第十四話『鳥籠』
もう数カ月は経っただろうか? この地下室に閉じ込められた時は夏だったはずだが、すっかりと冷え込むようになってしまった。
部屋はろくに掃除されないから埃っぽく、ろくに物が置いてないから寂しく、当然太陽の光など届かないから薄暗かった。
ドアの窓から差し込んでくる、部屋の外のたいまつだけが光源だ。ゆらゆらと揺れる不安定なその光がとても頼りなく、不安を煽っているようでもあり、同情されているようでもあった。
鳳郎は、そんな部屋の中に無造作に置かれた檻の中で倒れ込んでいた。当然死んでいるわけではない。ただ、かなり弱っているのは事実だった。
肉体的には弱っていないだろう。しかし、精神的に弱ってくると、体が重くなり、風邪でも引いたようなだるさに襲われる。鳳郎は自らの意思で動くことをしなくなっていた。
ここに閉じ込められた初めの頃は、それなりに行動していた。
叫び声をあげ、爪で檻を引っ掻き、バサバサと翼を動かして暴れた。しかしそれは長く続かなかった。
地下に閉じ込められたらもうそれっきり放っておかれるのかと思ったが、そんなことはなかった。
地下に閉じ込められてから数日が経つと、人間達が大勢押しかけてきて、鳳郎の血を抜いた。血を抜くための道具など使わず、無遠慮に剣や槍で刺し、好き放題に血を抜かれる。
当然鳳郎は死なないし、今更刃物で突き刺されるくらいの痛みなどどうということはないが、長時間にもわたってそれを続けられれば苦しい。
人間達は、大瓶五本分くらいの血を抜くと、ご機嫌で部屋から去って行った。
燗姫はすでに血を飲んでいるから、国の主要な人物に飲ませる分の血を抜いて行ったのだろう。鳳郎はそう思いながら人間達の後姿を睨みつけた。そして、あれだけ血を抜いて行ったのだから、十分な人数に血が行きわたり、もうこんな採血はされないだろうと少し安堵した。
しかし数週間が経つと、また人間達はやってきた。人間達の後ろには、前と同じくらいの大瓶があった。
呆然としている鳳郎に対し、人間達は無遠慮にまた採血を始めた。
ボロボロに切り裂かれる鳳郎、瓶に溜まっていく赤い血……。すべてが終わった後、部屋の中に残っていたのは、打ちのめされた鳳郎の姿だった。
なぜまたこんなに大量の採血がされたのか? 燗姫は一口血を飲んだだけで不死になっていたはず。前回採血した分だけでも、相当の人数に血が行き渡ったはずだ。あまりに大量の人間を不死状態にしてしまうと、統制できなくなる可能性だってあるのに……。
その疑問は門番が教えてくれた。鳳郎の部屋の前にはいつも門番が待機している。声で聞き分けた限り、門番は全員で六人。毎日二人一組になって、交代で番をしているようだ。
しかしここは地下、ほとんど人が来ることもなく、何か面白いものがあるわけでもない。故に門番は割と自由に会話していた。それが鳳郎にとって重要な情報源だった。
門番の会話を盗み聞いた情報によると、不死には制限があるらしい。血を飲めば永遠に不死でいられるのではなく、一定の期間を過ぎると不死でなくなるのだそうだ。そして、飲んだ血の量によって不死の期間も変わるらしい。
それを知った燗姫が、定期的に飲むために採血を指示したというのだ。
そして、不死に一定の期間があるというなら、兵士に飲ませることもできる。一口飲ませるだけでも、戦力は大幅に変わるはずだ。だから神林王国には鳳郎の血を大量に求めるようになり、必然的に鳳郎は、捕まっている限り永久に採血され続けることになった。
それを理解した鳳郎はさらに暴れた。きっと人間達は、酒樽と同じ気分で鳳郎のことを見るだろう。そして、樽の蛇口をひねるような気持ちで、血を抜き続けるのだ。そんな屈辱など耐えられない。
しかし、炎を封じられた鳳郎がいくら暴れたところで檻が壊せるはずもない。体力を消耗するだけだ。
それに、鳳郎は苦しめられていた。
燗姫の命令通り、鳳郎には食べ物が全く与えられなかった。それによって死ぬことはない……それによって死ぬことができず、飢餓に耐えなければならない。
たまに燗姫自ら採血に立ち会うこともあった。そう言う時は、いつもより過激な方法で採決が行われ、燗姫の毒舌を聞きながら血を抜かれた。
初めは余裕ぶって言い返していた鳳郎だったが、常に苦しみを与えられ続けている鳳郎は、次第に弱り、苦悶の表情を浮かべながら耐えるのみになっていった。
そんな生活を数カ月も続けられれば、誰であっても気力が尽きる。そもそも、不死でなければとっくに死んでいる苦しみを味あわされているのだ。精神的に弱らないはずがない。
もうどれだけ地下に閉じ込められているのか分からない。前は、一週間に一度床に爪で線を引いていたりもしたが、数本引く頃には馬鹿馬鹿しくなってやめてしまった。そんなことを気にしている余裕などもうとっくに無いのだ。毎日、今日は採血がないことをただただ祈るのみだった。
「逃げだせない……なぜこんなことになってしまったのだろう……」
「お前の選んだ道ではありませんか」
「……誰?」
鳳郎の呟きに、誰かが返事をしたような気がした。だがドアが開く音はしなかったはず。採血に人が来たなら、もっとバタバタと入ってくるから、今の鳳郎でも十分気付く。
ドア越しに居る門番の声が聞こえたなら、もっとくぐもった声が聞こえるはずだ。追い詰められたせいで、幻聴でも聞こえたか?
