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失ったもの

「これを?」


 レオンは訝しげにその布を受け取った。


「アイラ様からです。薔薇の花弁です」


 エレーナは溢れる笑顔を隠せずにいた。


「これに、意味はあるか?」


 レオンは問う。そうである。お見舞いの薔薇に意味があったのだ。それは、自分の過失である。だからこその問いなのだ。


「アイラ様は、内緒と言っておられました」


「そうか」


 だが、エレーナの笑顔を見てレオンは再度問うた。


「お前は意味を知っているのか? 青の国の巫女侍女ならば」


 エレーナはさらに笑顔を増す。


「はい、ですが内緒でございます」


「そうか……。そうだな、自分で調べないとな」


 レオンは小さく笑う。その花弁が入った布を丁寧に懐におさめた。


「では」


 エレーナは数歩下がった。だが、クルリとレオンの方に向き直る。


「あの!」


 エレーナはふと思い出したことを訊きたくなったのだ。レオンは目を見開いた。


 ーーどういうことだ?ーー


 エレーナの問いに冷静な顔を維持出来ずにいた。そして、続くエレーナの話の内容にも。


「違う! 側室などいない」


 レオンは思わず声を上げた。エレーナは問うたのだ。『草原の塔には、側室が入られるのですか?』と。『アイラ様は、エミリアさんが草原の塔の主だと仰っておられました』と。レオンはなぜアイラがエミリアのことを知っているのかわからない。そして、エミリアがまだ生きているかのような話の内容にも動揺した。


「では、アイラ様は何か勘違いされているのですね」


 エレーナは少し眉を下げた。


「早く誤解が解かれると良いのですが」


 レオンはここでやっと気持ちを落ち着かせた。アイラは……そうだ、知るはずもない。エミリアの死を話せる者は、アイラの周りには居ないではないか、とレオンは気づいた。青の国の巫女侍女とマークのみなのだ。海の塔でアイラが接していたのは。マークは言わないだろう。だからこそ、誤解が生じた。


 ーーアイラは!ーー


 傷つけた。心も体も。それどころか、……最初から間違っていたのだ。何も話さなかった。否、何もしなかったということに、レオンは胸を締め付けられた。


 ーー側室の塔か……どう思っていたのだ? アイラ……ーー


 レオンは傷つけた日のことを思い出す。


 ーー"エミリアの塔だ"と言った。あの時、アイラはエミリアを知ったのか……ーー


 レオンの胸はずっと苦しかった。


 ーーそうだ、その後お見舞いの薔薇を贈ったのだ。その意味も知らずに。"会いたくない" "愛していない"そんな意味があるなど知らずにーー


 レオンはさらに思い出していく。婚礼後に一度も海の塔に、アイラの元に行ってはいないと。さらに苦しくなっていく胸を、ドンッと叩いた。


「クソッ」


 エレーナはレオンがいきなり吐いた言葉に驚いていた。レオンがエレーナに視線を移した時には少々頬が引き吊っていた。


「事情を話したい。それをアイラに伝えてくれないか?」


 エレーナはゴクリと息を飲んだ。レオンの真剣な眼差しが揺るがず、自分を見ていたからだ。エレーナは背筋をシャンと伸ばす。レオンが伝えてほしいことが重要であると認識したから。


