第22話 焦りは時に人を素直にする
何度も謝るセラと、「ラジオとは何だ?」と言及してくるユミゴール兄妹を同時に相手取ることは今のわたしには無理だ。
「《《アレ》》のことはいいわ。あなたの体は? 乱暴されなかった?」
「はい。抵抗した時に服が破けてしまっただけです。あいつら、ラジオだけが目当てだったみたいで、私には目もくれずに去って行きました」
「そう。わたしのことは気にしなくていいから腕の傷の消毒を。化膿しては厄介よ」
「待て」
立ち上がり、膝についた土を払うセラを呼び止める冷徹な声。
セラはぎこちない動きでケネス様を見上げた。
「野盗の特徴を教えろ。どこの輩が調べ上げる」
ケネス様の目は本気だ。
見つけ次第、殺すと目で訴えかけてくるようだった。
まずはセラを医務室に向かわせてからケネス様とルティ様へ向き直る。
「セラの身に何もなくて安心しました。わたしは彼女の側に行きますので、ティータイムはここでお開きとさせていただきますね」
いつもの調子を保ったままでティーセットを片付ける手が止められた。
「話せないことなのか?」
「……今はまだ」
「いつになったら話せる」
そんなこと、わたしにだって分からない。
このまま一生、誰にも告げずに年を取るかもしれないのに。
「あの男には話したのか?」
歯を食いしばったような、苦痛に耐えているような。
そんなケネス様が言う"あの男"とは間違いなく、わたしの元婚約者を指しているのだろう。
「勝手に決めつけないでください。あのラジオに関しては誰にも話したことはありません。話すつもりもありません」
少し大きな音を立てながら席を立つ。
ケネス様は何も言わず、ルティ様は慌てながらも、どうち側の味方をすることなく、わたしを見送ってくださった。
しくじったわ。
どうして、わたしだけが魔法具の存在を把握していると決めつけていたのかしら。
善用も悪用もできるマジックアイテムよ。
今はわたしに必要な物だったとしても過去に誰か別の人が使っていても不思議ではないでしょ。
もっと思慮深い対応を心がけるべきだった。
セラだけを危険な目に遭わせて、あなたは呑気にティーパーティー?
はっ! 呆れて開いた口が塞がらないわ。
ズカズカ廊下を行くわたしの心がざわついている。
もちろん魔法具を失ったからではあるけれど、それが全てを占めているわけではかった。
ケネス様が口走った"あの男"が、わたしの記憶の海から顔を出したからだ。
アーロン=メフィストス。
侯爵家の息子で、幼少期から親同士が決めた婚約者であるわたしを一方的に捨てた男。
まさか、ここであの名前を聞かされることになるとは思っていなかった。
しかも、ケネス様の口からだなんて。
「どうして。ケネス様はそんなことを言う方ではないと思っていたのに」
分からない。
わたしを欲したのはあなたでしょ?
それなのに、わたしに傷をつけ、バツを背負わせた相手のことを気にするなんて。
わたしの過去を詮索するなんてルール違反だわ。
「……こんな時、魔法具があればっ」
昼間に何があっても夜になれば、わたしはケネス様の胸の内を全て掌握できる。
だから何を言われても、どんな態度を取られても平然としていられるの。
でも、今は違う。
「……手の震えが止まらない」
逃げ込んだ私室の鍵をかけ、両手を見下ろす。
こんなにも震えるのは初めてだった。
あの男に婚約破棄を言い渡された時だって、こんな現象は起こらなかったのに。
今すぐにでも公爵邸を飛び出して、あの教会に隣接している骨董屋に向かうべきなのかもしれない。だけど、足が竦んで動かなかった。
セラの体に異常がないと聞き、安堵したのも束の間。
わたしの頭の中は魔法具の強奪犯のことでいっぱいだった。
「わたしの髪留めを盗んだセシリー。それを屋敷の外に持ち出そうとした謎の男。そして、魔法具を奪った何者か」
こんなに短期間に立て続けに事件が起こるかしら。
この一連の事件が全て繋がっているとしたら……。
誰かがわたしを狙っている。
自意識過剰かもしれないけれど、わたし本人あるいは魔法具が目的としか思えない。
今は迂闊に動かない方がいいわ。
大丈夫よ、ウィリアンヌ。
あの男とは縁を切ったのだから、公爵家にまで乗り込んでくるはずがない。
そう言い聞かせても不安は拭いきれず、更にわたしの不安心を煽るように室内は静寂に包まれていた。
静かな夜が怖いということを思い出した。
普段は魔法具から発せられるケネス様の声を背景音楽としているから、すんなりと眠りに落ちることができているだけ。
魔法具がなければ、わたしはただの臆病な傷物令嬢に逆戻りしてしまう。
「昼間のケネス様は嫉妬しただけですよね?」
自惚れでも何でもいい。
とにかく安心材料が欲しかった。
「返事がないのならそういうことにしますからね。違うなら、違うって明言してください。でなければ、わたしには分かりません」
普段のわたしはこんなにも虚しいことをしていたのだと痛感させられた。
◇◆◇◆◇◆
翌朝。わたしは平然とダイニングルームへ出向き、ケネス様と同じ席で朝食をいただいた。
もちろん、互いに無言。
ルティ様は空気を読んだのか、空気感に堪えられないと判断されたのか、はたまた寝坊か。この場に姿を現わさなかった。
全ての料理を食べ終え、残すは片付けのみ。
どちらかが立ち上がれば解散となるタイミング。
「昨日のことは――」
「ケネス様――」
図ったわけではないのに、わたしとケネス様の声が重なった。
ケネス様が目配せすれば、一斉に全使用人が下がり、ダイニングルームの扉は閉ざされた。
もちろん、セラも退室済みだ。
「必ず、取り戻す。ラジオという物が何なのか説明は求めない。だから、その、幻滅しないで欲しい」
「幻滅だなんてしません。わたしの方こそ、ケネス様に対してあんな態度を取ってしまい申し訳ありませんでした。幻滅されたことと思います」
「まさか。ウィリアンヌを不快にさせたのは紛れもない事実だ。俺にウィリアンヌを咎める権利はない。むしろ、非難されるのは俺の方だ。すまない」
こんな風にケネスのお口から胸中を聞ける日が来るなんて夢のようだわ。
これこそがわたしの望んでいた理想的な順風満帆な夫婦の姿なのかもしれない。
わたしはテーブルの下で密かに拳を握り締めた。
「ケネス様」
「ん?」
「ラジオがわたしの手に戻っても戻らなくても、アレが何なのかお話します。聞いていただけますか?」
なんてずるい女。
こうお願いすれば、ケネス様は絶対に断らない。
それを分かっていて誘導しているのだから本当に性格が悪い。
「断る」
「え……?」
予想外の返答に胸が締めつけられる。
まるで心臓を握りつぶされているような感覚に思わず嘔吐きそうになった。
「アレが何なのかは自分で調べる。その上で説明を聞こう。ウィリアンヌのことを誤解しないためにそうした方がいいと判断した」
「お言葉を返すようですが。真実を知っても尚、婚約者でいてくれますか?」
「断言はできない。だけど、今のところは嫌いになる予定もない」
この会話で気づいてしまった。
わたしはケネス様に嫌われたくないのではなく、好かれたいと思っているのだということに――
油断しなくても気持ちがあふれてしまいそう。
そんな予感が脳裏をよぎっていた。




