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四 治安維持





四 治安維持


 「九谷さん、ここは絶対自由が保障されている上に、生・老・病・死にまつわる悩みから解放されている世界です。

 住民は、真の平和と安心とはどういうものかを知り、生前に求め続けた願望を実現できて満足し、それぞれが充実した暮らしを楽しんでいます。

——ところが残念な事に、そんな状態が長いあいだ続くと人間は肉体と魂を問わず、中世の貴族みたいに怠惰になって思いっきり堕落してしまうんです。

魂は堕落しないなんて、私に言わせるとポエムでしかありませんからね。

結局のところ人間は体毛が薄くなったのと、肉体的に楽をする技術と人間を殺す技術が発達しただけなんです。

精神的なものや自分以外の生命に対する反応も無頓着すぎます。狩猟で命をつないでいた大昔の人間のほうが、かえって生命への畏敬の念を持ち合わせていたと思いますよ。

居るでしょう? 肉料理を堪能した直後に、牧場の牛や豚を眺めてカワイイ~と言えるブッ飛んだ感性の人たちが。あれ何なんですか、まったく。


物質の素になる素粒子にしても、まず存在するのを前提に理論が組み立てられていますよね。宇宙はビッグバンから始まったと言われても、なんで何もない空間からそんな超大規模イベントが始まるの? という事ですから。

繰り返しますが、魂は堕落します。イヤ、放っておいたらに訂正しますね。

ですから、魂が、つまり住民が堕落しないような対策が必要なんです。

それには道徳と倫理を軸にした(ゆる)やかな統治が適していると思いませんか?

この世界では、たとえ管理人の私であっても強制は出来ませんのでね」


 「でも、道徳や倫理といっても、それぞれ解釈が違うから個人差が出るだろうし、中には無視する者だって出るのでは?」


 「まぁ、そうですけどね。個人の道徳観や倫理観に任せるといっても、現世の性格を引きずっているせいか、独善的な迷惑行為はなかなか無くなりませんな。

 その上、面接を上手にすり抜けた異界の魔物まで出没するのですから——

奴ら、憑いた相手を気に入れば生半可な方法じゃ離れませんからね」

 ——魔物たちは遥か古代から現代に至るまで、あらゆる時代に出没して人に憑き、当人だけでなく関連する人たちにも悪影響を与えているとのこと。

ごく(まれ)にではあるが、現世と来世を行き来する魔物も存在するというのだ。


先の大戦(アジア・太平洋戦争)で魔物憑きが何をしたのか、例を()げてみよう。

お国の為だから死んでくれ、俺たちも必ず後に続くと言い聞かせて二十歳前の少年たちにヒロポン(覚せい剤)を打って特攻を強要しながらも、戦後に責任を取るどころか隠ぺいを図った軍令部。

戦死した軍人を神に祭り上げることで戦争遂行装置の役割を果たした神社。

兵を無謀な作戦に従事させて多数の餓死者・病死者を出しながら、戦後に責任を取るでもなく長寿を全うした無責任で無能な指揮官。

庶民は食糧難で困窮しても夜ごと宴会にうつつを抜かしていた将校たち。

中国北部地域で、現地住民を、殺し尽くし・焼き尽くし・奪い尽くす〈三光作戦〉を実行した帝国陸軍。

捕虜を人間扱いせず「丸太」と呼んで人体実験を繰り返した731・石井部隊。


何よりも驚くのは軍人・軍属を合わせ約二百三十万人戦死者の六割超が餓死者であり病死者だったという惨たらしい事実だ。決して忘れてはならない。

しかも、戦死者の九割は敗戦までの僅か一年間で死亡している。

非戦闘員を含めた日本人の戦病死者数は約三百十万人。

戦争は魔物が嬉々として本来の能力を発揮する場であり、かろうじて魔物に憑かれず影響を受けないにしても、戦争は人間自身を一瞬で魔物に変えてしまう。


——魔物とはまぁ穏やかでない話になったが、ここは来世、つまり〈あの世〉だ。

たとえ魔物や鬼が住みついて夜ごとダンスパーティーを開き、来世ライフを楽しんでいるとしても、そう驚くことではない。

それに、奴らが与える悪影響は限定的ではないのか。なにしろ生・老・病・死が存在しないので、病気や死を取引材料にして人間を脅すことができない。

このような環境なら、人間に悪事をそそのかし、その結果を収穫して(かて)にする魔物本来の活動は困難になる。結構なことだ。


「もしも奴らに憑かれたら、なるべく早く身体(からだ)の外に追い出して、その人との一体化を防がねばなりません。その辺のことを少しお話しましょうか。

意外と簡単ですよ……私か助手、九谷さんの誰かが〈その人から出て行きなさい〉と命令すれば良いのです。奴ら抵抗なく従いますからね。

身体から出たら、あとでお渡しする銃で魔物の本体を撃ってください。跡形もなく消え去りますから」 

 外に出た魔物は不気味な姿形を確認できる時もあるし、または青い影としか見えない場合もあるそうだ。

 

 「ということで、魔物退治の役目は九谷さんと助手にお願いすることになります。頑張ってくださいね」

 すでに決定事項らしい。威厳たっぷり(おごそ)かに言い渡された。


 「え、なんで? おれ来たばっかりの新人ですよ」

なにが〈ということで〉だよ、冗談じゃない。

 

 「おやおや、お忘れですか? というより、まだ思い出せないのですか?

九谷さん、あなたは、この世界を創った張本人ですよ。

ここは、あなたの意識エネルギーが、あなたが亡くなるのと同時に実体化した世界なのですよ?

 製造物には製造物責任が発生しますからね。あなたは、この世界のオーナーであると同時に最高責任者でもあるのです——宜しくお願いしますよ。

 お知らせするのが遅くなって申し訳ありませんね、そういう事ですから」

 

この世界のオーナーと言われ、九谷は開いた口を閉じることが出来ずアゴが外れそうになった。お、おれが創ったの……? オーナー?


 「ここは九谷さんの〈個人的な来世〉です。この世界は、あなたをお迎えすることだけを目的として生まれたのですよ。

 私や助手、あなたの身内や知人、ここで暮らしている方々の全てが、あなたの『来世は存在する』という強い信念に応じて生まれたのです」


 「…………」


 その後、オーナーとしての自覚と心得について、クドクド念を押されたのだが、九谷は神妙な顔をしながら適当に管理人の話を聞き流した。

分かった、そういう事ならひとつ頑張ってみようか。なにしろ時間だけは有り余っているからな。


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