第九章 腹ペコ騎士はそれ以外の部分でポイント稼いでいかなくちゃならないからあれはあれで大変なんだよ。
リィンの『居城』内、食事を終えた俺達三人は、ダイニングテーブルに腰を落ち着けて食休みを取っていた。
食器を洗う音が背後から聞こえ、
「……いや、それも指パッチン一つで出来ないのお前?」
「良妻アッピィ――ル」
誰に対してのだ。俺か。
正面の席に座るシセルが言う。
「いやぁ、ご馳走様です。少々物足りませんが美味でした。アピールなどせずとも、姫様はいいお嫁さんになれますよ!」
「……三日分の食料がその一言でチャラになるとは思ってないわよね、シセルさん?」
「いやぁ、その……はは……」
目を逸らすのは申し訳ないと思っているからだろうか。だとすれば、
「……お前、成長したなぁ……」
「あ、あたしにだってそれがなんとなーく馬鹿にしたニュアンスだってのは解るんですよ……!」
いやそれが解るならマジで成長したよお前。
と言うか、
「……そういえばさ。お前、何で歳とってねえ訳?」
リィンからの話によれば、クルーゼもまた現役で『軍』の中で働いているようだった。
俺がこの世界を去ってからこちらで百年。二人とも普通の人間種だったのだからこれはおかしな話だが、
「嫌ですねもう、王様。王様があたし達を『そう』したんじゃないですか」
テーブルの中央に置かれた焼き菓子をつまみながらそう言ったのはシセルだ。
彼女は指についた食べカスを舐めとりつつ、
「あたし達十二人。シャーロット様とか長寿系の人はよく解りませんが、多分皆『こう』ですよ。歳とってないです。正確にはスピード百分の一くらい、って按配らしいですが」
「……パパ、やっぱり自覚無かったのね?」
「……それは……」
どう言う事態だ、と思うが、疑問にはシセルが答えてくれた。
「……あたし達の間でもちょい議論になったんですよ。王様が居なくなってから十年くらい経って、クルーゼ様が気付いたんです。『僕達なんか歳とってなくない?』って」
参謀気取りのあいつらしい事だ。と言うか他の連中、長寿系が多い事もあるだろうが、きっと気にしてもいなかったのだろう。
シセルが更に言う。
「でまあ、対象があたし達十二人だけっぽい、てのと、スピード百分の一ってのが王様の世界との『歪み』差で一致した、て感じで。これはきっと『軍略』の影響だろう、と」
「……そうか」
『軍略』は、まあ付随効果色々あるが基本的には俺を守るためにある『加護』だ。
故に、実際の戦力として守護を行う『あの十二人』の成長が俺とリンクした、と、そう言った理論だろうか。
しかし、と思うのは、
「……お前ら、なんか人間離れしちまったなー……」
「そ、そうした原因の人が何か言ってますよ!」
いや自覚なかったし。
「でも、ですよ」
シセルが言う。
「おかげでこうして、また王様に会えました。百年……何もかも懐かしいです。……最後の決戦前に仰った言葉、覚えてますか?」
何か調子乗って演説とかした気がするからあまり思い出したくない。
だが、そんなこちらの様子を意にも介さずシセルは言う。
「『死ぬな』、って。で、今のあたし達はそれを全う出来てる、って事ですから。幸せな事ですよ、これは。……本当に」
そして、歯を見せる笑みを零した。
しかし、
「お前は良くても、他の連中は何か言ってなかったのか?」
何せ寿命がいきなり百倍になったようなものだ。不満や不平も、まあ普通なら出るだろう。
「いえ、うーん、そうですね……まあ長寿系種族の方も多いですし、そもそもこの世界、千年生きるとかあまり珍しくないですから。皆『やっほうラッキー!』てな感じでしたよ」
あ、でも、
「クルーゼさんは嘆いてましたかね。『生涯仕事量が百倍になった』って」
あいつ仕事大好きだろうが。客観論だが。
それらを聞いて思うのは、
「……相変わらずなんだな、皆」
「……まあ、百年で変わるような連中ならあたし達、世界征服なんて出来ませんでしたよ」
だから征服じゃないってのに。
言い合っていると、
「……何か絆感じる感じ。妬けるわ」
そんな事を言いながら二人のカップに茶を新しく注ぐのは、洗い物を終えたリィンだった。
「歴史とか伝聞としてしか知らなかったけれど……皆、私なんかとは遥かに長くパパと付き合ってるのよね」
と、そう彼女は言葉を零す
しかしシセルは笑みを崩さず、
「ははは、嫌ですね、シャーロット様と姫様から王様を取ったりしませんよ。何されるか解らないですし」
「……何されるの?」
しかし俺の言葉は無視され、
「ふふ、シセルさん。ホント? ホントにそう断言出来る? 未来は勿論、過去にも何もなかった、って私とママに誓える?」
一拍を置き、
「……すぅ――――……」
何だその長い息継ぎは。いや何も無かったろうが。何も無かったよな?
