第六話 激戦
城下町のとある一角で、執事服を着た男性と無骨の弓を持った美女が戦闘を繰り広げていた。少し離れた場所には、この国の宰相アルバート・デニーロが居る。
「遍く闇よ。彼の敵を縛り破壊せよ『ダークウィア・レイス』」
闇が広がる。美女リリアーナ・ウィンベルさえも包み込まんと、闇夜が広がった。クロウ・ウィーティアが唱えたのは最上級闇魔法だ。彼女の足を手を広がった闇が手を形作り、体を縛り付けた。そして闇夜が一つの球体に凝縮され、リリアーナに放たれる。破壊を齎す闇の一撃が迫る、が彼女は手に持つ弓を強く握り締めると、弓から閃光が迸り縛る闇の手が霧散した。と、同時に一瞬で矢を番って魔力を込め射放った。閃光と共に突き進み矢が、闇夜の球体と激突して爆発した。
「ふむ、流石は『十三死団』。この魔法と相殺ですか」
「お褒めに預かり光栄ですわ。それで、このあたしの一矢を相殺させる魔法を放つ貴方は、何者なのですか」
先程からコレらの繰り返しだ。リリアーナが矢を放てば、クロウの闇魔法で相殺され、今度は闇魔法を放てば、彼女の一矢で相殺される。それが何度も繰り広げられていた。故に疑問だった。情報では、これ程の強者はルドルフしか居ないと聞いていたのだ。それがまさか、ただの執事がこれ程までの力を持っていたとは思いもしなかった。しかも、使う魔法は闇属性の魔法だ。アルバートも使っていたが、この男が使う闇魔法は断然に威力が違う。完璧に使いこなしている。
一体、何者なのか。リリアーナは冷静に観察して、クロウを見据える。
「そろそろこの膠着状態も飽きて来まいましたね。次に移りましょうか」
リリアーナの質問に答えず、この長期間保っている状態を次に進ませる為に闇魔法を発動させた。
「無駄ですよ。貴方が闇魔法を使ったとしても、あたしの矢が相殺させます」
「言ったでしょう? 次に移ると、これから発動する魔法は、先程の比ではありませんよ」
無駄と答える彼女に、笑みを浮かべて返すクロウだ。その自信に訝しむと、それは発動された。
「我は闇の王なり、我は闇を掌握する者、闇は我の共にして歩む者、闇こそが我であり、我こそが闇そのもの」
己こそが闇と謳い、闇こそが己そのものと告げる詠唱。自分が闇を統べる王と名乗り、誰よりも闇を知っていると言い放つ。
「祖は闇の化身、我を象徴たる闇よ、全てを飲み込み、包み込め」
闇によって生まれた化身だと言い、常闇こそが自分を象徴する物だと答える。
「刻め、これこそが闇の真髄。古代闇魔法『常しえの闇夜』」
「ーーーーッッッ⁉︎」
瞬間ーーー変わる。リリアーナの周りが夜に閉ざされた。音が無い無音の世界だけが、ただただ広がる闇夜の領域。そこには自分一人しか居らず、誰も見えない。そして、押し潰されるように体が全方向から圧縮された。
「そこからは、逃げられませんよ」
「くぅッ⁉︎ これはまさか、古代魔法」
何処かから聞こえる男の声に、自分が体験している魔法を推測する。古代魔法。古の時代に使われた強力な魔法だ。余りの強大さに、先の時代に伝わる事なく朽ち果てた魔法が古代魔法である。圧縮される領域にリリアーナは、為す術もない。
「抗っても無駄です。ソレは打ち破れない」
「くぅぅぅぅっ⁉︎ この眼で古代魔法を見る日が来るとは思いもしなかったわね」
徐々に強まる力に、それでも彼女は軽い言葉を放つ。だが、強まる力に脂汗を流していた。まるで、何時間を体感で感じてその世界に残されて行った。
それは丸い十五メートル程の玉だった。その玉を見ながら、クロウは後ろに居るアルバートに声を掛ける。
「大丈夫ですか? アルバート様」
「う、うむ儂は平気じゃ。それよりも、それは何じゃ」
無事だと告げて、目の前にある玉が何なのかを尋ねる。
「何と言われましても、これはただの玉ですよ? まぁ、古代魔法で作られた物ですがね」
「古代魔法じゃとっ⁉︎」
対した風ではなく語る魔法に、驚愕する。陛下の側近にして懐刀である執事。彼の出自は陛下から少ししか聞いていない。正体不明の存在だ。ただ分かる事は陛下からの信頼が厚いと言う事だけ。
「そうです。古代魔法『常しえの闇夜』。相手を闇夜の領域に誘い、そのまま闇夜ごと押し潰す魔法」
「………それは凄まじいのぅ」
クロウの説明と共に、目の前の玉が縮まって圧縮されていく。玉の中から聞こえる苦痛の声は、恐らくリリアーナの物だろう。声が聞こえた時、クロウは玉に向き直り口を開いた。
「無駄と言った筈ですよ。貴女では抗えません」
諦めろと、抵抗するだけ無駄だと言う。それでも玉の中から聞こえる声は、何処か軽い物だ。それに首を振り、クロウは最後だと言わんばかりに、右手を突き出して魔力を込めた。
「ならば、そのまま抵抗しながら死になさい」
慈悲はないとクロウは、右手を握った。瞬間。その動きに連動するように玉が、勢い良く圧縮した。ギチギチギチギチと異音を鳴らし、遂には小さな小石程度まで縮まった。中に居るであろう彼女も、無残に体がすり潰された事だろう。
「それでは行きましょうか。アルバート様」
「うむ、了解じゃ」