……幻聴? 確か昔もそんなことがあったような……。
鳳郎はハッとして顔をあげ、声の主を探した。するとそこには居た……。
「……女神……様……」
そこには純白の衣を纏い、漆黒の杖を持った女神が立っていた。
「久しぶりですね鳳郎。最後に姿を見せたのはいつだったでしょうか」
そこにいたのは間違いなく女神だった。あの日、死という代償を払って、無敵の炎を与えてくれた女神。
鳳郎は、あまりの事にしばらく言葉を失っていたが、なんとか言葉を紡ぎだした。
「わ、私の事は見捨てたのではなかったのですか?」
「加護を与えるのはやめました。しかし私には、お前に炎の力を与えた責任があります。炎の力をお前がどのように使うかを見届けるのは私の責務です」
女神は相変わらず無感情に回答してきた。鳳郎に対して憐れみの感情を抱いているわけでも、怒りの感情を抱いているわけでもないらしい。
「……いくつか聞きたいことがあります」
「どうぞ」
女神は質問を許してくれた。しかし、鳳郎には聞きたいことがいくつもある。どれから訊ねるべきか……。
「私の力について教えてください。私はこのように、檻に閉じ込められて炎の力を封じられています。そこまでは人間の力が勝ったのだと納得はできます。しかし、なぜ炎だけが封じられ、不死は封じられないのでしょうか?」
炎とともに不死の力も封じられていれば、最初に剣で突き刺された時に死んだはずだった。しかしなぜか不死の力だけは封じられることはなく、鳳郎は今もこうして生きている。
「与えられたものと、科せられたものでは意味合いが大きく違ってきます。炎の力はお前の求めに応じて『与え』ました。しかし不死は、お前の罪に対して『科せられた』ものです」
鳳郎は女神が結局何を言いたいのか分からず首をひねる。
「お前は勘違いしているのです。炎と不死を与えられた『力』だと思い込んでいる。ですが、不死は力ではなく『罰』です。はずしてくれと言われてはずせるものではありません」
「そ、そうです、そこがおかしいのです!」
鳳郎は一番最初に覚えた違和感、疑問を思い出した。
「不死は罰。そうであるならば、なぜ他者に伝染するのです? それも、血を飲ませるなんて簡単な方法で!」
「お前の不死が絶対的なものになっているからです。神の与える罰というのは、必ず執行されます。それは世界のコトワリであり、誰にも覆すことができない絶対的なものです。それはお前の体を離れた血にも言えること。例え他者の体の中に入っても、絶対性は失われることなく存在し続ける。故に、その者の体内に入っている限り、その者にも不死の力が及ぶのです」
また以前と同じように、神の理論を用いて説明してきたせいで、鳳郎はいまいち理解できない。とりあえず分かったことは、自分の血を飲んだ者は一時的にではあるが不死になるということだけだ。神とはこれ議論をしても無駄だろう。とにかく打開策を探さなければ……。
「不死を消すことはできないのですか?」
「罪はいかにして許されますか?」
また神の理論だ。そんなもの鳥である鳳郎が分かるはずがない。
鳳郎がそう考えて顔をゆがませると、それを理解したのか、女神は話を続けた。
「罪は消えません。犯した以上は永遠に残ります。世界中のいたるところに、その罪の爪後が残っています。罪は消えることはありませんが、許されることはできます。その方法の一つとして、科せられた罰をすべてこなすという方法があります。人間たちは犯罪者に対して罰を与え、それを終えた者に対しては社会的には一応許し、償いを終えさせます。鳳郎、神がお前に科した罰はなんでしたか?」
永久に……死を奪われること……。
「先ほども言いましたが、お前の不死は科せられたものです。もう私にも消し去ってやることなどできません」
鳳郎の罰は永久に死を奪われることだ。刑期で言うと終わりがない。つまり、鳳郎は永遠に許されることなく、罰を与えられ続けるということになる。
その事実にいまさらながらに気付き、頭がくらくらと揺れたが、今はそんなことをしている暇はない。とにかくここから抜け出さなければならない。
しかし、不死は消えず、炎の力を持たない鳳郎になすすべはない。助かる道が残されているとすれば……。
「女神さま……助けてください……」
か細く、情けないとも言えるような声色で、鳳郎は助けを求めた。
