第五話 反乱の始まり
今回マークは余り出ません。
夜。無事に外から帰って来たマークは、王城内に居た。帰って来た際、一人の侍女が疲れたような顔をしていたが、きっと気の所為だろう。そして例に漏れず、コハクに王女を任せて彼は廊下を歩いていた。チラッと背後を確認してから、隠さずにため息を吐く。
「もう良いだろ。そろそろ、出て来いよ」
何もない空間に告げるが、返事はない。
「しょうがねぇな」
茶髪の髪を掻いて、何もない空間を見据えた。そして体から形容不可能の重圧が放たれる寸前。目の前の空間、いや夜のような影が発生してそこから一人の男性が現れた。帝王の側近クロウ・ウィーティアだ。何時もの冷静な顔とは違く、汗を大量に流していた。
「ったく、早く出て来いって」
「…………」
再度ため息を吐く彼に、クロウは油断もなく睨み付ける。先程、ナニカを放たれる寸前に感じた圧倒的な死の気配。全身から汗が噴き出す程だ。
「で? 俺を見て、信用に値したか」
自分を見ていた理由を知っているぞ、と言外に告げた。やはりか。クロウは己の目的を当てられたが、驚きはなかった。寧ろ納得してしまう。完全にあの時、シャルロット王女と居た時に、露骨に動いていたのだ。あたかもクロウに見せ付けるように。返事を返さない。いや、返せない。クロウはマークを見ていたが、未だに分からないと言うのが答えだった。より謎が深まるばかり。
「………あ、貴方は何者なのですか?」
気付いたら問い掛けていた。自分が知らない全くの未知に対して。マークは眼を離さずに見据えるクロウに、頭を掻いた。
「何者、ね。そうだな一言で表すのなら、俺は差し詰め人外と言った所か」
「………人外」
初めて口にしたその言葉に、マークは何処かしっくりと当てはまる感覚がした。己のこの力も、身体能力も人外その物ではないか。人の枠から外れた者、故に人外。言い得て妙だと、マークは自分が言った言葉に頷いた。クロウも同じだった。人外と言われ、人ではないと告げられ何故かストンと納得してしまった。見た目は、間違いなく人族の青年だ。しかし、その力は? 正しく人外と言うべきだろう。クロウが黙っていると、マークが口を開いた。
「お望み通りに、俺が何者か言ったぞ」
「……分かりました。取り敢えずは信用しましょう」
クロウは彼の実力に対して信用する事にした。だが、全てまでは信用出来ない。それを知らせる為に強く睨み付ける。クロウの視線を受けて、マークは肩を竦めた。そして、
「ま、一応の信用が取れた所で、あんたは何か話があるんだろ?」
「………察しが良いですね」
確信を込めた言葉に、クロウは言った。そうマークに話があって、ずっと一人になるのを彼は待っていたのだ。まぁ、マークにバレて引き摺り出されたが。最早、実力面で彼はマークを疑っていない。戦っている所を見ていないが、先程の事で理解した。いや、正直に言えば理解出来なかったと言うべきか。
「なら、早く話せ。俺も暇じゃないからな」
傲慢な物言いをするマークだ。しかし、クロウはその態度に気にせず答えた。
「私の部下が手に入れた情報が御座います」
それはクロウの部下が、調べて来た情報。この二つの勢力の争いに、とある組織が介入した情報だった。大陸中に知れ渡る、その組織は恐怖の象徴とされている。
「組織の名は『十三死団』。最強の暗殺集団です」
一人一人が、快楽殺人者と言う狂人しか居ない集団だ。しかも、その実力は大きく名のある者達が殺される程。最早、一般の平民にも知れ渡っており、言う事を聞かない子供には、「悪い子は『十三死団』に攫われる」と言われているぐらいだ。とはいえ、数ヶ月前まで異世界の人間であるマークが、『十三死団』の事を知る由もない。が、そんな事は顔には出さずに答えた。
「その『十三死団』って奴らは、顔とか割れてるのか?」
「それが、私や部下が総動員して調べたのですが、全くの情報が出てこなかったのです」
残念そうに顔を俯かせるクロウ。有名なのに顔を知らない。その意味をマークは、正しく理解した。顔は知られていないと言う事は、確実にその標的を暗殺し、依頼人すらも顔を欺いたと言う事に他ならない。
(へぇ、会ってみたいな。その十三人に)
マークは自分が笑みを浮かべる自覚をした。その最強の十三人に会いたい。そいつらなら、楽しませてくれるかも知れない。マークも知らない心の内でほんの少し期待してしまう。最強と呼ばれる『十三死団』ならば、自分と戦えるのではないかと。あり得ない事だ。期待すると後に感じる落胆が酷い物になるが、せずには要られない。いや、期待したいのだ。マークはこの世界に来てから、求めている。