目の前の執事の力量に背筋を凍らせて、改めて驚嘆する。流石は陛下が認めた存在だ。立ち上がり、クロウの後ろを追い掛けようとしたアルバートだが、突然立ち止まるクロウに首を傾げた。
「………まさか、『常しえの闇夜』から離脱するとは、一体どのような手を」
「あら、それを敵に教えると思うの?」
「…………ッ⁉︎」
静かな口調で喋るクロウに、返事が返って来た。聞いた事のある女性の声だ。驚いたアルバートは、声の在り処を探して、周りを見回す。そして見付けた。変わらない微笑を貼り付けた美女リリアーナ・ウィンベルが確かに立っていた。少し脂汗を掻いているものの、五体満足で存在している。無骨だった弓が、黄金色に輝いている事を除けば、何も変わらない。
「成る程、その弓の力ですね」
「ふふっ、なんの事かしら」
確信した声音で告げるも、微笑で誤魔化す彼女。誤魔化しても、その弓が何かをやったのだと簡単に予想出来た。リリアーナは、油断なく目の前の執事を見る。古代魔法の使い手なのだ。油断など出来る筈もない。体には傷はないが、危なかった。チラッと手にある弓を見た。コレの解放が少しでも遅かったら自分は、死んでいただろう。
「さぁ、戦いを再開しましょう。だけど、貴方にはもう攻撃はさせないけどね」
さっきよりも強力な古代魔法を使えるかも知れない。だからこそ、もう二度と攻撃はさせない。弓の弦に手を掛ける。矢など解放したこの弓に必要ない。そのまま、指に挟んだ弦を引き絞る、すると金色の矢が弓に番う形で生成された。
「ッ⁉︎ それはもしや⁉︎」
「………死になさい」
眼を見開くクロウに、矢を放った。金色の閃光となった矢は、突き進んで行く。咄嗟にクロウは最上級闇魔法の防御『ダークレイ・ハウンズ』を使うも、閃光は意に返さない。そして鏃はクロウの左腕を刺し貫いた。
「ぐぅっ⁉︎」
「クロウっ‼︎」
奔る激痛に苦悶の声を漏らすクロウに、アルバートが駆け寄り回復魔法を唱える。が、一向に回復する兆しが見えない。
「何故、回復しない⁉︎」
「無理です。あの弓の所有者を倒さなければ、この傷は回復しません」
「やはり、あたしの弓を見て驚いたと思ったら知っていたのですか」
何かを知っているような口調に、アルバートが聞くよりも早く彼女が言った。リリアーナが持つ弓はただの弓ではない。いや、解放しなければ普通の無骨な弓だが。解放さえすれば、ただの弓とは一線を画す物となる。その弓に矢は必要とせず、弦を引き絞れば矢が勝手に生成される。そして魔力を込められた矢が敵に命中すると、敵の傷を癒す事が出来なくなり、とある呪いを付与させる。
その呪いとは、矢を命中させた敵の魔力を、自分に吸収していくものだ。故に回復は出来ない。
「『魔弓キース』。忌み嫌われた呪いの弓です」
「えぇ、その通りこの弓は『魔弓キース』ですよ」
『魔弓キース』。とある人物が呪いを込めた弓。その呪いを解くのは、所有者の殺害だけ。即ち、リリアーナを殺さなければ、クロウの魔力が底を尽き死に至ってしまう。だが、クロウは現在進行形で、魔力を吸われ続けている。その所為で上手く魔力が練れないで居た。
「さて、始めましょうか。本当の戦いを」
絶体絶命に陥ったクロウ達に、リリアーナは微笑を貼り付けてそう言った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ルドルフ・ゼスフォードは、王城から離れた人工林をゆっくりとした動作で歩いていた。鋭い視線で、武威を迸らせる。歩いていると視界に一人の青年が映った。国中から聞こえる爆音に怯える事なく平然としている青年だ。
「貴様がマーク・ウエダで良いな?」
「ん? そう言うあんたは誰だ」
「私は帝国軍総大将ルドルフ・ゼスフォードだ」
「へぇ、あんた総大将なのか」
青年ーーーマークは眼を細めてルドルフを見た。帝国軍総大将と名乗る男を。ルドルフも目の前の青年を見据える。腰に差す魔剣を抜き払う。その刃の色は朱。もう既に魔剣解放は済ませていた。そこに油断はなく、最初から全力だと分かった。ルドルフはここに来る前の会話を思い出していた。それは『十三死団』団長ゼオンに声を掛けられる所から始まる。
「ルドルフ。お前には役割がある」
「………役割? 私にか、一体なんだ」
話し掛けてきたゼオンにルドルフは訝しみ、視線を向ける。それに笑みを浮かべて、役割を言った。
「お前には、ある奴を食い止めてもらいたい」
「ある奴だと?」
ますます訝しむルドルフに、ゼオンは頷いた。そして言葉を続ける。
「あぁ、奴を止められなければ、この計画は全て瓦解する。これは絶対だ」
「っ⁉︎ それは本当なのか」
「本当だ。だから、帝国最強のお前に食い止めてもらいたい」
信じられなかった。この計画で動いている者は、多く居る。『十三死団』を含めて。それをたった一人が動くだけで、瓦解する? とても信じられる物ではない。間違いではないのか、と聞くが返ってきた言葉は、本当だと言う断言だった。しかも、そこにゼオンを笑みはなく、至って真剣そのものだ。何者なのだ。その人物は。『十三死団』の団長にそこまで言わせるとは。気になったルドルフは聞いていた。
