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拓海のホルン  作者: 鈴木貴
第4章 吹奏楽コンクールへ練習と準備の日々
105/132

105.指揮を見て、楽譜を超える

朝の基礎合奏から、松下さんのレッスンが始まった。


普段の先輩や先生が仕切るレッスンよりも、細かく具体的な指示が入る。


昨日ホルンで行った内容と同じことを、各パート、または音域別、ポジション別で進める形だった。

パート別の練習では、ホルンはすでに対応済みということで、飛ばされた。


俺は聴いても、やはり音の響きがよくわからない。

でも、わかる人はわかるみたいで、それもほとんどの部員が理解している様子だった。


これが「才能」ってやつなんだろうか。


全体で合わせたとき、なんとなくだが、音量が大きくなったように感じた。

響きを意識した成果なのかもしれない。


でも、聴こえて、理解して、実際にできるかというと…自信がない。


基礎合奏レッスンは録画されていた。


途中経過として、最初の「いつもの基礎合奏」と、松下さんのレッスンを受けた後の「基礎合奏」を聴き比べることになった。


たった2時間ちょっとでこんなに変わる?


演奏しているメンバーが違うかのような変化だった。


意識して演奏することが増えるだけで、こんなにも変わるものなのか。


今まで、基礎合奏は楽器演奏の“ランニング”のようなものだと思っていた。

体力をつけるための演奏バージョン、みたいなものだと。


完全に勘違いしていたようだ。


基礎合奏が、もはや舞台で演奏できるレベルの仕上がりになっていた。


松下さんは、おだやかに言う。


「普段の基礎合奏は、ただ楽譜に書かれていることを正確に演奏するだけではなく、もっと上を目指してほしい。

音が響いているか? ふくらみを持っているか? 温かい音になっているか?

気持ちを込め、それが音として伝わっているか?

それが、人が演奏をする価値になってくる。

今やコンピューターでほとんどの音が再現できる時代。

音楽ソフトや共有サイトを使えば、高度な技術を要求される曲でも簡単に“音楽”として世に出せる。

だからこそ、人がやるべきことは、人にしかできないこと。

感情を乗せる、音を合わせる、個性を音に変換する、それを合奏でまとめていく。

それが、この吹奏楽部の個性になる。」


部員たちは「はい」と返事をした。


何度も思うが、わかって返事をするのと、実際にできるようになるのとでは、だいぶ距離がある。


言い方は優しいが、かなり厳しいことを言われている。

内田先生とは違った“怖さ”と緊張感がある。


松下さんは、続ける。

「もう一回、頭から。

今度は少しずつ表現を加えて。

上がる音はクレッシェンド、下がる音はデクレシェンド。

音はすべてマルカート。

その他のニュアンスは指揮を見て判断して。

毎日やってるから、もう暗譜してるよね?」


暗譜…?

毎日見ていたとはいえ、意識していなかったので覚えていない。


急に「覚えている前提」で言われても、正直動揺する。

なんとなく指は動くが、不安が拭えない。


ただ、怖い。


いつもの基礎合奏でも、指揮を見なくてはいけない。


譜面と指揮の間で、目を往復させる。


松下さんは、目や手でさまざまな合図を送ってくる。

ブレスのタイミング、入りのタイミング、表情、音量の変化。


…なんだか、とても楽しい。


いつもやっていた基礎合奏って、こういうものだったんだ。


2回、3回と繰り返すうちに、気持ちがどんどん高ぶっていった。


---


ふと、松下さんが問いかけた。


「前に感情解放レッスンをやったよね?

その時の楽しかったこと、今思い出せる?

思い出せなかったら、最近楽しかったことを思い出して。」


最近楽しかったこと…。

花火大会の日に、藤井の家でお泊まりしたことかな。

雨で花火は見れなかったけど、みんなで課題をやったりして楽しかった。


すると、松下さんが指揮棒を構え、指揮を始める。


「はい、その“楽しかった”という感情で、基礎合奏。」


楽器を構えて、指揮に合わせて息を吹き込む。

楽しいという感覚の中、指揮に夢中になり、気づけば演奏が終わっていた。


「うん、だいぶ良くなったね。

今だから言うけど、今朝一番の合奏は、本当に金賞の学校か?

と思うほど、どうでもいい演奏だった。

音は出ているけど、それだけ。

基礎合奏は練習じゃない。曲として仕上げるものなんだよ。

当たり前のことだけどね。」


部員は「はい」と返事をした。


初めて知る考え方だった。

自分は、だいぶ低いレベルで、もがいていただけだったのかもしれない。


先輩たちは、コンクールを経験していたから、こういうことが“当たり前”だったんだろうか?


あっという間に、基礎合奏が終わった。


短い昼休憩を挟み、午後はコンクール曲の練習に入る。



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