己と対等に渡り合える不倶戴天の宿敵を。マークが求めて止まない存在。ならば、『十三死団』に会うか。そこまで考えて、そう言う結論に至る。が、何処に居るかも知れない敵だ。しかし、待っていれば勝手に来る事はクロウの発言で分かっている。ならば、待とうではないか。
(俺を楽しませてくれよ。『十三死団』)
より一層に笑みを深めて、今は見ぬ敵に思いを馳せた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
とある豪勢な部屋に、ふくよかな体つきをした男が椅子に座って、目の前に居る男に視線を向けていた。
「滞りはなく進んでいるのか?」
「ふっ、オレ達を誰だと思っているんだ。侯爵」
大丈夫なのか、と視線を投げる貴族の男に、目の前の男が鼻で笑い断言した。灰色の髪をした仮面を付けた男。その白い仮面からは、銀の瞳が伺えた。男の背後には十二人の顔が分からぬ者達が居る。
「なんて言ったって、オレ達は『十三死団』だ。依頼を受けたら、失敗などしないさ」
自分達こそが、最強だと男は両手を広げて言ってのけた。失敗などない。あるのはただ一つの成功のみ。男の言葉に、ふくよかな男が興奮した声を上げる。
「おぉ、流石だな。やはりお前等には期待が出来る」
「そうか。それは良かった」
ムフフフと気色悪い笑顔を見せる貴族に、不快感を表さずに仮面は言った。そして、話す事はもうないと言葉を続ける。
「では、行かせて貰おう。バーンフィスト侯爵」
「うむうむ、頼んだぞ。『十三死団』よ」
貴族ーーーバーンフィスト・グレイセア侯爵の言葉を聞き、仮面と十二人は、その場から消えた。後に残ったのはバーンフィスト一人のみだ。
「………く、くくくあっはははははははははっ‼︎ これで全ては私の物になる。貴様の悔しがる顔が、早く見たいわ‼︎ アルバート」
誰もが嫌悪感を出す程の笑い声を上げて、もう全てを手に入れた気で、ある老人の顔を思い浮かべて笑い続けた。この計画を理不尽に壊す人外が居る事を知らずに。
カツン。カツン。と、白き仮面を身に付けた男が、廊下を歩く音を響かせる。後ろには十二人の男女が付き従う。すると、巨大な大鎚を背負う一人の少女が、口を開いた。
「にしても、気持ち悪かったねぇ。あの豚さ」
「ケケケ、それは言えてるな」
返事を返すのは長大の槍を持つ男だ。少女の言葉に同意して不気味に笑っている。それを止めたのが、凄い巨躯を誇る男だ。
「……悪口言うの良くない」
「えぇ、別に良いでしょ。だって彼奴、本当に豚だったんだしぃ。ね、クロード」
「そうだ。ミラの言う通りだぜ。豚に豚って言って何が悪いんだよジャガー」
「………」
言い合いに軍杯が上がったのは、二人の男女のミラとクロードだ。巨漢の男ジャガーも、豚の体型だと思っていたのか、何も言えずに無言になる。それに助け舟を出すのが、異質の本を手にする妖艶な女性だった。
「こらこら、ジャガーを虐めないの。依頼人を悪く言うのは、良くないわよ」
「その通りよ。クナリスの言ってる事が正しい。二人ともジャガーに謝りなさい」
「ガウガウ‼︎」
クナリスの発言に頷き、肩に黒い獣を乗せた少女が謝罪を二人に促した。黒い獣も鳴いて頷く。まさか、二人がジャガーの味方をするとは思っていなかったのか、ミラは大声を上げた。
「えぇー、クナリスさんとネリアさんが、そんな事言うなんて」
「別にオレは悪くねぇぞ。謝んねぇかんな」
ミラは信じられないと声を出し、クロードは絶対に謝罪しないと腕を組んだ。だが、すぐにミラは言う通りに謝らないと、大変な目に合うと知っている。故に、謝罪する事にした。
「ジャガーごめんね」
「……別に、平気」
「次はお前だぞクロード。謝れ」
「嫌だね。オレは本当の事を言っただけだ」
「もう一度、言うわ。あ・や・ま・れ」
ネリアが顔を凄めて近付くが、クロードは頭を横に向けて、謝らない姿勢を取る。その姿にネリアの堪忍袋の尾が切れた。
「ガウル。戦闘態勢」
「………へ?」
「あ〜あ、やっちゃったぁ」
静かな口調で言うネリアに、呆気に取られるクロード。それを何時もの事ながらと、頭を抑えるミラ。ガウルと呼ばれた黒い獣は、バキバキと音を鳴らしながら体を大きく膨れ上がらせて行く。天井近くまで膨れ上がると、紅い紅玉の瞳がクロードを捉えた。グルルルルとご主人からの次の命令を待つように唸る。この時には、クロードは全身から冷や汗を流していた。
「もう一度だけ言うわ。謝りなさい」
