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拓海のホルン  作者: 鈴木貴
第4章 吹奏楽コンクールへ練習と準備の日々
126/132

126.カットの恐怖、譜面への挑戦

部活はミーティングから始まった。

内田先生が話し始める。


「昨日の話し合いがあったことから、すでに認識済みだとは思うが、改めて。

笠原はコンクールの舞台のメンバーから外れることになったが、 昨日、親御さんを交え、校長先生も同席して改めて話し合った結果、退部届が提出された。」


——えー!!

本番4日前で!?


内田先生は続ける。


「コンクールに全員で出場し、みんなで金賞を取る、全国へ行く。

それが理想だったが、それは私の価値観の押し付けだったのかもしれない。

次のコンクールからは、部内で一度オーディションを実施することを検討している。

今までは『みんなで一丸となって』という形を続けていたが、今後も同じ形にするとは限らない。

部内での多様性を実現するための模索も続く。


——ただ、今は4日後のコンクールだ。」


そして、切り替えるように、先生は続けた。


「今日は体育館が空いている。

どの部活も使っていないとのことで、使用許可が出た。

コンクール前の練習ができる。

今から移動!

移動が終わったら、音出し、基礎合奏。14時半まで!」


「はい!」


部員たちは声を揃え、すぐに動き始める。


……そんな、急に辞めるってことあるか?

まあ、原因は1つじゃないんだろうな。


のぞみ先輩みたいに、色々言えないこともあるのかもしれないし。


それに、トランペット1年生は黒沢1人になった。

あいつ、どう思ってるんだろう?


吹部では、なんとなく弟キャラになってるんだよな。


打楽器運搬もだいぶ慣れた。

前はあたふたしてたけど、今は体が自然と動く。

目が届く範囲も広がった。


先輩たちの声も、ホール練習のときに比べて罵声がなくなり、 単純に『大きい声での指示』に変わった。


ただ、その理由は、聞こえてきた誰かの先輩の会話でわかってしまった。


「また何か強く言ったからって辞められたらね。」

「あの子、練習もだけど、雑用も嫌々そうだったじゃん。」

「『楽器やりに来たのに、どうして楽器運びとか、掃除とかやらなきゃならないんですか?』って。

お金持ち私立の中学でも、自分らでやってるところはたくさんあるわ!

なんなら、プロですら自分で運んでセッティングしてる。」


「どんだけ箱入りなんだよ、今時。」

「『一通り説明したけど、自分で考えて動いてみて。 その時、わからなかったら聞いて』って言ったよ。

でも、ぼーっと立ってるだけで、結局何もしねえじゃん!」


「大橋先輩ぐらい上手くて性格良ければ、

『先輩、動かなくていいです、私たちやりますー、指示お願いします』ってなるよ。」

「でも、大橋先輩は誰よりも動くし、気づくし、何なら後輩に気遣って、 『私、手空いたから、それやるよ』とか、 『こうすると疲れ減らせるよ、一緒にやろう』とか言ってくれる。」

「女神後輩だよな。」

「ほんと!それ!」


俺は全部聞こえてしまったが、聞こえないふりをして、 スネアドラムの上を持ち上げ、下の台を斎藤が持って、移動し始めた。


斎藤はこそっと言う。

「俺らのいないところで、あんなん言われてたりするのかな?」


俺も考えながら答える。

「……考えたくないけど、なんかありそうな気がするよ。」


2人して思わず、はぁー…とため息を揃えてしまった。


前方から、体育館から出てきた白川先輩と田中先輩が姿を見せた。

「体育館、今エアコン入れたから、まだめっちゃ暑いぞ。 水飲んどけよー。」


そう言いながら、音楽室へ速足で向かっていった。


俺らの「はい」という返事は、聞こえただろうか。


昨日の今日で、なんとなく雰囲気がピリピリ、ギスギスしている感じがする。


全員レギュラーが嫌、っていう人もいるんだな。


俺は、嬉しくて、贅沢なことだと感じてて、必死になってた。

自分がそうだから、勝手にみんなもそうなんだろうと思ってたけど——

多様性とか配慮ってこと?


考えただけで、頭がパンクしそうだ。


一晩寝て、考えながら部活に来たけど、俺は金賞を取って全国へ行きたい。


それがどういうものなのか、まだ理解はできていないけど、上があるなら、目指してみてもいいんじゃないか?


その権利が与えられているんだから。


スポーツの試合で勝ちたいと思うのは当然のこと。

応援するチームに勝ってほしいと思うのと同じで。


キツいのは嫌だけど、やってみたい好奇心とか 勝ちたい気持ちがある。


初心者なりに、下手なりに、見えてる範囲はきっと狭いんだろうと思うが—— やってみたいという気持ちが、強くなった。


昨日の分、取り返して、明日絵馬先輩と合わせられるように。


体育館に楽器と譜面を持って、席に座った。

絵馬先輩の椅子はなく、ホルンは俺だけだった。

隣のサックスとも距離を感じる。


前のフルートも、後ろのトランペットも——。


絵馬先輩、明日来るって言ってたけど、もし回復しなかったら?