「はい、かしこまりました」


 レオンは周囲に目をやると、ジークを呼んだ。


「ジーク、書庫に行ってくる」


 ジークがレオンの発言に反応して訊いた。


「あの、どうのような?」


 青の国の巫女侍女が目に入っていたジークは、レオンの行動に疑問を持ったのだ。


「青の国の巫女侍女に、ミュウ虫に関して確認したいことがあってな」


 レオンはジークの視線に気づき、機転を効かせた。


「そうですか。では私も「いや」」


 レオンは同行しようとするジークを制した。


「いや、ジークは別の調べものを」


「はっ、何でございますか?」


 レオンは一寸の間をおく。


「リョク殿に……」


 レオンはジークに耳打ちした。『彩の国の城の地図を』と。ジークの顔色が変わる。


「無理は承知だ。だがな……」


 ジークを見て、無言の言葉を繋げた。『せめてシェリーが居る場所まで』と。ジークは頷いた。


「いけ」


 ジークは下がる。レオンはエレーナに向き直る。


「書庫で話そう」


 レオンは再度周囲に気を張る。マークかルークか。その気配を感じながら。アイラの居場所を知っているのはレオンだけなのだ。


 ーーきっと、マークが私に"ついて"いるであろうなーー


 レオンは小さく息を吐いた。見張られていなければ、すぐにでもアイラの元に行きたかった。ちゃんと目を見て話したかったのだ。


「レオン様、ありがとうございます」


 エレーナもこの状況を理解したのか、レオンに一礼したのだった。




 王塔と城壁の塔の間にある書庫で、調べものをしているように見せかけながら、レオンはエレーナに話す。


「エミリアは、私の婚約者だった」


 本を開きながら小声でエレーナに話す。エレーナは『え?』っと言いそうになりながらも小さく頷いた。


「こちらで勝手に話す。頷いたり、時々視線をくれ」


 エレーナはまた頷いた。レオンは続けた。


「妹シェリーの幼なじみだ。右宰相の娘で小さい頃から婚約が決まっていた。……とても幸せだった、三年前までは」


 レオンは床に視線を落とした。エレーナは止まった会話で、レオンを見る。


「すまん」


 お互いに本を手に取り頷く。


「魔の封印。青の国の巫女侍女ならば、もうわかるであろう。あの暗雲が原因だった」


 本を開いたレオンの手は震えていた。


「暗雲の恐怖で涼の国は混乱していた。そんな中、もしもの時のため避難通路の確認をしたのだ。場所は詳しくは言えぬ。その避難通路を歩いた。エミリアと共にな。すでに婚礼の日取りも決まりつつあって、エミリアも王族として避難通路の確認に参加したのだ」


 パタンと本を閉じたレオンは、エレーナに手を出す。エレーナは持っていた本をレオンに渡した。


「暗雲の他にその日は雨も降っていた。その通路を歩き草原に出た。その時に……起こったのだ事故が」


 レオンの声は坦々となっていった。感情を圧し殺しているように。


「雷鳴が轟いた。待機していた馬が暴れだしてな。エミリアに襲いかかった。エミリアは逃げた。だが……」


 レオンは上を見上げて本を戻す。


「戻った避難通路に闇雲に突っ込んだのだ。特殊な避難通路で、エミリアは全身に傷を負ってしまった。顔の傷がもっとも酷かった」


 エレーナは顔が歪んだ。顔への傷は……きっと……


「身を投げたのだ」


 あー、やっぱりとエレーナは項垂れる。


「傷など気にしなかったのに。私の気持ちは変わらなかったのに。何度面会に言っても会ってはくれなかった。会えたのは、打ち上げられた海岸だったよ」


 レオンは話終えた。エレーナは言葉が見つからない。


「伝えた方がいいと思うかい? 伝えずに、ただエミリアは死んだと言えばいいかい?」


 そのレオンの問いにエレーナは固まる。


「わ、わかりません。ただ、アイラ様は、待っておられます」


 エレーナは声が震えていた。


「待っている?」


 レオンはエレーナの言葉を復唱した。


「はい、待っておられます。ですから、その、あの、さっきのお渡しした花弁を……一枚いただけませんか?」


 エレーナは俯きながら言う。


「なぜ?」


 レオンが問うのも仕方がない。だが、エレーナは知っている。アイラが植物の声を聞けることを。


「アイラ様は、植物の声が聞けるのです」


 エレーナは小さな声で告げた。


「……聞ける?」


「はい」


 書庫は静寂する。二人のヒソヒソ声が無くなったからだ。


「力か?」


 レオンが会話をはじめた。


「豊の力かもしれません。アイラ様は声が聞こえると言っておりました」


 背後の気配を感じ、レオンは話を切り上げようとエレーナに合図する。


「では、青の国では光るミュウ虫は居ないのだな?」


「はい、聞いたことがございません」


 エレーナも話を合わせてその気配にアピールした。


「書庫にもそんな記載は無いか……」


「すみません、お役に立てず」


 レオンは懐から布を取り出すと花弁を一枚渡す。


「手間を取らせたな。もう行ってよい」


「では」


 エレーナは花弁を侍女服に隠し、レオンに一礼した。目で合図する。『伝えます』と。エレーナが書庫を去る。




 レオンはまだ書庫にいた。見張る気配をここに留まらせるために。エレーナをつけさせないために。


 本棚に手を伸ばす。『三宝の力』と題されている本。それを手に取り、レオンは執務室に向けて歩いていった。その後をマークはついていく。執務室にたどり着くと、レオンは扉を開け放したままでテーブルに本を置いた。椅子に座り一息つく。その様子をマークは見ていた。