「お、おおおおオレは謝らないっ‼︎」
最終通告と言わんばかりの、言葉にそれでもクロードは意地を通した。それを聞いたネリアは、そう、とだけ呟くと視線を六、七メートルまで膨れ上がったガウルに向けて、冷徹な声音で命令を下す。
「殺りなさいガウル。全力でね」
「グルルルルァァァァァッッッ‼︎」
「ごめんなさーいっ‼︎ オレが悪かったです。許して下さいジャガー様ぁ⁉︎」
ドロリと暗い魔力が迸るのを確認した、クロードは恥も外聞もなく土下座をしてジャガーに謝った。何度も床に頭を打ち付ける事を忘れずに。その姿にため息を付き、命令に従い攻撃をしようもする黒き獣の動きを止めた。
「もう良いわ。戻りなさいガウル」
「グルルルル」
「た、助かったぁ」
「何でクロードは、同じ事を毎回繰り返すの。危ないって分かるじゃん」
これが初めてではない。このような出来事は、何回もクロードは繰り返しているのだ。ネリアとクロードのコレは彼等にとって名物になっている。元のサイズに戻ったガウルを肩に乗せて、ネリアは未だに土下座をするクロードからジャガーに視線を移した。
「これで良いジャガー」
「………うん、ありがとうネリア」
「助けるのは当たり前でしょ。私達は仲間なんだから」
お礼を言うジャガーに、微笑みで返す。何時ものその光景を見て、残りのメンバーが笑っていた。すると、白き仮面が見計らったように皆に告げた。
「お遊びはここまでだ。これから、戦争を行うぞ」
「へっ、やっとかよ」
仮面の言葉に反応するのが、ギルザスである。早く暴れたいと、笑みを深めている。その隣では、大鎌を持ったルインが戦闘狂のギルザスに肩を竦めていた。仮面はギルザスから、他の者達に視線を向ける。
「やる事は何時もと変わらない。ただ今回は規模が大きいだけだ。オレ達の依頼は、依頼人の敵となる者の排除。即ち『王党派』の人間の殺害だ。出来るだけ多くを殺せっ‼︎」
依頼人。バーンフィスト・グレイセアを含めた『貴族派』の邪魔する者達の排除。それが彼等が依頼された内容だ。実に簡単な依頼内容である。仮面は十二人に行動を移せと、言い放った。それぞれが、仮面の言葉に従ってばらけた。そして仮面が一人だけ残り、彼は自分の顔に付けられている白い仮面を外した。銀の瞳が露わになり、己の背後に声を掛ける。
「お前も頑張って貰うぞ。ルドルフ・ゼスフォード」
「…………」
帝国最強の戦士は、その言葉に無言で頷いて、彼に背を向けて歩き出した。ルドルフが居なくなるのを感じると、彼は誰も居ない空間に向けて言う。
「さぁ、戦争を始めよう。く、ククククあぁ愉しみだ。早く早く、あんたに会いたいよ」
愉悦に顔を歪め、彼ーーーゼオン・ドレッドノートは狂ったように笑い続けた。とある人物との戦闘を夢想して。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
それは突然起きた。帝国の一角にあるアルバートの屋敷まで、耳を劈くような爆音が鳴り響いた。それにアルバートの家の者、いや国中が困惑した。なにが起きたのか。疑問に思うが、その疑問は次の瞬間に氷解する事になった。自軍の兵士達が武器を持ち、魔法を放ち、武器を振るい襲って来たのだ。勿論、アルバートの屋敷も数十人の兵士が強襲した。屋敷のメイドが怯える中、その主であるアルバート・デニーロは、襲撃した兵士を、屈強な肉体で撃退していた。
「くっ⁉︎ まさか、こうも早く仕掛けてくるとは、思わなかったのぅ」
あの兵士達の指揮する犯人は、いや存在は知っている。王の座で争っている『貴族派』だと疑い用もなかった。だが、仕掛けるなら、まだだと彼は腹を括っていた。仕掛けるにしては、まだ戦力不足で、時期ではないと判断したからにある。しかし、予想していた時期よりも早く、奴等は仕掛けて来た。恐らく何らかの形で、思わぬ戦力を手に入れたのか。そこまで、考えて襲い来る兵士に、拳を放ち吹き飛ばす。
「これでも儂は、昔名の知れた冒険者じゃ‼︎ その程度で倒せると思うなよ小僧共っ‼︎」
この帝国で宰相をする前は、Sランクに位置していた冒険者だったのだ。たかだか、数十程度しか生きていない若造に、経験で負ける筈がない。アルバートが放った覇気に、数人の兵士が怯むが、それも一瞬の事だ。剣や槍を握り締め、兵士達は恐怖心を抑え込み襲い掛かる。対した忠誠心だ。だが、
「ここで敗北すれば、陛下に合わす顔がないわぁっ‼︎」
忠誠心ならば、己も負けてはいない。全身に魔力強化を施し、疾風と思わせる速度で兵士達に肉薄すると、その拳を振るった。風を切り裂いて拳が、兵士を撃破して行く。