「さて、お二人とも。そんな事はいいんです。何かあたしに訊きたい事、あるんじゃないですか?」
「……」
おいコラ、そこで会話を打ち切るな。リィンが何か見た事ない顔してるぞ。何だその顔は。どう言う感情だそれは。
だがシセルはやはり意に介さず、
「つまり――あたしが何故、あのような所で漂流していたのか、です」
「……そうね。それは確かに気になるわ。大丈夫。パパは今は私のもの。その事実は揺らがないし、ベッドが一つしかない限り、昨日と同じく同衾は避けられない……」
同衾て言うな同衾て。と言うか俺は誰のものでもないし、強いて言うならシャロのものだ。
「ははは、その通りですよ、姫様。お二人の仲が良いのは見ていて解ります。あたしが敵うものじゃありませんよ。例え過去に何があったのだとしても」
「もはやわざとやってねえ?」
と言うか本当に何もない。
だが対するリィンは、
「……ん、ん……そうかしら。仲良く見えるかしら。ふふ、そうね……そう……ホットケーキくらいなら焼けるけど、どう?」
「頂きます!」
お前ちょっとチョロない?
まぁ、
「……丸く収まったんだからいいか……」
「おっ、王様、ホットケーキと掛けたんですね! 上手い! 座布団一枚!」
やっぱ成長してないなこいつ。
と言うか、だ。
「お前が何故漂流してたのか、なんてのは……既に解ってるぞ?」
「え、そうなんですか? 流石王様、話が早いです」
「食い逃げが込んで島流しにされたんだろ?」
「ひ、評価が低い……!」
何故か絶句されたが、何だ違うのか。
「……じゃあ何だ……? 空腹を耐えかねて配給船襲ったとか商船襲ったとか、もう俺に想像出来るのはそんなものしか……」
「ことごとくあたしヤバいヤツですね! こちとら民守る騎士ですよ! そんな強盗紛いの事は絶対にしません!」
「じゃあ何ならするんだ?」
「お腹空いたら、ええ、誠心誠意お願いして譲ってもらいますとも!」
十二英雄の一人からそれされたら強盗と変わらないのでは。
閑話休題。
シセルはこほん、と咳払いを一つ打ち、
「と言うか、まあ……追い出された、と言う意味では島流しと同じようなものなんですが……」
「……マジか……」
「……半分くらい冗談のつもりだったのにね……」
「半分……です、か……」
シセルが何とも言えない表情で目を逸らす。
「……ふ。そうですね。十二人の中でも剣しか取り柄のない私ですものね……評価が低いのは当然の事……あ、姫様バターと蜂蜜ってあります?」
評価が低いのはそれだけが理由ではない気がするが、まあ今はいい。
俺は言う。
「リアルな話さ、お前、何やらかしたんだ? 十二英雄の一人が島流し、って……相当な事やらかさなきゃあり得ないだろう」
「い、いえ! 何もしてませんよ最近は!」
「……最近?」
「蓄積、って事もあり得るのよねぇ……」
と言うかその可能性が一番高い。
だがシセルは、
「本当ですって! 本当にもう、何の予兆もなくいきなりです!」
はぁ、と息を吐き、
「王様。オウルーグって島、覚えてますか?」
オウルーグ。そこは確か、
「……兵士の訓練所を造った島だった、かな」
人口およそ四万人。平定に苦労した島ではなかったが面積が広く、戦時に建造した砦を有効活用するためにもそのような指示をした覚えがある。
「その通りです。私、そこでちょいと兵士達の指南役を仰せつかっておりまして」
「……おお」
シセルが。あのシセルが教え手とは。
「なんか泣けてきた……」
「な、何故もっと素直に褒められませんかねこの王様は……!」
普段の行いと言うヤツだ。自業自得。
シセルは、
「でまあ、一応英雄ではありますから、周辺海域の領主的な役も担ってる訳ですよ。解ります? そう食い逃げばかりしてる訳じゃないんですよ?」
「パパ、パパ。大丈夫。補佐にエミニスタさんとグラットンさんが付いてるの。知ってるわよね? エルフとドワーフの」