「その者の名前は………?」
「マーク・ウエダ。帝国宰相アルバート・デニーロが雇った何でも屋だ」
何でも屋。その言葉に聞き覚えがあった。陛下が言っていた者達だと。会話の記憶を思い出して、改めて眼前に居る青年を見据えた。強そうには見えない。しかし、魔剣の力を使い魂を視た。
ーーーゾクッ‼︎
「…………ッッッ⁉︎」
瞬間ーーー汗が噴き出し背筋に悪寒が奔った。彼の魔剣『魂喰らい』は、その性質上、相手の魂を感覚的にだが視る事が出来る。ルドルフは、その力を使ったに過ぎない。その為、見てしまったのだ。目の前の人間の皮を被った化け物の力を。最初に感じたのは、常識から外れた魂の波動だった。全身がガタガタと震えるのを必死で抑える。勝てる想像が思い浮かばない。如何勝てと言うのだ。恐らくゼオンは知っていたのだろう。
この男の力を。だから、自分を向かわせたのだ。勝てないと分かっていて、足止めさえ出来ればと。捨て駒。その言葉が脳裏に過った。
「で? その総大将が、態々俺の前に現れた理由はなんだ」
獰猛な笑みを見せて、分かっていながらマークは質問した。恐れを隠して、ルドルフは答えた。
「………なに、ここで貴様を足止め、いや殺しにきただけだ」
「俺を殺しに? それは楽しみだな」
ルドルフの言葉に、彼は喜びを上げて笑みを浮かべた。自分を殺しに来た者など居なかった。故に、嬉しさが込み上げてくる。殺し目的で来た相手に笑う姿は、異常にしか見えない。内心で化け物め、と蔑み魔剣を構えた。もう話す事はないと言うように。柄を握り締め武威を放つ。歴戦の戦士が放つ武威の中で、より獰猛に口に弧を描く青年だ。はたから見れば、帝国最強の戦士と、ただの青年が相対してる余りに異常な光景にしか見えない。
「早く掛かってこいよ。今なら戦いを挑んだ敬意を賞して、五分間は攻撃をしないぞ」
「………ふん、ぬかせっ‼︎」
巫山戯た物言いに対して、恐怖よりも怒りが勝った。自分より歳が下な小僧に、言われてルドルフは怒りを募らせた。安い挑発だが、恐怖心を和らげる為にその感情に身を委ねる。と、言ってもあくまで内心は冷静に、行動するが。その程度で身も心も憤怒に任せるなどルドルフは若くはない。一足飛びで彼の元まで近付き、魔剣を一閃する。最初から全力で、貯蔵した魂を全て超強化に回している。超強化された一閃は容易に鉄すら切断する。しかし。
「………おっと」
「くっ…………‼︎」
首を後ろに下げる事で、容易く一閃を避けた。顔を歪めてルドルフは、それでも剣速を上げ、威力を上げ過去最強の一撃を放つも、その悉くが避けられる。全く当たる気配がしない。この男は未だに自分を甘く見ているのだろう。こんなにも剣閃を放っているにも関わらず、攻撃を仕掛けてくる素振りを見せない。恐らく、さっき言った言葉を実践しているのだ。五分間は攻撃をしないという驕りの発言を。だが、ルドルフは知っている。あの言葉は驕りでも慢心でもない事を、確固たる事実を告げていた事を。
現に自分の斬撃は、こうも容易に避けられているのだ。己の剣技とは何だったのかと、考えさせられてしまう。しかし、これ以上、やっても同じ事の繰り返しにかならない。ならば何か必要だ。今を変える何かが。考えろ。ルドルフは、これまで培ってきた戦闘を思い直して思考した。自分には一体、何が足りない。この男の弱点とは何か。考えを止めるな。思考を停止させるな。考え続けろ。自分が経験した幾千の戦場。避け続けるマークを睨み付けた。
そして見付けた。確かにこの男は強い。理解不能な程に。だが、体捌きが足捌きがまるで出来ていない。恐らく、そこまで戦闘経験を積んでいる訳ではないのだろう。余りにも圧倒的な力で、全てを終わらせてしまったが故に手に入れる事が叶わなかった。狙うとしたら、そこしかない。ルドルフはマークの戦闘経験の無さと言う唯一の弱点を看破した。
「ふんっ‼︎」
足を大きく踏み込み、逆袈裟斬りをする。が、マークは横に体を傾ける事で斬撃を避けた。
「っ‼︎ 掛かった‼︎」
「………なにっ⁉︎」
突如、斬撃が曲がった。彼は斬撃が曲がった事に驚いてはいない。確かに凄いが、簡単に避けられるのだから。彼が驚いたとは斬撃を曲げると同時に、ルドルフが前に踏み込み握られた土を投げられ、視界を隠された事だ。その一瞬の隙を見逃さぬ程、戦闘経験は少なくない。そして曲がる斬撃もハッタリで、剣を手から離した。次の瞬間。ルドルフは懐に潜り込んだ。拳を腰に構えた。
「我が前に立ちはだかる者は、何人たりとも許しはしない。断罪の炎によって裁かれよ。『断罪の炎滅』」
発動するは最上級魔法の中でも最強に位置する炎魔法。腰に構えた拳から紅蓮の炎が迸る。燃やし尽くす断罪の炎撃。ルドルフは躊躇無くソレを放った。紅蓮に光る火炎がマークを呑み込む、後方にある木々を焼却した。その炎を留まる所を知らず、膨れ上がる。遂には五十メートル超の火柱が爆発した。凄まじい爆音と風圧が、人工林を蹂躙して行く。爆発地点であるルドルフは、息を荒くしていた。
