門出
「ああ、本当に申し訳ございませんわ。何とお詫びしたらよろしいのか……」
悪夢のような夜が明け、日が空のてっぺんにまで昇った頃。
ようやく火が消し止められた村で、デレーは村人たちに向かって頭を下げていた。
「顔を上げてください、あなたのせいじゃないんですから」
「そうです、そうです。悪いのは火を放った奴らですよ!」
「ですが……皆様の大切な村が……!」
言って、デレーは嘆くように両手で顔を覆う。
火を放つよう指示をした張本人には、微塵も似つかわしくない仕草だ。
だが何も知らない村人たちは、「自分のせいで」と謝る御令嬢を慰め、励ます。
その様子を、俺は木陰からこっそりと覗き見ていた。
なんでも昨日、デレーは村人たちに「ぜひともこの村の発展を支援したい」と話していたらしい。
第四領地の新たな試みとか、地方開発の第一号とか、まあそんな感じ。
しかしその話を貴族に敵対感情を抱く悪党たちに聞かれてしまい、彼らが嫌がらせとして村に火を――と、いうのがデレーの筋書きだそう。
「誰も死ななかっただけで十分です。行方不明者が1人出ただけで死人は無し、怪我人もこいつだけですし」
な、と背中を叩かれたのは、昨日ラナソンへの道中で俺を殴ったおじさんだった。
俺は彼から目を逸らしつつ、黙って耳を傾ける。
「いえ、私があの者たちを招いてしまったのは事実ですもの。償いはさせていただきますわ」
デレーはきっぱりと言うと、あらかじめ用意していたであろう、復興費用だの、仮住まいだのの話をすらすらと喋った。
俺はそれを何とも言えない気持ちで眺める。
……俺のせい、だよなあ。
村の人たちには本当に申し訳ない。
俺がもっと早くにデレーの性格を知れていたら、村が焼かれるのを阻止できたかもしれないのに。
自責の念からか、「そうだよ、お前のせいだ」という声が聞こえた気すらした。
これからいったいどうなってしまうのだろう。
不安に思う一方で、しかし俺の心には明るい光が差し込んでもいた。
「ようやく」という漠然とした喜びのような感情が、確かにあったのだ。
* * *
「これで正真正銘、準備完了ですわ! さ、冒険者登録をしに参りましょう!」
郵便屋の建物から出てきたデレーは、一仕事やりきった後のように清々しく笑った。
あれから俺は村を出、森の荷物を回収してラナソンに移動した。
デレーは使用人に村人を仮住まいへ案内させた後、俺と合流。
そして先ほど、「最後の仕上げですわ」と家宛ての手紙――おそらく「責任をとって」家から離れる旨を伝えるもの――を出したというわけだ。
「それにしても、妙でしたわね」
悠々と歩きながら、デレーがぽつりと呟く。
「何が?」
「フウツさんが行方不明なのに、誰も心配をしていなかったことですわ。なんだかおかしくありませんこと?」
俺はぎくりとする。
そうだ、デレーはまだ俺が村で嫌われていたことを知らないんだった。
でも「村の人たちはみんな俺のことが嫌いだから~」なんて言うわけにはいかない。
ただ俺を殴っただけのおじさんに、間接的にとはいえきっちり報復をしたデレーのことだ。
本当のことを言ったが最後、どんな凄惨なことになるか。
俺は話題を変えるべく、辺りを見回す。
と、立ち並ぶ建物の中に、「冒険者ギルド」と書かれた看板を掲げたものがあるのが見えた。
「そ、そんなことよりほら、あそこ。あれが冒険者ギルドでしょ? 早く登録しに行こう!」
これ幸いと、俺は速足でその建物へと向かう。
受付口には誰もいなかったが、ベルを鳴らすと奥から「はーい」という声が聞こえた。
「こんにちは、こちら冒険者ギルド・ラナソン支部で――」
少ししてやってきた女性は、軽やかな挨拶文句を詰まらせ顔をしかめた。
「……何か御用ですか」
次に口を開いた時には、すでに声色が変っていた。
一瞬だけ合わせてくれた目も明後日の方向に逸らされている。
「冒険者登録をしたいんですけど」
「ではこの書類に記入を」
「はい」
でも幸先は良い。
ちゃんと仕事をしてくれる、真面目な人に対応してもらえた。
俺はちらりと後ろを見やる。
デレーは少し面白くなさそうな顔をしてはいたが、大人しく立っていた。
うん、大丈夫そうだ。
