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嫌われし鳥の生涯  作者: 鳥無し
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第十五話『来訪』

 あれからまた、非常に長い時間が過ぎた。今度は数カ月経ったなどという、漠然とした時間すら分からない。

 何年? 何十年? それもと、何百年かの時間が過ぎたのではないか? それくらい長い時間を、この狭い空間で過ごしてきた気がする。


 活動している時の時間の流れは速い。しかし、動かずにいる時の時間の流れは遅い。実際は変わらないのだが、どうしてもそのように感じてしまう。

 だから鳳郎は、外で過ごしていたのより遥かに長い時間をここで過ごしている気がするのに、間違いなくここで過ごしている期間の方が長いとは断言できなかった。寒くなり、温かくなる度に印でも付けていれば、何年すぎたかくらいは分かっただろうか?

 いや、そんなことに意味はない。別にそこまで何年経ったかが知りたい訳でもないのだから……。


 そのどのくらい経ったか分からない時間の中で、閉じ込められたばかりの頃に比べて、些細(ささい)な変化があった。

 まず採血。これは完全にただの行為になり下がっていた。

 当たり前だが、剣や槍で無造作に刺して血を取るのは効率が悪い。専用の道具を使った方がはるかにスムーズで、効率的に血を取ることができる。人間達は途中でそれに気付き、鳳郎に剣を向けることはなくなった。

 燗姫が来ると、見世物的な意味合いも発生するから、その時だけは乱暴に採血された。しかし、何度見てもそう面白い行為ではない。別にもっと娯楽的な物をいくらでも見れるだろう。燗姫が立ち会うことは少なくなっていった。鳳郎は、もう何年も燗姫の顔を見ていない気がする。


 門番の立ち話に聞き耳を立てることも少なくなった。

 鳳郎が情報を欲していたのは、ここから抜け出すためだ。しかし、この果てしない時間の中で、逃げ出すことができると思えたことはただの一度もない。

 採血のための針など、檻の隙間を簡単に通る。食事を与えるために扉を開けることもない。鳳郎はただ血を抜くためだけの存在。それ以外で誰も関わらないし、関わろうとも思わない。だから隙を見て抜け出すことなどできないのだ。

 鳳郎は檻が弱くなることを期待していた。しかし、どれだけ長い時間がたっても、錆(さび)一つつかない檻を見て絶望した。

 鳳郎を縛りつける怨念は今もここにあり、それが檻という物質に宿って力を与える。その力によって檻は風化することなく、こうして鳳郎を閉じ込めている。


 こうなればいくら情報など得ても同じことだ。鳳郎にできる行為と言えば、檻の中で羽ばたくこと、爪で檻を引っ掻くこと、大声で騒ぎたてることくらいだ。

 羽ばたいて何が起こるはずもなく、爪で引っ掻いても傷一つ付けられず、騒ぎ立てても誰もやってこない。

 門番を挑発したところで無駄だ。この門番達は優秀で、いくら煽ってやっても何も反応してこない。檻に閉じ込められた鳳郎がなにを言っても、門番達が心動かされることなどありはしないのだ。

 だから聞き耳を立てる頻度は減って行った。暇つぶしのためにたまに聞き耳を立てることもあるが、鳥と人間では前提知識が違う。話を聞いていても別段面白いわけでもない。

 それなら出来るだけ長い時間眠り続けて、夢を見ていた方がまだ気がまぎれる。

 変化したと言ってもせいぜいこの程度だ。ここでの暮らしは、変わることができるほど大層なものじゃないのだから……。


 変化しないと言えば、女神の言ったように、やはり鳳郎は死ぬことが出来るようにはならなかった。肉体的に死ぬことができないのはもちろんだが、精神的にも死ぬことは許されない。

 ここでの暮らしは拷問とも言える。それをこれだけ長期の間、継続的に与えられ続けているのだから、精神が崩壊し、何も考えられなくなる人形になることは十分あり得ることだ。

 しかし鳳郎は、精神的に弱ることはあっても、精神崩壊することだけは絶対になかった。衰弱しきりそうになると、不思議と気力が回復するのだ。何のきっかけも、変化もないのに。この苦しみを味わい続けろという罰なのかもしれない。


 そして記憶。記憶というのは、その者をその者たらしめる最大の要因だ。肉体が滅びたとしても、記憶だけを他の体に移動させることができれば、その者は滅びない。そして、それを永遠に繰り返し続ければ、その者は不死と言ってもいい。

