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拓海のホルン  作者: 鈴木貴
第4章 吹奏楽コンクールへ練習と準備の日々
122/132

122.熱いホール、冷たい楽器

朝早くから集合した。

こんな時間に学校へ来るとはな。

珍しく制服で、女子もスラックスとネクタイを着用していた。


ふと目に入った江口先輩が、いつもよりイケメンに見える。

話すのは得意ではなさそうだが、要点を単語で的確に伝えるタイプ。

楽器が上手く、友達もいて、よくつるんでいるのに、不思議と嫌な感じや圧を感じない。


俺が女子に感じる謎の圧、とげとげしさ、怖さ、裏で何か言われている気配。


「客観的に見てこうじゃない?」なんて枕詞で主観を押し付けてくるあの感じ。

気づいてんのか気づいてないのか、それとも計算なのか……正直、うっとおしい。


最近、テレビをつけたら「女は無口なほうがいい」っていう歌が流れていた。

俺の解釈では、これは女子圧に疲れた男子の気持ちを歌ったものだ。

今のご時世、大っぴらには言えないけど、本音だ。


高校は絶対男子校にする。

女子でこんなに疲れるとは思わなかったからな。

男子校だけは譲らない。

青春は男子校でのんびりする。

部活もゆるいところにしよう。

共学化が進んでいるらしいけど、俺が入れる男子校をちゃんと残してほしい。

もし男子校が減って倍率が上がったら、共学しか選択肢がなくなる。


朝からしんどいし、怒鳴られるし、女子ストレスに振り回されるし……とにかくこっちもストレスだ。

好きな女子は見つからないけど、嫌いな女子だけは明確になった。


楽器の積み込みとホールへの移動 音楽室へ行くと、まず椅子に座る。


先日の体育館練習で使った楽器の積み込みリストと、その運び方について再度レクチャーがあった。

楽器の積み込みが終わったら、そのままホールへ向かう。

ホールに到着後は楽器を降ろし、すぐに舞台へセッティングする。


「すぐ動け!」という先生や先輩の指示のもと、楽器を分解したり、毛布でくるんでガムテープで固定したりして、大型楽器や打楽器を慎重にトラックへ運び込む。


寝起きの状態で暑い中、朝からいきなりの肉体労働。


「ゆっくりでいいから!ぶつけないようにね!」


いろんな先輩が、同じ言葉を何度も繰り返していた。


男子はほぼ大きい楽器の担当になる。

ただ、打楽器の女子の先輩は細いのに、俺よりも力があるようだった。


バスドラムを一人で台から降ろし、毛布でくるむ姿に圧倒される。

「何?ぼーっとしてんなら手伝いなさいよ。」

「はい!」

慌てて駆け寄り、毛布でくるんでガムテープで固定した。


その先輩はそのまま運び出そうとしていたので、

「あ、持ちます!」

と言うと、

「じゃあ、そっち持って。」

と後ろ側を持たせてもらった。


びっくりした。

持ち上げてみると、ものすごく軽く感じる——つまり、ほぼ先輩が持っているということだ。


マリンバの解体をしている先輩が、

「遅い!」

と強い口調で言っていて、小松や藤井が、

「はい!すみません!」

と謝りながら、パーツを外したり、管を毛布で巻いたりしている。


楽器運搬の厳しさ 吹奏楽部って、ただ音楽をやっているだけと思われているよな。

こういう肉体労働があるなんて、知られていないよな。


トランペット、フルート、クラリネット、オーボエ以外の楽器は全部トラックで運んでもらうことになった。


積み込みが終わると、汗だくになっていた。


「じゃあ、ホールへ向かうから、全員門の前に集合!忘れ物のないように!」

という山田先輩の声に、みんなバックを背負い、靴を履く。


ホール到着 ホールは地下鉄で3駅。

ちょうどラッシュ時間帯だったこともあり、分かれて乗車した。


電車通学になったら毎日こんな目に遭うのか……。

アフターコロナで満員電車も復活していた。


バックを抱え、乗り込む。

途中、もみくちゃになりながら、なんとか3駅。


それだけでぐったり。

暑いし、このあとホール練習があるなんて……。


駅から歩いて5分ほどでホールへ着いた。


ホールに入ると涼しくて、ようやく目が覚めてきた。

ホールの裏側って、こんな風になっているのか。 迷路みたいで……。


リハーサル室というところへ入っていった。



内田先生の指示


「荷物を奥に置いて。 もうトラックが到着しているから、打楽器をそのままホールに運ぶ。

その他の楽器はここへ運び込む。終わったら、再度集合!」


先生の言葉に、部員たちは「はい!」と返事をし、それぞれバックを置いて外へ出た。


ドアを開くと、そこは駐車場。

すでにトラックが到着し、楽器を降ろせる状態になっていた。


急いで降ろして舞台へ持って行こうとすると、先輩に止められた。


「いったんここで毛布を外して!」


そうか、体育館練習では毛布を使わなかった。

ただ、この場所で剥がしたら、後ろの楽器はどうするんだろう?

