間幕 守る意思
~リゼルside~
一連の騒動の後、ゼノーシス国は大規模な人事異動をしていた。
一人ひとりの業務の履歴を徹底的に洗い出し、少しでも黒と出た者にはなんらかの処罰を与えた。
(どうやら処罰されたのはモゼールとつながりのあるものだけだったようだが……。くそっ、なんなんだこれは!)
どんっ
自室に閉じこもり、頭を抱えていたリゼルは拳を振り下ろした。真っ赤に腫れ上がったその手から、何度も繰り返したことが容易に想像できる。
(ここまで内部のことを理解できていないのか…ッ)
分からないことが多すぎる。魔物がなぜ大群で突然現れたのか。そしてなぜ突然帰って行ったのか。それがリゼルをいらだたせていた。
そしてもうひとつ。
(なんであの時真っ先に地下牢へ行かなかったんだ!!)
魔物による被害はほとんどなかった。城下町は家が多少破壊されたくらいで、死傷者は0。城内は1人死亡、3人軽傷であった。
ただし、地下牢に閉じ込められていた23名は、全員死亡したものとされている。確かでないのは、残っている体の部分があまりにも少なすぎたためだ。
……今自分がなすべきことは、一刻も早く国の内政を整え、他国に隙を見せないために、王や信頼できる部下たちとともに人を見定め、官職につかせること。
分かっている。分かっているが、頭が冷静になってくれない。
あの中には、ソフィアがいた。
突然大きすぎる罪を着せられ、訳も分からないまま幽閉されていた彼女が、あそこにいた。
怖かっただろう、苦しかっただろう。ソフィアのことだ、襲われている人たちを助けようとしただろう。彼女の魔法によって開いたと思われる大きな穴が一か所あった。
……いや、ちょっとまて、 一か所だけ大きな穴?
あの加減がきかないソフィアが乱発せず、たった一回しか魔法を使用しなかった?
使える状況じゃなかった上に、魔物が壊したという可能性のほうが圧倒的に高いかもしれない。でも、どこか引っかかる。なにか重大な見落としをしている気がする。
「アリーゼ!!」
リゼルが声を上げると、間を入れず部屋の扉が開き、アリーゼが片膝をつけていた。
「は、ここに」
「地下牢の天井の穴をもう一度よく調べてくれ。どのような壊れ方をしたのか、そしてどの方向からの衝撃なのか」
「どの方向から、ですか? ……ふんふん、なるほど、預言者ロセス、ですね」
「っ! はは、相変わらず鋭いな、アリーゼは」
「これでもリゼル様の一番の部下ですから」
えっへんと胸を張るアリーゼの、先ほどの毅然とした態度とのギャップにリゼルは苦笑する。
アリーゼ・ガートナス、24歳。平民という身分からその実力だけで親衛隊の隊長にまで上り詰めた女傑である。その実力は、ゼノーシス国最強と呼ばれる、数少ないギルドカードSランク保持者であるカール・マックールと並ぶと言われているほどだ。
(もし私の推測があっているのだとしたら……)
この国に隙はないことを知らしめるために。そしてなにより、ソフィアとまた一緒に暮らすために。
生きていてくれ、ソフィア。必ず助けてやるから。
~シン side~
あの王女さんがこの町にくることは親父から聞いていた。なんでも自分を陥れたやつと一緒らしい。
器がでかいのか、何も考えちゃいねーのか、……ま、王家だからな、きっと前者なんだろう。
いや、そんなことはどうでもいい。今は親父からの“命令”である王女ソフィアの監視かつ護衛を続ける振りをしなくては。
運がいいのか悪いのか、割と簡単に接触することができた。世間知らずなお嬢様で助かったってとこか。
親父が俺にこの命令をしたのは、きっと王国のためとか、ソフィアのためとかじゃあない。
英雄と呼ばれるくらいの力を持っているあいつは、きっと自分の力となるやつを手元においておきたいんだろう。いつか自分が世界を支配するために。
力を持たない者は屑だとみなしているあいつのことだ、王家の血筋が力を持つことに気づいてずっと機会を狙っていたに違いない。息子の俺を、マナを受け継がなかった俺を捨て駒として扱いながら、な。
恨んでいるわけじゃあない。ただ、ソフィアをあいつの思い通りにさせたくはない。
昔みた、家にとらわれずに笑っていたあの少女の自由を、誰かに奪われたくないって感じちまったからな。
あいつはこれから学園に通うと言っていた。親父のことだ、きっと監視役は俺一人ということは決してないはずだから、俺が今できることはそう多くない。信用されてない俺が監視役に選ばれたのはなにかあった時に俺ごと抹殺するつもりなんだろう。……行動するには少し目立ちすぎちまったのは考えなしだったか。
そうだな、次の行動はいかに監視の目をかいくぐりロセスと接触するか、だな。
生きろ、ソフィア。お前の自由は俺が守るから。
一年か……。