 ならば逆に、記憶さえ消え去ってしまえば、その者はある意味死んだと言ってもいいはずだ。

 鳳郎の記憶、ここに居る理由、これまでの暮らし、自分がどういう扱いを受けていたのか。これらの記憶が消え去り、閉じ込められている間だけの記憶が残れば、鳳郎の中で個の暮らしが当たり前となり、苦痛はいくらか和らぐかもしれない。

 だが、それすら許されない。記憶を失うというのは死ぬのと同義。ならば、死を奪われた鳳郎は記憶を失うことも永遠にできないのだ。

 自分が何をし、どういう理由でここに居るのかを、鳳郎は完全に理解している。だから苦しみ、絶望し、それでも死ぬことは許されず、ここに存在している。


 だが、記憶を失わないというのは、悪いことばかりではない。

「凰子(こうこ)……」

 鳳郎が夢の中でよく見るのは、凰子と子供達と一緒に暮らしていた頃の内容だ。

 たった二年。果てしなく長い時間の中で、鳳郎が楽しかったと思える唯一の期間。その間の夢を、鳳郎は何度も見るのだ。

 凰子に出会わなければ、自分は名前すら持たなかったかもしれない。島で一羽暮らし、ただ生きるだけの生活をして、誰にもみとられることなく島の土に還る。鳳郎はそれで満足しただろうが、凰子や子供達との日々は、それが惜しくないくらい楽しい日々だったと間違いなく言える。


 凰子と家族は希望だった。希望がなくては意思ある者は生きて行けない。

 先の生涯に絶望が待ち受けていなかったとしても、希望がなければその生は苦痛だ。

 逆に、先の生涯に絶望が待ち受けていたとしても、希望を胸に抱いていれば生きられる。


 しかしその希望は失われてしまった。もはや鳳郎に生への執着などない。しかし鳳郎は、意図せず生と共に死をも失ってしまった。それを覆すことはもうできない。

 どうしようもない袋小路。そこに迷い込んだことに鳳郎が気付いた時には、もうここに閉じ込められていた。


 もはや逃げ出す気力もわかない。今この瞬間、何かの間違いで扉が開いたとしても、もはや炎を出すことができるかも怪しい。

 今度こそ間違いなく女神に見捨てられたのだ。あれは女神から与えられた力。科せられた不死はともかく、与えられた炎の力はどうなっているか分からない。だからもういい……もう疲れた。

 鳳郎はただただ眠るのみ……。



 コツコツコツ……。

「……ん」

 鳳郎は夢の中で、人が歩く音を聞いた。硬い石の床の上を、ゆっくりと歩くコツコツという音。

 対して大きな音ではない。だがその音は不思議と鳳郎の耳に強く響き、鳳郎は眠りから目を覚ました。

 目を覚ますと、続いて『ギィ……』という扉が開く音が聞こえてきた。

 どうせ採血員が来たのだろう。鳳郎はそう考えて顔をそちらに向けることもしなかった。細い針を刺して血を抜くだけだ。痛い訳でも苦しいわけでもない。ある程度血を抜けばすぐに居なくなる。だから鳳郎は、目を閉じて再び眠りにつこうとした。


「ここが赤き鳥のいる部屋か。なかなか雰囲気のある良い部屋ではないか」

 扉から入ってきた者は、部屋に入るとそう呟いた。良く響く女の声で、若干尊大な印象を受ける口調だった。

 鳳郎は眠気が覚めていくのを感じた。採血員ならばこんなことは言わない。最近では一言もしゃべらず無感情に血を抜いて去っていくことがほとんどだ。

 では……今扉から入ってきたのは誰……?


 鳳郎はようやく体を起こし、声の主を探した。するとその主はすぐに見つかった。

 見知らぬ女の人間……というより、見慣れぬ恰好をした女がそこに立っていた。

 採血員は決まった格好をしている。地味な形状で、血が飛び散ってもいい様に、汚れが目立たない色の服を着ている。

 しかし目の前の女の服はどうだ? 高そうな和服に、鮮やかな色で模様が幾重にも描かれている。それを見事に着こなしている。とても採血員の姿ではない。

 もちろん兵士の服装とも言えない。恰好だけ見れば、どこかの王族の人間かと思ってしまうような姿だ。しかし、燗姫以外にこの国に王族は居ないはずだし、王族の人間が護衛もつけずにこんなところに来るはずがない。一体何者……?


