EP 9
月下の祝杯。美味い酒とシガー
ルナミス帝国領での一方的な蹂躙劇から数時間後。
深夜のポポロ村の中央広場は、煌々としたランタンの灯りと、村人たちの安堵の涙、そして盛大な歓声に包まれていた。
「おおお……っ! 坂上様、村長! 本当に、本当にありがとうございます!」
「一生、地下の鉱山で奴隷にされるかと思っていました……っ」
無事に救出された数名の若き農民たちが、真一やキャルルの前に手をつき、ポロポロと涙を流して感謝を伝えている。
「いいってことよ。アンタらはワシの……ポポロ村の立派な生産者だ。身内が理不尽に泣かされて、黙って見過ごす責任者はいないさ」
真一はいつもの穏やかな標準語に戻り、農民たちの肩をポンポンと叩いた。
「さあ、辛気臭い顔は終わりだ。無事の帰還を祝って、今日は朝までタダで飲ませてやる! 遠慮せず食え!」
「「「うおおおおおっ!! 坂上さん万歳!!」」」
真一が『酒保(PX)』のスキルを開放し、大量の食材と酒を広場に展開する。
今夜のメインは、地球の誇る最強の宴会メシ――『焼き鳥』と『おでん』、そして大鍋で作られた『豚汁』だ。
炭火のコンロの上で、タレにくぐらせた鶏もも肉やネギマがジュージューと音を立て、焦げた醤油の香ばしい匂いが広場全体に充満する。
「あはははは! しゅわしゅわの黒いお水と、お肉の組み合わせ、最高ですぅー!」
「焼き鳥のタレ、パンの耳につけて食べると無限にいけちゃうよ!」
エルフのルナと人魚のリーザが、完全に堕落した笑顔でコーラと焼き鳥を貪っている。
「すいませーん! こっちのテーブルに、牛すじと大根、あとプロ型弁当のご飯大盛り追加で!」
「……ダイヤ、アンタ少しは遠慮ってものをしなさいよ。まあ、私も豚汁のおかわりもらうけど」
ダイヤが底なしの胃袋を発揮し、キャルルも呆れながらジョッキ片手に宴会を楽しんでいた。
そんな騒がしくも平和な喧騒から少し離れた、村役場の縁側。
真一は、夜風に吹かれながら一人、静かにグラスを傾けていた。
カラン、と氷の鳴る心地よい音。
グラスに入っているのは、地球から取り寄せた極上の『芋焼酎』のロックだ。
「……隣、いいか」
「おう。……ずいぶんと静かに飲むじゃねえか、オッサン」
縁側に歩み寄ってきたのは、ポポロシガーを吹かすネギオと、マルボロを咥えた龍魔呂だった。
「主役があんまり前に出ると、若い連中が気を遣うだろ。ワシはここで、お前らみたいなひねくれた大人と飲んでるくらいが丁度いい」
真一が笑いながら、二人のグラスに芋焼酎を注ぐ。
「……ほう。こいつはガツンと来るな。だが、奥に不思議な甘みがある」
龍魔呂が焼酎を一口舐め、目を細めた。
「ああ。薩摩の国で作られた、サツマイモの酒だ。タローマンの作業着もそうだが、ワシの故郷の職人が作ったものは、本当に質がいい」
「違いねえ。こいつは上質な毒だ。……資本主義の豚どもも、たまにはいい仕事をする」
ネギオも珍しく素直に称賛し、ポポロシガーの煙を夜空に吐き出した。
見上げれば、雲一つない夜空に、巨大で美しい満月が浮かんでいる。
「……それにしても、見事な手際だったぜ」
龍魔呂が、月を見上げたままポツリとこぼした。
「帝国側の悪党どもを裏帳簿ごと完全に社会から抹殺し、ドンガンの地下鉱山へブチ込む。これで、しばらくはルナミス帝国もうかつにこの村には手を出せねえ。……完璧な防衛だ」
「防衛、か」
真一は、芋焼酎のグラスを月明かりに透かした。
「ただの自己満足さ。……ワシはな、この村の平和な空気が好きなんだ。美味いメシを作って、アホな連中と笑い合って、こうして静かに酒を飲む。そんな当たり前の日常を、ただ守りたかっただけだ」
真一の言葉に、龍魔呂もネギオも、それ以上は何も言わなかった。
ただ静かにグラスを合わせ、極上の酒を喉の奥へ流し込む。
「……やっぱり、メシと酒は、平和に食うのが一番美味いな」
真一の独り言のような呟きは、広場から聞こえてくる村人たちの明るい笑い声に溶けて、夜風と共に優しく村全体へと広がっていった。
出雲の海将・坂上真一の異世界スローライフ。
波乱万丈の「成敗」を終え、ポポロ村は再び、この上なく怠惰で、最高に幸福な日常へと戻っていくのであった。