早く書いて彼女に交代しよう。
「えーっと」
まず名前と、年齢、出身地。
役職は【剣士】、スキルは無し、と。
――ちなみに、ここで言う役職とは単なる職業のことではない。
端的に言うなれば、職業が「実際に就いている職」で、役職は「向いている役割」だ。
ユラギノシアの人は10歳になるとギルドへ行き、そこで行われる潜在能力の解析によって役職を判定してもらう。
種類としては、例えば俺の【剣士】とか、【魔法使い】、【格闘家】、など様々なものがある。
けれど、役職が職業に影響することはあまり無い。
大部分の人々が属している職業、すなわち商人や農民に向いている役職は存在しないからだ。
一方、スキルは個人に発現する付属的な能力のことだ。
その人特有のものもあれば、多くの人が持つものもある。
スキルによって役職が左右されることもあるとか。
俺にはまだ発現していないけれど、精神的に成長することでスキルが増えることもあるらしいから、まあ可能性はある。
こんな感じで、どちらも村や町で暮らす分にはそこまで重要ではないのだが……冒険者となると事情が変わる。
彼らは魔物と戦うことが多く、戦闘を想定してパーティーを組まなければならない。
そこで、役職とスキルだ。
まず職業と違って、役職は間違いなくその人が得意とする役割である。
もし騙ったとしてもすぐにバレるし、確実に信用できる肩書というわけだ。
スキルも同様に偽りようの無い能力であり、戦闘や旅に役立つものも多い。
よって冒険者はこれらを見てパーティーに必要な人員を募集するので、登録時には書類に書かなければならないのだ。
「はい、確かに」
書類を受け取ると、代わりに受付の女性は小さな石の付いたネックレスのようなものを俺に渡した。
「こちらが冒険者証になります。失くさないようにしてください」
「わかりました、ありがとうございます」
「加入パーティーを探しますか、それとも新しく仲間を募集しますか」
「新規でお願いします。この人と一緒に組むので」
俺は横に立つデレーを手で示す。
「わかりました。ではそちらの方も登録手続きをお願いします」
「ええ。……フウツさん、少しあちらの方で待っていてくださいまし」
俺と入れ替わりで前に出たデレーは、ちょっぴり眉を下げて言った。
何か知られたくないことがあるのだろうか。
俺はひとまずそう結論付け、「わかった」と返す。
誰にだって、隠したいことはあるものだ。
そうでなくともこれくらいの頼み、拒否する理由なんて無い。
ギルドの建物を離れ、俺は適当な木に背を預けた。
早朝の爽やかな風が吹き抜けて行き、さわさわと木の葉が揺れて音を立てる。
心地良いその音に耳を傾けてぼうっとしていると、ほどなくしてデレーが帰ってきた。
「お待たせしましたわ」
登録は滞りなく済んだらしく、彼女はにっこりと笑う。
それから俺たちは、デレーの別荘だという屋敷に向かうこととなった。
冒険者と言えば旅だが、ひとまずの拠点として屋敷を使おう、とのことだ。
「それにしても驚きましたわ。フウツさん、読み書きができたのですわね」
てくてくと歩いていると、不意にデレーがそう話しかけてきた。
「え? あ、ああ、うん」
返事をしながら内心、首を傾げる。
そういえば俺、どうやって読み書きできるようになったんだっけ。
誰かに教えてもらった、なんてありえないし。
村に本が……あったかどうか知らないけど、俺が読ませてもらえるわけがない。
あれ、本当にどうやったんだろう。
「文字の読み書きを練習した」ような覚えなんて……。
うーん、町に下りた時に文字を見て、それで覚えていったとか?
けどじっくり文字を見ることとか、あんまり無かったと思うんだよなあ。
どうあがいても結論は出ず、俺は考えるのを諦めた。
「村長は指導者としては中の下でしたけれど、きっと良き親代わりだったのでしょうね」
「う、ん」
俺はぎこちないながらも頷く。
おそらくデレーは、村長が俺に読み書きを教えたと思っているのだろう。
そして彼が俺を大切に育てたのだ、とも。
事実とは異なるものの、それならそれで都合が良い。
デレーのためにも、村長たちのためにも。
知らぬが花、というやつだ。




