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昼刻

 アイラの瞳に映るのは岩山脈。船は大海原を進んでいる。アイラは手を翳しながら頭上を見る。太陽が眩しい。


「昼刻あたりだわ」


 アイラはそう言って、隣に控えているセリアに顔を向ける。


「はい、そうでございますね。今頃ジーナがきっと、王様やレオン様に文をお渡ししているかと」


「ええ、そうね」


 アイラの微笑みにセリアは心が締め付けられた。


「アイラ様、私はレオン様が嫌いです」


 セリアの発した内容に、アイラは無意識に揺れた瞳で応えた。


「アイラ様、必ずお目覚めください。そうでなければ、……私はずっと、ずっとレオン様を嫌いなままですから」


 セリアの瞳もまた揺れていた。


「フフッ、それじゃあ絶対目覚めないといけないわね」


 アイラはまた岩山脈に、否その向こうの涼の国を見る。すでに見えなくなってはいるが、アイラには見えていた。




***




 ジーナの足は震えていた。王塔に向かうジーナ。手には王への文とレオンへの文。アイラから託された文である。足だけでなく、手も震えていた。王塔出入り口の門に近づく。ジーナは大きく深呼吸をした。そして思い出す。アイラ達との別れを。ジーナはその場で小さく足踏みをし、そのリズムで門に向かって歩き出した。




「やはり人質交換しかない」


 リョクは歯を噛みしめる。


「その上で、彩の国が豊の姫を狙わぬため……双方で人質交換」


 会議は譲位の他案として、やはり人質交換の案が出ていた。だが、人質交換だけでは終わらない。彩の国は豊の姫を狙っているのだ。その脅威を抑えるための……人質交換。


「ですが、人質交換をし、また人質交換をする。無意味ではありませんか?」


 そうである。無意味に人質交換をせねばならないのだ。リョクの苦悩は続く。人質交換の上の人質交換、加えてのシェリーとの別れ……となってしまうであろう他案も、リョクにとっては受け入れがたいのだ。


「譲位か、人質交換か……他案はないか?」


 王の声が王間に通る。


「豊の力を使えば……」


 ポロリと誰かが溢す。


 誰の頭にもあった他案なのだ。だが、『三宝の力』を読んだレオンとマークだけは、それがいかに無謀な案であるかを理解していた。レオンはギュッと握りこぶしをつくる。


「彩の国の建て直しは、私が行います!」


 リョクが声を張り上げる。そう、そんなリョクだからこそ、会議の参加者は知恵を出しあっているのである。


「譲位は今すぐでなく、リョク様が建て直した後。その年月が三年以内ならシェリー様を再度妃としてリョク様の隣に送る」


 マークがうねりながら、重い口を開いた。そう開いたと同時に、後方の扉も開いた。皆の視線が後方に移る。


「青の国の巫女侍女様が王様に謁見を望んでおります!」


 兵士がそう告げる。


「……巫女侍女?」


 王は怪訝そうに言った。


 レオンは、すぐにアイラに何かあったのでないかと思い、「すぐに通せ!」と命じた。


 王はさらに怪訝になる。


「レオンどうしたというのだ?」


 王が問う。


「アイラの看病を巫女侍女がしているのです」


 それだけ言って、後方に歩を進めた。


「エレーナか? ジーナか?」


 焦りのあまりレオンは会議のことも忘れ、名を問うた。


「ジーナでございます! レオン様」


 ジーナの声が扉の向こうから聞こえてきた。ジーナは兵士の横をすり抜けレオンの元まで走る。ジーナの目から大きな雫がポタポタと流れているのを見たレオンは、アイラの身に何かあったとさらに慌てた。


「アイラは、アイラは……」


「アイラ様は、ご出発いたしました。これを、これを王様とレオン様にと……ヒック、ヒック」


「出発だと?!」


「早刻、ご出発いたしました。ヒック……彩の国に出発……うわあぁん」


 ジーナは言いながら、文をレオンに渡すと泣き崩れた。レオンは未だ状況が理解できない。


「レオン! 文を」


 王が命ずる。レオンはハッと意識を戻し、ジーナから受け取った文をマークに渡す。そして、その文は王によって読み上げられた。


 アイラは全てを背負い、終結させるのだ。この状況を終わらせるために彩の国に行くと。


 レオンは茫然とする。それが意味することは……


「アイラを追います!」


 レオンは駆け出した。


 レオンが去った王間で、マークは『三宝の力』の話をする。王もリョクも、そしてその場に居るもの全てが声を失う。


「アイラ様は、きっと……眠り続ける覚悟なのでしょう」


 マークが力なく静かな王の間に声を落とした。


「……何をしておる?」


 王は腹の底から、声を出す。


「アイラに負けていられぬぞ! マーク、彩の国に書簡を送る。全てを記せ! いいか、全てをだ。それでも彩の王がその座にに留まるようなら、リョク殿! わかっておられるな?」