「弱々しい……噂で聞いた赤き凶鳥とは思えぬ……」

 鳳郎が呆然としていると、女は若干残念そうな声を出しながら、服が汚れることも気にせずそこに座った。

 そうかと思うと、胸元から瓢箪(ひょうたん)と猪口(ちょこ)を出し、猪口にひょうたんの中の酒を注ぎ始めた。

「あの……」

 自分を無視するかのような態度をとるその女に、鳳郎は遠慮がちに声をかけた。すると女は、そんな鳳郎が面白かったのか、軽く笑った。

「予期せぬ客の来訪で、驚かせたか? いい加減この部屋の主に挨拶なしでいるのも失礼だろう。私は狐だ」

 女がそう言うと、女の頭に狐の耳が生え、狐の尻尾も数本生えた。


「う……うわッ!」

 鳳郎は驚き、後ろに尻もちをついた。そんな鳳郎の様子を見て、女……妖狐はまたカラカラと笑った。

「自分以外の妖怪の類を見るのは初めてと見えるな。ずっとここに閉じ込められていたなら無理もあるまい。案ずるな、危害を加えようとしてやってきた訳ではない」

 妖狐は落ち着き払って酒を飲む。まあ、危害を加える気があったとしても、不死である鳳郎に何ができるはずもない。鳳郎は気を取り直して声をかけることにした。

「あの……門番が居るはずなのですが?」

「私は妖狐であるぞ? 簡単には死なぬと言っても門番は人間。化かすのは造作もない。相手が死なぬと分かっていれば、それなりの対応(・・)のしようはいくらでもある」

 にやりと微笑んだ妖狐の顔に、なぜだか恐ろしいものを感じて、鳳郎は少し体が震えた。


「名は何と言う?」

「鳳郎……です。あの、あなたの名前は?」

「私の名か。私は固定の名前を持たぬ。門番を化かす時には桔梗(ききょう)と名乗ったが、名で呼びたいならばそれで呼ぶと良い」

「はぁ……では桔梗殿。こんな埃(ほこり)っぽい所に何の用事で?」

 桔梗と名乗った妖狐は、酒を一口飲むと鳳郎に向き直った。


「その問いに答える前に私のことを話しておこう。私は数千年を生きた妖狐だ。大陸のとある森の中で、妖狐達の長をしている。しかし生まれた土地はこの島だ。大昔に力を磨くために大陸に渡った」

 大陸の狐か。大陸には人間の他にも、力を持った魔物や妖怪もたくさんいると聞いた。この島にもいるには居るだろうが、鳳郎は出会ったことはない。

「大陸で暮らしていると、どうも海岸の近が騒がしい。その近くに人間にまぎれて行ってみると、この島の人間達が大陸に攻め込んできているというのが分かったのだ」

 鳳郎の血の気がサッと引いて行った。何か嫌な予感がする。


「侵略行為大いに結構。そう言う場所には負の感情が集まりやすく、そこに居るだけでも心地よい。しかし、島からやってくる人間達がどうにもおかしい」

 間違いない。その島の人間達というのは、北の国の人間達のことだ。

「死なない(・・・・)のだ。槍で刺しても、弓矢で射ぬいても、すぐに立ち上がって攻撃をしてくる。薬をやっているのとは違う。何かもっと別の力によるものだ」

 それも、鳳郎の血を飲み、不死となった人間達だ……。

「情報を集めて行くと、それはどうやらこの島の四国のうちの一国に、赤き不死鳥が協力(・・)をして与えた力らしい事が分かった」

「……何ですって?」

 鳳郎は今の桔梗の言葉の中の『協力』という単語に違和感を覚えた。言い方が違うだろう。協力などという言葉を使ったら、鳳郎自らが北の国に力を貸しているようではないか。


 腑に落ちないような顔をしている鳳郎を見て、桔梗はクスリと笑って話し始めた。それは伝説を語るような口調だった。

「北の国の前の国王が病で死ぬと、悲しみにくれる姫の元に赤き鳥がやってきた。その鳥は言った。

『おお、なんと悲しいことだろう! 私の愛する北の国の王が死んでしまった! 彼はこの島のみならず、世界すべてを統べるに値する人間だったというのにッ!』

すると姫がそれに答えた。

『仕方ありません。どのような優秀な人間であっても、死からは逃れることはできないのです。それは世界の絶対の真理。しかし私も、父が永遠の命を持っていれば、必ずや世界を平定し、皆が幸せに暮らせる世界を築いてくれたに違いないと信じています』

