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拓海のホルン  作者: 鈴木貴
第4章 吹奏楽コンクールへ練習と準備の日々
120/132

120.譜面の再構築、戸惑いと覚悟

突然、音楽室の戸が開いた。 内田先生だ。


「譜面が出来た。 パートリーダー、職員室まで取りに来い。」


「はい!」


部員たちが返事をし、パートリーダーが音楽室を出ていく。


俺は つば抜き をするが、そこまで溜まっていない。


クロスで楽器を磨く。


最近は ささっと終わらせてばかりだったからな。


つば抜きで触っているせいか、管には 指紋が結構ついている。


こうやって磨く時間で、気持ちが落ち着いていく。


譜面が変更になる。

でも一度やったんだ。


イメージが違うなら、違うなりに、もう一回やってみるだけ。


もしそれで失敗したとしても、きっと俺だけのせいにはならない。


そう考えると、だいぶ心が軽くなった。


無責任になれるんだ。


失敗にズキズキ痛むだけじゃなくて、リセットボタンを押しただけ。

もう1回やり直すということ。


ゲーム感覚になった。




絵馬先輩が楽譜を持ってきた。


「ホルンは1stと2ndだけになってるよ。 たくみん、1stやってみる?」


そう言って、1stの楽譜を渡してきた。


「無理です無理です!2ndください!」


俺が 慌てて言うと、


絵馬先輩は

「そっかー、できると思うんだけどな、まあいいか。」

と言って、2ndの楽譜を渡してきた。


「2ndでも無理なところありますから!」

焦って言うと、


「いや?たくみんできるよ。」

と しれっと言ってきた。


「内田先生みたいな無茶振りしないでください!」


すると絵馬先輩は、

「えー、でもずっと私だけ1stっていうのも無理出てくるからさ。

これからできそうな時はやる、っていう感じでいてもらえると助かるんだ。


今後、校内での舞台発表とか、いろんな演奏機会があるから、 短い曲とか音域がそこまで上にならない曲の時に、慣れていこうよ。


今回のコンクールは私が1stだけど、 来年は後輩が入ってくるかもしれないし、 そしたらその子に1stやらせる?」


「俺は初心者だったから、そうさせていただいたんすけど…。

もし入って来た子が初心者じゃなくて、 上手かったら 1stがいいんじゃないかな って思います。」


「そうなるか…。 たくみん、そういうのが良いところかもしれないけど、うーん…。」


絵馬先輩は考え込んだけど、

「まあ、今はいいか。それより、譜面読み込もう。」


「はい。」


楽譜をチェック…あれ? 増えてる。


でも、音域はそんなに無理じゃない。


慌てて指番号を記入していく。


前と 変わっていないところは飛ばして、変わったところや増えたところ、特に臨時記号はしょっちゅう間違えるから、あらかじめ書き込んでおく。


音がわからなくても、指が合っていたら、 唇でごまかすか、チューナーを見るか。


「スコアは後で渡す。とりあえずパート譜は行き渡ったな。

じゃあ、今から合わせる。」


個人練もパート練もなしで、いきなり合わせるの!?

多分 指揮、全く見れないけど!?


まだ 最後まで譜面に書き込めてないのに!?


「たくみん、やるよ。」

絵馬先輩の声かけに、


「無理ですって。」


「大丈夫だから。やるよ。」


「俺、逃げたい。」


「はい、座って。聞いて合わせる。」


「まだ指番号かけてないっす。」


「適当に音出してごらん。」


「ダメなやつですよね。」


「わかってるね。そうだよ。」


「言ってること無茶苦茶っすよ。」


「わかってる。でも、やってごらん。」


え…そんな。


「みんな、大丈夫ではないの。でも、やるんだ。

正解はないの。やるだけ。

渡されたツールは楽器と楽譜。

どう使うかはこれから考えながらだよ。

私だって本音は無理だって思ってる。

でも、それを言うのは、やってみてからでも遅くないよ。

今なら引き返すこともできるし。」


絵馬先輩、余裕すぎる。


ゲーム感覚って思ったけど、譜面を前にするとテンパるのは変わらない。


内田先生が、ハーモニーディレクターのメトロノームの音量を上げた。


テンポを だいぶゆっくりにしている。


「テンポを今80にした。

だいぶ変わっているところがあるから、丁寧に音にしていくこと。

構え! 3…4!」



演奏、開始。

出だしは変わらない。


オーボエのメロディが響く。

そこにユーフォ が入る。


原曲にはなかったゆるやかなオブリガードだ。


次、ホルンが入るはずだったところが、消えている。


代わりに テナーサックスやトロンボーンに変わっている。


…と思ったら、トランペットが入る部分で ホルンと全く同じ音を吹くことになっている!


