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拓海のホルン  作者: 鈴木貴
第4章 吹奏楽コンクールへ練習と準備の日々
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103.カットの痛みと、それでも進む音


「あと8月7日まで、あと何日だ?」


「できない、じゃなくて——音楽的に追求したいと思い、検討をした。」


「本日は、この後セクション練習とする。


また、この先、体育館練習を2回、ホール練習を1回控えている。


これはコンクールの本番だと思ってやるんだ。」


部員の「はい」という返事。


(やっぱり……俺ですよね……。)


「自由曲——フルート、アルトサックス、クラリネット1st、オーボエ、トランペット1stは残って、メロディ部分の練習をする。


それ以外のパートはパート練習、もしくは個人練習。


休憩など、適宜取るように。」


部員の「はい」という返事。


俺も楽器や楽譜、チューナー類を持って、音楽室から出て—— パート練をやる教室へ向かった。


絵馬先輩と2人。


どうしても——やる気が起こらなかった。


(こういう時って、どうやってスイッチ入れるんだろう?)


何をしたわけでもないが——疲れてしまった。


絵馬先輩は、自由曲のさまざまな部分の音を出しては休憩、


音を出しては休憩を繰り返している。


それが、なんとなくプレッシャーに感じてしまい—— 自分もやらなきゃならないな、と思って楽器を構えるが——


もう、カットされたショックから立ち直れず……。


譜面を見る気持ちになれなかった。


チューナーを見ながら——何も考えず、ひたすらロングトーン練習をした。


だから、ただ、ただ——音階をロングトーン。


自分の集中力との闘いで——チューナーを見ながら続ける。


何度やっても——全く安定しない。


飽きてきて、タンギング練習。


音階を4分音符でタンギング。


その後、8分音符、3連符、16分音符——ダブルタンギングでひたすら吹いていく。


疲れてきて——楽器を机に置き、水筒の水を飲んだ。


絵馬先輩:「たくみん、音良くなったねぇ。


基礎練、大事にしてるから、伸びてきたんだね。」


「そんなんじゃないです。


なんか今は、譜面見たくないから——練習のふりをしていたんです。


先輩が練習してるのに、後輩が堂々とサボるのって——


打首獄門かなって思ったから。」


「別にサボってるとか思わないよ。


それに——短期間でこんなに成長するとは思ってなかった。


初心者とは思えない。」


「そうは言っても——カットされたの、ホルンがメインだったり、


オブリガードのところ、多かったじゃないですか。」


「それはたくみんのせいだけじゃない。


私の実力も足りてない。」


「もっと言うと……のぞみ先輩が抜けた穴が大きすぎたんだ。


技術とか音楽とか、そういうのだけじゃなくて——心の部分とか。


精神的に、のぞみ先輩の音に頼って吹いてたから。」


「私1st——重いって思うもん。


多分、3年の先輩でさえ——コンクールで1st重いなっていう人、いると思う。


私は、『のんびり3年になったら1stやろうかな』ぐらいにしか考えてなかったから——


急な変化についていくのが精いっぱい。


さっきの録音聞いて——ひどかったでしょ? 私。」


「それは俺です。」


「じゃあ——ホルン2人共、ダメダメだったかあ。」


絵馬先輩の話を聞いて——ちょっと楽になった。


絵馬先輩:「多分、ホルンで3年がいないことで、不安になっているのを察知して—— 特に、白川先輩とか、山田先輩とか、船田先輩がフォローしてくれてる。」


俺:「なんとなく、それは感じてました。」


絵馬先輩:「だよね。白川先輩に、だいぶ鍛えられてると思ってみてた。 音楽もそうだけど、コミュニケーションとかの部分かな。」


俺:「色々受け止めてくれる感じするんで、無意識に。」


絵馬先輩:「わかる、いいんじゃないかな。 ホルンとサックスって、同じところ演奏すること多いし—— 男子少なくて、女子圧で大変な思いすることあるでしょ。 多分情報共有と連携はしておいたほうがいいかも。」


