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拓海のホルン  作者: 鈴木貴
第4章 吹奏楽コンクールへ練習と準備の日々
102/132

102.やりたいと思えた瞬間

次の日も、午前中は基礎合奏。


30分の休憩時間に—— 爆速で食事、うがい、トイレ、音出し、チューニングを済ませていく。

考えている暇はない。


自由曲の合奏。

……また、変更とかあるのかな?

内田先生が来るまで、自由曲の練習をする。


そういえば、白川先輩が以前「リレー」とかそんな話をしていたような……。

わかったような、わからないような——。


内田先生が音楽室に入ってきて、指揮台の上の椅子に座る。


譜面を置いたあと、タブレットとスピーカーをつないだ。


「先日、ブレストしていた中で——

『プロに演奏してもらう』という意見があった。

著作権の都合上、他の団体に演奏してもらうことはできない。

それは道理に反するからな。

そのため、苦肉の策で——シンセサイザーを使い、それぞれの音を合奏して作った。

生の音とは違ってしまうが、最低限のイメージはつかめるかもしれない。」


内田先生は続ける。


「この音源は、音楽室でのみ、私がいる時のみ再生する。

吹部roomにもアップしない。

どこから流出するかわからないからな。

うっかりでも許されない。

そのため、私のPCのみに音源を入れている。

このPCはネットにも一切つながない。

それぐらい厳重管理している。

コンクールが終わったら、PCのメモリ部分を物理的に破壊する。

聞くときは、残るものではなく、消えるものとして心して聞くんだ。」


(……先生、そこまで徹底するのか。)


「今日は3回再生する。

今後も必要に応じて参考として再生するかもしれない。

だが、これを楽譜のままで終わらせるのではない。

その先の——吹奏楽ならではの、

この鶴花中吹奏楽部だからこそできるサウンドを作ることが目標だ。」


目標って——。もっと先って、どこまで……?世界……?


「『宝島』『TRUTH』『オーメンズ・オブ・ラブ』——

吹奏楽での定番曲だが、元はT-SQUAREというバンドの曲だ。

今回の自由曲『ディベルティメント』は——

現代邦楽と吹奏楽がどこまで相性があるのか?

審査員の興味を超えて、『宝島』のような演奏ができればいいと思っている。」


内田先生がめっちゃ真剣だから、質問できない。


宝島って何のことを言ってるの?

定番曲って言われても、知らんのだけど。

ド初心者に、「定番だよ、どやっ!」……ってされてもね……。

そう思っても——口には出せない。

だから何を目指せと言われているのか—— 全く響かない。

他の部員は知ってるのかな?

知らないの俺だけ?

頭を動かさず、目だけを動かして、周囲を見回す。

みんな、真剣に聞き入っている。


……あ、知らないの俺だけなんだ。


後で先輩に聞いたり、ネットで調べようとしても——

先生が何を言っているのか、さっぱりわからない。

とりあえず、楽譜の端っこに——『たからじま』とだけメモしておいた。


あと、作曲家って誰?

先生の知り合い? 友達?

作曲家が納得ってどういうこと?

納得しなきゃダメなの?

本人聞くの?

質問できるの?

誰が決めるの?


湧き上がる質問——

この場で聞く勇気はない。


多分、この質問も——今聞かなきゃ、俺の頭じゃ3分後には別のこと考えて忘れてる。

聞けないから、モヤモヤした感覚だけが残るんだろうな。

地味にストレス。


内田先生が音源を再生した。

機械でつくりました感が——まったくない。

ちゃんとホルンの音で聞こえる。

俺の耳が、そんなに育ってないのがよかったのかもしれない。


3回通して、無言で聴いた。

元の音源だと、どれがホルンの音なのか探すのが大変だったけど——

これなら、何とかついていけるかもしれない。


それに——わかったことで変わったことがある。

俺が、この『ディベルティメント』を吹きたい。

そう強く思うようになったんだ。

今の俺には、めちゃくちゃ大変な譜面だってことも知ってる上で。

やりたい!