え? どういうこと?


ホルンの和音ロングトーンも加わる。


もう、合っているのか間違っているのか、わからない。


とにかく、数えて、やってみる。


休符だったはずのところに音が追加されている。

これも原曲にはなかったオブリガードだ。


譜面に見たことのない、うねうねした記号がある。


絵馬先輩は ブルルルラーっと音を上げていった。


なんだ、今のは?


いいのか? こんなアレンジで?

原曲の世界観を大事にする って話だったよな?


違ってたら問題になるんじゃないか?


いいのか?


途中で どこを吹いているのかわからなくなる。


指番号を書けなかったところは、みんなが 一緒のメロディだったりしたので、今は なんとなく吹けている のかもしれない。


絵馬先輩の構えや音を頼りに 何とか 最後まで吹き切った。


松下さん、興奮。

「ありがとうございます!」


拍手が響く。


「原曲をなぞるようにして、大事にしているつもりでしたが… 間違っていたかもしれません。

むしろ、壊していました。

何かを付け足すと、壊してしまうのではと思い、 ハーモニーを付けるようにしていました。

でも、そもそも吹奏楽に置き換えるということ自体、無茶があるのかもしれない。

置き換えたことで、不自然になった部分が不足感につながった。

オブリガードを加えることで、一体感が出たのではないかと思ったんですが… どうですか?」


しん…


いや、正解がわからないから、不安しかない。


でも、一回前のバージョンで必死にもがいたおかげで、理解はしやすい気がする。


「多分、他のパートで聴こえてきたものが回ってきた感じだったり、 新たなオブリガードが追加された部分の“合っているかどうか”という問題だろうな。

今、ここで作り上げていく。 今日はこれがメインになる。」


「はい!」


返事はした。


でも、今からまっさらな楽譜かい!


俺でもダメなやつってわかるんだけど…やるしかないから、やるけどさ。


松下さん、指揮台へ。

「さすが、譜読みは早いね。あとは 詰めていくから。

頭から。」


そこから、新しく加えられたハーモニーやオブリガード について、

説明を受けながら、音にしていく。

合わせていく。


昼休み。

練習の途中で、お昼になった。


窓を開けて換気するため、音は出せない。


弁当を持って、なんとなく 後ろの方で1年男子は輪になって食べ始めた。


演奏について、話す。


藤井:「いきなり増えるなんて…。音を出すのに必死で、音楽的にどうこうって余裕なかったわ。」


藤井は オーボエのメロディの時に オブリガードをやることになった。


斎藤:「大変かもしれないけどさ… 正直、リズム打ちの伴奏だけより、安心するよ。

前のバージョンだと、プレッシャーがえげつなかったんだけど、 今日 “もう一つメロディがある” ってだけで、 気持ちが軽くなるし、演奏しやすいんだよね。」


藤井:「そうなん? いきなり合奏だったから、間違えまくったんだけど。」


俺も そうだった。 遅れるし。


黒沢:「あ、わかる。 途中でトランペットが入る時、 どう考えても浮いてるし、うるさいだろうな、って思って怖気づいてたんだけど、 ホルンが同じメロディで入ってきてさ、柔らかくなった。だから、思い切って行けるのよ。」