今度は鳥がそれに答えた。

『姫よ! あなたにはこの王の血がしっかりと流れている。あなたならこの王に変わって、そんな世を築いてくれるに違いないと確信しています。だから私はあなたに力を与えようと思う』

鳥はそう言って自分の体を傷つけ、その血を器に入れた。

『この血を飲みなさい。それによってあなたは不死となり、世界を平定する力を得るのです。これから私はあなたに血を分け与えます。北の国の王が成し遂げられなかったことを、あなたが継ぐのです』

姫はその血を飲み不死となった。鳥はその後も北の国に協力し、力を与え続けている」

 桔梗は語り終えるとまた酒を飲んだ。


「……何ですかそれは?」

「だいぶ省いたが、北の国が言いふらしている『赤き鳥伝説』だ。実際は北の国の王や姫の賛美がもっと長々と続く。お主は北の国に自ら協力したということになっているのだよ。この国ではお前は聖鳥として扱われているが、一歩国の外に出れば悪魔の鳥と呼ばれている。残忍な姫に不死の力を与えた凶鳥としてな」

 目のくらむような衝撃に撃たれた。こうしてただ食い物にされているだけでも屈辱的なのに、外では自ら力を与えたことになっている? なんと……なんと……。

「わ、私はそんなことはしていないッ!」

「そのようだな」

 桔梗は、鳳郎が激昂しても落ち着いた態度を変えなかった。予想していた反応だったのだろう。


「さて、そこで私が何をしに来たかという話になる。私はな、私の故郷にそんな極悪な鳥がいるなら是非挨拶をしておかなければと思い、久しぶりの里帰りついでにやってきたのだ。別に退治しようなどと思ってやってきた訳ではない。人間が人間をいくら殺しても私には関係のない話だ」

 悪狐(あっこ)と呼ばれる妖狐達が居る。主に、人間に危害を加える妖狐のことをそう呼ぶのだが、桔梗は悪狐に近い妖狐なのだろう。

「しかし、この島に渡り、この島の妖狐達に話を聞くとどうも噂と違うらしい。島の人間達は信じているようだが、妖狐達はさっき話した伝説を全く信じていないのだ」

「……なぜです?」

「誰もその鳥の(・・・・・・)姿を見た者が(・・・・・・)いない(・・・)からだ。伝説では、王宮の中で丁重に扱われているということになっているが、鳥の本分は飛ぶこと。それも、何処までも広がる大空を、誰にも縛られることなく自由に飛ぶことだ。しかし、誰もその姿を見た者がいない」

 それはそうだ。鳳郎はこうして地下に閉じ込められているし、国には居る時すら誰にも見つからないように細心の注意を払ったのだ。目撃者がいるはずがない。


「妖狐達は、赤い鳥など存在しない。もし存在したとしても、捕まって利用されているのだろうと思っている」

「……そう言えば、私のせいでこの島の動物達にも迷惑が……」

「そうでもない。人間達が支配の定義は、人間達を服従させた時だ。そこにその土地に住む妖怪や動物は含まれない。うわべだけを掌握し、その土地を支配した気になっているのだからいい気なものだと、妖狐達は笑っていたわ」

 それを聞いて鳳郎はホッと息をついた。迷惑をかけるものは少なければ少ない方が、気が重くならなくて済む。

「私は重要なものを守っているらしいこの部屋の門番達に近づいた。そして化かし、十分に話を聞いた後でこうしてお主に会いに来たという訳だ」

 桔梗は再び酒を猪口につぎ、口に運んでそれを飲む。


「しかしこの国の人間は、厳しい環境で育つだけあって、味のある人間が多かったのだが、温室育ちの小娘ではダメだな。こんな小さな島を統一するのに何十年もかけたかと思えば、即座に大陸の国に向かって宣戦布告。島を統一したならば、まずは内政を重視し、国力を高めることが先決だろうに……」