一瞬迷ってしまう。


「いったん、こっちまで運んで!」

「ごみこっち!」

「毛布ここ置いて、そこの子、これ畳んで!」

「奥行って、組み立て!」


先輩の指示が飛び交い、部員たちは次々に返事をしながら作業を進めていく。

作業に集中しながらも、戸惑うことが多く、「はっ!」としながら動く場面が続く。


毛布を剥がし、楽器を舞台へ運び込む。

その作業を何度か繰り返し、続いてチューバやユーフォなどの大型管楽器を降ろしていく。


「リハ室ね!段差があったら持ち上げて!振動が楽器に影響するから。」 「はい!」


先輩たちの注意が次々と飛び、部員は必死で対応していく。


打楽器担当の先輩がリストでチェックし、組み立ての様子を見ている。

舞台ではさまざまな人が配置や状態を確認していた。


先日のステージセッティングで協力……いや、厳しく指示していた千葉さんたち3名もすでに作業に入っていた。


「おはようございます!」

と挨拶しながら、舞台に入る。


「打楽器の後、椅子と譜面台、指揮台を持ってきて!」


「はい!」


部員たちは即座に反応し、一斉に椅子と譜面台を舞台へ運び込んだ。


「リハ室で楽器と楽譜など準備!」


「はい!」


また一斉にリハ室へ戻り、楽器をまとめて部屋の奥へ運び込んだ。


すでに汗だくになっている。

急いでバックから楽譜、チューナー類、シャープペンを取り出し、楽器を置いている場所へ向かい、準備を始める。


一息つく間もなく、ステージへ向かった。

譜面台に楽譜とチューナーを置き、音出しを始める。


ようやく座れた……と、気持ちが落ち着く。

ふと時計を見ると、すでに10時。 朝から動きっぱなしだった。


舞台袖では、内田先生、松下さん、千葉さんたち、OBOGの先輩が何かを話している。


客席をふと見てみると、真っ暗。

後ろのほうは何も見えず、誰もいない。

不思議な感じがした。


内田先生が指揮台のそばに立ち、音を止める合図を出した。


静かになると、先生が言った。


「今日、本番当日と同じ流れで動く。

ステージのセッティングを頭に入れておくように。

また譜面台の角度や高さ、自分からの距離も覚えておくこと。

今のこの配置が、現時点でホールに響く最適な形だ。

ただ、当日までに譜面が変更になる可能性もあるため、見やすさ、演奏のしやすさの次に音を考えた配置にしている。」


確かに……譜面台の角度や位置を一度も変えていない。

これだけでも気持ちが違う。


音楽室とは違った距離感と響きになっている。


「これから基礎練習、合奏の後、昼食。

その後は本番通りの動きとなるので、各自そのつもりで。」


部員たちは「はい!」と返事をした。


先生が指揮台へ上がり、ロングトーンを指示。

基礎合奏が始まる。


いつもより細かく各パートの音を観察しているようだった。

注意が飛ばないのが不気味な雰囲気だった。






昼休憩と次の準備


お昼休憩となったが、この後本番を想定しているため、みんな落ち着かない様子だった。

黙々と昼食を取った後、楽器を出して音を出したり、譜面をさらったりする人が多く、話し声よりも楽器の音が響いていた。


山田先輩の大きな声が響いた。


「聞いてー!」


部員が注目すると、先輩は続けて言った。


「いったん楽器をしまって、ステージにある打楽器を舞台袖よりもっと手前に持ってください。

その後、本番通りの動きになるので、時間を守って行動してください。

ステージは前の団体の人数になっているので、各自、自分の椅子と譜面台があるか確認して、さっきと同じようにセッティングしてください。


当日はステージ係の方が一人います。その方に伝えてください。

今回は駒井先輩が担当してくださいます。

では、動いてください!」


「はい!」


部員たちは即座に反応し、楽器をケースにしまい、急いでステージへ向かった。



打楽器を一気に袖入口まで移動させた。


その後、リハ室へ移動すると、山田先輩が声を上げる。