「はぁ……はぁ……くっ、化け物め」
そして忌々しそうに眼前を見て吐き捨てた。ルドルフほ眼前、目の前には服が少し敗れた程度のマークが立っていた。勿論、無傷で。
「凄いな。まさか、一撃貰うとは思わなかった」
眼をパチパチと瞬きさせて、先程の光景を思い出し賞賛した。凄いと。あんな攻撃は初めてだと。そこで、マークは自分の唯一の弱点に気付いた。
「成る程な。俺の戦闘経験の無さを付いて攻撃を当てたのか」
「…………くっ」
全ての敵を瞬殺したが故、ルドルフの搦め手を避ける事が出来なかった。確かにマークの戦闘した中で、土をぶつける者や武器を手放す者は居なかった。だが、ルドルフは読みが甘過ぎた。恐れ故に怖気故に、攻撃が当たりさえすれば、勝てるとルドルフは思っていたのだ。この埒外な存在には、無駄だと言うのに。
「だけど、惜しかったな」
だからマークは言う。惜しかったなと。ルドルフの表情が歪む。
「じゃあそろそろ、俺も動くぞ」
「………なんだと⁉︎」
この化け物が動く。その答えは、マークが提示した五分を過ぎた事を意味した。
「お前はこの世界で、初めて俺に攻撃を当てたのかもしれねぇな」
一歩踏み込む。化け物との距離が縮まった。徐々に彼の体から漏れ出るのは、理解不能の重圧だ。林の何処かが軋む音を鳴らす。
「お前には良い経験をさせて貰った。これで俺は一つ戦いを覚えた」
もうマークに搦め手は通用しない。彼は覚えてしまった。とはいえ、戦闘経験が皆無なのは変わらない。なら、如何すれば良いか。
「幾ら俺に【才能】があっても、戦闘経験は補えない」
例え【全ての才能を司る能力】があろうとも、戦闘の【才能】はあってもただそれだけだ。経験までは手に入らない。
「だから俺は、別で補う事にする」
ならば、別の事で補えば良い。運良く彼には膨大な【才能】と、力があるのだから。右手を前に突き出す。と、警戒心を露わにして、ルドルフは構えを強めた。だが、構えなど意味をなさない。今からマークがする事は、防ぐ事は出来ないのだから。
「………【反転】」
「ーーーーッッッ⁉︎ ガハッ⁉︎」
一言告げた。別に口にしなくても発動は出来るのだが、マークはソレを口にした。瞬間だった。ルドルフの視界が逆さになった。頭から地面に激突する。何が起きたのか理解が出来ない。ただ感じた事は天地が上下逆になったと錯覚した。だが、すぐにあり得ないと切って捨てる。天地を逆転させるなど、人間の力ではない。
「く、何をした」
痛む頭を抑えながら、魔剣を構え聞く。
「何ってお前が感じた通りの事をやっただけだ」
それに返ってきた言葉は、まるで頭を見透かしたような発言だった。自分が感じた事をやった? 天地逆転を? 馬鹿な事があるか。到底、信じられない。確かに目の前の青年は強い。圧倒的までに。だが、それでもそこまでの事が人間を超えた力を出せるとは思えない。頭で否定を繰り返すルドルフだ。ルドルフは真の意味で、マークの強さを把握していなかった。余りに理解の範疇を超えている青年に、ルドルフは信じたくなかっただけだ。
自分の中の常識が壊され、認めたくはなかった。この男の存在を。人であって人でない者の事を。
「ふざけるな。認めてなるものかぁ⁉︎ 貴様の存在などッ」
故に叫ぶ。己の常識を護る為に、そしてコレ程の力を持つ青年を野放しには出来ないと。赤く紅く魔剣の刀身が、輝く。今ここでルドルフは禁じ手を使った。
「我が魔剣よ。私の魂を喰らえ。そして力をッ‼︎」
ドクンッ。まるで所有者の言葉に反応するが如く音が鳴った。柄から朱色の管が現れ、ルドルフの血管に刺さり血を吸われる。呻き声を出しながも、それに身を委ねた。ドクンッ。ドクンッ。と、心臓が勢い良く鼓動する。瞳の色が剣と同じ朱に染まり、体内に入れられた管が血管のように浮かび上がる。意識を保つのがやっとだ。これは、奥の手と呼ぶには危険過ぎる力。魔剣の全てを引き出す変わりに、自分の魂や体を差し出す禁じられた業。人でなくなる変わりに、人以上の力を使えるまでに至る。
「ぐぅっ……がはっ……がぁ⁉︎」
全身に想像絶する激痛が奔り、大量に脂汗を流す。痛みを振り払う為に、紅き魔剣を横に振るった。大気が裂かれ、数十メートル離れている木々が切断された。それだけでは、留まらずその斬撃は人工林から見える王城の一角を斬り崩す。魔剣に捧げたが故に手に入れた力だ。先程よりも強力になって、ルドルフは剣をプランと垂らして睨む。
「随分とバージョンアップしたな。総大将」
「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッッ‼︎」
魔剣により強力になった事に、嬉しそうに声を掛けるも、ルドルフは最早、人語など発せず一瞬で詰め寄り、剛剣を放った。紅い軌跡を描き、下から上に行われる逆袈裟を、マークは腕によって弾く。伴い生じる爆風と衝撃波が放射状に発生して、林を蹂躙させる。次いで弾かれた勢いを利用して、片足を軸に体を回転させて横一閃に振るうが、それも手で弾かれる。それでも止まらないルドルフの斬撃だ。しかし、二人の応酬は、数百を超えた辺りで終わりを見せる。
「ぐぅぅぅぅごがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッッ‼︎」
人を辞めた叫びを放ち、魔剣を掲げた。すると、紅き魔剣がルドルフの腕と同化する。彼に右腕はなくなり、一つの剣に変わった。それだけでは終わらず、剣に変貌した右腕がグニャリと蠢いた後、元の右腕に戻った。
「……………」
先程までの叫びが嘘のように、無言になり完全に魔剣と一体化したルドルフは、紅き瞳でマークを見据えた。そしてーーー
「gjmdjがjmvsmtギnjnsmt」
人ですらない言葉を言い放つと共に上段から振り下ろす。それによって発生する衝撃は、さっきの比ではない。地面を吹き飛ばし、大きな斬痕を奔らせた。
「はは、益々楽しめそうだな」
その姿を見てより獰猛に笑う人外が一人。ルドルフと言う傀儡になった体は、彼の言葉に反応したのか、それとも別の事に反応したのか定かではないが、マークに顔を向けたと同時に地面を蹴って肉薄した。
「dmjdwグjmjdtwpラべamjmtdmw」
意味不明な言葉の羅列を吐き、振るうはルドルフにとって過去最強の斬撃だ。迫るは魂を傷付ける事が出来る最高位の魔剣。マークは、後退して斬撃を躱すと握り拳を作り、遂に攻撃の動作に映った。そしてーーー
「ーーーーッッッ」
放つは一撃で全て悉くを消し飛ばす人外の拳。人間の知能が残っているのかすら怪しいルドルフは、それを本能からか直感で避けた。当たらなかった拳は、顔を横切り背後にある林を消し飛ばし、地盤が陥没して一つのクレーターを生み出し地形を変えた。避けた筈のルドルフは、拳から発生した衝撃波で横に吹き飛んだ。
「避けられるとは、思いもしなかったな」
そこで自分の一撃を避けられた事に、少しだけ驚愕を露わにした。この世界に来て、マークの一撃を避けた者は居なかった。しかし、驚いた物の何処か納得した。あの一撃をルドルフは、視認出来ては居ない。ただ戦ってきた戦闘経験による直感と技量で避けて見せただけなのだ。それだけで、マークは己の経験と技量のなさを痛感し、驚嘆したのだ。吹き飛んだルドルフは、むくりと立ち上がり、またナニカの言葉を発した。
「ajjdtwtvMdlgtmt2ガdttpaegdwngptッッッッ‼︎」
両の掌から紅い剣を出し、マークめがけて疾走する。瞬く間に近付き、二つの剣で斬り掛かるが、もうそこにマークは居なく、背後に移動しており、左拳を握り締め放とうとした時、ルドルフの背中が膨張した瞬間ーーー背中から幾つもの紅い刀身が突き出し、マークを襲った。しかし、彼の体に触れるとパリンッと砕け散り、突然に飛び出した刀身を意に返さず、握った左拳を振り抜いた。
それを直感で気付き、培ってきた技量で受け流す。が、受け流しにいった剣が両方とも砕かれ、いなす事が出来ずに圧倒的暴力が迫る。寸前、地面を全力で蹴り後ろに飛んだ。瞬間。拳はルドルフを捉える事は無かったが、拳圧の砲弾が襲い掛かり、全身を揺さぶった。しかし、自ら飛んだ事で威力は半減され、そこまで吹き飛ぶ事はなく着地した。そして、また掌から出した剣を構えた。
「へぇ、本当に楽しませてくれるな」
拳を振り抜いた状態で、マークは笑みを深める。“世界を壊さない”為に、手を極限まで抜いているとはいえ、未だに存命する初めての相手に少なからず歓喜した。
「まだ俺を楽しませてくれよ。総大将」
そしてマークは言い放ち、人ではなくなったモノを見据えた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「さぁ、如何したのですか? 手も足も出ないとは、つまらないですよ」
「………くっ」
頭上から飛来する数十もの閃光を、避けながら走りクロウは、闇魔法を放つ。だが、それもすぐに閃光によって消され、襲い掛かれる。一撃でも当たれば、自身の魔力を吸収し続ける忌み嫌われた魔弓から射放たれた閃光と見まごうと程の矢が迫り来る。
「クロウ殿っ‼︎ 彼の者に加護を与えたまえ『全身強化』」
危機を感じたアルバートは、クロウに補助魔法である肉体強化を施す。魔法の発動と共に全身が淡く光り、体に力が漲る。
「感謝します。………はっ‼︎」
アルバートに礼を言い、脅威な速度を出して彼女の元に駆け抜ける。行かせまいと矢が、閃光と成り進行を阻もうと襲い来る。上級闇魔法に位置する『レイス・ウィア・ダーク』を発動させ闇の光弾を生み出し閃光の側面めがけて放なち、軌道を逸らさせる。衝突音が鳴り響き、闇の光弾は弾かれたが、計画通りに閃光が上に逸らされ、クロウの頭上を奔った。
「やりますね。ですが、まだですよ」
威力で負けている魔法で、自分の一矢を逸らした事に賞賛の声を上げる。だが、それだけだ。一瞬にして新たな矢を生成する。こちらには弾の数など無いような物。それは例え放った矢が外れても、番う動作など必要がない。故に、タイムラグなどない。0.1秒と言う時間で生成した矢を射放つ。