「儂はそろそろ行く。王城の方が気がかりだからのう」
一言、メイドを守るように立つ執事達に告げると、アルバートは屋敷を飛び出した。執事達なら大丈夫だ。アルバートが選抜した選りすぐりの強者達だからだ。故に、安心してこの屋敷を任せられる。屋敷を出たアルバートの視界には、住民が混乱した光景が映った。逃げ惑う城下町の人々。所々で戦いを始めている『貴族派』と『王党派』の兵士達。酷い物だ。眉を寄せて、アルバートは今の現状を再確認した。
「急がねばのぅ」
鋭利な刃物の如く視線を、王城に向けて最短距離で進む為に屋根の上を移動して駆けて行く。邪魔する敵兵は、すぐに倒し、少しづつ城に近付くが、次の瞬間ーーー怖気が走る。
「………ッッッ⁉︎」
直感に従い、魔法を行使した。発動するのは結界魔法。上級に位置する光魔法の『ホーリーフィールド』だ。三百六十度を囲う光の障壁が展開される。しかし、意図も簡単にアルバートが発動した障壁は砕かれた。
「くっ……⁉︎」
砕かれた事に眼を見開き、すぐに反応する。遠方から飛来するのは、一本の矢だ。煌めく燐光を放ち突き進む矢に、アルバートは新たな魔法を唱える。
「我が障害を遮断せよ『ダークネス・レイブン』‼︎」
行使するは最上級闇魔法。敵の攻撃を闇の中に飲み込む、攻撃を無力化する魔法だ。夜のような暗闇が、迫る矢を喰らおうと包み込む、が一層に燐光が輝くと暗闇が晴れた。
「なにっ⁉︎」
二度目の魔法を打ち破った事に、今度こそは完全に眼を見開く。もう次の魔法の発動は間に合わない。全力で身体能力を強化して、体を動かす。
「ぬおおぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ‼︎」
雄叫びを上げて、矢から逃げるように横に飛んだ。体スレスレを矢が突き進んで、あらゆる障害を貫いて消えて行った。何と言う威力。そして驚異的な、弓の技量だ。バッと矢が放たれた方角に振り向く。魔力で強化された視力が、その人物を捉えた。建物の屋根の上に、一人の女性が立っている。その手には無骨な弓が握られていた。背には数十もの弓を背負う。
「あら、バレてしまったわ。あの一矢で、殺せると思っていたのに存外、強かったのですね宰相殿」
「お主が、こ奴らを先導している者か」
緋色の髪と同じ色の瞳を持つ美女が、微笑を貼り付けて予想外だと語る。それにアルバートは、半ば確信した声音で問いた。彼の言葉に何も答えず、これが答えだと言う風に弓に矢を番い射放った。パシュッと風切り音を鳴らして、矢が寸分たがわずにアルバートの眉間に吸い込まれる。
「………ッ⁉︎ くぅぅぅぅぅぅぅッッッ」
しかし、アルバートは上体を後ろに反らす事で、コレを何とか避けた。
「あら? 凄いわね。ならこれなら、如何かしら?」
「なんだとっ………⁉︎」
面白いとばかりに、口を開いて新たな矢を番う。矢に燐光が現れ、上空に放った。次の瞬間。アルバートは上空を見上げ、眼を見開いた。射放たれた矢は、燐光に包まれ弾けると、無数の光弾となり降り注いだ。これはマズイ。そう判断した彼は、すぐさまこの場から離れようと、移動を開始する。だが、それを相手はさせるつもりはない。
「ぐっ……⁉︎ こ、これは」
「逃がすと思っているの?」
移動しようとするアルバートの足に激痛が奔った。視線を動かし、確認をすると右足が矢で射抜かれていた。上空を気にするあまり、気付かなかったのだ。射抜いた張本人である美女は、クスリと笑い逃がさないと言葉にした。その一瞬が行けなかった。アルバートが美女を見ていた所為で、もう頭上まで光弾が迫り、そして衝突した。爆音を鳴らし、周りの建物を瓦解させる。土煙が舞い上がり、視界を覆った。
「やり過ぎてしまったわね。でも、如何せ死んでいないのでしょう? 宰相殿」
舞い上がる土煙の方に言葉を掛ける。美女の言葉通りに、煙が晴れるとアルバートが立っていた。と言っても、その体はボロボロで息も絶え絶えである。満身創痍。この一言が適切だろう。
「はぁ…はぁ…お、お主は何者じゃ」
荒い息と共に質問した。恐らくは『貴族派』が、雇った者だろう。これで答えてくれるとは思わないが、それでも出来るだけ情報が欲しい。胸中は冷静に美女を見据えて、観察する。
「あたしが何者かですか。別に名乗るのは良いでしょう。それが、あたし達のルールの一つでもありますから。というわけで名乗りましょう。あたしは『十三死団』がメンバーの一人リリアーナ・ウィンベルと申します」