そういうスイッチが入った。


内田先生:「1回通す。止めない。

録音する。その後30分休憩とする。」


俺は謎の気合が入った。

先生が指揮棒を上げる。

楽器を構える。


……ホルンは冒頭休みだった。

慌てて楽器をおろす。


譜面にかじりつきながらも、先生の指揮を必死で見て—— 何とかついていく。


途中——記憶がなくなった。

きっと、ひどい演奏で変わらないけど——。

気持ちが変わったら、もしかしたら——うまくなってないかな。

録音した音源を、先生が再生する。

信じられないほど——俺の音が浮いて聞こえる。

……辛かった。


知ってたけど——こんなに下手なんだ。

そりゃ、昨日先生ブチ切れる。


理解して、気持ちが入っただけでは足りないんだ。

……絶望。


内田先生は「休憩。」と言って、音楽室を出て行った。




絵馬先輩に聞いてみた。

「先生が『宝島目指す』って言ってたのって、どういう事ですか?

なんか、甲子園目指す的な?

それとも、そういうところに行く気持ちってことすか?

てか、あるんですか?

そういう曲なんですか?」


そう聞くと——絵馬先輩は、飲んでいた水筒の水を噴き出し、むせ始めた。


「だ、大丈夫ですか!?」

あわてて先輩の背中を叩く。


「たくみん、最近キレキレすぎるよ。

どうした、その質問は?」


「宝島目指す、の意味が全くわかんなくて……。」


絵馬先輩はホルンに顔をうずめて肩を震わせている。


俺に配慮して——笑いをこらえようとしているのだろう。


別に、さっき噴き出したんだから、もういいのに。


その奥の白川先輩が——

「何があった?」

という顔でこっちを見ている。


俺は、(は?)と思って視線を送る。


絵馬先輩は立ち上がり、楽器を置いて—— 自分のバッグからタブレットを取り出した。


YouTubeの動画で「宝島」と検索すると—— さまざまな動画が表示される。


そのうち、松下さんがいる楽団の「宝島」を再生。


音楽が流れ始めると、色んな人が寄って来た。


「宝島じゃん!」

「懐かしいー!」

「良かったよね!」

「またやりたいよー!」


色々な声が聞こえてくるが——俺は、演奏に聞き入った。


すごい、わくわくする。

ホルンが——めっちゃ鳴ってる!

何この音の出し方!

ブルーンって上に上がるような音!

こんな曲があるんだ!

曲が終わると——思わず拍手する。


絵馬先輩は続けて、古い映像を再生し始めた。

これも「宝島」と書いてある。

さっきの吹奏楽とは違って——

男の人5人で、ギターとか、電気の通ったサックスとか——。

優しい感じの——きれいな音楽だ。


途中で再生を停止し、絵馬先輩が説明を始める。


「内田先生が、この人達の原曲の吹奏楽バージョンが好きなんだ。

去年の定期演奏会では、この『宝島』を演奏したんだよ。

多分だけど——先生が言いたかったのは、

この人達の音楽や世界観を大事にしながら、『宝島』が生まれたように——

自由曲の『ディベルティメント』も、吹奏楽の名曲になるような曲にしたい——

ってことじゃないかな。」


なんとなく、言いたいことは分かった。そういうことか。


白川先輩:「この曲、聴いたことなかったか?」


俺:「初めて聞きました。」


白川先輩:「じゃあ、先生の話——全くわからなかった、と。」


俺:「はい、それで絵馬先輩に聞きました。」


白川先輩:「それで藤村は、またとんでもない目に遭ってしまったが——

何とか対応したということだな。」


絵馬先輩:「昨日から、パワーアップしてます。」


白川先輩:「何言われたんだ?」


絵馬先輩:「宝島ってどこですか? 行くんですか? 甲子園ですか?って。」


俺:「色々端折りすぎです。」


白川先輩:「鈴木ー、いいぞ!