「はっ! 私もすぐにレオン殿を追いかけます!」


 リョクが駆け出す。マークが文紙を用意し書きはじめる。


「私は、豊の国に出発いたします!」


 王は声の主を見る。右宰相である。


「頼んだ!」


 王は宰相の手を握り言葉なき言葉を送った。


「私は、○○を」

「私は、■■に向かいます」

「私は……」


 ……


 ……


 各々が動き出す。王は熱くなる目頭を隠さず皆の手を握り見送った。


 ーーアイラよ、そなたに見せたいぞ。本当の涼の国を。一つになった涼の国を……だから、目覚めてくれよーー


 涼の国王は静かに、そして熱く胸の中で思ったのだった。




***




「さっさと歩け!」


 セドは侍女に命じる。侍女は大きなバスケットを抱え、ヨタヨタと歩く。


「昼前には出港するのだぞ。急いでくれ!」


 セドと兵士数名の後ろを侍女が着いて歩く。小走りになる侍女。セドは気にもとめずにスタスタと進む。城の門を出る頃には、侍女は随分遅れをとっていた。


「お疲れ」


 セドは門番にそう言って木札を見せる。兵士数名も同じく札を見せていく。


「おい、あれを」


 セドは一名の兵士に命じ、侍女の元に向かわせた。門番は札の確認を終える。


「後は先程の兵士と侍女ですね」


 門番は視線を大きなバスケットを持つ兵士と侍女に移した。


「急げ!」


 セドの激がとぶ。門に辿り着いた二人は、バスケットを両手に持ち札が出せる状態にない。


「グズグズするな! 札を出せ」


 セドの命に二人は互いにバスケットを渡そうとあたふたと動く。


「早くしろ! 出発に遅れるぞ! ダラク様との競争なのだ。先に行くぞ、門番、頼んだぞ」


 セド以下数名は歩を進めた。門番は、いつになく厳しくピリピリしているセドが、ダラクと競争だと言ったことを理解し、二人に"シッシッ"として促したのだ。兵士と侍女は軽く頭を下げると、セドの後を追った。


 ……


 ……


「すみません、シェリー様」


 船倉でグタッと体を休めるシェリーに、セドは深く頭を下げる。


「いいのよ、私は札を持っていないから、ああするしかなかったんですもの」


 セドはシェリーを船に乗せることに成功したのだ。


「シェリー様、これをどうぞ」


 着替えたマリ婆が、お茶を運んできた。マリ婆も兵士として船に乗ることができた。


「さあさ、お茶を飲んで休んでください」


「ううん、先に、先に皆に挨拶したいの。セド、……我が夫の兵士を労わなきゃ」


 セドもマリ婆も一瞬驚いた後、笑顔になる。


「はい! この隊はリョク様の隊です。皆、シェリー様をお待ちです」


 セドは胸が熱くなる。シェリーがリョクの生を信じているからだ。そして、リョクの隊として兵士達を労うと。


 シェリーはデッキに立つ。並ぶ兵士達に宣言した。


「今度彩の国に戻る時は、我が夫も一緒よ! この隊は、涼の国に枯れた華を運ぶ隊ではないわ! 我が夫を、リョク様を捜索する隊なのです!」


 兵士達から歓声が上がった。


 船倉の枯れた華は藁に巻かれている。セドの命令でひとつひとつ火がくべられ、海に消えていった。


 リョクの隊を乗せた船は、一路涼の国に向かう。この船にリョクが戻るまで、そう時間はかからない。リョクも涼の国から船に乗り、彩の国に向かっているのだから。




***




 憤怒。その顔は正に憤怒であった。


「逃げただとっ!!」


 シェリーの脱走を聞いた彩の国王は、声を荒々しく吐き散らかした。その血走った瞳は、部屋のあちこちに移っていく。手当たり次第に、装飾品を破壊していく彩の国王。皆震え上がる。いつその破壊が人に向けられるのではないかと。