「………『十三死団』リリアーナ・ウィンベルじゃと」
『十三死団』には、幾つもルールがある。その中の一つが、殺害対象に必ず名を名乗る事。相手に自分の名を刻めて、必ず殺す。それが、彼等の持つルールの一つ。彼女の名前を呟き、アルバートは苦虫を潰したような顔をした。『貴族派』の連中は、とんでもない存在を味方に引き連れたみたいだ。
「さぁ、あたしは名乗ったわ。もう良いでしょう。あたしの名を心に刻みながら、ここで死になさい帝国宰相」
矢を弦に番い、引き絞った。リリアーナの魔力が、鏃に集まっていく。これは先程までとは段違いの威力を誇る一撃。魔力が属性変換され、雷光を迸らせる。遂には、凄まじい程の雷と光によって作られた耳鳴り音が、辺りに響き渡った。ジジジジジジジジ、キィィィィィィィンンンンッッッと高鳴って行くソレは、あらゆる物を射抜く力を持っているだろう。そしてーーー
「じゃあ、バイバイ」
軽い言葉と良い笑顔と共に、ソレは放たれた。空気が震えた。音は無く、完全に置き去りにして数秒にも満たずにアルバートを射抜く筈だ。その時、アルバートは感じていた。視界に映る物全てが遅く感じ取る。超音速で放たれた矢ですら、その瞳に捉えた。が、体が動く事はない。何度も動かそうと試みるが、動く気配がしない。いや、よく見ると少しづつだが、体はゆっくりと動いていた。
しかし、それでは間に合わない。視力だけが、この全てが遅延した世界を作り出しているに過ぎないのだ。自分の体もその世界では、遅く動いているだけ。しかも、動いているか、分からない程の遅さで。これを見る限り、この迫って来る矢が、どれだけ速いのか伺えた。この現象には、少なからず分かる事があった。
(これは絶対的な死による、思考速度で生み出される現象か)
大抵が死ぬ寸前に見られる現象。視界に映る物が遅延した中で、走馬灯を思い出す。それが、この現象だ。恐らくは今、アルバートの脳内は凄まじい速さでこの現実に対して処理行動を起こしているのだろう。だが、幾ら高速思考した所で、この世界の中で体が動かないのなら意味がない。このまま、雷光の矢でアルバートは命を散らす。そうこのままならば。
「闇よ。夜よ。我が命令に従い拘束せよ『ダークネス・チェイン』」
言葉が聞こえた。それと同時に闇色の鎖が、数十程出現してとんでもない速度で、矢を拘束するが、一瞬にして砕け散る。しかし、砕け散った後にまた鎖が迫り拘束して砕ける。だが、それが終わらずに何度も何度も鎖が、拘束して砕くを繰り返して行った。そして遂に、雷光の矢の威力が弱まり次に現れた鎖によって完全に拘束された。
「こ、この魔法は」
「誰かしら。あたしの殺しを邪魔したのは?」
自分の命を救った魔法に見覚えがあるのか、アルバートは呆然とした。リリアーナの方は、確実に殺せたと思ったのに、第三者に止められた事に眉をピクリと反応させてとある方向を睨み付けた。リリアーナの視線を追い、アルバートは執事服を着た男性を視界に映す。
「アルバート様は帝国に必要なお方。こんな所で、みすみすと殺させる筈がないでしょう」
陛下直属の側近にして隠れた最強。闇魔法を得意とする執事ーーークロウ・ウィーティアが、そこには居た。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
王城内。長い廊下を走る影が三つあった。
「こっちですシャルロットさん」
「は、はい。メル行くわよ」
「ま、待って下さい姫様ぁ」
何でも屋のコハク・リングスと、護衛対象であるシャルロット・ルビア・ウィン・アルカディア、そして侍女のメルティアの三人である。念の為に、王城内に貼り付けていた札で、敵の位置を把握しているコハクは、敵兵が居ない道を通って行く。とは言え、必ず敵兵が居ない所はなく、少数の兵士を倒して押し通る。
「ふぅ、これで最後ですね」
そして今、最後の敵兵を雷の符術で倒し終えて、周りを警戒する。『貴族派』が動き出したのだと、コハクは理解していた。何時もの如く近くには、マークが居ない事に嘆くが、それは放っておこう。
「あの男は何処に行ったのですかっ。姫様が大変だと言うのに、仕事をほっぽり出して」
「あ、はははは、なんかごめんなさい」
メルティアが、ここには居ないマークに憤慨の声を上げた。それが申し訳なく、謝ってしまう。本当に何処に居るんですかぁ、と自由奔放な青年を思い浮かべていると、貼ってある札が察知した。それも大きな魔力を。
「っ⁉︎ シャルロットさん下がってください」