「全員、ステージ用ジャケットとネクタイ着用!」


そうだ、忘れてた。

慌ててバックからジャケット、ネクタイ、革靴を取り出す。

靴はビニール袋に入れてバックへ。

この「自分の持ち物を管理する」というのも、何度も厳しく言われていたことだ。


ネクタイを締め、ジャケットを羽織り、革靴を履く。

革靴なんてめったに履かないから、動きにくい。


再びリハ室で楽器を取り出し、楽譜を持つ。

金管楽器の担当には白い吸水シートが配られた。


音出しとチューニング


「今から15分間、こちらで音出しとチューニング!」


「はい!」


部員たちは即座に反応し、合奏体形に並ぶ。


内田先生が指示を出す。


「B♭dur、聴きながら合わせるように!」


指揮棒に合わせて約8拍ずつ。


課題曲の頭8小節、終わり8小節。 自由曲の頭16小節、終わり8小節。


自由曲の終わり8小節で、最後の音がばらついているようで、何度か調整を繰り返した。


誰かの

「あと3分です!」

という声が聞こえる。


内田先生は指揮棒を構え、最後の音を再確認する。

それに合わせて楽器を構え、5回ほど響きを合わせる。


また誰かの

「時間です。」

という声で内田先生は静かに言った。


「行くぞ。」


「はい!」


部員たちは即座に反応し、楽譜を持ち、吸水シートをポケットに入れ、舞台袖へ向かった。


前の学校の演奏が続いている。 楽器の温度が下がらないように息を吹き込むが、もし音を出してしまったら……と考えてしまい、マウスピース全体をくわえて息を送り込む。

ふと見ると、絵馬先輩が俺の顔を見て笑いをこらえている。

後で理由を聞こう。


「セッティングお願いします。」


声が響き、楽器と楽譜を絵馬先輩に渡し、打楽器のセッティングへ向かう。

もうこの動作にも慣れた。


再び舞台袖に戻ると、絵馬先輩から楽器と楽譜を受け取り、サックスの大橋先輩を先頭に並び、一番後ろを俺が務めて舞台へ入っていく。

自分の椅子はちゃんとあった。


他の部員の間では「椅子と譜面台、ください!」という声が飛び交っている。


俺も譜面台の位置を調整し、椅子の向き、距離、角度、高さを微調整して譜面台をセットする。


全員の準備が整うのをじっと待つ。

ほどなくして、内田先生が入ってきた。


舞台に一礼し、指揮台へ上がる。

目でじっと隅々まで確認した後、指揮棒を上げた。


全員が楽器を構える。


指揮棒の動きと内田先生の呼吸に合わせてブレスをする。

指揮棒が降りると同時に、音が響き始めた。


一つも動きを見逃さないように神経を張り巡らせる。

絵馬先輩とのタイミングを完璧に合わせるつもりで集中する。


途中、息が足りなくなりそうだったが、意地で吹き込む。


何とか課題曲を終えた。


すぐに楽譜をめくり、次に備える。

打楽器の移動、サックスの持ち替えなどの準備が進む。

内田先生が再び指揮を構えた。


音が鳴り始める。

指揮を見ると、かなりテンポが速い。

こう来たか。


カットなしで全部演奏すると、時間オーバーする。

必死で食らいつくが、昨日の今日で譜読みが完璧にできているわけもなく、指揮を追いきれない。


そのまま、あっという間に終わった。


内田先生が指揮棒を下ろす。

部員も楽器を下す。


内田先生は立ち上がり、客席に向かって礼をするよう合図を出した。

俺たちも立ち上がり、気を付けの姿勢になる。


頭を上げると、退場の合図。

絵馬先輩に楽器と譜面を渡し、打楽器運搬へ向かう。





舞台袖へ向かい、打楽器を運んでいくと、内田先生が言う。


「ステージ上に合奏準備!」


部員たちは「はい!」と返事をし、再び打楽器をセッティングし始める。


内田先生が続ける。


「一週間後が本番の舞台だ。

体育館練習ができるかどうかはわからない。

だから、広い場所で雰囲気をつかめる練習は今日だけになる。

舞台から客席まで広く響く演奏になっているか、伝わる演奏になっているか、確認していく。」