俺1人ってことか?

万が一、本番も……?


怖すぎる。

ホルンが浮いてしまうような気がする。


音出しの後、部員全員でロングトーン。

ホルン1人の心細さと不安——合わせたら、浮かなくなるかな?


その後の基礎合奏。

やっぱり、1st絵馬先輩がいないと、緊張で音が細くなる。


15分の休憩を挟んで、合奏練習が始まった。


水筒でお茶を飲む。


緊張で、その場を過ごす。


色々ネガティブなことしか浮かんでこない。


もしホルン1人だったら?

ここで音を間違えたら?

ここでタイミングがずれたら?


どうしよう——。


もう時間がない。


内田先生が来た。


「自由曲。頭から。」


いつものように始まった。


頭4小節で止まる。


「メロディ、もうちょっと出していい。

他の部分で演奏人数が増えたのと、空間に音が届いていない。

指揮を見るのは大事だが、向こう側の客席一番後ろ、2階には審査員がいる。

そこまで音を響かせるためには、もう少し出す。

楽器を鳴らす——そのためにもっと吸う。

低音、もっと出せるだろ!

もう一回!」


「はい!」

返事をして、再度頭から。


そのまま通して、次のフレーズへ——また止められる。


だいぶ強めな注意と、繰り返しの合わせ。


それは、俺1人のホルンも同じだった。


「ホルン。」

内田先生の一言に、俺は細い声で返事をする。


「そこのオブリガード、やってみて。」


絵馬先輩が休みだから、実質ソロ状態。

緊張と恐怖で、音は出している——が、自信がない。


「聴こえないんだが。もう一回。」

もう一度吹く。

さっきよりは出た——。


「審査員にホルンがいる。

これでは審査にならない。

音が出ていないのと同じだ。もう一回。」


また吹く。

内田先生の「もう一回」が、8回続いた。


だんだん、怒りの色が濃くなっている。

「音を出せ、と言っている。

そんな蚊みたいな音でコンクールには出せない。

どうする?」


——え?


「本当にその程度しか出せないなら、ホルン、出なくていい。」


——え?


「だ……出せます!」


「なら、もう一回。」


俺は思いっきり吸い込んで——吹く。


吹き終わると、内田先生は怒りを抑えた静かな声で言った。


「ホルン2nd、全カット。」

まずい!


俺はすぐに言う。

「すみません、もう一回お願いします!」


すると、内田先生は——プツンとキレた。

「さっきから全く音が出ていない!

もう、とりあえず舞台に上がって吹く振りだけでいい。

ホルン全カット!」


「嫌です!吹きます!」


瞬時に言った。


「じゃあ、これで最後だ。

時間がないんだ。 ホルンのレッスンに付き合わせている場合じゃない。 全体の調整をするべき時だ。

それについて来れないなら全カット。

分かったな?」


俺は黙ってうなずいた。

「全カット」って言葉に耳を疑った。


瞬時に取り返さないと、明日の絵馬先輩に合わせる顔がない。


内田先生の合図に合わせて音を出す。


譜面上はfフォルテ1つだけど、 全部をffffの勢いで出すことにした。


頭の音が崩れた。

そのまま続けて演奏する——終わる。


すると、内田先生は言った。


「最初からその音を出せ。

カットって言われて焦らないと分からんのか?

出せんのか?

それぐらいの音を出せ。」


「はい!」

俺は返事をする。


内田先生は

「全体で」

と言って、指揮を振り始めた。


1人で吹くより——周りに音があって、俺の音もあって。


その中に入れた感覚が、ようやくあった。


ちょいちょい、内田先生にものすごく鋭い目でにらまれて怖い。


でも、音を出さないくせに舞台に出るなんてそっちの方が恥ずかしいだろ。


それに、絵馬先輩が戻ってくるまでに、 もっと安心して任せてもらえるように。


頼りながら、なぞりながらの演奏じゃなくて、一緒に吹けるようになりたいんだ。


自由曲のホルンや、ホルンと一緒にオブリガードを吹くテナーサックス、フリューゲルホルンのセクションを確認。

練習をしてから、合奏という流れ——で終わった。


課題曲を吹いていない。





昨日、江口先輩が撮影してくれた映像を、スマホで撮影した。

2回撮影して、スマホの動画を再生する。


グリッサンドのやり方とか、 ギリギリまで自分を伸ばそうっていう、すばる先輩の言葉を—— しばらく繰り返し聞いた。


それがあったから、今日、内田先生にカットって言われても—— カットしたくない、って気持ちを出せたのかもしれない。


周りには面倒だったかもしれない。


でも——俺は、やりたいって思った。


それを伝えなかったら、この先後悔する気がしたんだ。

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