよ。──釣りなんて言葉、よく知ってたね?」
「よく海の上から釣り糸が垂れてくることがあるのよ。先にキラキラしたのが着いてて、綺麗なの」
「綺麗……かな? フェリシア嬢は簡単に釣られちゃいそうだね」
釣り糸の先に着ける擬似餌は海の中で輝くような加工をされているらしいが、それは魚の注意を引くためなのだろうか。
フェリシアは「そんなわけないでしょ」と頰を膨らませている。
「でもね、友達の髪が糸に絡まって、海の上まで引っ張られちゃったことがあるの。わたしはその場にはいなかったんだけど、釣りをしていたのは大きな船の上にたくさんの男の人たちがいて、なんと海賊だったのよ」
後半はまるで内緒事を話すように口元に手を当てて言われた。
「海賊……!? 大丈夫だったの?」
大きな貿易港を持つグランドーラにおいて、海賊被害は他人事ではない。
港の役人を買収して持ち込まれた密輸品の中には国で売買が禁止されている薬や酒類、人ですら海賊達が運ぶ荷の一つらしい。
当然国は優秀な海軍を有しているから大きな被害は出ていないものの、人魚の住む陸から離れた海の上までは巡視できるはずもない。
人魚はその見た目は人から見ても極めて美しく、また海の底に住む人魚を捕まえた海賊が親切に逃してくれるわけがない。
その友達はどうなったのだろうかと心配するも、フェリシアは眉を顰めて言った。
「大丈夫じゃないの。髪に縺れた糸が解けなくて切らなきゃいけなくなったから可哀想だったわ」
そこじゃないんだけど……。
思わず頰が引き攣るも、髪の心配をするくらいなのだからきっと大丈夫だったのだろう。
苛立たしげに白身魚を口に放るフェリシアを前にして、そう思うことにした。
フェリシアとの食事は楽しかった。会えない日々に人間語の勉強をして妖精族のサラに怒られた話から、人間の世界の常識についての質問もたくさん飛んだ。
彼女らしい突拍子もない質問が可笑しくて、時々嘘を教えると素直に信じるのが可愛くて仕方ない。
嘘を白状すると頰を膨らませて拗ねるも、すぐに機嫌を直すころころとした表情の変わりようを真正面で受け止めて、心が洗われるようだった。
「次はタイシの好きなものを食べましょうね」
だからフェリシアにこう言われ、咄嗟に言葉に詰まった。
彼女の中に『次』があることが嬉しくて、しかし頷くことは出来ない。
「つ……次は、リディア嬢と食事の約束をしてるんだ。だから、その……」
もう二人で食事はできない。
この一言を言わなければならないのに、言葉にできない。
デザートフォークを握る指に力が籠る。自分の不甲斐なさに、歯を食いしばった。
──やっぱり僕は……あの父の子だ。
愛する人が離れてしまう選択肢を、どうしても選べない。
「それは楽しみね!」
「…………え?」
俯く額に投げかけられた声は、キースの心とは裏腹な明るいものだった。
「リディアも面白いお菓子を用意しててくれるって言ってたから、わたしも何か用意していくべきかしら? リディアはお魚は好き? うーん、でもせっかく陸に来たんだから、お肉も食べてみたいのよね。えっと……そう、アデル兄様が言ってた雉とか、食べてみたいなぁ」
デザートのティラミスを食べながら、フェリシアはまだ見ぬ雉肉に想いを馳せてニマニマしていた。
面白いお菓子という、なんだかハードルが上がってしまっているリディアに対する同情とか、せっかく陸に来たんだからって、観光に来た気分なんだね? という疑問だとか。
色々ツッコミどころはあるがそれよりもなによりも。
──さ…………誘ってないよ!
パクパクと口は開閉を繰り返すが、楽しそうに次の食事会を語るフェリシアに「君は誘ってないから来ちゃだめだよ」なんて言えるはずがない!
「………………………………た…………楽しみだ、ね…………?」
「ええ。とっても!」
キースが口元を引き攣らせる中、食事を終えたフェリシアは給仕の女性に金色の硬貨を差し出して覚えたての言葉を披露し、場をざわつかせていたのだった。
「お釣りはいらないわ。取っておいて!」
「えええっ!!?」
フェリシアが小袋から取り出したのは金色の硬貨だ。
それ一枚で一般的な一家が半年は食べられるほどの大金を叩きつけられた給仕は大慌てで店長を呼びに走ったが、度重なる衝撃に頭を抱えているキースはまだ騒動に気付いていない。
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