「大陸の国は防ぎきれますか?」

「資源の差が大きすぎる。それに、相手が不死と分かっていれば、対策を立てればいい。お前の体一つで全軍の人間を不死にできるはずもあるまい? 噂だが、これは不死の力を得る血だと言って、ただの赤い水を飲まされて特攻させているという話を聞いたことがある」

「……ひどい」

 燗姫は異常だ。別の種族、大量の人間を殺した鳳郎に対してひどい扱いをするならまだ分かる。屈辱的ではあるが、自業自得かと思うことだってある。しかし兵士たちは人間だ。それも、自分の国の……守ってやらなければならない宝のはず。それに対してその仕打ちは……。


「あッ! そうだ桔梗殿、私をここから出してくれませんか? そうすればこの国の不死は無くなる!」

 見たところ、桔梗はかなりの力を持った妖狐だと思う。大陸の妖狐の集団の中で長をやっているくらいなのだから、その力はそこらへんの妖怪より遥かに強いはずだ。


「駄目だな」

 しかし、桔梗はそれをあっさりと断る。

「な、なぜですか?」

「別に嫌がらせをしているわけではない。お前がその鳥籠から出たら何をするのか興味もある。しかし……」

 桔梗は言いながら檻の錠前(じょうまえ)に触れる。すると強い光が発生し、バチバチと大きな音と共に桔梗の腕が弾き飛ばされた。桔梗の手を見ると、少し焦げていた。


「桔梗殿ッ!」

「何、ただの火傷だ」

 そう言って桔梗は自分の手をぺろりと舐めた。

「見ただろう? この檻は強い力を放っている。特に、私のような妖怪を祓う力が強く練り込まれている。触ればこのように吹き飛ばされてしまう。これは錠前の形をしていて、鍵穴もあるが、これを開ける鍵は存在しないだろう。これはお前への憎悪が錠前という形になったものだ。あの小娘め、政治に関しては素人だが、お前を閉じ込めておくことに関しては天才だな。人間達の怒りがお前に向く様にうまく仕向けている」

 そう言えば鍵らしい鍵を鳳郎は見たことがない。門番が持っているのを見たことがないし、ここに入った時にも鍵なんて閉めなかった気がする。なら、どの道人間を煽っても開けられるはずがなかったのだ。


「では、やはりこの檻からは出られないのですね?」

「長い時間をかければ開けてやれないこともないだろうが、そこまでしてやる義理はない」

 鳳郎は気落ちした。これだけ長い間閉じ込められ続けていたから、外に出られる可能性が低いのは承知していた。

 しかし、桔梗とのやり取りで、より一層外に出ることが困難なのだと思い知らされた。

 やはり、このままここで食い物にされ続けるしかないのか……。


「檻から出してやるほどの義理はないが、話くらいは聞いてやろう」

「……は?」

 鳳郎が顔をあげると、桔梗はもう一つ猪口を出して鳳郎の前に置いていた。そしてその猪口に酒を注ぐ。

「見た様子では、食べ物もろくに与えられていないのだろう。酒とつまみくらいしか用意はできないが、これでもないよりはましだろう?」

 鳳郎は遠慮がちに猪口と魚の干物を見つめる。これを食べてもいいのか?

「愚痴でもいえ。お前は私が見てきた中でも、かなり理不尽な扱いを受けている方だ」

「あ……ありがとう……ございます」

 鳳郎は目から熱いものがこみあげてくるのを感じた。


 相崎の時とは違う。あの時は打算的に、鳳郎の機嫌を取ろうとして相沢は下手(したて)に出ていた。だから鳳郎も自分を取り繕って、何もかもをさらけ出すことはできなかった。

 しかし今回は、上から目線でも受け止めてくれるという意思を感じる。

 むしろ桔梗が、無理に鳳郎を立てようとしてくれないからこそ、鳳郎は何もかも話すことができる。

自分が理不尽な扱いを受けた時、どう考えたのか、どう傷ついたのか、どう悲しかったのか。

 涙を零し、嗚咽交じりに、情けなくとも、今度こそ……心からすべてを……。


 鳳郎は酒を飲み、魚をついばみ、感情を露(あら)わにしながら語った。

 桔梗は、すぐに酒が無くなる鳳郎の猪口の中に、せっせと酒を注ぎながら話を聞いていた。時に相槌を打ち、時に野次を飛ばしながら……世間話でもするかのように話を聞いてくれた。

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