小松:「そういうことだったんだ。後ろで聞いてて、なんかいつもと違うなって思った。 譜面のせいだけじゃねえよな。

いきなりやって、これだけまとまったように聞こえるって、なんだろ? って思ってたんだ。」


俺:「必死でやってたから、そこまで全くわかんない。」


藤井:「鈴木って本当に6月から始めたんだよな?の割に、いきなり合奏でよくあれ吹けたな?」


俺:「いや、間違えてるし、絵馬先輩に隠れてる あのすごい音は、全部絵馬先輩。」


斎藤:「うーん。 途中でトランペットが入るところ、ホルンも吹くことになったじゃん。 あれ、ちゃんと鳴らしてたよな?」


俺:「あれは、いつもホルンの後ろでトランペットの頭がガン! って響くから、わかったというか…。」


斎藤:「ヒントがあったからってこと?」


俺:「うん。いきなり譜面だけとか無理。“これ同じやつか?”って後ろのトランペットと絵馬先輩の音で気づいて、やる。

そういうことばっかりだった。」


斎藤:「そうなんだ…。 結構お前の音も当てにしてるぞ。てかホルンまとめてだけど。」


俺:「ホルンは絵馬先輩な。俺は絵馬先輩についていくだけ。あと、松下さんだからなのかもしれないけど、初心者の俺でもできる音域で2ndがまとまってたっていうのが良かったかも。」


「へ~!」


周囲から驚きの声。


吹きながら気づいた。


ホルンの 俺に無理のない音域だった から、 何とか吹ききれた。


ただ…途中の“ブルブルしながら上がるやつ”は、謎だった。


それ以外は 無理なくできた。


小松:「ただ、指揮練とかでひたすら吹き込んできたアレは一体なんだったんだ? ってなるんだよな…。」


「そーれがあっての今だよー!」

うわぁ!


大きな声が響いた。


OG宮田先輩 だ…。

また、いきなり登場した。


「さっき、一足先にスコア見せてもらったんだけど、 アレはワクワクするねぇ。

めっちゃかっこよくなってるじゃない?

曲は完璧だから、あとは演奏よね。

多分、指揮練とかで基本構成を理解してるから、 変更があってもついていける。

それに、付け足されたオブリガードでもっと響くようになると思う。」


ニコニコしながら優しく言ってるけど… めちゃくちゃプレッシャーなんだよな。


藤井:「先輩の時も、こんな直前変更ってあったんですか?」


宮田先輩:「当日朝まであったよ。」


え?


宮田先輩:「何、当たり前のこと言ってるの?」


うそ…?


宮田先輩:「え、もしかしてこれ最終決定だと思ってる? 違うから。」


黒沢:「いやいやいや! もう、決定して詰めて磨き込んでいくって段階じゃないですか?」


宮田先輩:「その‘磨き込み’ってやつで変更してくる。ついて行こうね。」


うそーん…。


1年男子、全員 うな垂れる。


宮田先輩は どこ吹く風。


「はい! お弁当食べる、トイレ行ってうがいして、譜読み!」

宮田先輩、超ハイテンション。


「オーボエの裏でユーフォのオブリガードは オーボエの2分音符を引き立てて、伴奏とつなぐ役割。

吹くときは、その2分音符の頭を聞いて入って、押すようにすると、 伴奏とメロディの隙間を埋められる。


それから、ホルンの場合は…」


黒沢:「ちょっと待ってください! 譜面と鉛筆!」


黒沢が 譜面と鉛筆 を持ってくる。

他のメンバーも 次々と準備。


その間も 構わず 宮田先輩は 喋りまくる。


「ここでトランペットとホルンが一緒に出るのは…」


片っ端から増えた部分、変更になった部分の注意点を、 圧倒的スピードでしゃべりまくる宮田先輩。


弁当を食べながら、メモを取り、 箸をシャープペンに持ち替え、書き込み、の繰り返し。


約20分が経過。


「これぐらいかな。 あ、あとこれスコア、午後の練習までに読み込むんだよー!」


5冊のスコアを小松の膝に“ドサッ”と置き、 船田先輩と山田先輩のところへ向かう宮田先輩。


斎藤:「マジで急に出てきてびっくりする。 前もそうだった。」


小松:「何で?」


斎藤:「メロディがホルンからオーボエに変更になった時、 譜面を書き換えてくれて、そのままどこか行ったと思ってた。 でも、パート練で急に後ろに立ってて、

『そこ、歌うところ違うねえ。 高音域と低音域で同じ歌い方じゃ、つまんないでしょ。』

って突っ込まれて、5分くらい練習したら、またいなくなった。」


黒沢:「何で後ろなんだろうな?」


藤井:「てか、輪になってたのに、誰も気づかなかったって、 どうやって来たんだろう?」


全員、首をかしげる。



音楽室の戸が開いた。


すばる先輩だ!!!

