表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
拓海のホルン  作者: 鈴木貴
第4章 吹奏楽コンクールへ練習と準備の日々
124/132

127.休息のはずが、不安に包まれる

内田先生が話し始めた。

「今日は大事を取って、全員帰宅。明日も休みにする。 今日と明日で体調を観察してほしい。

黙っているけれど、体調が悪い者がいるはずだ。

今日と明日はしっかり休み、調子が悪い者は病院へ行くなり、検査するなりして、 改めて状況を連絡してほしい。

出場できない者は仕方ない。

責任はない。

出場できる者は、練習で全力を尽くす。

毎日本番だと思って演奏するというのは、こういう事態も想定してのことだ。

全力で演奏すること。

もし手を抜いたら、後悔する。

かなり引きずるだろう。

休むことも、演奏や活動に必要なことだ。

疲れすぎて、当日演奏できなかったでは言い訳として最悪だ。

今日と明日は家でじっと休むこと。

元気だからといって友達と遊びに行ったりしないように。

休符と同じだ。

演奏中に休符があるからといって、その間に遊びに行ったりしないだろう? それと同じ。

楽器を持っていないだけで、体と心を休ませろ。」


その言葉を聞いて、白川先輩が手を挙げた。


先生は白川先輩を指す。

「俺、部活=夏休みというか、生きがいなんです。

心の休憩が部活なんですけど。 休みの日って、逆にどう過ごしていいかわからないんですけど。」


内田先生は、一瞬にして鬼の形相になった。

「おのれは受験生でもあるだろが!勉強せえ!」


白川先輩は「おおお…」とたじろぎ、小さな声で「はい…」と返事をし、背中を丸めた。


受験生の夏

3年生は受験か……。 そういえば、夏期講習の看板をよく見かける。 久実も、夏休みが始まってから、まるで学校のように塾へ通っている。


中学受験のとき、塾でスケジュールを詰め込んでいた。

高校受験も、そんな感じなのか?


以前の三者面談のことを思い出した。

俺は不登校期間がネックになっている、と先生は言った。

その言葉が頭をよぎり、気持ちが沈む。


俺も、白川先輩と同じで、部活があるから救われたところがある。


内田先生は続ける。

「この後、吹部roomに日程変更と体調観察の連絡をアップしておく。

15時頃に確認しておくように。

今日はこれで終わり。」


山田先輩は慌てて挨拶の号令をかけた。


帰り道の不安

音楽室を出ると、藤井がそばに来た。

「途中まで一緒に帰ろうぜ。」


俺はうなずいた。


藤井は少し落ち込んだ様子で言う。

「コロナはかかったけど、インフルはまだだからなあ……。

もしすでに感染してたら、もう発症するかもだし。

ウイルスって手ごわいな。」


俺も同意する。

「うん。ここに来て感染って、正直忘れてた。」


藤井は考え込むように話す。

「クロとか、小松とか斎藤もインフルかな?

先輩たちも……。

俺、インフルになることより、コンクールで人数が減ることのほうが怖い。」


俺も答える。

「そうだな……。どうなるんだろう……。」


しーん——。


沈黙のまま歩き、分かれ道に来た。


藤井は笑顔で言う。

「じゃー、また明後日!」


俺も「うん」と言いながら手を振った。


健康すぎる現実。

俺、熱ないよな?

暑いから体温が高く感じるだけだよな?


インフルだったらどうなる?

ここまで準備してきたのに?

それともインフルなら、舞台に立たなくて済む?

堂々と逃げる口実ができる?


……逃げる?

逃げてもいいのか?

インフルとかコロナだったら……?


帰宅してシャワーを浴びた。

冷蔵庫から麦茶を取り出し、一気に飲む。


念のため、体温を測る。


36.7度。


……健康じゃねーか。


念のため、検査キットも使ってみる。


陰性。


……健康じゃねーか!!


急に休みになると、健康体で何をするのかわからなくなる。


宿題は終わったし、勉強する気は起きない。

テレビのワイドショーは戦争、甲子園の話題ばかり。

スマホで動画を見ても、何も興味が湧かない。


何かぽっかり穴が開いた感じがする。


白川先輩は、こういうことを言っていたんだな。

今ならよくわかる。


やるべきことはある。

中学生だし、新学期早々に課題テストがある。

その勉強をすればいいんだろうけど、やる気が起きない。


だから——寝る。


昼から次の昼まで寝てしまった。 空腹で目が覚める。


家には、久実も母さんもいない。

テーブルの上にメモが置かれていた。


「炊飯器にご飯。

冷蔵庫にカレーとサラダ。

温めて食べて。 冷凍庫にアイスもある。」


ありがてえ。


冷蔵庫を開くと、鍋ごとカレーが入っていた。

サラダまで。

深めのどんぶりにカレーを入れてレンジで温め、 その上にご飯を盛る。


母さんと違って、順番が違うけど、俺が食べるだけだし問題ない。


カレーとサラダを食べながら、ふと思う。

こんなふうに家でじっくり過ごしたのは、いつぶりだっただろうか?