「ッ⁉︎ これは………⁉︎」
否、射放たれなかった。リリアーナの足元にある自分の影が、意思を持ったかのように動き、彼女の体を縛ったからだ。
「やっと捕まえました」
「これは既存の魔法ではありませんね」
己を縛る影を観察して、問い掛ける。既存の、既に存在する魔法に、このような魔法は無かったと記憶している。別に全ての魔法を知っているとは言わない。だが、影を操る魔法など彼女の記憶にはなかった。ただ単に知らないだけかも知れないが。リリアーナは、何故か違うと断定出来た。
「貴女の言う通りです。これは、私だけの魔法」
返ってきた答えは肯定する物だった。魔導書や、書物には載っていない魔法。だが、古代魔法ではなく、己が持つ唯一無二の魔法と言える。固有魔法。それがこの魔法に適した名称である。『闇影魔法』。この名がクロウが持ち、現在行使されている固有魔法だ。名前の通りに影を操る魔法で、その活用法は多種存在している。一つは今やっている縛って拘束する事。そしてもう一つは、
「刺し貫け『闇影魔法』」
「…………ッッッ⁉︎」
自身の影から棘が現れて、リリアーナの体を刺していく。全身を貫かれる痛みに苦悶の声を漏らすが、それでも平静を保つ。これが『闇影魔法』のもう一つの使い方。影を自在に操り、形状変化させて攻撃し、影の中に入り移動する事を可能にする。しかし、『魔弓キース』が輝くと影の棘が崩れた。
「………その魔弓。如何やら魔力吸収以外の力がある様子ですね」
「ふふふ、それは如何でしょうか」
『魔弓キース』は所持者すら破滅に導く呪いの武具だ。だからこそ、この弓には謎が多い。そんな弓が何故、魔力吸収と言う力が有名なのかは、この弓を所持していた昔の人間が唯一記していたからだ。呪われた弓を考察し、弓の所持者は傷付きながらと余裕の笑みを浮かべる。そんな時だった。
「「「ーーーーー⁉︎」」」
突然だった。突如、城下町をいや、国全体を揺るがす振動が見舞われた。逃げ惑う人々は、余りに大きな振動に倒れる者が現れる。激震に等しい衝撃に戦闘をしていた二人と宰相は我に返り、振動が発生した震源地を探して周りを見渡して硬直した。
「なんなんじゃ、アレは………?」
彼等の視線の方角。そこは本来なら綺麗な人工林が、ある筈の場所だ。なのに、何故その人工林の半分が綺麗さっぱりと消滅しているのか? 正しく眼を疑うような光景。何が起きたらこうなるのか。三人には全く分からなかった。しかし、分かる事はある。それはーーー
「あそこには、一体ナニガ居るのだ」
アルバートが一言を呟いた。あの場所には、どの用な化け物が存在するのか、と。それはクロウやリリアーナも思っていた事だった。そして次に耳を劈く爆音が鳴り響き、激震が奔る。ナニカが戦っている。その事を理解したと同時に、彼等は本能が恐れた。鳴り止まぬ轟音と、辺りに奔る激震。その二つが終始響き渡る。まるで、戦争でも起きているのかと錯覚しそうな程の音。それが突然にピタリと止まり、静寂が訪れた。
「………終わったのか?」
先程までと打って変わっての静寂に、不気味に思いながらもアルバートは口にした。恐らくあの林で行われたナニカの戦いが終わったのかと考える。『十三死団』のリリアーナも林の方向に視線を投げていた。自分達の計画に先程の物はなかった。ならば、別の何者かが行ったとされると推測出来る。では、一体誰が? そこまで考えて即座に切り捨てた。何故なら背後から執事が迫っていたのだから。
「闇よ我が手に来れ。『ダークブレッド』」
闇がクロウの手に集まり、一つの弾丸として放たれた。中級闇魔法と言う階級が一つ落ちた魔法に、リリアーナは訝しみながらもソレを撃ち落とす為に閃光の矢を作り、狙いを定めて射放つ。矢と闇の弾丸が衝突する。だが、結果はリリアーナが予想していた物とは違っていた。抵抗なく矢を弾き、弾丸はリリアーナの肩を抉った。
「ーーーーッ⁉︎ あたしの矢が」
己の魔弓の矢が容易く弾かれた事に狼狽する彼女だ。が、そんな暇さえ与えずにクロウは『闇影魔法』を行使して影の剣を作り肉薄した。振り下ろされる影剣をリリアーナは、魔弓で受け止める。ガギンッ‼︎ とぶつかり合い二人はお互いを睨み付けた。
「如何やって、あたしの矢を弾いたのですか」
「教えるとでも」
軽口を叩き合い、次の瞬間。リリアーナは魔弓に魔力を込めた。すると、淡く輝き、影剣を包み込むと消失させる。また見せた魔法の消失に、クロウは驚くが冷静に分析した。やはり、あの弓には魔法を打ち消す力が宿っている。そうと分かると、新たな影剣を作り、再度接近した。
「もう、その魔法はあたしに効きませんよ」
「それは如何ですかね」
一瞬で迫り振るう剣に、リリアーナは微笑を浮かべて同じく魔弓に魔力を込めた。そしてーーー
「………掛かりましたね」
振るわれた剣は突如として消えた。リリアーナが持つ魔弓の力ではなく、本人が消したのだ。それに眼を開く彼女に対して、とある魔法を唱えた。
「障害を、我の覇道を阻むモノを万物悉く破壊せよ」
