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2-1 取り引き

 姉の意思を受け継いだ。

 弓は応えてくれない。

 目の前の悪を討ちたいと願った。

 弓は応えてくれない。

 姉の仇を討ちたいとも願った。

 弓は応えてくれない。


 『どいててくれ、邪魔だ』


 昨日まで、ただの一般人だった男の子に邪魔と言われていた。

 血統も家名も何も持っていないただの平民の男の子に。

 弓は応えてくれない。

 弓は何も応えてくれない。




 キリカ=アースウッドは姉が大好きだった。

 魔神を打ち倒した三代目弓の聖者を祖とするアースウッド家。

 弓は代々受け継がれ、姉は今代の弓の聖者と呼ばれる人だった。


 聖者とは古の魔神を葬る事のできる武器を継承した者達の総称だ。

 現人神(あらひとがみ)とも呼ばれていた。

 比喩でなく、文字通り世界から神と崇められ、信仰される存在。


 選ばれし立場であり、ともすれば傲慢にもなってしまいそうなそんな立場。


 でも、姉はいつでも人に優しかった。

 どんな人にでも優しかった。

 キリカはそんな姉が大好きだった。


『お姉様、大好き!』


 姉の為に毎日お弁当を作り、汗をかこうものならタオルを用意してすぐに駆けつけ、隙を見ては姉のベッドに潜り込んで一緒に寝る。 

 そんな過剰とも言える好意を隠そうともせず、キリカはいついかなる場合でも姉に好き好き光線を送っていた。

 大好きな姉。

 尊敬できる姉。


 ある日、事件が起きた。

 杖の聖者が遠い島国から来日してきた日に起きた、ある事件だ。


 その日、大好きな姉が死んだ。




「お父様……何をしてるんですか……?」


 豪邸とも言えるアースウッド家の屋敷の前面には大きな庭が広がっている。

 門から扉、車庫に続く道は綺麗に舗装され、全ての目に見える芝生は手入れが行き届き、来客の目を楽しませる花壇や噴水も機能的に配置された、人に自慢できるそんな大きな庭だ。

 そんな庭の一角、扉から少し離れた道の前に多数の荷物が置かれていた。


「何を……してるんですか……?」


 その荷物の前で二人の人物。

 背中まで伸びた金色の髪と藍色の活発そうな目をした十三歳の少女――キリカと鋭い目つきといかつい顔をした壮年の男性――キリカの父、現アースウッド家当主、二人が対峙し、睨み合っていた。


