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拓海のホルン  作者: 鈴木貴
第4章 吹奏楽コンクールへ練習と準備の日々
114/132

114.隠れ吹部推しの熱い想い

※飛ばして頂いて大丈夫です。片倉先生視点。




僕は片倉、数学教師。


中高と吹奏楽部でトランペットを担当していた。


最初に楽器に触ったのは、小学校の管楽器クラブでトランペットを吹いたときだ。


僕は運動や、それに伴う集団行動、ノリに付いていくことが苦痛だった。


それで管楽器クラブに入ったのだけれど、周りは女の子が多数で、かなり浮いた。

さらに、習い事でピアノをやっている子が多かったから、譜面が読める子ばかり。

楽器に対する素養もあり、自然とまとまったグループができていた。


僕は孤立した。


けれど、楽器を吹いている間は特にしゃべる必要もない。

指揮に合わせて演奏するため、グループに入る必要はなかった。

とにかく練習し、指揮に合わせられればそれでよかった。


そんな感じで、小学4年から卒業まで続けた。


そのつながりで、同じ小学校の先輩に誘われ、中学の吹奏楽部に入部。

トランペット担当になった。


練習も、上下関係も――なんなら左右も緊張感のある部活。

そこで生き抜くために、僕はただただ練習し、楽器を運んだ。


大学に入ると、吹奏楽も音楽もまったく関係のない生活になった。

勉強と、学費を稼ぐための家庭教師やデータ入力のアルバイト。

そして、教員採用試験に合格し、中学校の教師となった。


生徒だけでなく、職員室の先生、保護者、PTA、近隣住民、教育委員会…。

さらに、生徒の進路を考えるうえで高校とも関わるようになる。

多くの人と、一度に関わる生活が始まった。


自分の中高時代の吹奏楽部では、ただ夢中になっていたから分からなかったけれど、 こうして教師という立場になってみると、あの頃は充実していたのだと気づく。

当時のいろんな苦労は、今の社会を渡り歩くための知恵と経験になっていた。


中学校に勤務するようになって、放課後に聞こえてくる吹奏楽部の音出し、基礎練習、合奏。 思わず、足を止めて聴き入ってしまう。


たまに、吹奏楽部の生徒が廊下で泣いていることがある。


「ああ、これは多分、合奏でうまくできなくて、顧問の先生に 『外で練習してこい!』と言われたパターンだな。」


今の時代でも、あるんだな。


吹部あるある。 舞台でいい演奏をするために、演奏技術も気力もどう引き出すか。

それに気づき、音にする――そんな過程が必要だから。


本当はそばに行って話してあげたい。

けれど、これは自分で乗り越えなければならない壁なのだ。


「そこ持つんじゃねえ!ここを持てよ!」

厳しい声に、「はい!すみません!」という声。

楽器運搬のやり取りだな。


ちなみに、厳しい声の主は女子生徒。

謝罪の声は、まだ声変わり前の男子生徒。


事前に担当と情報共有しておけばいいのに。

演奏前に、こんなことで無駄に委縮させなくても。


大人になってわかる解決策。 何年経っても、変わらないんだな。


懐かしく感じた。


毎年の夏のコンクール。


家でこっそり、吹奏楽連盟のホームページでコンクール日程を確認する。


そして、吹奏楽部の活動日時やコンクール出場日程などを職員室や職員用チャットで把握する。

チケットは、毎年自分で手配して聴きに行っている。


もう、応援せずにはいられない。


ただ、下手に関わってしまうと、顧問や副顧問に巻き込まれかねない。 それは超絶めんどくさい。


今でさえ、囲碁将棋部と情報技術部の顧問を掛け持ちしていて、帰りが終電滑り込み。

そんな日常の中で、吹奏楽部の演奏を聴くことが、何より好きだ。


特に、鶴花中吹奏楽部の演奏は不思議。


おそらく、部員数は50人以下。初心者も多いはず。

にも関わらず、まるで100人で演奏しているような迫力がある。


なぜか心に突き刺さり、揺さぶられる――。

おそらく、内田先生の指導によるものだろう。


もし今、流行りのタイムリープができるなら、中学時代の僕を、この吹部に入れたい。


ぬぉぉぉぉぉぉ…!