松下さんと千葉さんは2階席の一番前に立ち、 宮田先輩は1階客席の一番後ろ、 2階席の一番後ろでは駒井先輩がタブレットで撮影していた。


「17時まで合奏練習をする。

終わったら楽器をトラックに積み込み、電車で学校へ戻る。

その後、トラックから楽器を音楽室へ運び、反省会をする。」


「はい!」


緊張感が漂う。


音楽室とは違った空間で演奏すると、ライトの熱が襲いかかる。

当日はお客さんがいて、審査員がどこかで聞いていて、他の学校の吹奏楽部がいる……。


イメージがわかない。


ただ、ステージに立つと、いつも聞いていた音が分かりにくくなる。

まぶしくて、暑くて、長時間はしんどい。

せっかく室内なのに、舞台のライトってこんなに熱いのか。



課題曲から自由曲までを通して演奏した後、20分の休憩となった。

つば抜き、トイレ、その他の休憩。


俺は山田先輩に、 「ジャケット脱いでもいいですか?」 と聞く。


すると、はっと気がついたように、

「うん、いいよ。みんなも脱ぎたかったら脱いで。」


俺はすぐ脱ぎ、椅子に掛ける。

さらに袖をまくる。


暑いので、冷水器へ向かう。

同じように水を求める部員が何人もいた。


その後、トイレへ行って用を済ませ、顔を洗って戻る。

だいぶさっぱりした。


内田先生、松下さん、千葉さんたち、OBOGの先輩たちが話し合っている。


「さっきのテンポだと、ギリギリです。12分ジャストなので、当日失格になる可能性があります。」

「カットするしかないですね。」

「3回繰り返す部分をカットして、1回で表現するか、2回にして変化をつけるか……。」

「最初はそのままで、途中の部分を1回にしましょう。それでテンポアップして少し余裕を持たせる。」

「松下、それで大丈夫?」

「いいと思います。会場の響きにも合っているので。」

「わかった。」


そんな会話が聞こえた。


…どこをカットするんだろうな?

でも、一つ言えるのは、ホルンパートが下手だからカットするわけではないということだ。


限られた時間の中で世界観を伝えるために、最小限のカットに抑える方針になった。

それが嬉しかった。






休憩が終わり、仕上げの合奏練習へ


休憩後、内田先生がカットする箇所を説明し、部員は譜面に書き込んで確認。 その後、合奏で調整し、通し練習を行った。


時間内に収まり、演奏の形が整った。


あとは質を高めるため、ひたすら響きを検証する。

松下さんに2階席で聴いてもらい、スマホを使って細かく会話しながら調整。

内田先生が部員に指示を出し、演奏のバランスを微調整する。

この作業を何度も繰り返しながら合奏し、気づけばもう17時。

片付けに入る時間だ。


打楽器の分解、梱包、運び込み。

何度も経験した作業だけに、スピードも上がり、手際よく進んでいく。


楽器を慎重に運び、トラックへ積み込む。

その後、リハ室を軽くクイックルワイパーで掃除し、ゴミを回収。

忘れ物がないか確認し、再び電車へ。


帰りは朝ほどの混雑ではないが、それでも人は多く、ぐったりしながら乗り込む。

よろけながら学校へ戻ると、すでにトラックが到着していた。


すぐに楽器や打楽器類を音楽室へ運び込み、梱包を解いて、練習に使える状態にする。





音楽室でのミーティング


すべての作業を終え、音楽室に集合した。

ミーティングが始まったが、部員たちは完全に疲れ切っていて、誰も余計な言葉を発しない。

静かに進む。


明日は珍しく13時半からの練習とのこと。


とにかく今日は帰って、明日改めてミーティングの続きをやることになった。


特に雑談もなく、ただひたすら楽器を運び、練習をこなし、気づけば一日が終わっていた。

話す余裕なんて、あるはずもない。


そして、極度の疲労


ここ最近、帰宅してからの記憶がない。

気づけば次の日になっている。

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