「見れば判るだろう。不要な家具を処分しようとしているだけだ。直にトラックが到着する」


「そんな事を聞きたいんじゃありません……お姉さまの荷物ですよね、これは」


 言って、キリカは手で荷物を差す。

 そして続けた。


「不要な家具じゃありませんよね、これは」


 顔の下の怒りを隠すように、笑みを浮かべながら静かに告げる。

 それに対し、父は無表情で返した。


「もう一度言おう。不要な家具だ」


 しばらく、睨み合いが続く。

 そして、父が溜め息をついた。


「お前の為だ。早く忘れろ。死んだ姉の呪縛に縛られているからあんなポッと出の聖者に出し抜かれるのだ」


 そんな父の言葉に、キリカはカッとなった。


「姉は関係ありません! 」


「説得力皆無だ。事実お前は弓を扱えないではないか。斧の小倅も扱えなかったのは予想外だったが、姉は無関係と証明したいのなら弓を見事扱ってみせろ」


 父の物言いにキリカは唇を噛み締めた。

 姉を殺したとされる鎌の愚者。

 その鎌の愚者に手も足も出なかった自分。

 その鎌の愚者を序盤苦戦したものの、終盤は圧倒した新しい杖の聖者。


「単に私の力不足なだけで……姉は……」


「忘れるんだ。姉が一番だと思っているから、姉を越えたいと思っていないからこそお前は弓を扱えない」


 父の言葉にキリカの全身が震える。


「もうお前の姉はいないんだ……忘れろ」


 駄目押しとばかりに父は言い含めるように言葉をかけ――


「バカァァァァァァァァァァァァァ!!」


 そこでキリカが爆発した。

 顔を赤くし、目を涙で溢れさせ、力一杯の罵倒の言葉を父に叫ぶ。


「お父様のハゲェェェェェェェェェェェェェェ!!」


 踵を返し、門へ向かって走り出す。

 父は追わなかった。

 門を越えてもまだ走り出す。

 外へと出て行ってしまったキリカを守衛が困った顔で眺めていた。

 父の近くに黒服が近づく。


「好きにさせておけ。頭が冷えたら戻ってくる。ああ、一応監視は付けておけ」


 命令を受け去っていく黒服を見送りながら、ぼそりと。


「死んだとは言え、私にとっても大切な娘だったんだぞ……」


 父のその呟きは、誰にも聞こえなかった。


「髪が少ないだけであってハゲてはおらん……」


 頭の薄い父のそんな呟きも、誰にも聞こえなかった。




 キリカは走った。

 走り続けた。

 どこをどう走ったのかも判らない。


 気づけば、キリカは小さな公園にいた。

 走り続けた足はガクガクと震え、痛む横腹に手を添える。

 息を吐くのも辛い。

 姉がジョギングを始めたその日から常に共に走り、既に日課となる程に走り込んでいる。

 そんな自分がここまで限界に達していた。


 余程遠くまで来たのかな、とキリカは思った。


 公園には木製のベンチが一台とブランコと滑り台、そして砂場だけがあった。

 本当に小さな公園だ。

 立っているのもつらい。

 キリカはベンチに座って息を整えた。

 足はまだ震えている。


 これからどうしようか。


 そんな事を考えた。

 家にはもう帰りたくなかった。

 大好きな姉を忘れろなんて言う父は嫌いだ。

 今は顔も見たくなかった。

 しかし、自分の頭の冷静な一部分では最終的には帰るしかない、とも気付いていた。

 お金も持っていない。

 頼れる人も心当たりはない。

 どうしようもない。

 帰るしかない。

 自然、キリカの目に涙が浮かぶ。

 顔を俯かせ、声を殺して涙を流す。


「泣いてんの?」


 そんな時だった。

 声が聞こえた。

 子供特有の高い声だ。

 キリカは顔を上げて前を向いた。

 涙で滲んだ視界の中で、一人の少女がキリカを見ていた。

 十歳程の幼い少女だ。

 第一印象は野生児、だった。

 ところどころボロボロに破れた衣服、背中まで伸ばした亜麻色の乱れた髪、そして野性味を帯びた目つきでキリカを見ていた。


「泣いてるだけなんだ?」


 そんな少女の物言いは、キリカにはなんとなく挑発的に感じた。


「あなた、誰?」


 泣くのを止め、鋭い声で目の前の少女に誰何(すいか)の声を上げる。

 そんなキリカに、


「願いがあるんだろ?」


 と少女は意味不明の問いで答えた。


「…………誰?」


 キリカはもう一度聞いてみた。


「泣いてるだけじゃ、願いは叶わないぞ?」


 やはり、少女は意味不明の問いで答える。

 この少女は、意味不明だ。

 キリカは押し黙った。

 そんなキリカをにやにやと眺めてしばらく、少女は口を開く。


「お前の大好きな姉が、蘇るぞ」


「……………………は?」


 キリカの口から、そんな言葉とも言えない声だけが出た。


 姉が大好きだと何故知っているのか。

 姉が死んでいると何故知っているのか。


 キリカの少女に対する警戒心が跳ね上がる。


「あなた何……? 誘拐犯の関係者か何か? だとしたら随分と悪質な冗談を言ってくれるものね?」


 今にも襲いかかりそうな、そんなキリカの射るような視線に少女は笑う。

 そして、


「取り引きがしたい」


 それだけを言った。


「……取り引き?」


 警戒はそのままに、キリカは問い返す。


「信じなくても僕は別に構わない。その時はお前の望む願いは叶わない。お前の姉は蘇らない。それだけだ」


 挑発的な物言いだ。

 言葉だけでなく、態度も実に挑発的だ。

 常識的に考えるならば信じられるものじゃない。


 しかし、と。

 ここで騙されるのも一興かもしれない、とキリカは考えた。

 取り引きに応じ、それで何かがあったとしても……例え(さら)われたとしても父に嫌がらせができるかもしれない、と思えた。

 身代金で頭を抱えればいい、とも。


「いいわ」


 キリカは立ち上がった。

 目の前の生意気な少女に対し、腕を組んで見下ろす。


「その取り引き、応じてあげる」


 そんなキリカに、少女は満足気な笑みを返した。

 そして、言った。

 キリカにとっては全く以て信じられない、そしてこの場では全くの予想外の言葉を言い放つ。


「魔法少女になってくれ」

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