俺:「そうします。」


花火メンバーと仲良くなって良かった。


話をしている間に——顔の痛みがなくなってきた。 気持ちが切り替わったのかもしれない。


絵馬先輩:「じゃあ、たくみん、基礎練のパート練やろうか!」


俺:「お願いします!」


絵馬先輩:「ちょっと飽きてきてるでしょ? ちょっと変えて練習してみようと思ってるんだけど。」


俺:「はい。」


絵馬先輩:「ホルンってベルが後ろっていうか、横だから—— たくみんの音を聞いているようで聞いてないかもしれないんだ。 だから、顔はそっぽ向いちゃうんだけど—— ベル同士をお互いに向けて聴きあう練習。」


俺:「へえ?」


絵馬先輩:「これを『君が代』でやってたの。のぞみ先輩と。」


俺:「何で君が代なんですか?」


絵馬先輩:「パートとか1stとか関係なく、同じ音で吹くのよ。 多少クレッシェンドとかあるけど—— まあ、全体的にフォルテで丁寧に吹く、っていう感じで。」


俺:「そうなんすね。」


絵馬先輩:「それに、演奏する機会以外にもあるんだ。 入学式、卒業式、体育祭、その他、演奏依頼があった時—— なんかの開会式とか式典だったりすると、必ず。 間違えるわけにいかないしさ。 普段からやってれば、体に入っているし。」


俺:「そういうもんすか。」


絵馬先輩:「それに、私は——歌詞もメロディもいいな、って思ってる。」


俺:「そんな人、初めて聞いたんですけど。 国歌に『好き』とか。」


絵馬先輩:「オリンピックとか、ワールドカップとかで流れるじゃん。 選手の人とかって、海外で『君が代』聞くと—— 『あ、自分、日本人』って、強く自覚するらしいよ。 よくメダルもらった時に流れたりするじゃん。 ああいう時だって。」


(……あー、そういうことか。)



絵馬先輩:「私みたいに好きっていう人もいれば、『嫌い』っていう人もいる。 歴史的な背景、特に戦争の軍国主義に対して、意見がある人だと思う。


もちろん、諸説あり——って前提でね。 ただのいち女子中学生として、 『お互い長生きしようぜ』的なところとか、 メロディが神主さんの祝詞みたいなところとか、 歌詞も曲もコンパクトで淡々としてるところとか、 いいなあって思うのよ。」


