107.演奏は全身運動
響きを意識した合奏練習で、課題が見つかった。
息を吸うタイミングや深さ、喉の開き具合が変わり、アンブシャーも自然と変化した。
疲れる箇所も変わってきた。
今までは唇や口の周りが疲れていたが、今回は頬から首、肩、背中、お尻、太ももにかけて、
軽い筋肉痛を感じた。
「自分は間違った体の使い方をしているのでは?」
と不安になり、合奏後、松下さんに相談した。
松下さんは、
「ざっくり言うと、演奏に必要な筋肉を今まで使っていなかったんだよ。
今回の合奏で初めて使った筋肉が痛くなったんだと思う。」
と説明してくれた。
さらに、
「関節や奥の筋肉、筋、そしてそれらを支える筋肉も今後変化していくはず。
一見関係なさそうな足の指まで変化する。
演奏に伴う体の変化に敏感になることは、とても重要なことだから、
ぜひ勉強しておくといい。」
とも話してくれた。
ホルンを演奏するのに、足の指の筋肉まで影響する…?
「はい」
と返事はしたものの、まだ混乱している様子を察したのか、松下さんが続けた。
「ボディマッピングっていうのを検索してみるといいよ。
あるいは、図書館で本を借りてもいいし、うっちーが何か持っているかもしれないから相談してみたら?」
「ボディマッピング…ですか?」
「そう、体の地図のこと。」
「なるほど、そういうことですね。」
「うん。演奏するときに、体のどの部分がどう動いているのかが分かってくると、音も変わってくる。
合理的に練習してほしいんだ。
昔の軍隊みたいに、『できなかったら100回でも200回でも練習しろ!』っていうやり方は、もうナンセンス。
合理的に、論理的に、体も精神も育てば、音楽はもっと豊かになる。
音楽と自分が一体になったら、今よりもっと楽しくなるし、伝わる演奏になるよ。」
「そんな考え方があるんですね…知らなかったです。
今まで、疲れてもロングトーンをひたすらやっていたんですが、
あまり上達しなかったのは、理論を知らなかったせいでしょうか?」
「いや、それは単純に初心者だからだよ。
ロングトーンの練習は、多少疲れてもやるべきものだから、間違ってはいない。
それに、前に来たときより確実に上手くなってるから大丈夫。
急いで理論を理解して、それに沿った練習をしてみるといい。
今、ちょっと無茶なことを言ったけど。」
と笑顔で言われた。
「はい」と答えながらも、無茶振りされたとは思わず、
むしろヒントと希望、そして自信をもらった。
自宅でタブレットを開き、ボディマッピングを検索する。
「演奏のために体を育てる」と書かれていた。
鍛えるのではない。
いかにリラックスした状態の体を作るか。
そして、その状態で演奏できるようにするか。
「自分が吹いているとき、どこに力が入っているのか?」
「それは正解なのか?」
読めば読むほど、混乱し始めた。
ただ、ひとつ分かったことがある。
俺は、演奏のとき、何も考えていなかった。
リフティングのような感覚で基礎練習をしていた。
無駄ではないけれど、もっと効率的に練習していたら、
もっと早く上達できたんじゃないか?
もがく時間より、音を合わせることや響かせることに、
もっと時間や労力をかけるべきだったんじゃないか?
…まあ、今からでもやるけど。