第23話 セキララに
※アーロン=メフィストス視点
僕には婚約者がいた。
幼い頃に親同士が決めた女性だ。
その人は伯爵領の白百合とまで評されるような美しい女になった。
幼少期は生意気な子供だったが、いつしか淑女と呼ぶに相応しい容姿と教養と所作を身につけていた。
そんなウィリアンヌの欠点は僕への愛を口に出さないことだ。
僕がどれだけ愛情を訴えても彼女は応えてくれなかった。
絶対に僕のことが好きなはずなのに。
僕がこれだけウィリアンヌのことを想っているのだから、彼女も僕のことを僕以上に愛するべきなんだ。
それが見返りというものだろう。
愛してやっているのだから愛され返されるのは当然の権利だ。
それなのに――っ!!!!
「なんだ、あの態度はっ! 澄ました顔で婚約破棄を受け入れやがって! お前は泣き崩れて、僕の足を縋りついて、捨てないでと懇願するべきだろ!」
ウィリアンヌは始終、気取った態度で俺を見つめ、「分かりました」と言やがった。
婚約破棄の理由を聞くことも、返事を待ってくれとも願わずに即答だぞ。
僕がいくら待っても謝罪も復縁願いも寄越さない。あろうことか、父親の伯爵まで出てきて、正式に婚約破棄を受理するなんて馬鹿げている。
「お前は僕のものだろう! パパが僕のために用意した婚約者なんだから、僕を愛するのは当然なんだ! だから、僕以外の男と一緒になるなんて許されない! 神が許しても僕が許さない!」
お前が幸せになれる場所は僕の隣だけだと思い知らせてやる必要があった。
「相手はケネス=ユミゴール。公爵家の人間だが、顔が良いだけの沈黙寡言な男だ。ウィリアンヌも愛情表現が苦手な女だから上手くいくはずがない。僕の元へ戻っておいで、ウィリアンヌ」
早速、ユミゴール家の侍女の一人を金で買収し、ウィリアンヌのトレードマークとも言えるバレッタを盗ませた。
幼い頃から身につけていたものだ。
母親からの贈り物だと言っていたが、その時だってほくそ笑むことはなかった。
お前の所有物は僕のものだ。
僕の手に戻れば、それでいい。
ウィリアンヌの髪の香りが染み付いたそれを所有することがウィリアンヌを所有することに繋がるのだから。
計画は順調だった。
が、最後の最後でケネス=ユミゴールに邪魔された。
屋敷の裏庭にある焼却炉の裏からバレッタを盗み出す手筈だったのに。
しかも、あの野郎は僕の側近の腕をへし折りやがった。
おかげでバレッタは手に入らず、最も選びたくない手段を選ばざるをえない状況になった。
全てはお前のせいだぞ、ケネス。
ユミゴール公爵邸から出てきたウィリアンヌの専属侍女を襲い、大切に持っていた何かを奪ってやった。
幼い頃からずっと付き従っていた友人にも近い侍女らしいから、あの女が持っているものはウィリアンヌの所有物に違いない。
だから、奪ってやった。
見たこともない、何に使うのかも分からない不思議アイテムは俺の手中にある。
「これがウィリアンヌの所有物? こんな古びた箱を持つところまで落ちたのか」
時刻は0時になる直前。
何がきっかけだったのか知らないが、それは突然しゃべり出した。
『ケネス様ケネス様ケネス様ケネス様ケネス様ケネス様ケネス様ケネス様ケネス様ケネス様ケネス様ケネス様ケネス様ケネス様ケネス様ケネス様ケネス様ケネス様ケネス様ケネス様』
それは、まるで呪詛のような。
あまりにも禍々しい呼称の連呼だった。
しかも、あろうことかその小箱はウィリアンヌの声で語り始めたのだ。
「マジックアイテムの類いか⁉︎ このアーロン=メフィストスの前で、よりにもよってウィリアンヌの声を真似るなど言語道断!」
掴んだランプで小箱を殴ろうとした瞬間――
『もっとケネス様に好かれるにはどうすれば良いのかしら』
とんでもないことを口走りやがった。
僕はランプを投げ捨て、小箱を鷲掴みにした。
『最初はケネス様に嫌われなければ良かった。でも、今は少しでも好かれようと思っているなんて。《《あの人》》とケネス様は違う。ケネス様はわたしを想い、自分の気持ちに蓋をして口下手を演じておられる。全てはかつての約束を守るために――』
「なんだとぉぉおおおぉおぉぉ!!!!」
ミシッとひび割れる音が鳴る。
それほどまでに僕は憤慨していた。
「お前が愛しているのは僕のはずだろ! あいつの名前を呼ぶな! かつての約束とはなんだ! 僕という婚約者がいながら浮気していたのか!」
『ケネス様はありがたいことに、わたしの気持ちを汲もうとしてくださる。ケネス様はわたしの好みを把握しようとしてくださる。自分の気持ちを伝えることが大の苦手なわたしを気遣ってくださる』
「僕の質問に答えろ! ウィリアンヌ! お前はいつから奴に心惹かれていた⁉︎」
『《《あの人》》との間で生じた失敗を詮索することも、咎めることもされない優しいお方。わたしだって本当はこの気持ちを伝えたい。でも、怖いの。もしも、ケネス様に嫌われたら……。もしも、ケネス様に捨てられたら――』
「どうなると言うのだ! 言ってみろ、ウィリアンヌゥゥ!」
『わたしはきっと足に縋りつき、懇願するでしょうね。捨てないで、と』
「ウィリアンヌゥゥゥウゥゥゥ!!!!」
これは嘘だ!
僕を惑わそうとしている幻惑の魔法具だ。
でなれけば、ウィリアンヌが僕以外の男を愛するはずがない!
自分の意見も言えない女が、僕のことを好きと言わない女がッ!
僕は髪を掻きむしり、壁に飾られた剣を握った。
「ウィリアンヌには絶望にまみれ、嫉妬に狂って欲しかっただけなのに! そのために、あの性悪女の名前まで借りたのに! 全て嘘なのに! 僕はウィリアンヌの気を引きたかっただけなのに! 真実の愛はウィリアンヌとの間に見つけていたのに!」
渾身の力を込め、剣を振り下ろす。
「どうして、婚約破棄に異議申し立てをしないんだぁぁあぁぁぁ!!!!」
ドゴォォン! と轟音が室内に轟く。
あまりにも大き過ぎる音に驚き、剣を振りかざしたまま硬直してしまった。
そして、ぎこちなく振り向く。
叩き切られた扉の奥。
廊下の冷気とともに現れた影へと視線を送った。
「どうしてお前が! こんな時間に! いくら公爵令息でも無礼であろう!」
闇の中で金色が揺れた。
「屋敷の者は快くここまで案内してくれたぞ」
そこに立っていたのは、ユミゴール公爵の実印が押された令状を見せつけるケネスだった。
片手には剣を持っている。
……まさか切ったのか!?
扉を!?
合金でできた僕の部屋の扉を!?
「愛する婚約者の大切な物を返してもらおうか」




