119.音を創る、音を変える
音楽室の静寂
マジか…。 やり直し? あんなに練習したのに? 一から??
俺、手一杯だよ。 これから新しく何かやるなんて 無理なんだけど。
泣きそう。
船田先輩、チューニングの号令
船田先輩が 立ち上がり、チューニングB♭の音を出す。
しかし、部員たちは反応しない。
船田先輩は一度 ブレス をして、さっきより 大きな音 で チューニングB♭ を出す。
あ、 と気づき、慌ててチューニングする。
音が 自然に消える。
船田先輩の言葉
「出来ることをやろう。悪いようにはならない。
今私たちがやっているのは、新しく作り出すこと だから、こういうこともある。
前進しているの。 変わることを怖がらないで。
次の譜面で金賞に近づくんだ って思って。」
部員たちは 「はい!」 と返事をした。
すごい切り替え。
それは、3年生だからこそ言えること なのかもしれない。
俺みたいな初心者は、譜面を渡されて すぐにスイスイ吹けるわけじゃない。
何回も練習して、ようやくできるようになった。
それを 違う譜面でやれ?
もう1曲増えるのと同じじゃん。
コンクール直前なのに?
マジで何言ってんの?
ホルンの恩人だ。
でもこれは 正直キツい。
怒っている。
イライラする。
俺だけか?
課題曲、スタート。
船田先輩が 指揮台 に座り、静かに言った。
「課題曲、やろう。」
「はい。」
ファイルのページをめくる。
船田先輩が 指揮棒 を出す。
「内田先生のようにはいかないから、 やりづらいかもしれないけど。
まずは軽く通してみよう。 間違えてもいいから。」
あわてて楽器を構える。
指揮棒が 動く。
音が 鳴り始める。
演奏と気づき
吹いているうちに 自然と気持ちが切り替わる。
今まで 内田先生の指揮 に合わせていたけれど、 船田先輩は 先生じゃない。
いつも来ていた合図が、ない。
「あ、俺、めちゃくちゃ 内田先生に頼ってたんだ…。」
抜けられると大変だなって思って、 気が引き締まる。
演奏が終わる。
船田先輩は笑顔 で言った。
「うーん、私の耳がおかしいのかな? 悪いところ、どこもないよ。」
「んなわけねーだろー、山積みだろうがぁ~」
白川先輩の 棒読みのツッコミ。
思ってないやつだ。
「ちょっと思ったんだけどさ…」 白川先輩が続ける。
「最初の 木管の16分 のところ、 その 1拍前で突然p になって、 2小節かけてff になるじゃん?
内田先生は 滑らかにしようとしてるけど、 極端に やったらどうなるか、試してみたいんだけど…。
木管の人たち、それやったら おキレになられる?」
船田先輩:「おキレになられる?って何?」
白川先輩:「い、いや、疲れるから、とか、本番前に、とか、 もう内田先生と調整済みだから、『調子狂うようなことさせんなや!』とかあるかなって…。
でも俺の好奇心が止まらない!!」
船田先輩:「白川、こっちこい。」
白川先輩:「え、いいの?」
船田先輩:「特別。3分。」
白川先輩:「よっしゃ!3分クッキング。指揮棒貸して!」
船田先輩:「おら、やるよ。」
船田先輩から 指揮棒 を借りた白川先輩。
「ほほう…。」
軽く振り回しながら様子をみる。
「頭からやってほしい。リズムは打楽器に合わせて。
俺が気になってるのは 強弱。 おのれらが思ってるより もっとオーバーに、大げさに やってみてほしいんだ。」
部員たちの 「はい!」 という返事を聞くと、 白川先輩は 「なんか面白れ!」 と言って、指揮棒を構えた。
あわせて、部員全員が 楽器を構える。
振り始めて音を出し始める
…が、止まった。
「頭の音、ずれてる。
一瞬で集中して、力を出してほしい。 もう一回、よければそのまま 先Aまで行く。」
部員:「はい!」
さっきと同様、ブレスと同時に振り上げ、 下げた瞬間に音を出す。
音が、音楽室中にぶわっと広がる。
そのまま続ける。
リズムは打楽器を聴く—— 白川先輩の指揮は、リズムを取らず、 手の上げ下げや広がりで 強弱やメロディの歌い方 を伝えていた。
途中で止める。
「p の時、ギリギリ音になるかならないかの状態、どうなる?
ちょっと、そこの音 ロングトーン でやってみて。 はい!」
小さくロングトーン を続ける。 一旦、指揮棒の合図で止める。
「今のやつまで落としてから、ff まで行ったら…
音を 大きく するっていうのもあるけど、 華やか とか きらびやか っていうか、 そういう感じも出せたらいいと思うんだ。
かぐや姫がいる竹って光ってただろ? 衝撃を与えるくらいのffって感じで。 もう一回!」
白川先輩が構え、部員も構える。
もう一度 同じこと をやってみる。
pp で手のひらを下げ、 だんだん 上げて、腕も大きく広げる。
そして、止めた。
「うん、これぐらいやってみてもいいんじゃね?
ここ来たら、それぐらいやらねーと、伝わらない と思う。」
部員たち:「はい!」
白川先輩は指揮台を降り、船田先輩に 「ありがとう!」 と言い、指揮棒を返した。
船田先輩の一言
「他に、試したい人いる? 1年生や2年生も遠慮しないで、気になったらここ来て。」
…しーん。
俺の視点—混乱と焦燥
俺はまず、自分で手一杯 で、他がどうこうとか わからない。
やる気がないわけじゃない。 ただ、から回ってる感覚 がある。
これでいいのかな?
俺は 譜面のppの部分 に
「小さく!響かせる!限界まで」
と書き込んだ。
前もやった。
内田先生に言われて、
「響く音で!」
って書いてある。
同じことを何度も言われてる。
ずーっと できてない。
pp の記号を 何度も丸く囲った後 がある。
だんだん、その黒丸が大きくなっている。
もはや、何の指示で丸を付けたのか、さえ 忘れかけている。
ファイルの後ろ にスコアを挟んである。
そのスコアを取り出してみる。
でも…やっぱり、よくわからない。
かろうじて、 自分のホルンと 同じ動きをするパート を見つけられる程度だ。
真っ黒になって読めなくなった記号…なんだったっけ。
「rit」
あ、日本語で書いてあった。
改めて眺めると…俺、ただただ 混乱してる んだってことがわかる。
アホなんだな…。
英単語を覚えるみたいにやればいいだけなのに。
一覧表ももらったのにな…。




