枯れた華
涼の国に最初の書簡が届いたと同じくして、彩の国にも涼の国からの最初の書簡が届いた。
「ほお、ふん、なるほどな」
彩の国王は、そう呟き書簡をダラクに投げた。ダラクは書簡を広げる。読みながら、ダラクは口角が上がっていく。
「華の大量注文。フッ、フッハッハッハ」
ダラクは書簡をグッと握りしめた。王を見つめる。
「今頃、涼の国にも我が国の書簡が届いているだろうな」
王もニヤリと笑う。
「あちらは、どう出るのやら」
ダラクが発した声は愉快げだ。
「ダラクよ、こちらはどう出る?」
王の鋭い視線がダラクに向かう。
「もちろん、華を送りましょう。害虫つきの枯れた華を」
ゾクリとするような声だった。在室している者は眉を寄せた。その内容にも胸をつかえるものがあったのだ。
「ふん、気味悪い顔をしおって」
王は在室の者の顔を見渡した。皆、目を背ける。視線を合わせる勇気を持つ者は居ない。
「あの豊の力で、どうせ枯れた華をも復活させるであろう。我々の本気を見せるだけだ。そのために送るのだ」
ダラクはそう発した。在室の皆をひとりひとり見るダラク。誰ひとりとして、異を唱えるものは居ない。
ただ一人後方で、唇を噛みしめる者。リョクの側近セドである。グッと体に力を入れ耐えていた。
ーーリョク様なら、こんな横暴な事はしないはずーー
セドは握りこぶしを作る。そして、未だ帰還しないリョク王子を想った。
ーーどうか、どうかご無事で。そして、彩の国を立て直してくださいーー
と。
「セド! 涼の国に送る華の用意を」
想いを巡らせていたセドに、王が命令する。セドはグッと腹に力を入れ、「はっ」と答え、部屋を出ていく。
ーー嫌な役目だーー
心に重りが乗ったようで、足取りは鈍い。
セドは華園の入り口に立った。何の香りも発しない華園に。
「セド様……」
部下が躊躇う。躊躇うはずだ。全滅している華園なのだ。セドはフッとため息をつく。
「華であったものを、摘んでくれ」
それでも部下達は躊躇う。リョクの部下達であるのだ。ダラクの案にのることを、躊躇っている。
「信じろ! リョク様は生きている。我々は、この華を摘み涼の国に向かう。ただし、順調にいかぬがな」
セドはわざとニヤリと笑った。部下達にその顔を見せた。企んでいる顔を。
***
隔離塔のシェリーは、未だその部屋に監禁されたままであった。出入口は一つ。扉の中にも外にも監視の兵士が居る。その兵士が居なくなるのは、シェリーの着替え時と睡眠時だけである。
そして、トイレ。シェリーはおもむろに立ち上がる。兵が反応した。身構える兵士の前で、ドレスの後ろを軽く上げる。彩の国でのトイレの合図である。兵士は少しドギマギし、扉を開けて侍女を呼んだ。
「シェリー様、こちらへ」
シェリー付の侍女は、あの日から見かけない。このぶっきらぼうの、年老いた侍女がシェリーの世話の全般をしていた。シェリーはこの侍女に気を許してはいない。自分を監視する兵士と同様に、嫌悪感しか感じない。
「シェリー様、では」
その扉の前でその侍女は数歩下がり佇む。シェリーはそこに入る。今現在許される唯一の個室である。
「どうしたらいいの?」
ぽつりと落とす。シェリーは、自分が書いた文のせいで、母国の父と兄がどう動くのかに心配していた。
みすみす、妃を渡しはしないだろう。中央大陸の大国としてのプライドもあるのだ。では、どう動く? と考えただけで恐ろしかった。
『戦争』
シェリーは言い様のない不安に押し潰されそうになる。
「私のせいだわ……」
頬に一筋流れる涙。グッと口に目に力を込める。泣き顔など二度と見せるものですか! とシェリーは、個室を出た。
「シェリー様、少々お待ちください」
侍女がシェリーの背後に回る。
「リボンがずれております」
待機していた兵士が近寄るが、侍女が大きく言ったおかげで、まだ遠巻きで待機している。
『シェリー様、そのまま左の華園を兵士にわからぬように、目だけでご確認ください』
侍女が小声でシェリーに伝えてきた。一瞬強ばる体をなんとか平静に保ち、言われた通りに左の華園を目だけで確認する。
「……」
『そのまま何も言わず、何も動かず聞いてください』
シェリーはこのぶっきらぼうの、年老いた侍女が何を言い出すのかと、身構える。
『セドが華園におります。そろそろここを通ります。それまで時間を稼ぎたいのです』
シェリーは、侍女からリョクの側近セドの名が出たことに驚いた。
「シェリー様、どうか動かずにお願いします。何せ私はもう年でございますので、上手く結べないのです」
侍女が大きな声で、兵士に聞こえるように話す。
「もう! リボンぐらい一人で結べます!」
シェリーは自身の腕を後ろにまわしリボンを触る。
『ありがとうございます。少し時間を稼げます』
侍女は、背を丸めシェリーの横に立つ。兵士はその様子を遠巻きで見守るのみ。
『セドが来ましたら、私が対応します』
待つ。セドを待つ。
「マリ婆ではないか!!」
セドがそう叫んで、こちらに走ってきた。待機していた兵士が、セドに近寄る。が、セドの方が上官であるのだ。上手く切り抜け、こちらに歩いてくる。
「まあまあ、セド坊っちゃん、婆を覚えておいでか?」
侍女がセドに近寄る。シェリーは言われた通りに、動かずに待つ。待機している兵士は、どうしていいかわからず、オタオタとするばかり。セドはその兵士にわからぬように、侍女に何かを渡した。侍女は、背を丸めてその何かを懐に隠した。シェリーの位置からはよくそれが見えた。セドが小さくおじぎをする。シェリーも目だけで返した。
シェリーはリョクの側近セドだけは信頼していた。そのセドが『マリ婆』と呼ぶ侍女。シェリーは小さな希望を見出だしていた。
ここ彩の国でも、内密に何かが動き出そうとしていたのだ。