救世主、降臨—すばる先輩の登場


うぉぉぉぉ…救世主! このままコンクール出てくれねえかな!?


「あ、いたいた。」


すばる先輩が 俺を見つけて近づいてきた。


相変わらずのイケメンだな…。


「本番当日も手伝いで行くよ。明後日のホール練で何が必要か、妹からある程度聞いてるけど、 実際の現場を見ておこうと思って、隙間時間に来た。話を聞いて、 これは、1年生パニックだろうなと思って。 特にホルンは色々大変だったしね。」


涙が一気に噴き出した。


藤井:「うわー、鈴木ー! 大丈夫か!?」


すばる先輩:「あ、これ、多分条件反射のやつだよ。大丈夫。」


藤井:「どういうことすか?」


すばる先輩:「張りつめてたものがはじけて、涙になる人。」


う゛っ…、そうなんだろうな…。


初期に全くできない時、一緒に練習してくれた。


すばる先輩は俺の背中をさすりながら、

「君らも、昨年の今頃は小学生だったんだもんな。 中学生になって、いきなりこんな目にあって、大変だね。」


黒沢:「そういえばそうだ。」


小松:「俺、夕方から野球やってたな。 昼間は暑いからって。

しんどくて、中学では野球やらないって決めて、吹奏楽部にしたけど… 同じくらい、いや、もしかするとこっちのほうが大変だな。


野球だったら、レギュラーにならなければ楽しかったもん。 そんなにハードにやらなくてもよかったし、 キャッチボールとバッティングが好きだったようなもんだしな。」


斎藤:「うん、正直ここまでブラックだとは思わなかった。」


全員、苦笑い。


すばる先輩:「たくみ君、休憩時間減っちゃうけど、 譜読み、音出ししないか?」


俺:「一緒にお願いします!」


それを見ていた黒沢、突然動く。

「江口先輩、ちょっと一緒に練習してください!」


江口先輩、口に含んでいたごはんを噴出し、 せき込み、黒沢が背中をさすり、水筒を手渡す。


黒沢:「いいですか? いいですよね?」

絡んでくる黒沢に、江口先輩はせき込みながら、 指でOKのサインを出し、水筒で落ち着かせる。


江口先輩:「今?」


黒沢:「今でしょ。」


江口先輩:「今?」


黒沢:「はい。」


江口先輩:「今?」


黒沢:「先輩、俺のことが嫌いで避けようとしてます?」


江口先輩、今度は水筒のお茶を黒沢の顔に吹く。


黒沢:「そこまで嫌われてたなんて…。泣いちゃう。」


江口先輩:「違う違う!やるから、待って。」


黒沢:「俺、端っこだから、左の江口先輩の合図とか見えないんすよ。 それに多分、譜面にかじりつき状態になるし。

だから、前もって聞いておくとやりやすいんです。」


江口先輩:「うん、わかった。」


江口先輩、弁当を詰め込み、水筒で流し込み、 弁当箱や箸を包んでバックに投げ込む。


譜面と楽器を持ち、黒沢に 「パート練の部屋。」


黒沢:「はーい!」


ついて行った。


藤井、小松、斎藤も 「俺らもやるか。」 と立ち上がる。


すばる先輩は、音楽室準備室から古い、前に俺が使っていたホルンを持ってきた。


パート練の部屋へ向かう。


限られた時間でできること

残り時間 20分。実質 15分。


どこまでできるか。


すばる先輩は、新しくあてられたオブリガードを 徹底的に教え込んでくれた。

ゆっくりから始めて、あっという間にテンポアップ。


このパターンで、他の追加部分も応用していく。


音楽室に戻ると、全員が楽器を持ち、音出し、譜面をさらっていた。


緊張感がえげつない。


黒沢と江口先輩も戻ってきた。

2人も緊張しているようだった。

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