「え、あ、はい。分かりました」
唐突に叫ぶ彼に、驚いたが、真剣な顔を見ると何かが来てると理解して、メルティアと共に後ろに下がる。油断もなく前方を見据えて懐から、札を数枚取り出した。すると、前からガシャガシャと音を立ててナニカがやって来た。何時でも動けるように魔力強化をして、視線を投げる。と、全貌が明らかになった。
「え? ………人形」
視界に映った物にシャルロットは、首を傾げる。そうそれは人形だった。子供と同じ背丈をした男の子の人形だ。まるで人間にそっくりだが、その動きや時折聞こえるカチャカチャと言う音が人形だと報せる。不規則な動きを見せる人形に、それでも警戒は怠らない。人形は、立ち止まるとカタカタカタカタと嗤う。そしてーーー
「ーーーお兄ちゃん。あ〜そ〜ぼ〜」
「………っ⁉︎ はっ‼︎」
人形が言葉を放ち、その手に巨大な大剣を顕現させた。声を発したと同時にコハクは動き、札を三枚投げ付ける。使う符術は、氷結と爆発だ。二枚の札が、足元に貼られると人形の両足を氷結させ、動けなくさせる。そして最後の一枚が、人形の額に貼られ、爆発を起こした。その爆発で、王城が揺れるが気にせずに、新たな札を投げる。気配察知で敵が倒れていないと分かったからだ。爆発によって発生した煙から、人形が飛び出す。
不気味にカタカタと音を鳴らして嗤う人形は、コハクが投げた札をその手の大剣で斬り裂くと、肉薄した。コハクは眼前に居る人形に、魔力で強化した掌底を叩き込むが、人形はそれを間に入れた大剣で防ぐ。
「アハハハハハハハハハハハハッッッ」
嗤い続ける人形に、眉を寄せて事前に設置した符術を発動させた。床や壁にある札が眩く輝き、業火が落雷が四方八方から人形を襲った。次の瞬間ーーー大剣で全てを捌き切れずに、人形は業火で燃やされ、落雷で貫かれた。
「これで終わりだよ」
トドメとばかりに、符術を使う。大きな棘が無数に発生して、全てが人形を刺し貫いた。それに尚も嗤っていた人形は機能を停止した。だが、
「ーーーまだ、終わりじゃないよ? お兄ちゃん」
「ぐっ⁉︎ な、なにが」
突如、耳に響く声。反応するよりも早く、コハクの腹部がナイフで貫かれた。痛みに耐えながら、急いでその場から離れ、視線を向ける。そこには先程のコハクが倒した人形が居た。瓜二つの子供の人形は、カタカタと嗤い、炎によって炭になり棘が無数に刺されたゴミを見据えた。
「ん〜まさか、三号が殺られるなんてねぇ。お兄ちゃん凄いや」
「……君は何なんですか」
人形の賞賛の声が、何故か気味が悪い。無邪気な人間のような顔をする人形に、コハクは聞いた。
「僕? 僕は二号だよ」
「二号………」
恐らく人形の作られた順番か。ならば、他にも多くの人形が居るのか、と推測した。
「如何したのお兄ちゃん? 行き成り黙るなんて」
「…………」
頭を回転させて、この場を如何切り抜けるか考えるコハクに、人形は首を傾げた。そして考えている事が分かったのが納得の声を出す。
「あぁ、もしかして逃げる算段でもしてるのかな。でも無駄だよ。だって僕が僕達が逃がす筈がないからね」
「何を言って………っ⁉︎」
声が聞こえた。それは目の前の子供からだけではなく、周りから響いた声だ。バッと考えを打ち切り見回す彼の視界に、嗤う数十ものこちらを囲う人形が映った。囲まれた⁉︎ その状況に逃げ場がなくなったと理解した。そして人形とは違う声音が響いた。
「これで逃げ場がなくなった。さぁ、如何するのかな」
「誰……ですか?」
人形達の中から現れたの一人の男性だった。コハクの質問にクスッと笑み浮かべて、男性は答える。
「初めまして。私は人形師アルディマと申します。所属は『十三死団』。そしてさよならです」
恭しく頭を下げた彼は、最後にそう告げた。その瞬間ーーー周りに居た人形達が集まり出してくっ付いた。バキグキと音を鳴らして、人形がお互いを取り込んで行く。そして数秒、そこには異形が居た。もうその姿に子供の面影はなく、金の瞳をコハクに向けていた。二メートル程の身長に、長い紺の髪。人間の姿の筈なのに、何処か異形。それが、この存在の印象だった。
警戒音がコハクの頭に鳴り響いた。異形の姿を見逃さぬと、見つめる。が、彼の視界から異形が消えた。余所見をした訳でも、瞬きをした訳でもない。ただ単にコハクの眼が追い切れない程の速度で動いただけ。
「くっ、我を護れ‼︎」
全方位に障壁を張る符術を使い、シャルロットやメルティアと共に自分を護る。しかし、異形はその障壁を抜き手で刺し貫いた。
「そんな⁉︎ でも、これで」