「失礼します」


 マークが動く。


「なんだ、マークか」


 レオンはそっけない。


「夜刻の鐘までに、書簡を用意するのではなかったか?」


「すでに文官に手配済みです。夜刻の会議には間に合いましょう」


「そうか」


 二人の会話は白々しい。


「居場所をお教えいただけませんか?」


 マークがレオンを真っ直ぐに見て言った。


「なんのことだか」


 レオンはそう返す。


「アイラ様はご無事ですか?」


 マークは問いを変えた。


「……」


 レオンは答えない。否、答えられない。アイラを見てはいないのだから。マークはその様子を観察する。


「まだ会えていない。違いますかな?」


「……」


 レオンは答えない。肯定したようなものだ。マークはフゥーと息を吐いた。


「信用してください。私はずっとアイラ様を見ていたのですよ、婚礼後に」


 マークはレオンを説得する。


「その本のP268をお読みください」


 マークは先程レオンが手にしていた本に視線を投げた。


「何が書いてある?」


 レオンは鋭くマークを見た。


「お読みいただいた方が早いですよ」


 二人は睨みあう。レオンはスッと立ち上がり本を開いた。P268を読む。


 そこには豊の国の建国についてと、初代豊の姫の力が記されていた。レオンは驚愕する。三豊の力……


「アイラは! 目を覚ましていないのか?!」


 レオンは思わず言葉に出した。


「いや! そんなはずはない!」


 レオンは懐に手を置いた。


「レオン様、アイラ様に会いに行きましょう。すぐとは申しません。その本を読んでから、明日書簡を出した後にでも」


 マークは落ち着いた声で話すと、執務室を出ていった。レオンはストンと椅子に腰かける。本を読みはじめた。




***




「アイラ様、わかりました。私はアイラ様と共に行くのですね、治癒をしながら豊の国に」


 エレーナはしっかり言い切った。そして、ジーナに顔を向ける。ジーナも大きく息を吸い込んで、「はい、わかりました。文を涼の国王様にお渡しします。明日の昼刻ですね」と言い切った。


「ええ、お願いします。涼の国の人達と、彩の国の人達の命がかかっているの。戦争を止めないと、お姉様から危険を遠ざけないと」


 アイラの意思は固い。


「アイラ様、こちらを」


 エレーナはそっと花弁をアイラに渡した。


「どうして?」


 アイラの顔が曇る。思いを込めた花弁が返されたのだ。


「いえ、一枚だけです。声をお伝えしたくて……」


「声?」


「はい、レオン様の声です。アイラ様なら、この花弁からレオン様の声を聞けるのではと思い一枚いただいてきました」


 アイラは花弁に意識を向ける。そして、その声を聞いた。


 ポロポロと涙が溢れる。


「レオン様……」


 エレーナはクレアとセリア、ジーナを連れて二階に下った。三人にレオンから聞いたエミリアの話をする。三人の顔は、そのあまりの内容に驚きを隠せない。


「では、エミリア様はもう……」


 クレアが出した言葉以外、誰も声を紡げなかった。


「アイラ様の所に戻りましょう」


 エレーナが言った。部屋に戻った三人が目にしたアイラは、しっかりと立っていた。


「アイラ様!」


 クレアが駆け寄る。


「薔薇の力を貰いました。明日早刻の鐘の音で出発します。必ず、必ず! 私は目覚めます」


 三人は淡くピンクに、白に、赤に光るアイラに見惚れた。アイラは薔薇の力を得て、その色に光っていたのだ。


 その夜、アイラはレオンに文を書いた。自身の秘密を書いたのだ。




************



 レオン様



 私は三豊の力を持つ姫です。そして、その力は七歳の時に判明しました。


 その時、私はその力を維持できず意識を失ったのです。


 父と母は私をある場所に連れていきました。豊の国の泉の森です。


 そこで泉の主様に、私が目覚めるようにお願いしたのです。主様は私を目覚めさせてくれました。


 ですが、私はあるモノを失ったのです。


 主様は私に主様の"生"を分け与えたのです。主様は言いました。


『わしは、唯一無二の存在である。ヒトの心は持たぬ。それ故、愛する気持ちを持っておらんのじゃ。と言っても、七歳までに培った気持ちは育つ。だがな、異性を愛する芽は育たんであろうな』


 今でもしっかり覚えております。主様の言葉を。だから、だから、私は最初からレオン様の妃になる資格はなかったのです。


 レオン様、だけど私はそれでもレオン様のお側に居たいと思うのです。なぜでしょう、とても強く思うのです。だから、私は必ず目を覚まします。


 彩の国に行ってきます。


 レオン様、目を覚ましたら貴方にいてほしい。目を覚ましたら、真っ先に貴方を見たいのです。


 どうか、私にそう思う夢だけは持たせてください。


 レオン様、どうかお幸せに。


 夢の中で祈っております。



    アイラ

 

************


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