憧れ、すなわち願い
――わ、わからない!!
俺は思わずそう叫びそうになる。
期待していた答えが何一つ出てこなかった。
一目惚れ?
一目嫌いしかされたことがない俺に?
ますます謎だ。
「……もしかして、疑っておられますの?」
「えっ!? ああいや、えっと」
不安げにやや上目遣いでこちらを見やってくるデレーに、俺は言葉を濁す。
疑心があるのは否めないが、それを本人に直接言うのは……とまごまごしていると、彼女はくすりと笑った。
「まあ、それもそうですわね。ではこうするのはいかがでしょう。私はこれから、フウツさんのお願いをひとつ叶えて差し上げますわ」
「お願い?」
俺は聞き返す。
「ええ。どんな難題でも構いません。私の持てる全ての力を以て、あなたの望みを現実のものにしますわ。この愛が本物であることを証明するために、ね」
なるほど。
要するに、「あなたのためなら何でもできます」ってやつか。
「いや、でも悪いよ。俺なんかにそんな、勿体ないし」
「そう遠慮なさらず。私のわがままだと思って、受け取ってくださいまし」
「う……」
俺は返す言葉に詰まる。
そういう言い方をされては、断るに断れない。
参った、と俺は観念して「お願い」を考え出す。
しかし実のところ、俺には人に叶えてもらうような望みなんて無い。
暮らしは今のままで満足してるし、別に欲しい物もこれと言って思い当たらないし。
じゃあ代わりに、誰かのお願いを叶えてもらおうか?
……いや、お願いを教えてもらえるほど、親しい会話をしたことなんて無かったや。
ひとつ、またひとつと案を捨て、それでも俺は思考を巡らせる。
すると不意に、昨日見た光景が脳裏に浮かんで来た。
依頼のために村を訪ねてきた冒険者パーティー。
その仲良さげに談笑する姿。
あまりにも眩しい、憧れの形。
「あ」
言いかけて、すぐに呑み込む。
確かにデレーは「何でも」と言ったが、さすがに「これ」は過ぎた願いではなかろうか。
一般人ならまだしも、貴族相手にこんなことを頼むなんて非常識だ。
うん、やっぱりやめて――。
「あら! 何か思い付きましたのね?」
思い直そうとした矢先、デレーに図星を指される。
「さあさあ、仰ってみてくださいまし。このデレー=ヤン、あなたの願いならば如何なるものでも! 誠心誠意、叶えさせていただく所存ですわ」
ぐいぐいと迫るデレー。
押しに押され、俺はもう逃げられないと観念する。
「じゃ、じゃあ」
ひと呼吸おいて、半ばヤケになって俺は言った。
「俺と一緒に、冒険者になってほしい!」
沈黙。
……そりゃそうだ。
国に仕える騎士ならともかく、冒険者なんて貴族がなるようなものじゃない。
普通に考えれば当然のことである。
促されたとはいえ何で言っちゃったんだろう、と早々に後悔しながら俺は彼女の反応を待つ。
ほどなくして、デレーは口を開いた。
「な――」
その声はわずかに震えていた。
無茶を言った俺に対する怒りからだろうか。
俺は飛んでくるであろう罵倒に身構える。
「なんたる幸せ!」
しかし、彼女の口から発せられたのは歓喜の言葉だった。
てっきり怒鳴られるか軽蔑されると思っていた俺は、拍子抜けする。
「家と距離を置けるばかりか、フウツさんと共に旅をできる……しかもそれをフウツさん直々に、望んでいただけた……? こんな夢のようなことがあってもよろしいので!? ああいけませんわ、嬉しすぎて何が何やら!」
興奮した様子で、デレーはペラペラと言葉を連ねる。
顔の火照りを抑えるがごとく両手を頬に沿え、心底嬉しそうに彼女は続けた。
「いえ、いえ、ですがこれはあくまでもフウツさんの願い! であれば不肖デレー、あなたに最高の旅立ちを贈らせていただきますわ!」
「あ、ありがとう」
「そうと決まれば、さっそく準備に取り掛からなくては! ではまた……ええ、3日後にお会い致しましょう!」
そうまくし立てると、デレーは速足で去って行った。
「……すごい人だったな」
残された俺はぽつりと呟く。
彼女の勢いは、暴風雨のそれと遜色無いように思えた。
が、嫌な感じはしない。
むしろ嬉しい……否、楽しいような気がする。
なぜだろうか。
デレーとのやり取りは、何か、どこかが満たされるような心地がしたのだ。
「おい、帰るぞ」
不機嫌な声と共に背中に軽い衝撃が走り、俺は我に返る。
いつの間にか、おじさんが用を済ませて建物から出て来ていた。
俺は空になった荷車を引き、帰路に就く。
幸い、帰りは殴られることはなかった。
村に着き、後片付けと牛の世話をし、その1日はそれで終わった。
2日振りのご飯を食べて、俺は寝床という名の地面に転がる。
しばらくぼうっと空を眺めていると、じわじわと喜びがこみあげて来た。
言うまでも無く、デレーのことである。
彼女は俺を嫌わないどころか好いてくれている上に、俺と一緒に冒険者になることを快諾してくれた。
突然に舞い込んだ幸福はあまりに大きく、受け止めるのに少々時間を要していたが、やっと今その実感が湧いて来たようだ。
むずむずする胸の奥をどうにかこうにか宥めようとするも、つい口角が上がってしまう。
――3日後にお会い致しましょう!
デレーは確かに、そう言っていた。
「3日……3日か……」
生まれて初めて、楽しみな予定というものができた。
3日後、きっと俺は彼女と共に旅立つのだろう。
あの冒険者たちみたいに、肩を並べて。
俺が村から出て行くのだから、村の人たちも喜ぶに違いない。
全くもって、良い事づくめではないか。
デレーがどうやって親を説得するのかだけは気になるが、 彼女にも何か考えがあるのだろう。
きっとそれを実行するための「3日」だ。
俺は今までになく、明るい気持ちで眠りについた。
これから良いことがたくさんある、そう信じて疑わずに。