マジで知らん奴の質問ほど、こっちも気づくことあるからな。

『宝島』なんて知ってて当たり前だったけど——そうだよな。

1年で初心者なら、知らん奴のほうがほとんどだ。

ちょっと内田先生に、説明をもうちょい踏み込んでもらうよう話すか。」


俺:「え、俺のことチクるんすか?」


白川先輩:「チクるとかじゃなくてよ。

相手に超初心者がいるなら、具体例を挙げて——

音源を聴かせながら説明したほうが良かったんじゃないか、って思ったんだよ。

もしかしたら、他の1年生でも分かってないのがいるかもしれないだろ。」


俺:「そうですけど……。」


白川先輩:「あと、『TRUTH』、藤村、ちょっと再生できる?」


絵馬先輩:「あ、すぐ出ますよ。」


これもだ。

これも——ホルンのオブリガードがめっちゃかっこいい!

曲全体がかっこいいのはもちろんなんだけど——

ホルンって、かっこいいじゃん!

わくわくする。


白川先輩:「これ、1年の時にやったんだよ。

聴くのと、やるのとでは大違い。

大変だけど——演奏するほうが、絶対楽しい。

2か所サックスソロがあって、駒井先輩と分けたんだけど——超大変だった。

でも、爽快感があるからな。」


絵馬先輩:「今年、『オーメンズ・オブ・ラブ』ですかね。」


白川先輩:「多分そうだと思う。

ここだけの話、この3曲はルーティンで入ってるみたいだ。

内田先生のモチベーション維持のため、って感じかもな。」


絵馬先輩:「なんかわかります。

部活の指導だけじゃ、やってられないですよね。

自分の好きな曲を指揮できたほうが、指揮も楽しくなるし——

それが伝わってきたら、私達だって楽しいですもん。」


白川先輩:「そうだよな、鈴木、ちょっとこれ聞いてみ。」


『オーメンズ・オブ・ラブ』が再生される。


……めっちゃいいじゃん!これも、かっこいい!


白川先輩:「内田先生のパターンなら——今年の定期演奏会にこの曲が入ってくる。」


俺:「定期演奏会って何すか? いつですか? 何するんですか?」


白川先輩:「いったん何か、考えて答えてみ?」


俺:「教えてくださいよ。後輩が疑問持ったんだから。」


白川先輩:「まあ、いったん考えてみてよ。何?」


俺:「定期演奏会……テストみたいなもんすか? 校内の。

定期テストの演奏会バージョンみたいな。」


白川先輩:「つまらん、もう1回。」


俺:「なんの練習すか? ボケろって言ってます?」


白川先輩:「鈴木のバージョンアップ計画。」


俺:「何なんですか、もう意味わかんないんすけど。」


白川先輩:「お、すねたか。

3月に最後の吹奏楽部の演奏会をやるんだ。集大成として。

吹部の3年生は——そこで、本当に引退で卒業。

だから受験が終わって、周りが遊んでも——吹部だけはまだ練習してんだよ。」


俺:「はぁ! まじか!」


白川先輩:「ほんと、鈴木はリアクション大きいなあ。」


俺:「まあ、他の部よりお得ですよね。

教われる期間、長いですもんね。」


白川先輩:「そんな、かわいいこと言ってられるのも今のうち。

3年になると——周りは夏季講習に行ってるのに、自分はコンクールとか。

不安しかなくなるからな。」


俺:「え! じゃあ先輩、夏季講習行ってるんですか?」


白川先輩:「だから部活で行けてねえって! 話ちゃんと聞け!

不安しかないけど——コンクールのことだけ考えているわ!

10月引退だから、それ以降、11月から本格的に受験勉強よ。」


うーわ!(吹部のスケジュール——ちょっと考えなきゃならんのではないか?

これじゃ、3年生——気の毒では……。

分かって入ったとしても——現実、厳しいのではないか?

俺だって——3年になったら、こうなるのか……?

そう考えながら——わいわいしていたところに、内田先生が戻ってきた。


みんな、席に戻る。


内田先生:「さっきの音源を参考に、今後のスケジュールも余裕がないことから、これ以上、テンポアップで時間を短くすることは不可能と考え、カットして、6分程度にする。

これから、その箇所を言うので——各自楽譜に書き込んでほしい。」


読み上げられた小節は——


ほとんど、ホルンが目立ちやすいところばかりだった。

そりゃ——あれだけ悪目立ちしてたからな……。

分かっていたけど——地味に、心にくるなあ……。

せっかく、やる気スイッチ入ってたのに——配線、切れた。

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