鳳郎自身にはこの檻を抜け出す手立てがない。ならば他者に助けてもらうほかないが、人間たちが鳳郎を助けてくれることはないだろう。
鳥たちも無理だ。誰も覚えてなどいないだろうが、鳳郎は嫌われ者の鳥だった。助けてもらえるはずがない。仮に助けてくれる気になるものがいたとしても、檻を破る力が鳥達にはない。
だから、島にいたときにそうしていたように、神に祈るしかない。他の存在すべてを凌駕する力を持つ、神に助けを求めるほかないのだ。
そしてその神は、今鳳郎の目の前にいる。
「………」
女神は何も言わずに鳳郎を見ている。鳳郎は構わず続けた。
「今の私を見てくださいッ! こんな不気味な檻に閉じ込められて、飛ぶすら許されない。私が自由に飛んでいた空を、見上げることすらできないのです! それだけでなく、まるで物のように扱われ、好き勝手に血を抜かれる。血を抜くとき人間たちは私を生き物だとは見ていません! きっと私を石っころと同じに見て、石を砕けば無限の生を与えてくれる水が手に入るくらいに思っているのです! これではとても生きているなんて言えないではありませんか!」
鳳郎は必死に訴えた。自分がどれほどの扱いを受けているのかを必死に……。すると女神は小さく頷いた。
「ええ、お前は確かに生きているとはいえませんね」
鳳郎は女神が理解してくれたのだと解釈して、また口を開く。
「永遠に生き続けよというのが私に対する罰だったはず! このような生きているとはいえない状況は、女神さまも想定していなかったはずです! どうか……どうか助けてください!」
女神は相変わらず無表情で、そこからはどんな感情も読み取れない。しかしそれは今までも同じだった。初めて鳳郎を助けてくれたときだって女神の表情は今と同じだった。だから今回もきっと……。
「鳳郎、お前が生きているとはいえないというのは、お前の待遇の事を言っているのではありません」
「あ、あの? 女神さま? 一体何のこと……」
「いいですか鳳郎? 生きるというのは、死に向かって歩むことを言うのです。生き物は皆、長さの違いはあれど必ず、死ぬという点では共通です。死ぬからこそ生き物なのであり、生き物であるからこそ死ぬのです。死は苦しみでもなければ安らぎでもない。生きている者たちが最後に到達する終着点です。その終着点を失ったお前はもはや生きているとは言えない」
鳳郎には、女神が判決を言い渡す裁判官のように見えた。事実そうなのだろう、鳳郎の罪を問い正し、鳳郎に罰を提示し、鳳郎に罰を科したのが女神なのだ。女神は鳳郎の行動を見届けるのは責務だといった。罰を与えた犯罪者がどのような行動をとるか監視すること。それが女神の責務だったのだ。
「お前はまた私の言葉を勘違いしているのですよ。私はお前に永遠に生きろと言ったわけではありません。永遠にこの世に存在し続けろと言ったのです。私はあの日、お前から『死と生』を同時に奪ったのです」
「ですが……今の私の状況はあまりにも……」
「永久に死ねない、消滅できないということは、どのような理不尽な状況をも許容するということです。それが想定不可能なものであったとしてもです」
鳳郎は自分の瞳から、血ではない水をこぼしていた。それが口に入り込み、喉に絡まってうまく声を出すことができない。
「海賊たちに復讐した時点のお前ならともかく、今のお前に同情できるものは少ないでしょう。お前は自分を律せず、感情のままに行動し、巨大な怒りを人間たちに生み出しました。その結果がその檻です」
女神は檻を指さしながらそう言った。
「お前に対する人々の憎しみが、神の力をも凌駕した。その檻からは、お前に対する怨念があふれています。それは鎖となり、お前の炎を封じ、お前を不死の地獄に閉じ込めた。これは私が与えた罰ではありませんが、お前のこれまでの行動に対する罪には妥当な刑罰と言えるでしょう」
女神は後ろを向いた。その姿が淡い光とともに消えてゆく。
鳳郎はその後ろ姿に何か声をかけようとしたが、やはり喉に水が絡まってうまく声が出ない。檻から身を乗り出し、翼は空をかいて、爪で床を削った。
「お前の行動を見届けるのは終わりです。……そしておそらく、もう二度と目の前に姿を現すことはないでしょう」
「ぁあ……うわぁああああああああッ!」
鳳郎がやっと声を発することができる頃には、女神の姿はすでに消えていた。