「捜せ! 捜しだし、牢屋に入れろ!」


 その命に乗じ、皆そそくさと退室していく。


「ダラクを呼べ!」


 王は配下の兵に命じた。


「王様、ダラク様はミュウ虫の収集でございますが……」


 王はギロリと兵士を見る。縮み上がる兵は身を低くする。


「セドを! ……」


 呼べとは続かなかった。セドも居ないのである。では、と辺りを見渡すが警備の兵士以外に王の元には誰も居なかった。


 ギラギラした王の瞳が、段々とその色を変える。


 弱々しく。


 臆病に。


 王はヨロヨロと玉座に座った。頭を抱え、床を見る。見続ける。


「エレン、お前が愛した彩の国から華がなくなってしまった」


 王はエレン、エレンと呟く。遠巻きの兵士には聞こえていない。ただ怒りを抑え込んでいる王にしか見えていなかった。


「エレン、待っててくれよ。必ず華を、彩りの華々を戻してみせようぞ」


 王は目を閉じ在りし日の正妃を、エレンを思い出していた。


************



「あなた、今日はガーベラが見たいわ」


 エレンはベッドから体を起こし、窓に視線を向けた。


「わかったよ。後でリョクに届けさせよう」


 王は正妃エレンの髪にそっと指を滑らせ、その艶やかな髪をすり抜け頬に手を置く。


「早く元気になってくれよ」


 エレンの頬の上昇を確認した王は、優しく微笑んだ。


「ええ、早く華園を歩きたいもの」


「華園をね、あなたと二人で歩きたいもの」



************


 王は頭を上げた。力を込め立ち上がる。華園が見えるバルコニーに移動した。


「エレン、我は諦めんぞ」


 茶一色の華園に言葉を送った。




***




 その頃、ダラクは青の国に入国していた。


 桟橋から北上し、まず城に向かうダラク。青の国に城壁はない。砦もない。関所もないのだ。


「いつ来ても妙な国だな。っと」


 この国がなぜ侵略されず毅然と成り立っているのか、ダラクは不思議でならない。


「ダラク様、青の国王様にこちらを」


 ダラクは長の手の中のものを見る。


「なんだ? そのみすぼらしい木は」


「香木でございます」


「……価値があるのか?」


 ダラクはその木に興味はない。ただ価値があるかだけだ。否、青の国王にとって価値があるのか……


「癒しの効果が香木にはあります。医術・治癒術の国の新しい可能性を示せる物なのです」


 ダラクはそれでもその香木に興味はない。長がシルクの布に包み、ダラクに渡した。この香木の代わりにミュウ虫の収集を願い出るのだ。


「今回は正規ルートでの収集でございますから」


 長が進言した。太子承認のミュウ虫なのだ、今までの収集と違い正規ルートでと。それはつまり、強いミュウ虫の収集。涼の国に贈ったものと同様のものが欲しいと願い出るためだ。


「豊の力を得、新たなミュウ虫、そして次期国王ダラク様。なんとも晴々しいではないですか!」


 長は意気揚々と歩く。ダラクはそんな長を見ながら、またも順調すぎることに戸惑っていた。そうである。この感じは涼の国の城で感じた時と同じもの。ダラクの第六感がそう警告していた。


「長よ、先に寄りたい所がある」


 ダラクはそれを拭うため、城より先にある場所に行こうと長に提案した。


「どちらへ?」


 長は今にでも城に入りたいのか、訝しげにダラクを見る。


「ミュウ虫以外の手土産も必要だろ? っと」


 ダラクはそんな長に、美味しい言葉で誘った。指は青の城の背後の山を指す。青の国が誇る稀少な薬草が生える山に。


「ミュウ虫に、新しい華。それも薬華。どうだ? っと」


 ダラクのしたり顔に、長も満面の笑みで応える。


「王様もきっとお喜びになりましょう」


 ダラクと長は城へ向かっていた足を、山へと向ける。だが、その山は青の国が厳重に警備する山。早々には侵入が出来ない。ダラクも長も知らなかった。こんなにも防備に手薄な国が、山に厳重な警備をしているとは思っていなかったのだ。




***




「急げ!」


 レオンの声である。


 港に馬を走らせ、出港の準備を指揮していた。舟小屋から軍船を二隻出し、急いで準備をさせていた。ルークは屈強な船員を集めに町に。ジークは船部隊に指示を出す。


 ーーピー、ピッピーー


 レオンの頭上を伝鳥が飛ぶ。ジークは鳥笛を吹いた。ジークの腕に留まった伝鳥から文を取り出す。そして、レオンに渡した。


「アイラは陽大陸の港に向かった! ジーク、行き先は陽大陸の港だ。必ず追い付くぞ!」


 城からの文には、アイラ達の動きの予定が書かれていた。ジーナからの情報である。と、すぐにまたもや伝鳥が飛来する。ジークはすぐに対応する。その文をまたレオンに渡した。


「リョク殿は、彩の国の港に向かうそうだ。……全てを彩の国王に伝える。後は任せろと……」


 レオンは集まった者達に大声で伝えた。


「我々は、アイラを追うぞ!」


 と。


 ……


 ……


 帆が風を最大限に受ける。ジークの激がとぶ。


「商船に劣る船部隊ではあるまいな! のんびり運航している商船に我々の船が追い付けぬわけがなかろう! 皆、思い出せ! 我々は大国涼の最強部隊であるぞ!」


 船員の顔は生き生きと、そして野太い声で応える。追い付くぞおっと、船はさらに勢いを増す。


 そんななか、レオンは懐にしまった文を取り出した。ジーナから渡されたアイラからのレオン宛の文である。そっと開いて、読む。


 ……


 ……


 ーーアイラ!!ーー


 心の中で強く叫び、強く願った。レオンの心はすでに限界を越え、ついにそれが顔を出す。


「アイラ! 私はお前がお前が……」


 兵士達は、船員達は、そんなレオンの姿に心を締め付けられた。


 船は一層勢いを増した。

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