第六話 旅立ち
人が食べられてる。得体の知れないものに。存在してはいけないものに。
俺に助けを求めている。絶望した顔で手を伸ばしている。
だけど俺は動けない。まるで全身を何かにつかまれているかのように、一ミリたりとも動かせない。
なんとなく理解していた。死は、抗うことはできないものだと。
それが理不尽なものであれ、なんであれ。だから俺は、ほんとは動こうとしてないだけなのかもしれない。
13年前に訪れた死を、他人に求めているのかもしれない。
だから俺は……
「んなわけあるかーーーーッ!!」
がばっと体を起こす。そして頭をぶんぶんとふる。あーあーあー嫌な夢見た!
俺は死なんて理解してないし、したくもないね!
今は前世の延長線上にあるんだ。記憶が残ってるのがその証拠だ!
だから俺は女だけど女じゃないし、男じゃないけど男なんだ。
「ん?なんかわけ分かんなくなってきた。……まぁいいや、それよりもあのロセスの野郎をぶん殴らないと」
あたりを見渡してみると、視界は木で埋め尽くされた。いわゆる森というやつですね。
俺の下には布。これはきっとロセスのだと思う。だってロセスって書いてあるし。小学生かこいつは……
あ、ちなみに文字は読めるし書けるよ。勉強したし。喋れるのは最初から。原因は不明、って俺は誰にしゃべってんだ!
「目、覚めましたか?」
独り言が多くなってきたことに苦悩してると、後ろから声がしたので振りかえる。
「……どなた?」
身長高めの金髪長髪美人の三コンボが決まった、耳を長くすればもはやエルフだろの人が立っていた。
金髪長髪いいよね(キリッ
「私はロセスの妻のエステルです。……あの、ソフィア王女さま、このたびは誠に申し訳
ございませんでしたッ」
そういって勢いよく頭を下げるエステルさん。えっと、どういう状況?
「謝ってすむ問題ではないことは十分承知しております。どうしようもないくらいの罪を犯しました。ですが、あなたさまのお世話をさせてください!」
「へいへいちょっと待てよお嬢さん。俺には何がなんだかさっぱりだぜ」
「それは私が説明します」
また俺の後ろから出てきたのはロセスの野郎だ。ったく、夫婦そろって後ろが好きなやつらだな。
「そうだよお前には聞きたいことが山ほどあるんだ。とりあえず、あの魔物はなんなんだ?」
「あの魔物たちは、教団の所有物です。今回ゼノーシス国の宰相が教団に所属する私を利用したことで、魔物による制裁がくだされました」
「あなた、それは……」
「いいんだ、私ももう教団にはいられまい。それに、今の内部は腐りきっている」
教団の、所有物?それに制裁?
「魔物の所有に関してはどうだっていいや、聞いたって意味ないし。だけどさ、なんで宰相への制裁なのに地下牢まで魔物がきたんだよ」
すごくいやな予感がする。
「……宰相の他にも聖樹教を利用しようとしている者がいるかもしれないから、です」
「は?」
そんな理由で?そんな可能性の域を出ないような理由で?
「そんなんで簡単に人を殺すのかよ!」
「聖樹教は世界中に広まっています。その権威はあまりにも強すぎる。それこそ、簡単に人を殺せるぐらいに」
「だからって……。って、町の人や城内の人は無事なのか、リゼル兄にロク兄、フレン兄、アリシアは!?」
二人が顔をそむけた。おいおいまじかよ……!
「……わかりません。今がどうなってるのかすら」
ボカッ!
俺は思いっきりロセスの顔を殴りつけた。
「くっ…」
「人の人生を左右するほどの地位に就いているやつがっ、簡単に利用されてんじゃねーよッ!!」
「わ、私が悪いんです! 私が宰相などにつかまらなければっ」
ロセスと俺の間にエステルさんが入ってきた。
「ああ?どういうことだよ」
「ゼノーシス国に入国した際、妻をモゼールの部下にさらわれ、人質にされたんです。そしてあのような偽の預言を……。あのとき気を抜いていなければ……ッ」
「あなたのせいじゃない、わたしのせいなんですっ!」
地面にこぶしをたたきつけるロセスと、身を寄せるエステル。
ちっ、なんかもう怒る気も失せた。
みんなのことは心配だけど、まぁあの兄たちなら大丈夫だろう。実はものすごーく強いんだぜ?きっとアリシアも守ってくれてるさ。
「もういいよ、あんたたちはもう責めねーよ。ただし、俺の兄妹誰か一人でも傷ついてたらぜってー許さないからな」
「はい、わかっています」
「おし、じゃあ俺はもう帰るわ。じゃあな」
そういって立ち去ろうとしたが、両方に呼び止められた。なんだってんだ。
「あの、私の預言は消えるわけではないのです」
「……え?」
「ですから、あなたは国へ帰っても処罰は免れません」
「え、いやいやおまえ発言取り消せよ」
「それが、もう取り消すことができないのです。取り消しても、もう同じ結果しかでないのです」
お、おいおい、俺もうあの場所へ帰れないのか?もうアリシアたちには会えないのか?
「そんなのって……」
「申し訳、ありません……」
「ソフィア王女さま……」
……
「まぁいっか!」
『へ?』
「いやいや、俺じつはこの世界を冒険したかったんだよね。ほんとはあと五年後ぐらいに出る予定だったんだけど、まあ問題ないだろ!」
茫然とした顔をしている二人をよそ眼に、俺は一人で盛り上がる。
「えーとまずは近くにある町にいってギルドいって稼いで、いろいろ準備終わったら今度はダンジョンいって……」
むふふふ、楽しみだ!
「あの、ソフィアさま」
「はいもうこの時点で敬語禁止。13歳のガキを敬ってどうするよ。むしろ使ったら死刑ね」
「で、ですが「俺のこの手が」わ、わかった、わかったから魔法使うのをやめてくれ!」
「分かればよろしい」
右手の光をおさめる。危うく著作権だ。
「本当に、もう大丈夫なのか?」
「ん?ああ。いつまでも悩むのは性に合わないんでね!」
「私たちを、許してくれるのか?」
「許す許さないは俺が決めることじゃないさ。だけど、当分は俺の面倒見てもらうよ!」
ロセスは、涙を流していた。
「ありがとう、ソフィア」
さみしいことはさみしいけど。
俺は生きてるんだ。兄妹たちもきっと生きてる。
だから、またいつか会えるさ。
「さ、出発しようか!」
「あれ?私空気になってる?」
歩いて行った二人を、ぼおっと眺めていたエステルだった。
突っ込みどころが多いな……
結局宰相さんはなにがしたかったんでしょうね。
宰相さんの計画を書いた紙が消えたので作者もわからずじまいに。