「これはッ⁉︎ マズイですね」
クロウが唱えた詠唱に、とある魔法が脳裏を過る。あの魔法が発動されれば、魔弓の力でも消失する事は出来ない。リリアーナの『魔弓キース』のもう一つの力。それは『侵食』。あらゆる魔法を蝕み喰らい消失させる。それが、今まで見せた魔弓の力だ。しかし、今からクロウが放とうとしている魔法は、『侵食』でも喰らえない。そして益々、疑問が深まる。あの魔法を使える、あの男は何者なのか、と。
一瞬考えるが、そんな事を考えるよりも、あの魔法の対処を優先させて、思考を変える。今まで使う事はなかった背にある数十の弓を見る。仕方がないか。相手が恐らくは、もう一つの奥の手を使ったのだ。そして此方が使わなくては生きられないのなら、しょうがない。そう判断すると、背にある弓全てを頭上に投げた。
「壊せ、壊せ、壊せ。そう全てだ。我の邪魔をするモノなど、要らぬ。永久の果てに消滅しろ。古代魔法『ジ・アビス』」
そして古代闇魔法を発動させた。その瞬間、ソレは顕現した。クロウの背後に漆黒の太陽が現れる。それは触れるモノ全てを破壊する太陽だ。眼前にあるモノを破壊しながら、迫り来るソレにリリアーナは、自分の最強の手札を解き放った。
「ーーー解放。降り注ぎなさい」
その言葉と共に頭上に投げた筈の幾つもの弓が、空中で静止して光を帯び始める。と、光が迸りその全てが形を変えた。すると、リリアーナが手を上げると、一斉に弓が方向を漆黒の太陽に向けた。そして、手を振り下ろした次の瞬間。全ての弓に光の矢が番われ、放たれた。放たれた矢が一つに纏まり、閃光の奔流となり、太陽と激突する。お互いに鬩ぎ合い、太陽は破壊する為に、閃光は『侵食』する為にぶつかり合った。拮抗しあって間も無く、カッ‼︎ と光が視界を覆った。次いで遅れて爆音が響く。
「まさか、私の『ジ・アビス』と相殺とは。それが、貴方の切り札ですか」
「それはこっちの台詞ですね。あの古代魔法の中でも、有名な破壊魔法を使えるとは思いもしなかったわ」
言外に貴方何者と告げる彼女に、クロウは肩を竦めて、今の自分では勝てないと悟った。己の持つ最強の魔法を、相殺されるとは思いもしなかったのだ。あの空中に静止する数多の弓は、魔弓にも引けを取らない力を感じた。
「はぁ、仕方がありませんね」
ため息を吐いてから、彼は袖を捲る。すると、腕輪が付けられている腕が露わになる。その腕輪をクロウは外した。カチャン。と、音を立てて外れる腕輪。瞬間ーーー膨大な魔力が迸った。
「ッ⁉︎ これはなんじゃ」
人間が持つにしても余りに大きな魔力量。それがクロウから、放出されている。アルバートは、魔力を放つ本人に聞こうと視線を向けて眼を見開いた。それは見ていたリリアーナもだった。
「………まさか、貴方魔人だったの」
驚きを隠せなく、目の前の執事いや魔人に聞いた。捻れた角が頭から天に向かって三つ程出ており、瞳は血のように朱に染まり、その背中には蝙蝠を彷彿とさせる羽根が生えている。魔人の姿となったクロウ・ウィーティアが居た。
「気を付けて下さいね。この姿に戻るのは、実に久しぶりの事なので、手加減が出来るか分かりません」
「あら? 優しいのね。別に手加減なんーーーーーッッッ」
そこで言葉が途切れた。理由は単純。魔人となったクロウが、近付きリリアーナの頭をわしずかみ、地面に叩き込んだからだ。単純な行動だ。だが、叩き込まれたリリアーナ本人は驚いていた。
(全く見えなかったわよッ⁉︎)
彼女の眼で視認出来なかった。あの腕輪は、クロウが魔人から人間になる偽造と力の制限を掛ける為の物だった。人間状態の彼は、真の姿の実に四割しか力が使えなかった。しかし、今は違う。完全に余す事なく自分の力をフルに使えるのだ。たったの四割で古代魔法を二発撃てる彼が。最早、語る必要はないだろう。今でもクロウから、魔力は減り続けているが、もう意味がない。膨大な魔力は、その程度で無くなりはしないのだから。
「如何しました? 次行きますよ」
「うっ…………⁉︎」
地面に叩き込んだリリアーナを起こして、腹部に蹴りを当てる。呻いた声と共に後ろに転がった。そして彼は右手を前に突き出して、真の姿で本当の魔法を使った。
「燃やせ、我が炎は全てを灰燼に還す地獄の業火。その業火は消える事なく、我が眼前にあるモノを焼尽させる。滅しろ『メギド』」
放つは自分の得意とする闇魔法ではなく、炎魔法だった。だが、それは古代魔法と呼ばれる代物。青く蒼い炎が津波の如く襲う。その蒼き炎に対して危機を感じたリリアーナは、魔弓と頭上にある数多の弓を一斉発射させた。灰燼に還す蒼き炎と、魔力を喰らう閃光がぶつかった。しかし、終わりは一瞬。閃光は魔力を喰らう事が出来ず、燃え散らされる。
「………そんなっ⁉︎」
「無駄ですよ。この古代魔法は、どんな物も焼尽させる業火です。例え、貴女の魔弓の力があろうと、それごと燃やし尽くします」
冷静に告げる彼に、リリアーナは顔を歪めた。このままでは、あの蒼炎に自分が焼き尽くされてしまう。ならば、如何すれば良いのか。高速に思考させて見つけた。そして、それを行う為に動こうとしたその時。
