肉と野菜の水浸しスープ……?
「ミレー、おかゆ作ったぜ、起き上がれるか?」
「ごほっ……食欲、ない……」
「食欲がなくても、ゆっくりで良いから食え。ベッドで食うか?」
グランの気遣いはありがたいが、ミレーは頭を振る。こんな素敵なベッドは、眠る専門にしておきたいのだ。
頑張って寝床から這い出て、テーブルまでグランの手を借りて歩いた。暖炉のおかげか、部屋全体が暖かいのはありがたい。今日のグランはテーブルの向かい側に座らず、ミレーの隣へ椅子を持ってきてそこへ座った。そして甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるのだ。
昨日のように、掬ったおかゆをミレーの口にせっせと運んでくれる。ミレーの遅い咀嚼に合わせて、急かせないように柔和な顔で見守ってくれていた。
「悪いな。昨日ちゃんと髪の毛拭いたんだが」
申し訳なさそうに眉尻を下げるグランに、ミレーは驚き、掠れる声で否定した。
「ぐら……のせい、じゃない。私こそ、めいわく……かけて、ごめ……なさ……」
「……今日町医者を呼ぶから、ゆっくり寝ていろ」
「で、でも、お父さまたちに……」
「あ?」
帰るつもりでいたと言うミレーのセリフを察したように、グランはじろりと目を細めて睨んできた。
「こんな体調でこの寒さの中、ふらふら出歩いてみろ? 死ぬぞ!」
怒られ、ミレーは萎縮した。すぐに我に返ったグランが、きまりが悪そうに自身の後頭部を掻きながら謝った。
「悪い。怖がらせて」
ミレーは身体を震わせながら、ただ頭を振るしか出来ない。正直、怖かったのだ。
だが、グランが申し訳なさそうにミレーの頭を優しく撫でながら顔を寄せ、「はやく治せよ」と優しい声をかけてくれたことで、先ほどの恐怖はどこかへ消え去ってしまった。
そして身体がぽかぽかと温まっている気がした。熱が上がったのかもしれないが、何故かこのあたたかさは心地が良かった。
「オレの服じゃ少し大きいから、通気性が良すぎたのかもな。今日ミレーの寝巻も買ってこないと」
「そ、そんな、大丈夫……だから。こんなにお世話に、なっているのに……これ以上めいわくは……」
「無理に喋るな。あと、全然迷惑じゃないから。むしろ嬉しいんだ。ミレーの力になれたようでさ」
「……え?」
「ずっと、こうしてミレーと一緒に過ごせるのを、小さい頃から夢見ていたから。オレにとって今の時間は夢のようなんだ」
信じられないような言葉をかけてもらった。
夢のような時間を過ごさせてもらっているのはミレーのほうだからだ。
それに、小さい頃からとはどういう意味だろう。
何故グランは自分にこんなに親切にしてくれるのだろうと、ミレーは少し気になった。
だが今は熱に浮かされているからか、そんな疑問すら放棄した。
「じゃ、じゃあ、お願い、します。お、お金は、私のカバンに少しだけど、入って……」
「オレが出すから。ミレーの金は、持っているなら大切に残しておけ。実家に帰るのなら、またいつ必要になるかわからないだろう?」
「……ありがとう」
買い物のためにもらったお金なので、家に帰れば返さないとならないが。
「さ、おしゃべりはこのあたりにして、飯をもう少し食え。たくさん食ってたくさん眠らないと、早く治せないぞ?」
「うん……」
グランの優しさに感じ入りながら、ミレーはゆっくりとおかゆを噛みしめた。
じんわりと、身体中にグランの優しさが染みわたっていくようだった。
「これは、まぁよく生きていたもんじゃ」
グランが連れてきた初老の町医者は、感心したような、呆れたような、微妙な反応を示した。
「肋骨は、これはヒビが入っているな。こっちも化膿しておる。栄養も不足しておる。お前さん、今までどういう生活をしていたんじゃ?」
町医者が仰天したような声を上げるが、ミレーは驚くところが分からない。
「え、ふ、普通に生活していましたが……」
「少なくともわしの普通とは感覚が違うようじゃのう」
長い溜息を吐く失礼な医者は本当に大丈夫なのだろうかと心配したが、グランはむしろそんなミレーのほうを心配しているようだった。
「とりあえずこの塗り薬を傷や痣に塗りなさい。一週間も安静にしていれば治る。熱も同じくらいちゃんと休んでいれば治るじゃろう。あと湿布と包帯、これはグラン、お前がやってやれよ」
「言われなくてもやるっつーの」
「反抗期がまだ治っておらんのう」
町医者はグランの態度を笑いながら諫めると、カバンから粉が入った袋を取り出した。
「これは痛み止めじゃ。痛みがひどい時に飲ませなさい。強い薬だから一日一回を上限に、な」
そう注意してグランに手渡した。
診察のため、服を脱いでいたミレーの肌に薬を塗っていたグランは、その袋を受け取るとそれをベッドサイドに置いて、それからまた薬を塗ってくれた。
「それにしても酷い顔色じゃのう。お前さん、飯は食っているのか?」
同じ質問を昨夜グランにもされた気がする、とミレーは思い出す。
「食べていましたよ」
「何を食っていたんじゃ?」
「お肉も野菜も食べていました」
「……一つ聞くが、まさかそれらを生で食べてはいないじゃろうな?」
「ちゃんと水に浸していましたよ?」
「……水?」
町医者とミレーの会話を遮って、グランが驚いた声をあげる。
「はい、水です?」
「それを煮込むとかじゃなくて?」
「? 煮込むって?」
そう問い返すと、グランと町医者は、なんと表現したら良いのか、変な顔をしていた。
「……グラン、栄養のあるものを食べさせてあげなさい。出来れば温かい物をたくさん。最初は慣れないかもしれないから、食べられる範囲でよい」
「わかった。ありがとな」
グランと町医者は何故か真剣な表情でうなずきあって、固い握手をする。ミレーは、なにか変なことを言ったのだろうかと状況を呑み込めずにいた。
「最初の頃は環境に身体が慣れずに、熱もぶり返すし身体も痛いだろうから、絶対に無理はしないように」
医者のこの言葉が予言のように、その晩からまた激しく熱でうなされるようになった。
走馬灯を見たのかもしれない。
顔も知らないミレーの生母とミレーが、この下町に来ていた。今とは違い、綺麗なドレスを身にまとったミレーは活発な子で、下町の子どもとはしゃぎ遊んでいた。その子どもたちの中で、特に仲が良かった子が、グランによく似た男の子だった。
この家に来た夜は、ひどい悪夢を見ていたのに、今は優しい夢ばかり見ることが出来て、ミレーは幸せだった。
(私にも、愛されていた時期があったんだな)
そんな、幻想を抱いた。




