EP 3
非正規農夫たちの買い出し旅行
ルナミス帝国とレオンハート獣人王国の国境付近に位置する、中継都市『ベルク』。
多様な種族と物資が行き交う活気ある街だが、その裏路地には、どこの世界にもあるような薄暗いスラムや闇市が広がっていた。
「……なるほど。ウチの村に比べると、ずいぶんと『治安の悪い』匂いがするな」
ベルクの裏路地を歩きながら、真一は胸ポケットのハイライトを取り出し、マッチブックで火を点けた。
本日の出で立ちは、お馴染みとなった『タローマン』製のネイビーブルーの作業着に、安全半長靴。腰に名刀『正宗』を差してはいるものの、パッと見は完全に「買い出しに来たしがない中年労働者」である。
その真一の左右には、二人の護衛(お供)が付き従っていた。
「クンクン……! 坂上さん、あっちから屋台のお肉を焼く匂いがしますぅ!」
紅蓮のアーマーをガチャガチャと鳴らしながら、巨大な魔導ハンマーを背負うS級賞金稼ぎ・ダイヤ。
「……おいポンコツ。俺たちは行商人の足取りを追いに来たんだ。買い食いはお預けだぜ」
黒のレザージャケットにワインレッドのタートルネックを着込み、周囲への警戒を怠らない伝説の暗殺者・龍魔呂。
『ただのオッサン』を中心に、『腹ペコの戦乙女』と『凄腕の暗殺者』が連れ立って歩く姿は、風情を醸し出していた。
「ニャングルの情報によれば、行商人たちが最後に目撃されたのはこの先の『裏ギルド』周辺だ。……だが、わざわざ探す手間は省けそうだな」
真一が紫煙を吐き出しながら立ち止まると、前後の路地から、柄の悪い男たちが十数人、武器を構えてぬっと姿を現した。
ベルクの裏社会を牛耳る、三流の傭兵くずれやチンピラたちだ。
「おいおい、見慣れねえツラだな。ここを通りたけりゃあ、通行料(ショバ代)を払ってもらおうか」
チンピラのリーダー格が、下劣な笑みを浮かべて真一の前に立ち塞がった。
彼は真一の『タローマン作業着』をジロジロと見て、小馬鹿にしたように鼻で笑う。
「なんだその安っぽい服は? どこの田舎の農夫か知らねえが、オッサンが来るような場所じゃねえぜ。……命が惜しけりゃ、身ぐるみ全部と、その後ろの『上玉のねーちゃん』を置いていきな!」
絵に描いたような三流のセリフ。
真一は全く動じることなく、ただ呆れたように短く息を吐いた。
「……やれやれ。どこの世界にも、人を見る目のないガキはいるものだな」
「あぁん!? なんだとコラ!」
チンピラたちが一斉に殺気を放ち、武器を振り上げる。
普通なら絶体絶命のピンチだ。しかし、真一は腰の正宗に手をかけることすらなく、咥えていたタバコの灰をトントンと落とした。
「ダイヤ、龍魔呂。……十秒だ」
「「了解」」
真一の短い号令と同時だった。
ダイヤが背中の魔導ハンマーを軽々と引き抜き、満面の笑みで一歩前に出る。
「アタシのご飯を作ってくれる坂上さんに、なんて口の利き方してるのかなぁッ!!」
――ドゴォォォォォォンッ!!!
ダイヤがハンマーを地面に叩きつけただけで、路地の石畳が爆発したかのように粉砕され、強烈な衝撃波がチンピラたちの半数をまとめて吹き飛ばした。
「なっ……!? ぐわぁぁぁぁっ!」
「こ、この女、バケモノか!?」
パニックに陥った残りのチンピラたちが逃げ出そうと背を向けた、その瞬間。
「……おっと。背中がお留守だぜ」
――パシュッ! パシュパシュッ!
龍魔呂の姿が影のようにブレたかと思うと、逃げようとしたチンピラたちの首筋に、寸分の狂いもなく暗殺用の投げナイフ(峰打ち・麻痺毒付き)が突き刺さった。
「あばばばばばっ……!」
白目を剥いて次々と倒れ込むチンピラたち。
開始からわずか五秒。真一が指示した十秒すら使い切ることなく、裏路地のゴロツキたちは完全に無力化されていた。
「ひっ……! ひぃぃぃっ!」
唯一無傷で残されたリーダー格の男は、腰を抜かして地面にへたり込んだ。
目の前の「ただの農夫」の背後に、血も凍るような『覇気』を纏った見えない仁王像がそびえ立っていることに、今更ながら気づいたのだ。
真一はゆっくりと歩み寄り、リーダー格の男を見下ろした。
「さて……痛い目を見たくなければ、正直に答えろ。ポポロ村の行商人たちをどこへやった?」
「ひっ! わ、俺たちは知らない! ただ、あいつらを『天魔窟』の連中に引き渡しただけだ!」
「天魔窟……?」
真一が眉をひそめると、男はガタガタと震えながら懐から『一枚の銅貨』を取り出して差し出した。
それには、不気味な一つ目の紋章――『天魔窟の刻印』が刻まれていた。
「天魔窟の『ディレクター』って名乗るヤバい連中が、迷宮の『出演者』を探してるって言って、あいつらを高値で買っていったんだよ! 本当だ! 殺さないでくれぇ!」
「……なるほど。行商人(シマの衆)を攫って、悪趣味な見世物にするつもりか」
真一は銅貨を受け取り、忌々しそうに舌打ちをした。
横では、龍魔呂がナイフを手の中で弄びながらニヤリと笑う。
「どうする、オッサン? 相手は大陸でも札付きの危険地帯『天魔窟』だぜ」
「坂上さん! アタシ、そのディレクターって奴、ハンマーでぶん殴りに行きたいです!」
二人の頼もしい(そして血の気の多い)仲間を見て、真一はフッと口角を上げた。
「……決まっているだろう」
真一は短くなったハイライトを携帯灰皿にしまい、天魔窟があるという西の空を見据えた。
「買い出しの予定変更だ。……少しばかり遠出になるが、迷宮の奥底まで、ウチのシマの衆を迎えに行くぞ」
出雲の海将と、歩く災害、そして伝説の暗殺者。
最強の『三匹』による、天魔窟への容赦なきカチ込みの旅が、今ここに幕を開けた。
そして、その様子をどこかの『安全なモニタールーム』から監視しているであろう悪党に、真一たちは無言のプレッシャーを放っていた。