「くっ⁉︎ こ、これは」
体が動く事はなかった。原因を探る為に、足元を見ると己の影が蠢き足を拘束していた。
「忘れたのですか? 私の固有魔法『闇影魔法』を」
「し、しまっーーーーッッッ⁉︎」
失念していた。この戦いで初めて感じた死の危険に、この厄介な魔法を忘れてしまっていた。その一瞬が隙だった。蒼き業火は、もうリリアーナの眼前に迫っており、彼女の体を包み込んだ。悲鳴を上げる事なく、彼女の姿は灰燼に還った。轟々と空間さえ燃やす業火は、徐々に小さくなり消えて行った。
「手強い敵でしたね」
「………クロウ。お主は」
『十三死団』の強さを、自身で体感して体を震わすクロウに、アルバートは、声を掛けた。未だに魔人だった事が信じられないが、今は反乱分子の退治が先だと思い、途中で言葉を止めて隣に並んだ。
「何故、お主が魔人かは分からぬが、それは後で聞くとしよう。今は、一刻も早く陛下の元に」
「………アルバート殿。承知致しました」
これが終わったら聞くと言う宰相に、深々とお辞儀をして陛下の元に二人は移動し始めた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
白い空間。何処までも広がる真っ白な空間で、ゼオン・ドレッドノートは笑っていた。その視線の先にある物は、帝国最強の男と人外たる青年だ。
「くくくくく、本当に素晴らしい。しかし、到底敵わぬ理解不能の化け物だと思ったが、成る程、そう言う弱点があったのか」
観察する為に送った、捨て駒であるルドルフが看破した弱点について考えた。が、鼻で笑ってバッサリと切り捨てる。あの化け物にとって、それは弱点になりはしない。何故なら本気すら全力すら出していないのだ。もしも、奴が全力を出せば、いや少し力を上げるだけで、その弱点は弱点たり得ない。その弱点が唯一適用されるとしたら、それは奴と同等の存在だけだ。未だにルドルフが、存命なのは、自分の弱点に気付いた事や、手を抜いているとは言え攻撃を避けた事に対しての賞賛で、遊んでいるに過ぎないのだ。
「だが、まさかルドルフ・ゼスフォードが、ここまでしぶといとはな。それに、アレ程の切り札を持っていたとは」
画面に映るのは、全身から朱色の剣を出して攻撃するルドルフの姿だ。全てを己の魔剣に委ねるという狂人の所業。だが、例えその力が強力でも、あの人外には無意味。迫る剣を砕き、砕き、砕き、砕き、砕く。それも片手で。笑う事しか出来ない芸当を、あの人外はやってのけている。ゼオンですら、あの魂を斬る事が可能な剣を触れる事は出来ないと言うのに。如何なっているというのか、あの体は。
「そうだ。良いぞルドルフ。もっと戦いを長引かせろ」
もっと観察させろ。と、ゼオンは怪しく眼を光らせて口を歪める。
「くくくく、期待しているぞ。お前が、あの理解不能の存在が持つ力を何処まで見せさせるのか」
尚も画面に映る魔剣を砕く人外を見て、『死神』の異名を持つ男は込み上げてくる笑いを我慢出来ずに、嗤った。この男の参戦は、すぐ近くに迫っていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
アルカディア帝国が一望出来る塔に、人とは思えない巨大な体躯をした怪物が、見ていた。彼はここで、今起きている戦場を観察していた。どのような敵が居て、どんな力を持つか。その全てがここから見える。姿に反して行われる巨漢の作戦の組み替え。彼はその鋭い視線で全部見ていた。開幕一番に、自分達の仲間である人形師が、若い狼獣人に倒されるのを、弓を得意とする魔弓使いたる女性が、魔人を隠していた執事に殺られるのを。
そして、帝国最強の戦士が、自分と比べる事すら烏滸がましい理解不能の領域に至る、真の化け物と対峙している所を。この国中が見渡せる塔で、全部見ていた。そこで思考する。自分達の任務はなんなのか。邪魔する者の殲滅。それが己達に課せられた任務だ。ならば、如何すれば効率良く殲滅出来るのか? 簡単だ。兵を指揮する指揮官を殺せば良い。そうすれば、指揮する者が居なくなり、陣形が乱れる。
指揮官として考えうる者は、まず一人、帝国軍の大将を務めるルドルフ・ゼスフォードだ。たが、ルドルフは此方の陣営に居る為、不可能。二人目は、帝国の宰相であるアルバート・デニーロだが、これも無理だと首を振る。何故なら、今のアルバートはそこには居ない。執事たる魔人に傷を癒して貰っている所を、まだ見えているのだから。三人目は現帝王だが、これも不可能。ならば、一体誰が指揮を取っているのか。そこで彼の視界にとある人物が映った。
「………第一王女」
ポツリと呟く。彼の視界には、恐れを含みながらも、冷静に各重鎮達や兵士達に指示を出しているシャルロット・ルビア・ウィン・アルカディアの姿があった。そして怪物は、腰を上げて王女の方に跳躍する。足場となっていた塔は、それだけで瓦解して崩れた。この戦いは、ここから激しくなる。




