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禁足地の境界線  作者: 多田羅 和成
第1章 初めての仕事

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第6話 度胸試し

 沙代里が境界人になると口にした途端、目の前の光景が輝きを放つ。


 モノクロに慣れていた目には鮮やかすぎて、思わず目を細めた。


 しかし八雲から放たれる殺意に似た重圧で、胸を満たしていた高揚感は一瞬で凍りつく。


 沙代里の体は重圧に耐えるだけで精一杯だった。

 

 それでも沙代里の目の光は死んでおらず、八雲の青い瞳を真っすぐ見つめる。


「俺はアンタを認めていないって言ったよな。母さんが何を考えているかは知らないが、霊感もない素人がパートナーになっても邪魔でしかない。俺の為にも境界人を辞めると言え」


「いいえ、辞める気はありませんよ。私は誰に言われようと境界人になります。それにその素人に教えるのが、教育係の仕事だと思います! 佐々木さんもそう思いませんか?」


 沙代里の額には冷や汗が滲んでいた。誰かに馬鹿にされることはあっても、直接殺意を向けられたことがなかったからだ。


 恐怖で膝が勝手に震え、力が入らない。


 いつもならば逃げるように発言を撤回していただろう。


 そんな自分が初めてやりたいことを見つけられた幸せ。


 誰が相手だろうと譲りたくないと思うからこそ、沙代里はもう逃げないと決意した。


 佐々木は沙代里に対して穏やかな笑みを向けた後、八雲に話しかける。


「はい、その通りです。その為の八雲さんですし、何よりご自身のお母様のお願いです。……私が嘘をつかないことを、八雲さんはご存じかと」


 佐々木の言葉で八雲の青い瞳が揺らいだ瞬間を、沙代里は見逃さなかった。

 

 八雲に頭を深く下げ、ありのままの想いを言葉にする。


「素人の私が九条さんに迷惑かけることは分かってます。それでも初めてだったんです。私を必要としてくれる人が、私を選んでくれた人がいる。利用する為の言葉だとしても、私にとってはお金よりも価値があります。怖いですけど、それでも辞めません! 境界人として働かせてください! お願いします!」


 八雲が深いため息を吐くと、張り詰めていた空気がわずかに緩んだ。


「……その覚悟が禁足地でも折れないか試してやる。佐々木さん、近場に境界線の補修が必要な場所はないか。境界人の仕事が分かりやすいところだといい」


「近くだと清流寺跡地せいりゅうじあとちがありますね。あそこは典型的な禁足地ですし、涼宮さんと一緒でもなんとかなるでしょう」


 佐々木から清流寺跡地と聞くと、八雲の眉が僅かにあげる。


「あの廃寺か。新人向けとはいえ、少し厄介だな。まぁ、コイツが泣いて逃げ出さなければいいが。連れていくから資料を用意してくれ」


「清流寺跡地ですか? ……なんかどこかで聞いたことあるような。こういう時にスマホがあれば便利なのに」


 沙代里は一体どこで聞いたことがあるのかを思い出そうとした時、頭に強い衝撃が襲う。


 振り向くと、八雲が分厚い資料を持っていた。沙代里は思わずジト目で八雲を睨みつける。


「痛いじゃないですか! 資料を渡すなら普通に渡してください! 後コイツじゃなく、涼宮沙代里です! 本当に失礼な人ですね!」


「俺は認めていない。清流寺跡地の様子を見れば辞めるだろうし」

 

 八雲から資料を貰うも、あまりの分厚さに覚えられるのかと不安になった。


 今までの仕事でマニュアルを読むのは慣れているが、今回は特殊な仕事だ。失敗すれば命の保証はない。


 弱気になっている自分に沙代里は、自分の頬を叩いて気合いを入れなおす。


 八雲に視線を向けると、すでに玄関の方へと向かっているのに気が付く。

 

「九条さんちょっと待ってくださいよ! 佐々木さんありがとうございます。とても助かりました」


 沙代里は慌てて佐々木の方を向いて軽くお辞儀し、笑みを浮かべる。


 佐々木は目を見開いて驚きを見せるが、すぐに微笑み返した。


「いえ、涼宮さんが境界人として頑張られるというならば、手助けをするのが私の役割ですから。禁足地では様々な危険が襲い掛かることでしょう。それでも自分を持つことを忘れないでください。では、ご武運を」