素手で自分の障壁を破った存在に驚愕するが、新たな符術を使う。行使するのは、土の符術。異形の足元が陥没して、足を取りその一瞬の隙に札を付けた右拳を放つ。衝撃波に包み込まれた拳が突き刺さる。だが、その一撃を異形は歪んだ笑みを見せて弾き飛ばした。
「ーーーーーッッッ」
拳が当たる寸前。コハクは後方に吹き飛んだ。壁に体がぶつかり、呻き声を漏らす。何が起きた。何をされたのか分からなかった。
「コレは私の最高傑作である人形だ。その程度で、倒せるとは思わないでくれ」
床に倒れるコハクに、アルディマは笑みを浮かべて言う。まるで、自分の玩具を自慢するように、手を異形に向けた。
「コレに正式名称はない。まぁ、一号と名付けるとしようか。それはさて置き、美しいとは思わないか?」
「……な…にを」
苦痛に顔を変えて、アルディマに視線を向ける。要領を得ない言葉に訝しんだ。それに対照的にアルディマの表情は恍惚だ。異形の体を触り、視線をコハクに向けた。
「この綺麗な肌、圧倒的な力、そして異常な程の美貌。何れを取っても美しいとは思わないか。この肌を作るのに、何人の人間を使ったか」
「っ⁉︎ 人間を使った?」
アルディマの言葉に不穏な一言を感じて、コハクは問い掛けた。それに彼は良い笑顔でソレを言った。
「一号に使われている肌は、本物の人間の皮膚なんだよ。色々な人間を捉えては、その皮膚を剥がしてね。全くあの時は煩かったよ。皮膚を剥がされただけで、泣き喚くんだから。私の研究に材料になるのだから、誉れの筈なのに恐怖するなんて、失礼な奴等だったよ」
何を言っているんだ。楽しそうに顔を歪めて喋るアルディマに、背筋が凍った。異常だ。この男は何処かが狂っている。
「く、狂っています」
黙って話を聞いていたシャルロットが、ついそう口を出した。それにアルディマは表情を変えて王女を見据えた。彼の眼を見て小さな悲鳴を上げる。無機質な瞳をアルディマはしていた。
「狂っている? この私が? 一体、私の何処が狂っていると言うのですか」
「ま、まずいっ」
その言葉から苛立っている事が分かり、行けないとコハクは行動を開始した。シャルロットの前に体を出して、庇う形を取る。が、そんなのは関係なくアルディマは、足を進めていく。
「あの王女、ムカつきますね。私は狂ってなどいない。私の行動を理解出来ない貴方達の方が狂っているのですよ。殺れ一号」
怒気を隠さずに言い、背後に居る異形に命令を下した。置き物のように動かなかった異形は、動き出した。初速から最高速度を醸し出し、コハクの眼では視認出来ない速度で眼前にまで進めた。振るうはコハクの障壁を貫いた抜き手だ。まだ、彼は異形を眼で追えていない。異形はコハクの胸めがけて抜き手を放った。
「………ふっ‼︎」
しかし、結果は先程とは違っていた。抜き手は何も捉える事はなく、空を切った。コハクがしゃがみ込んで、異形の攻撃を避けたのだ。そしてガラ空きになっている異形の体に肘打ちを当てる。めり込む感触を感じながら続けて、顎に回し蹴りを頭に叩き込んだ。全力で魔力強化をした蹴りは、破砕音を響かせて異形を吹き飛ばす。
「一号の一撃を避けた? 何故、如何やってさっきまでは避ける事すら出来なかったのに。まさか、この短時間で成長を? いや、それはあり得ない。何をしたのですか貴方は」
己の最高傑作が放つ抜き手を回避しただけではなく、反撃を加えたコハクに対してアルディマは、ぶつぶつと考察する。色々と思い付くが、それはすぐに違うと切って捨てる。ならば、如何やってと、好奇心が入った視線をコハクに向けた。
「ただ奥の手を出しただけですよ。僕のね」
「奥の手? ほぅ、貴方にそんなものが。少し見誤りましたかね」
彼の言葉にアルディマは、自分が実力を間違いたと口にする。だが、一体どんな力だ。首を傾げる人形師に、コハクは何の事はないと答えた。
「悩む必要はありませんよ。この奥の手は、運の良い獣人族なら、誰もが持っている力ですから」
「運の良い獣人族なら持つ力………そうか【転身】か」
少しのヒントで答えに行き着いたアルディマ。【転身】。それは獣人族の中でも稀の者にしか使えない力だ。獣人とはその昔、知恵があり言葉を喋る事が出来た獣が、人と交わって出来た種族だ。その獣人族の中で、その獣達の血が濃い者だけが【転身】と言う力を使う事が出来る。その身を自分が象徴する獣に姿を変える力が【転身】。変わる事によって、全ての物が超強化されるのだ。
「ここからが、全力です。行きますっ‼︎」