忙しくて、疲れて、気づかなかったけれど——俺はかなり消耗していた。

それすらわからなくなるほど。


昨日の15時に吹部roomにアップすると言っていたな。

食器を流しに置いて、タブレットを開く。


絵馬先輩がインフルで4日まで休むとのことだった。 ……まじか。


同じく休むと報告があったのは、さらに5人。


スケジュールは、明日から 13〜18時 に変更されたらしい。


練習時間の短縮や休日の確保について、一部の保護者が学校に相談したらしい。


基本的に、3年の先輩たち が練習スケジュールを組んでいた。

その希望を内田先生が聞き入れ、学校と調整していたようだった。


しかし、1年や2年が3年の先輩の指示に逆らえるわけもない。

さらに、休むと「下手なくせに休みなんて」という無言の圧を感じ、 具合が悪くても言い出せず、体調だけでなく精神的にも不調をきたしていたという。


また、3年生の間でも 受験の問題 が浮上していた。

「夏期講習を受けられない。人生がかかっているのに、先生は何を考えているんだ。」

という保護者からの指摘があり、校長先生にも報告された。

もし改善されなければ、教育委員会へ相談を検討する という話にまで発展しているらしい。


「誰が言ったか」などは話さないこと。

個人的事情があるため、休むことに関しては 当たり前 にできる環境を作るべきだ。

そうでないと、 部活動停止、コンクール出場辞退という事態にもなりかねない。


コンクール当日は朝早くから準備と移動があり、 帰りも 19時を過ぎることは了承済となったらしい。


……俺は、色々見えていなかった。


母さんも、毎日弁当を持たせて、朝早くから夜遅くまで部活だけの生活を送る俺に、 何か思うことはあったのだろうか……?


夕方、母さんが帰宅した。


「やっと起きたのね?食事もしたようね。」


キッチンのどんぶりを見て、そう言った。


俺は、気になっていたことを聞いてみた。


「部活で、やりすぎとか、練習時間長すぎとか、そういう相談を学校にしに行ったことある?」


母さんはスマホを出して、画面を見せる。


「やり取り見てみ。」


表示されたのは 吹部保護者のLINEグループ だった。


「いつの間にこんなの入ってたの?」

と聞くと、

「入部した時に、内田先生から保護者向けのQRコード付きの案内があってね。そこから入ったよ。」

とのことだった。


スケジュールや連絡事項は 先輩保護者から後輩保護者へ伝達済 とのこと。

ただ、それ以外に 特に荒れた様子はない。

事務的な連絡ばかり だった。


俺が

「これだけ?」

と聞くと、母さんは

「これだけ」

と答えた。


……でも、俺の目にしている情報とは違う。


説明に困り、タブレットの画面を見せる。


母さんはじっと読み込み、スクロールさせながら考えていた。


「私個人としては——拓海が楽しそうに、一生懸命やってるから、 特に何も思ってなかったのよね。

むしろ、良かったなあって思ってた。

でも、時代は変わってる。

感染症はあるし、働き方だって昔と違って 量より質 が求められるし、 長時間やればいいってものでもない。

受験生が 夏期講習に参加できない ってなると、 親が不安に思うのは当然かもね。」


母さんは少し考えた後、俺の顔を見て続けた。

「逆に、拓海は 先輩からの圧で困ってたりしないの?」


あるけど……。

ただ、それ以上に 楽しい。


だから俺は答える。

「圧はあるけど、不登校の時に比べたら、その圧に対しても言葉を出せる。」


母さんは首をかしげる。

「どういうこと?」


俺は少し考えた後、言葉を選んで答えた。

「まあ、面白いよ。大丈夫。」


母さんは心配そうな顔をしながらも、

「なんかあったら言って。」

と言い、キッチンで食器を洗い始めた。


俺は うん と返事をして、タブレットを取った。


ホール練習の映像を見てみる。


……改めて見ると、色々 かっこ悪い。


音は最悪だ。

姿勢も、顔も、まるで「下手です!」と言ってるようなもの。


耐えきれなくなって途中で止める。


画面には、部員たちの 反省コメント が書き込まれていた。

明日からの練習に備え、それらを譜面に書き込む。


タブレットで 中学コンクール動画を検索し、いくつか観てみた。


知らない曲ばかりだったけれど、 自分と同じ年齢なのに ものすごい音を出している。

衝撃的だった。


今になって スイッチが入った。

検索して出てくる中学は全国大会のもので、 もはやプロのような演奏と迫力だった。


……本当に 同じ中学生 なのか?


気持ちの違いは、映像からでも伝わってくる。


休んでる場合じゃない!



明日は昼からの練習。


絵馬先輩は 休み。 だから 俺は1人。


でも——1人でも吹けないと、全国には行けないんだ。


OK、わかった。

俺、やる。


明日のために、寝る。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