さらば故郷
3日後、すなわち約束の日。
いつも通り村で仕事に励んでいた俺は、ふと広場に村人たちが集まっていることに気付いた。
いったい何事だろう。
俺はこっそり、建物の陰から様子を窺ってみる。
「――ので、――を――ですわ」
すると聞き覚えのある声が、人々の中心から漏れ聞こえて来た。
それから人混みの隙間からよくよく見ると、上等そうな服の裾や薄桃色の長い髪が。
デレーだ、と俺はすぐに思い至る。
だが村のみんながいる手前、近付かない方が良い。
何をしているかもわからないし、まあ約束の件なら彼女の都合の良いタイミングでこちらに来るだろう、と俺はひとまず仕事に戻ることにした。
それから四半日。
日が落ち始めた頃、村の隅で薪割りをしている俺の元に、デレーがやって来た。
「お待たせして申し訳ございませんわ」
「ううん、大丈夫」
俺は手を止め、額の汗を拭う。
「さっきは何してたの?」
「仕込み、と言ったところですわ。それよりもフウツさん、件の準備が整いましてよ。こちらに来てくださいまし」
デレーは俺の手を引き、森の方へと歩き出す。
俺はまだ仕事が……と一瞬だけ躊躇ったが、まあ今すぐ出発とはならないだろうと手を引かれるまま、彼女について行くことにした。
「さあさ、ご覧くださいまし!」
案内されたのは森の中でも少し草木の多い場所。
そこでデレーが茂みから引っ張り出したのは、鞄が2つと衣服、それから剣と斧だった。
「これは……?」
「冒険者として活動するための装備一式ですわ。私の分とフウツさんの分、きっちり用意してありましてよ」
「ほ、本当に!? ありがとう!」
まさかここまでしてくれるなんて、思いもよらなかった。
一緒に冒険者になってくれるだけで涙が出るほど嬉しいのに、なんて至れり尽くせりなんだろう。
「斧は私の、剣はフウツさんの武器ですわ。鞄はどちらも中身は同じですので、お好きな見た目の方をお選びくださいまし。それから――」
デレーは持って来た物品に、ひとつひとつ説明を加える。
これだけ用意するのは大変だったろうな、と俺は改めて彼女に感謝した。
そうこうしていると、不意にデレーが空を見上げた。
「頃合いですわね」
何が、と尋ねる前に、デレーは俺に向き直る。
「村に戻りましょう、フウツさん。もうひとつ、あなたに見せたいものがございますの」
人差し指を立て、お茶目に笑うデレー。
まだ何かしてくれているのかと俺はことさら感激する。
これだけしてもらったのだから、冒険者になった暁には目いっぱい役に立たなければ。
ひとまず荷物はそのままに、俺たちは来た道を戻る。
しばらく進んで行くと、俺は村の方がいやに明るいことに気付いた。
いつもなら皆、夕飯を食べている時間のはずなのだが。
デレーの言う「見せたいもの」に関係するのだろうか……なんて、少し期待しながら歩を進める。
そうして村に着いた俺を待っていたのは。
「え……?」
轟々と、燃え盛る炎の海だった。
村はそれなりの広さがあり、村人の住居たる家屋があちらこちらに点在している。
その家屋が、ひとつ残らず燃えていたのだ。
さらに火の手は蔵や家畜小屋にまで及んでいる。
普段は手元で扱えている炎が、今は恐ろしく手の付けられない怪物のように見えた。
「まあ、いけませんわフウツさん。あまり近寄っては火の粉が飛んで来ますわよ?」
ほぼ無意識に駆け寄ろうとしたところを、デレーに腕を掴んで止められる。
「で、でも助けに行かないと!」
村の惨状と彼女を交互に見てまごついていると、炎の陰に人影が見えた。
逃げようとしている感じではない。
むしろ何か、冷静に様子見をしている、みたいな。
よくよく見ると、そういう人たちが何人かいる。
暗くて顔は判別できないが、十中八九、村の人じゃない。
考えれば考えるほどに、怪しい。
まさか彼らが村に火を?
でも、だったらなぜ退散しないのだろう。
そもそも、彼らの目的は?
「ご安心くださいまし」
状況を呑み込みかねている俺に、デレーは優しく声をかけた。
「彼らは私が選りすぐった熟練の者ですわ。村の方々は『運良く』無傷で逃げおおせているはずでしてよ。見ての通り、火の管理も万全ですわ。家畜はどちらでも良かったのですが……まあ勿体ないですし、ちゃんと回収済みですわ」
――優しい声色で、信じられないことを口にした。
「私が、って」
「ええ! 私が彼らに、村を焼くよう依頼をしましたの」
必死に声を絞り出す俺に反し、彼女は変わらぬ調子で返答する。
「なんで、そんなことを」
「もちろん、『最高の旅立ち』のためですわ」
どうしてわざわざ聞くのか、と言わんばかりの表情だ。
「私、色々考えましたのよ。フウツさんにどんな旅立ちを差し上げようか、と。それで試行錯誤の末に思い付いたのが、これですわ!」
村を包む炎を得意げに示すデレー。
そこに悪意は無く、また躊躇いも無かった。
「不要なものを後腐れ無く始末し、清々しい気持ちで新たな一歩を踏み出す。これこそが『最高』なのではありませんこと?」
「ふ、不要?」
「ええ! フウツさんはこれから私と旅をするのですから、他の者など不要ですわ! まして故郷など、旅の邪魔にしかならないでしょう?」
デレーは俺を見ていた。
俺だけしか見ていなかった。
「ここからですわ」
淑やかな笑みを湛え、彼女は言う。
「ここから、私たちの旅が始まるのですわ!」
その表情が、あまりにも晴れやかで。
ああ、と俺は諦めにも近い感情を抱く。
俺は、とんでもない人に目を付けられてしまったのかもしれない。