「はい! 絶対生きて帰ってきますよ! いってきますね!」


 二人を見送る佐々木の手には、人型の紙が握られていた。


 オレンジ色に染まった夕日は不安を誘うも、沙代里は前へと歩み出す。


 照らされた八雲と沙代里の影は自然と重なっていた。


 ******


 沙代里が玄関へと向かうと、艶のある黒塗りの車に乗っている八雲を見つける。


 自分がどれだけ働いても買えそうにない車に、思わず気後れしてしまう。


「変な顔をせず早く助手席に乗れ。たかが車だろうが」


「たかが車じゃないですよ! もし傷一つでもつけたらと考えると怖くなります! お邪魔しますね!」


 車の扉を開けると、線香というよりは寺院のお香に近い香りが鼻を掠めた。


 懐かしい香りは、沙代里が封印してきた子供の頃の思い出を蘇らせてくる。


 ******


 親に連れられたステンドガラスが特徴の教会は外から見ると、芸術的で近寄りづらい空気を放っていた。


 来る人は全員宗教団体が指定した死装服を連想させる真っ白な服を纏っている。


 蝋燭の明かり以外がない地下室。しめ縄に巻かれた岩を神と見立て、一心不乱に拝む両親の姿は狂気的であった。


 赤いワンピースを着た沙代里は、隅っこで縮こまり怯えることしかできない。


 雪のように真っ白な髪に、年上らしい少年は沙代里へ優しげに微笑みかける。


『大丈夫かい?』

 

 何故か記憶の中にいる少年の赤い目が、何処かで見たことある気がした。


 ******


「乗らないなら置いていくぞ」


「あっ、乗ります! ぼーっとしてすみません」


 八雲の低い声で、沙代里は現実へと意識が戻っていく。


 今更なんであの記憶を思い出したかという疑問を振り払い、助手席へと乗り込む。


 八雲はミラー越しに沙代里を怪しむような視線を向けた。


 沙代里は気まずいと感じ、誤魔化す為に渡された資料を捲る。


 ズラッと並ぶ文字に顔が引きつりながらも、覚えようと必死に資料へ食らいついた。

 

「そういえば九条さん。これから向かう清流寺跡地せいりゅうじあとちってどんな場所なんですか? 私は禁足地自体初めてですし、九条さんは行ったことあるような雰囲気だったので、参考になればなーと思って」

 

「これから行く清流寺跡地は、元々強力なパワースポットとして俺達の間でも有名だった。その土地を幸福教と呼ばれる宗教団体が買って、総本山として活用をしていた場所だ。アンタでも知っているんじゃないか? かなり大きなニュースだったからな」

 

「スマホのない私でも知っていますよ! 確か悪徳な霊感商売を繰り返してしていたとこですよね? でも確か何年か前に解散したって聞いたことがあります。でもなんでそんな場所が禁足地になるのですか?」

 

「人の負の感情は土地を穢す。ただでさえ強力なパワースポットだったんだ。その土地に多くの欲望が渦巻いたことで、そこら辺の霊媒師ですら清めることが難しくなってしまった。佐々木さんが言っていたように、境界人は扱えなくなった土地の現状維持を頼まれている。それと同時に境界を引くことで、禁足地と人の土地を交わらせない役割もあるんだ」


 八雲の言葉に沙代里の表情は曇っていく。地元の人達に愛されていた場所が、今は誰も近づけない禁足地になっている。


 更に書かれていた一文に、資料を握る手に力が入った。


「幸福教は供養をしていないのに多額の金を請求したり、本殿で入信するまで監禁状態へ追いやっていた痕跡がある……」


 思い出されるのは宗教に妄信する両親達の姿。


『幸せになりたい』


 両親はいつも口癖のように呟いていた。親族達から縁を切られようとも、多額の借金を抱えることになっても、宗教だけが見捨てない。


 宗教のせいで不幸になったとしても、捨ててしまうことは費やしたお金や時間をドブに捨てるのと同じだからしがみつく。


 幸福教を信仰していた信者達は、今どう思って生きているのだろうか。


 決して他人事のように思えないからこそ、湧き上がる怒りが抑えられない。


「……私、許せません。幸福教という存在に信者達は、救われていたところがあると思うんです。なのに幹部達は逃げて、信者達は見捨てられた。土地も汚されて、人々が近寄れない禁足地にされた。これの何処が幸福なんでしょうね」

 

「同意だな。境界人からしてもいい迷惑なうえ、霊や力を使い人を弄ぶなどもってのほかだ。……正直暇な方がいいのにな」


 沙代里は顔を上げた。八雲は相変わらず仏頂面であるが、目の奥は自分と同じく怒りに満ちている。


 傲慢で拒絶する言葉ばかり吐く八雲が、初めて同意をしてくれた。その事実に鼻の奥がツンと沁み、心がじんわりと温かくなる。


「死にたくなかったら、着くまでにちゃんと資料を読み込め。禁足地で失敗することは命取りだからな」


「……はい」


 沙代里は資料で顔を隠すも、震える肩は隠しきれない。

 

 清流寺跡地に着くまで車内は沈黙に包まれていた。車の窓から見える通り過ぎる人たちは楽しそうに会話をしながら、日常を過ごしている。


 夜空に溶け込むように浮かんでいる星々だけが、禁足地という死地に向かう沙代里達を静かに見守っていた。

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