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一 熊みたいな親父

                                                           

あまりの眩しさに目が覚めて顔を横向きにした途端——アレッ、花? 驚きのあまり思わず声が出た。

目の前に黄色や白い小花、向こうの斜面には赤や青い花が咲いている。

紺碧(こんぺき)に冴え渡る空には一つ二つと浮浪(はぐれ)(ぐも)——見たこともない景色、これまでに経験したことのない澄明(ちょうめい)で清涼な空間。

ここは何処(どこ)なんだ? たしかベッドで寝ていたはずだ——?

不思議な事に、きちんと外出用の服を着て、そのうえ靴も履いている。

季節は春だろうか夏だろうか——斜面の草花を見ても季節が分からない。

遠くにキラキラ光っているのは海だな。海沿いには点々と建物が見える。

よし、とりあえずあそこまで行こう。()(たに)は草の上に片手をついた。


()(たに)さんですね? お待ちしておりました」

立ち上がろうとしたら突然、丸顔に丸眼鏡の熊みたいな親父(おやじ)——! 大きく枝を広げた(けやき)らしい巨木の後ろから姿を(あらわ)した。

リーバイスのジーンズに、ド派手なピンクの半袖(はんそで)シャツ、靴には拘り(こだわり)があるのか白いエナメル靴を()いている。


 「驚いたなぁ……あんたね、心臓が止まったりしたらどうすんだよ!」

九谷は得体のしれない親父のほうを向いて草の上に座りなおした。

親父はウッフッフと含み笑いをして、小さな目を細めている。


 「これはまた異な事をおっしゃる。あなたはさっき心臓が止まったから、ここにいらしたのですよ。でもご安心を、心臓は一度止まったら余程のことがない限り二度と止まりませんからね」


——な~にバカなこと言ってんのかね。誰だよ、この親父は?

心臓が止まっていようとワルツを踊っていようと、要らぬお世話だ!

とは思ったが、まぁいいか念のためだ、と思い直して手首の脈をとってみた。

——ゲッ、脈が無いじゃん!

マズイぞ——! 慌てて左胸に手のひらを置いてみた。

なんてぇこった、ピクリとも動かないぞ!

どうした心臓、くつろぐな、休憩している場合か働け! 叱りながら胸をドンドン乱打しても、心臓の奴まったく動く気配を見せない。

しばらく叩いて(あきら)めた——これは動かないな、間違いなく止まっている。

それに脈が云々(うんぬん)というより、心臓の存在そのものを感じ取れないのだから、どうしようもない。仕方がないので止まっているのを認めることにした。


そんな様子を親父が腕組みして、あきれ顔で(なが)めている。


「本当に覚えていないのですか? 困りましたな」

——実は数日まえ、九谷は釣りに行った海岸の岩場で転倒してしまい岩に頭部を強打した。こぶが出来た程度で済んだので、そのまま釣りを続けようとしたが、心配した釣り仲間が病院に運んでくれ結局そのまま入院する事になった。

その二日後、病室で夕食を済ませ電子書籍に入れておいた読みかけの本を開いた直後、病状が急変してICUに運ばれたのだ——ところが、その前後の記憶が消えている。釣りに行ったのは勿論(もちろん)、病院に入院したことさえ覚えがなかった。


「やむを得ないようですな……亡くなった時の経緯(いきさつ)を説明いたしましょう。本当に今回だけの特別扱いですよ。

ヤレヤレ……教えるのは厳禁されているのにね、九谷さんご存じでしょう?」親父は恩着せがましく、いかにも不本意そうに説明を始めた。

 ン……ご存じでしょうとは、どういう意味?


「あなたは友人たちと釣りに行って——岩場を飛び渡るときスッコロンでしまい、したたか頭を打って入院したのです。ところが二日後、本を読もうとベッドに横になった直後に容体が急変しまして、アッという間にコッチの世界にいらしたというわけです。担当医が脳内出血に気付かなかったのでしょうね」


「そんなところだろうな……奴は評判のヤブ医者だったしね」

ヤブの上に素行が悪く、奇跡の国家試験合格男と呼ばれていたが、まさか自分に当たるとは思ってもいなかった。そういえば、俺はクジ運が悪かった……と九谷は妙に納得していた。


「さて……改めて確認する必要もないとは存じますが、お名前は()(たに)(けん)次郎(じろう)さん、享年62歳の男性ということで間違いございませんよね?」

親父が、税務署の徴税係みたいな口調で確認を求めてきたので〈頼む、もう少し待って貰えませんか、お願い〉と、つい口に出そうになった。


「えぇそうです、九谷です」

ここは素直に応じて印象を良くしておく場面だな。

享年と言われて、さすがに抵抗もあるがまぁ事実みたいだし仕方がない。

こういう場合は現実を認めて流れに乗っていくのが得策というものだ。

少々の違和感は受け入れなければなるまい、郷に入れば郷に従えとも言う。


「私、この世界(来世)の〈管理人〉でございます。住民の皆様方のお世話と諸々(もろもろ)の管理を(まか)されております。どうぞ宜しくお見知りおきください」

 親父は(みずか)らを管理人と名のり、高級ホテルのコンシェルジュのように腰をかがめたが、どうにも口調と服装とのバランスが悪い。 


「お手数かけて()(まこと)に申し訳ございません——亡くなった方は例外なく私の面接を受けて頂く決まりでございますので。

問題がなければ居住許可を出しますが、まぁ余程の方でない限り合格します。そのあと私と相談の上、住む地域や住居を決めて頂きます」


「例外なく面接する? ということは……あなた、まさか例の閻魔様では?」


「閻魔大王じゃございませんよ……この世界を管理人としてお預かりしている者でございます。

この国で亡くなった方々をお迎えして、ここでの暮らしに慣れるまでお世話しているのです」

日本人の年間死亡者数は、およそ144万人で1日あたりだと、およそ4千人だから、一人で面接した上そのフォローまでとなれば大変な激務だ。

どうして一人で面接するのかね? 統一基準を(もう)けて大勢で面接すれば良いじゃないか——と思ったのだが言わずにおいた。


「おや、()に落ちないと? ……実は私、距離に関係なく何か所でも同時存在できるという、すごい荒業(あらわざ)の使い手でしてね。

ですから数千人の面接ぐらい平気なんですよ。何の問題もなくこなせます」

管理人と名乗った奇妙な親父は、説明のあとボソッと〈知っているくせに〉と、不思議な言葉を(つぶや)いた。


「それに、この国はもちろんのこと世界中の様々(さまざま)な地域に助手が常駐しておりましてね、その者たちが私の代わりを務めてくれるのです。

私は、この世界の全てを統括(とうかつ)して管理する役目を仰せつかっております。いつもは町の管理人事務所にいますので、もし何かあったらお越しください。

名前はございませんので〈管理人〉とお呼びくださいね」


「やれやれ……こんなことまで説明する羽目になるとは」

管理人と名乗った親父は、またしても含みのある独り言を(つぶや)いた。


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