「ああ……成程、客寄せパンダみたいなものか……」
「パンダ? それは私が可愛いって事です? 嫌ですよもう、王様……目ぇ怖! 何ですかその目! 解りましたよ真面目に話しますよ!」
最初からそうしろ。
彼女は居住まいを正し、
「もう、ええと……何でしたっけ。ああ、そうそう……まあ私、剣以外何も解らないですけど、何せ百年ありましたから。そこそこ順調にやってた訳ですよ。エミニスタさんとグラットンさんのお陰でもありますけれど」
で、ですよ。
「まあ、革命連合の立ち上げとかもあって、兵士の需要も上がって。中々忙しくなってきたなー、とか、砦もそろそろ手狭になってきたなー、とか、そんな事を考えていた時です」
そんな時、
「――なんやかんやあって、エミニスタさんとグラットンさんに身一つで海に流された訳です」
「……」
「……」
「どうですか。解りましたか? あたしには解りません」
自覚があるならいい。いやそうではなく、
「なんやかんや、って部分が一番気になる、の、だけれど……」
その通りすぎて言う事がない。
「いや、もう本当になんやかんや、としか言い様がありませんで……」
シセルは言う。
「なんでしたっけね……ええと、褒賞とか、兵士の錬度とか。コストパフォーマンスとか? 色々ありましたよ、罪状は」
罪状。
「結局、何かしらやらかして追い出された、って、そう言う事かしら?」
「罪、と言うからにはそうなんだろうが……」
しかし、と思うのは、
「……こいつも腐ったって英雄。そうされるには相応の理由が必要だし、しかも相手は『あの』エミニスタとグラットンだ。エミニスタはともかく……グラットンがそう言う事するか?」
規律に厳しいエルフはともかく、ドワーフのグラットンは気の良い老人だ。百年前の時点でも、シセルを相当可愛がっていた記憶がある。
「そう、そうなんですよねー……お二人とも、何と言うか人が変わったみたいで。あれよあれよと言う間に追い出されちゃいました」
「……それは……」
何か事情があるのだろうか。
しかしそれにしたって、シセルがそれを把握していない、と言うのもおかしな話だ。
「……シセル、お前それで何も抵抗せず、大人しく追い出された、ってのか?」
彼女は、一応は俺の『直属』だ。
元の実力は元より、この世界には未だ『軍略』が生きている。文官であったエミニスタとグラットンに『再分配』は行われていないはずで、故にシセルの剣の腕ならばどうにでもなったはずだ。
俺の疑問にシセルは、
「いえ、お二人共百年前から王様に仕える忠臣ですが、あたしが守るべき民である事は確かですので。この剣もこの腕も、そちらを向けられるようには出来ておりません」
それに、
「あの二人があたしを要らず、と判断したのであれば、それはあたしに悪いところがあったと言う事です。それを私は疑いませんし、それに私は抗いません」
そう言って、ただ穏やかに微笑んで見せた。
その表情に浮かぶものは、覚悟とか忠義とかそう言ったものではなく、ただただ『あるべきままにあろう』と言う、海のように深い『寛大さ』だ。
時にそれはアホとも言うが、
「……ま、シセルさんはそう言う人よね、元から」
「……」
彼女が果たして成長したのかしてないのか。それはぶっちゃけは良く解らん。相変わらず過ぎて。
だが、その『あるべき根底』は、百年前と何ら変わっていない、と言う事だ。
それこそ、俺が彼女と初めて出会った時。
誰とも解り合えず。誰をも理解出来ず。
『あの島』をたった一人で守っていた時と、彼女は何も変わらない。
「……初めて会った時は全裸だった女が良くもまあ格好付けた事を……」
「そ、それ今関係ないじゃないですか!」
「え? 何それ私知らないんだけど」
まあ、とにかく、だ。
「ねえ。ちょっとパパ。ねえ」
とにかく。
「ちょっとこれは……流石に何かおかしいんじゃねえか?」