「他の国の歌詞でさ、『武器を取れ』とか『血まみれ』とか出てくる国歌もあるの。 自由とか独立を勝ち取った時の精神をつないでいこうっていう気持ちなんだろうね。


国歌を通じて歴史や文化が少しつかめるのも——面白いかもよ。」


俺:「え? そんな国あるんすか?」


絵馬先輩:「うん。海外の友達に『平和ボケしてるとやられるよ』って言われて—— それで、夏休みの研究で国歌について調べたの。」


「私はやっぱり、日本が一番良かった。 世界中が『平和ボケ』するのがいいだろう——ってまとめた。


先生の評価は、真っ二つだったけどね。 いいとか、悪いとか——聞いてるうちにどうでもよくなって、めんどくさいなって思っちゃった。」


俺:「悪いって言ったの、どの先生すか?」


絵馬先輩:「『小学校の時の担任の先生はすっごいいい! 学校代表に出したい』って言ってくれたらしいんだけど—— 強い反対があって、出せなかったって。」


俺:「小学生すか!?」


絵馬先輩:「たまたまだよ。情報はネットでも図書館でもいくらでもあるし—— ほぼコピペでどうにかなる。 かかった時間も2日あれば十分だった。」


俺:「着眼点すよ。 俺、去年まで——ゲームとサッカーとアニメのことしか考えてなかったです。


自由研究もなんか工作教室連れて行ってもらって、 そこで作ったものをそのまま提出したし……。


すごいっすね……。」


絵馬先輩:「あ、ごめん、しゃべりすぎた。 ちょっとやってみない?」


俺:「はい!」


絵馬先輩は、『君が代』の譜面コピーに指番号を書き込んでくれた。


絵馬先輩:「指を押さえれば、同じ音になるように吹いてみて。 きっと、いつもなら——たくみん、ドレミも書き込むんだろうけど。


指番号だけにしてみた。 無意識で——この譜面のこの位置の音はこれなんだ、っていう感覚になれるかもしれないから、やってみない?」


俺:「色々不安ですけど……。」


絵馬先輩:「じゃあ、とりあえず3回までやってみよう。 間違えていいから。 なれないことをやるから、間違えてOKだから。


でも、多分3回やると——なんかつかめるかもよ。」


俺:「わかりました。やってみます。」


絵馬先輩と俺は——対角線上に座ってベルを先輩の方へ向けた。 絵馬先輩も俺の方へベルを向けている。


メトロノームをセットして—— 絵馬先輩の「3、4!」の合図で吹き始めた。


頭の音はぐずぐずになり、俺の音は積み木のようにカクカクしていて—— 絵馬先輩の音に合っていない気がする。


ブレスが足りなくて、苦しくなって——ブレスを取るから音が抜けたりする。


(……本番じゃなくて良かった……。)


絵馬先輩:「たくみん、多分——音の切れ目でタンギングだけじゃなくて、 唇閉じてるかも。」


「それで、音の切れ目がなんていうか……かまぼこみたいになってる感じがする。


唇の端っこを安定させるのと——音を切るときは、 唇は閉めないようにしてほしいかな。」


「切るなら、タンギングだけ。 試しに、休符以外のところ——タンギングなしでやってみようか。」


(……あ! 一番最初に松下さんが言ってたやつ!)


唇の端を指で押さえた。 あと、あごと鼻と唇の間に空気を入れないようにくっつける——っていう。


絵馬先輩:「あと、ブレスの位置だね。」


そう言って、絵馬先輩は——ブレスの記号を書き込んでいった。


絵馬先輩:「今、多めに書き込んだ。 もし息が続きそうだったら、飛ばしていいし——


苦しくなりそう、って思ったら——ブレス記号のところで 一気にたくさん、吸い込む。


その時、アンブシャーは固定したままね。」


俺:「はい!」


一番最初に教わったことが——頭から完全に抜けていた。 すっげえ大事なことなのに。


絵馬先輩:「もう1回やってみよう。」


俺:「はい!」


絵馬先輩の「3、4!」の合図で吹き始めた。


なんせ——俺の息が持たなくて、ブレスで音が切れている。


ただ、さっきより——ずっと合ってる気がした。


合うと——音量というか、色々大きくなる気もする。


聞こえているのが、自分の音ではなく—— 絵馬先輩の音が大きく聞こえているから—— そんな気になっただけだろうか?


絵馬先輩:「よくなったじゃん。 じゃあ、最後——全集中して、1回通そうか。」


俺:「はい!」


絵馬先輩の「3、4!」の合図で吹き始めた。


相変わらず、頭がずれる。


だけど——さっきより、絵馬先輩の音に近づいている。


かまぼこぶつ切りの音じゃなくて。


最後の音が——やっぱり途中で息切れしてしまうんだけど。


絵馬先輩:「やればやるほど、うまくなる。」


「けど、今日はここまでにしておこう。 『もうちょっとやりたい!』って思うところで止めておくと—— 明日への楽しみになって続けられるって、塾の先生が言ってたんだ。」


全力で疲れ切るまで練習するのかと思ってたから——拍子抜けした。


でも、確かに——そうかもしれない。


まだ、もうちょい合わせたら——上手くなれるかも、っていうのがあるところで 引いておくと、次への楽しみになる。



先生が他の曲はやるな、って言ってたけど

これなら、いいよな。

不謹慎かもしれないけど、基礎練です、って言って。

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