27匹目:ラストダンスはお菓子を食べながら見守る所存 7
口の中に詰め込み過ぎたせいでなかなか無くならないキッシュを無理やり飲み込んでいると、ベルノルトが少しだけ身を乗り出した。ジェマも釣られて耳を前に出す。
「それでだな。その、それとは別にもうひとつ礼を言いたいことがあってだな」
いつもきっちりとしている騎士見習いが、珍しくごにょごにょと言葉を濁している。普段相手をまっすぐに見ながら話す人が視線を彷徨わせていると、とても強い違和感がある。
ふと周囲に視線を巡らせると、こちらをじっと見つめて複雑そうな顔をしている令嬢を見つけてしまった。ベルノルトが言いよどむ内容に察しがついたジェマは、ぴんっと耳を立ててもうひと口キッシュを食んだ。
「その……。アマーリエ嬢と見合いを、して……」
なんと、まだ正式発表の前だが婚約が決まったという。ジェマは思わず拍手をしたい気持ちを堪えてキッシュを呑み込んだ。
ベルノルトには相手がアマーリエだと伝えて以降普通に放置していた。特別2人をくっつけたい理由もなかったジェマは、頼られることもなかったので余計なお節介も焼かなかった。多少気になってはいたものの、【幸運の猫】を頼って悩みを吐き出しに来た令嬢たちへの対応と同じ。ジェマはただ話を聞いただけだった。
大きな体を縮めてそわそわしながら、それでも世話になったからと報告をするベルノルトは首まで真っ赤に染めている。
「あちらがアングラ―ド伯爵家と縁付くほどの家ではないとか、アマーリエ嬢を嫁がせるのは構わないが他に相応しい正妻をなどとひと悶着あってなかなか決まらなかったのだが、君のアドバイス通り正直に気持ちを伝えてみたらなんとかなった。だから、礼を言う」
「……あなたにそんなアドバイスをした覚えはないのですが?」
きょとんと首を傾げて訊ねると、ベルノルトはあぁと頷いて居住まいを正した。
「俺が直接君からアドバイスを受けたわけではない。……君がアンジェリカ様に言ったということを聞いただけだ。だからいきなり感謝されても困らせていまうかとは思ったが、ケジメとして伝えておきたくてな」
アンジェリカ相手にもそんなアドバイスをしただろうかと首を捻り、まぁそんな類のことも言ったような気もしなくもない。アンジェリカもはっきりとした言葉遣いを好まない人だ。ジェマが適当に言ったことがアンジェリカを通して良い感じに伝えられた可能性も大いにある。
まったく自覚はないが役に立ったのならば何よりだ。
クリスティーナに引き続き良い話である。こういう裏表のない幸せ報告ばかりになれば良いのにと頷いて、それ以上考えることをやめた。
「思っているだけでは伝わらない。伝えたい気持ちがあるならばきちんと言葉にしなければならない。相手のことを知りたいのなら会話をしなくてはな。未来の主君に対して無礼極まりない話ではあるが、あのお2人のすれ違っている姿を見ていたら会話をしないことの馬鹿馬鹿しさを思い知らされたよ」
「結局あの2人はろくに会話をせずに決着を付けましたけどね」
「ま、まあな。それでもただ遠くから眺めているだけでは気持ちは伝わらない。それはたしかだ」
これまであれだけ顔を合わせれば憎まれ口を叩いていたようなエリオットが、今や眉を顰めながらもでれでれと婚約者をエスコートしている。あれを見れば馬鹿馬鹿しくもなろう。
素直に全部話してくれるベルノルトと頑ななまでに素直に会話をするということができないエリオット。2人を足して2で割ればちょうど良いのではなかろうか。
ジェマはちらりとホールの方を見遣り、そしていまだこちらをじっと見つめているアマーリエを一瞥して顔を戻す。
「……あちらにただこちらをじっと見ているご令嬢がいらっしゃるのですが、放っておいてよろしいので?」
「ん? あ、いや、これは違う。これは不貞には入らないよな?」
「さぁ……。貴族の婚約は難しいので……」
「君はまったく、都合の良いときだけ何も知らないような顔をして……」
まるでいたずらが見つかった犬のようにそわそわと腰を浮かせたベルノルトは、しれっとキッシュを食んだジェマに苦笑した。
ちょいちょいと手招きしてアマーリエを呼び寄せると、急いで空にした皿を手に立ち上がる。
「【幸運の猫】のおかげで良いお話がまとまったそうじゃありませんか。おめでとうございます。どういたしまして!」
「まぁっ。あなたは、もう……」
本当に都合の良いやつだなと誰かの呆れたような声が聴こえた気がしたけれど、すっかり機嫌のよくなったジェマは聴こえなかったフリをした。