何もかもが素晴らしすぎるんだ!


入学式も、運動会も、コンクールも、文化祭も、卒業式も!

吹奏楽部の演奏でエネルギーチャージしていると言っても過言ではない。


いつもコンクールのチケットは、当日窓口で購入したり、何らかの方法で入手していた。

そして、絶対僕だとバレないように、アマゾンで購入した若干茶色の顔にかかる長さのウィッグをかぶり、 メガネをコンタクトに変え、カジュアルなシャツと黒いパンツで、まるで出演者の保護者のように装い入場。

鶴花中の演奏の際には、全力で拍手を送っていた。


今年は、チケットぴあで購入できた。

コンビニで印刷も済ませ、当日を待つばかりとなった。


そんな時、内田先生から声がかかった。


「片倉先生、ちょっとお願いが。

コンクールの本番練習を何回か予定しているんですけど、 審査員役として今日体育館に来ていただけませんか?

そのほうが部員も緊張感を持つことができると思うので、お願いいたします。」


頭を下げられた。


「わかりました、ぜひ。」


冷静に答えた。


心の中では――


ぅおっしゃー!!! 仕事です!って正式に堂々と聴きに行けるだろう!!

この時間なら、校長先生が何かを無茶振りしてきても、断ることができる!


くっ…! 何という喜び、楽しみ…!


今日出勤して良かったー! 地球に生まれて良かったー!


コンクールの体育館練習


なんて繊細で、熱くて夢中にさせてくれる演奏なんだ…。

今年も金賞間違いなし!何なら全国だよ、最高だよ、この演奏!


僕はもう確信した。


上手く言えないけれど、この中学の吹奏楽部は特別だ。


アンコールで、いきなり「アルヴァマー序曲」。


僕も、中学・高校でそれぞれ演奏した曲だ。 自然に指が動き、頭の中には譜面が浮かんでくる。


内田先生の指揮に合わせて、吹きたくなる――。 気分はすっかり中高時代の吹奏楽部員に戻っていた。


やっぱり、いいなあ…。 じーんとした。


突然、内田先生に審査講評を求められた。


何も考えていなかった。 ただ夢中になっていたから。


それでも何かを言い、早々に体育館を立ち去った。


閉めたドアの向こうから、再び合奏練習の音が聞こえてくる。


しばらく立ち聞きした。


この調子なら、全国行けるんじゃないか?


力が湧いてきた。


僕が吹奏楽部のためにできることは何もない。 ただ、隠れて推しているだけだ。


内田先生のコメント

全部、知っとるわ…。


最初、会場で変装した片倉先生を見た時は、どの生徒のストーカーかと警戒した。


他の学校で長く顧問を務めていた先生から、偶然こんな話を聞いた。


「片倉君いたねえ。 そちらの学校で先生になってるんだよね。 元吹部員でトランペットをやってたんだ。上手かったよー。 あの子は今も昔も変わんないね~。」


その話を聞いて、ようやく安心した。


…と同時に、昔はチャラいやつだったんだな…。


ということは、ただの熱心な吹奏楽ファンか。


本番前に焦らすんじゃない! 緊張してるせいか、思考がおかしくなっている自覚はある。


学校では普段、黒い短髪、黒ぶち眼鏡にスーツ姿の片倉先生。 その話をしたら――


「嘘だろ!あの片倉が?」


そんなリアクションが返ってきた。


スマホで集合写真を見せると、


「人間って変わるもんだな…。恐ろしい… いやいや、立派に成長して良かった。」


と驚いていた。


それから、吹奏楽関連で話しかけると、冷静に受け答えするのに、 影でガッツポーズしているのを、ちゃんと見ている。

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