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 あれからひと月が過ぎた。


 今でも昨日のことのように思い出す。

 あのわずか数分の間におきた、熱く濃密な激闘のことを。

 今でもはっきりと覚えている。

 警察署のトイレ、六人の男が横一列に並び、思い思いに自らのパンツを洗ったこと。

 そして、浄化されたパンツを握りしめながら、揃って声をあげて泣いたことを。

 その時は誰もが思いもしなかった。

 俺たちが、あんな扱いを受けるなんて……。




 結論から言って、クソを漏らした俺たちに、しかし世間は暖かかった。

 その最大の理由は、あるいは嘘ではないかと思われていた爆弾が本物。

 それも、周囲数百メートルを吹き飛ばすほどの破壊力をもった、掛け値なしの殺戮兵器だったことにあるだろう。


 もしあの張り紙を一笑に付し、水を流していたなら、俺たちは無差別テロの片棒を担がされていたに違いない。

 自分たちの命だけでなく、付近の人々の命まで巻き込んで保身にはしった人でなし。

 そんな烙印を押されていても、おかしくはなかったはずだ。



 だが、そうはならなかった。

 俺たちが自ら純ケツを捧げ警察の到着を待ったことで、あえなく爆弾が発見され、無事に解除されることとなったからだ。


 己の尊厳パンツを犠牲にしてまで、爆弾からみんなの命を守った英雄。


 世間は、俺たちをそう評価した。




 確かに俺たちはクソ野郎だ。その事実は揺るぎない。

 俺たちの尊厳はあの日、間違いなくクソにまみれた。


 それでも、俺たちは――





***





「でさ、なんでまたこうやって集結してるわけ? 僕たち」

「そうじゃなぁ……。ワシはただ用を足したかっただけなんじゃが。よもや、こんなところで一致団結するとはのう」

「わ、私もですぅ……。で、でも、こういうのも結構いいかな、なんて……」

「ふ……。そうですね。ですが、結果はどうあれ、私たちは同じ過去を背負った仲間と--」

「おい、さっきからケツケツケツケツうっせーんだよ。妙なところで結託しや--」

「お主も今、ケツといったのう」

「は? 言ってねーし」

「言ったよね」

「い、言ってねぇってんだろうが! あれだあれ! 空耳!!」



 トイレにこだまする男たちの声。

 こうして聞いていると、なんとも言えない懐かしさがこみ上げてくる。

 まるであの日に戻ったかのようだ。

 あの、決して忘れられない--いや、忘れようのない夏の日に。



「まあ、しかし……。私も言われるまで気付きませんでしたよ。今までにもこうやって、互いに顔を合わせていたことがあったなんて」

「確かになぁ。ただ、便所に来る時はいっぱいいっぱいじゃから、その時のことなど覚えとらんかったんじゃろう」

「そ……そうですね。前回のことがなかったら、その……、ずっと気付かずにいたのかもしれません」

「はぁ……。嫌な縁だよね、なんか。同じ時間帯に同じ顔ぶれが、同じトイレに用を足しに来てるだなんて」

「んなことはどうでもいいんだよ。俺はクソがしたいだけなんだ。……おい、さっさとしろよ!!」


 苛立たしげに声をあげるガテ男。

 だが、奴の心などお見通しだ。

 どれだけ横柄に怒鳴り散らそうとも、心の底では他者への思いやりに溢れるナイスガイ。

 それが彼の真の姿だということを、俺たちは先の一件でまざまざと見せつけられたのだから。


 素直になればいいものを、照れ隠しのつもりなのか。

 ……まったく、このツンデレめ。


「おい! 聞こえてんのか!! 早くしねぇと蹴破るぞ」

「分かってるよ。そう急かすな。まだ入ったばかりじゃないか」


 やれやれと首を振りながら、俺はベルトを外し、ズボンを下ろす。

 そのまま便座に腰掛け、ひと思いにふんばろうと思った、その時、





「……ん?」


 俺は見つけた。

 見つけてしまった。

 ドアの内側。

 それもこうして座らないとまず見つけられないであろう、ほとんど床に近いくらいの場所に、白い“何か”が張られているのを。




 おいおい。

 嘘だろ? 冗談だよな?

 こんなコントみたいなこと、現実に起きるわけが……。


 疲れているのだろうか。

 そういや昨夜も励んだばかりだったし--などと現実逃避を試みてはみたものの、やはりどうにも気になる。

 そんなハズはないだろうと見て見ぬフリをしてみても、やはりソレを見たという記憶は少しも薄れていかないのだ。


 もう見過ごすことなど到底出来ない。

 その“ブツ”は今、間違いなくそこにある。


 ふぅ、と短く深呼吸。少し時間を置いて、俺はその何かへと視線を向けた。

 

 張られていたB5サイズくらいのコピー用紙。

 そこにはおそろしく達筆な筆遣いで、こう書かれていたのだった。

 



『便座からおしりを離せば、便座が超爆発します』




 なるほど……。

 まだお前はあきらめてなかったわけだ。

 ほとんど無意識に、そう呟く。

 だが、その乾いた声色とは裏腹に。

 心の奥には覚えのある、熱く激しい感情が芽生えつつあった。


 おそらく、この難題をクリアするための唯一の回答はこうだ。

 まず俺がうんこをした後、膝の上に次の者を座らせ、そしてその上に乗った者がうんこをし、また次の者を膝に乗せる。

 もちろん、うんこをするわけだからズボンなどはいてはいけない。

 素肌と素肌を重ね合わせ、俺たちは上へ上へと高みを目指す。


 男同士の肌の触れあい、そしてその連なりによって作り上げられるトーテム“ポール”。

 これこそ、犯人の欲する模範解答に違いない。



 ……相変わらずやってくれる。お前はそうやって、またどこかで俺たちのことをあざ笑っているのか?


「今度こそ無理だろう。ヤれるものならヤってみろよ」


 そう、高をくくって。





 ……いいだろう。

 その勝負にのってやる。


 気付けば、口元に笑みを浮かんでいた。

 もちろん、この状況が嬉しい訳じゃない。

 俺はそんなドM野郎ではないし、なにより露出した下半身を男同士重ね合わせることに快楽を覚えるようなド変態でもないのだ。

 ……一人だけ、嫌な心当たりはあるが。


 まあ、ともかくそんな話ではなくて、この高揚感の正体は、そう……。

 あえて言うなら、武者震いにも近い感覚。

 これから訪れるであろう困難への挑戦と、それを打ち破ることへの気概の現れだ。




 ……そうだとも。


 俺たちに不可能などない。


 あの激闘を思い出せ。


 あの結束を思い出せ。


 今こそ再び見せるときだ。


 俺たちの意地を。


 俺たちの友情を。


 俺たちの誇りを。




 俺たち――“六人のクソ野郎”の生き様を。

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