コハクはこっからが本番だと告げる。そして【転身】した。眼をカッと見開き、髪の毛を逆立てる。姿が変わる。人間のソレから白銀の狼に変化した。嘗ては、神狼フェンリルの眷属であり、獣人族で最速の速さを持ち一生消える事のない傷を与える存在。銀狼の姿になったコハクは、立ち上がる。生まれ変わった感覚。この姿になると、どんな事でも可能に出来ると錯覚してしまう。それ程までに全身を奔り漲る力。両手を握り締めて、実感する。この力の凄まじさに。
「コハクさん。それは………?」
背後で呆然とする気配を感じて、振り向くとシャルロットとメルティアが驚いた表情をしてこちらを見ていた。突然の変化に、驚きを隠せない。それを理解して、苦笑した後、コハクは優しい声音で言った。
「安心して下さい。すぐに終わらせますから」
コハクが口にするとは思えない言葉に、また驚く。【転身】したら少し気性が荒くなるのが、この力の悪い所だな、とまた笑う。そして彼の超感覚が、聴覚がこちらに来る音を拾った。
「無駄ですよ。こうなった僕は、少しだけ強いです」
今のコハクは、異形の動きを視認出来る事が可能だ。後ろから迫る人形に、頭上を飛んで躱し、着地と同時に後頭部を強打させる。ズドンッ‼︎ 鈍い音が鳴り人形が咄嗟に防御した右腕を破壊した。子供の時とは違い、無表情の顔を変えずに危険と判断したのか後ろに後退した。
「今の僕はその人形の動きが手に取るように分かります」
もう無駄だとコハクは言う。視力だけではなく、五感の全てが超強化されたコハクは、眼だけではなく聴覚から聞き取れる相手の動く音や、動く際に発生する風の音を聴き、眼以上に全方位を視る事が出来るまでに至った。それを使っての予測と予想は未来予知レベルまでに達する。その姿を見たアルディマは、笑みを浮かべた。
「素晴らしい‼︎ 是非その身体機能を私の人形に、組み込みたい」
「お断りします」
彼の頼みを考える事なく一蹴する。身体機能を取り込むなど、一体自分の体に何をされるか分かった物ではない。
「そうか。なら仕方がないね。君を殺した後に、手に入れるとするかな。一号」
アルディマの指示に異形は、突進する。しかし、動こうとする少しの動作で、何をするのか予測したコハクはもう目の前に来ていた。拳を顔めがけて放つが、異形はそれを左手で防ぐ。次に足を壊す為に蹴りを繰り出せば、今度は後ろに足を引いて避ける。次々と行われる攻防。方や両拳で迫り、方や片腕一本で防ぎ切る。異形の実力に驚嘆した。もう一本腕があれば、【転身】したコハクと互角ぐらいだろう。
(良かった。腕を壊しておいて)
片腕を運良く破壊出来た事に安堵の息を吐く。徐々に徐々に速度を上げて行き、異形はとうとう全てを防ぐ事が出来なくなっていった。左腕が弾かれ、顔、肩、胸、腹部と攻撃を与えて行く。仕掛ける事を忘れずに。
「これで終わりですっ‼︎」
異形の体には数十枚の札が貼られていた。これで幕引きだと、コハクは叫び魔力を全力で流してとある符術を起動した。貼られた札から燐光が舞い散る。それは幻想的な光景だった。羽毛の如く舞う燐光が辺りを覆って行く。そして燐光が点滅を始めた。次の瞬間ーーーカッと閃光が異形を包み込んで奔った。閃光の中に囚われたモノは、体が崩れて行く。異形の体が、ボロボロと崩れる様子を見てアルディマは叫んだ。
「あ、あぁ私の一号が。私の最高傑作が、壊されて行くぅ⁉︎」
目の前の光景が信じられないと頭を振る。それでも現実だと、異形を崩す燐光が光る。コハクとっておきの符術『破滅の閃光』と呼ばれるソレは、閃光の中に居る者を存在問わずに崩壊させる符術だ。まぁ、マークには全く効きはしなかったが。とはいえ、この符術にも欠点がある。それは相手に近付き、札を体に貼らなければ行けないという事。そしてもう一つが魔力消費が激しい事だ。完全に崩壊した異形の姿を確認し終えると、次に移動してアルディマの腹部を殴り付けた。
「ガハッ⁉︎ ば、馬鹿な」
人形師の方は強くないのか、それだけで意識を奪った。アルディマを倒したコハクは、獣人の姿に戻っていく。
「…はぁ…はぁ…はぁ…」
【転身】は予想以上にコハクの体力を奪ってしまう。故に奥の手だった。まさか、こんな序盤に奥の手を使う羽目になるとは思いもしない。何とか荒い息を整えて、心配そうにこちらを見るシャルロット達に視線を向けた。
「これで敵は居なくなりました。さぁ、早くここから離れましょう」
笑顔を浮かべて先を急ぐように進めた。こうして、『十三死団』との初戦はコハク側が勝利したのだった。
コハク君が序盤で奥の手を使ってしまった。