表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
拓海のホルン  作者: 鈴木貴
第4章 吹奏楽コンクールへ練習と準備の日々
101/132

101.泣いて、ぼやいて、前に進む

進んだのは、途中10分程度の休憩を挟みながら、課題曲の頭から8小節程度までだった。


この先、この調子で間に合うのだろうか——。

足を引っ張っているのが自分だと、嫌でも自覚させられる。


体操着のTシャツの袖で涙を拭きながら、楽器のつば抜きをしていると、左側の絵馬先輩が、ティッシュを差し出してきた。


「たくみん、すごい顔になっちゃったねえ。」


「あじゃっ…ざ、だ、で…。」


ありがとうございます、と言いたかったが、うまく言えない。


絵馬先輩の後ろから、白川先輩が顔をのぞかせる。


「鈴木、すごい顔になってるぞ。

えらいのは、泣きながらでも、ちゃんと楽器のつば抜きをして、オイル差しをしているところ。

てか、泣き声、独特なんだな……。

吐く前のおっさんがいるのかと思ったら、鈴木か、って思ったわ。」


「俺の顔は、おっさんなんですか?」


と聞くと——白川先輩は笑いながら、首を振る。


「顔じゃねーよ。泣き声が、吐く前のおっさんみたいだって。」


続けて言う。


「合奏中の個人への集中は、どこの学校の吹部でもあることだし、俺らもそれを経験して3年になってるからよ。

鈴木、今は辛いかもしれないけど——3年になったら、大爆笑できるから大丈夫だ。」


……。


「……白川先輩は、今俺を見て、大爆笑してると……?」


白川先輩は爆笑しながら、手を叩く。

「違うわ!

泣きながら、そんな返しをしてくるやつ初めて見たわ。

俺も1年の時、内田先生の合奏がしんどくて泣いてたな。

すばる先輩とか駒井先輩に、帰り道で、よく愚痴ってたなーって。

あん時の俺に爆笑してんの。

鈴木もそうなるから、この先楽しみにしとけ。」


「俺はもう、明日が辛い……。」

と言うと、いちいち白川先輩は爆笑する。


「わかりすぎて、もうウケる。

まだ、あるだろ? 思ってること。言ってみ?」


泣きながら愚痴る。

「内田先生、すげー怖い。

あんなに怒る必要ねーよ。カルシウム足りてない。

小魚食べてほしい。

額にあんな血管って浮きます?

マンガの怒った表現で額に青筋が書かれてるけど、本当にあれ通りじゃん。

あそこちょっと針さしただけで、ぴゅーって出てきますよ、きっと。

あと、あの叩くと音が出る白い棒みたいなやつ——。

あれ持つなら、面白い話を期待しちゃうのに、怪談より怖い、お化け屋敷より怖い。

あれ何なんですか?」


白川先輩は爆笑しながら、肩を揺らす。


「鈴木、愚痴や悪口が独特だな。」


すると、絵馬先輩も笑いながら、言った。

「もう、ぼやきです、これは。

たくみんにこんな才能があったとは。」


「ぼやきとかじゃないですよ!

音楽室で合奏中に命の危険を感じるとか、尋常じゃないですよ!

先輩方、麻痺してません?

あの白い棒が、いつ自分の頭の上に振り落とされるかと思うと、怖すぎるんですよ。」


ずっと涙が止まらない。


絵馬先輩と白川先輩は爆笑しながら、ツッコむ。


絵馬先輩:「かもしれないね。顔!目からも鼻からもすごいよ。」


白川先輩:「鈴木、大丈夫だ!

泣いて、ぼやきながら——きっちりつば抜きとオイル差しと楽器磨きをしている、その姿が今、面白くてたまらない。」


「何が大丈夫で、面白いんですか?」


白川先輩はさらに笑いながら——

「いちいち反論してくるのが、もはやツボ。

小学3年生ぐらいに見えるぞ。」


前にいたオーボエの斉藤が楽器を置き—— 自分の水筒のコップに水を汲んで渡してくれた。


受け取って、飲み干し——ありがとう、と返す。

すると、その瞬間、また涙が出続ける。


白川先輩:「うわー、飲んだそばから水分出るじゃん!


口から目につながってるの?」


白川先輩の笑いが止まらない。


俺の涙も止まらない。


斉藤は、またコップに水を汲んで渡してくれた。

そばに来て、手のひらで背中をトントン、と優しく叩いた。

それもまた、何かのスイッチが入ったのか—— 涙が止まらない。


斉藤:「水入れて、背中押すと、目と鼻から水が出る。」


俺:「おもちゃじゃない!」


白川先輩:「なんか3歳児ぐらいに見えてきた。」


俺:「13だよ!」


周りは笑うが——俺は涙が止まらない。

落ち着くまで、30分かかった。


ただ、これが思ったより効果があったらしく—— 不思議と

「よし、明日はまた頑張ろう。」と思えた。


下手に「頑張れ」とか「泣くなよ」とか慰められるより、ただ、そばにいてくれたり、泣きたいだけ泣かせてくれたり—— 水が、しみたなあ……と思ったり。


気持ちが張り詰めて、いっぱいいっぱいだったところから、泣いて緩んだら、自然と人が見えてきたりする。


帰り道には、気分がさっぱりしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