第六十八話 思わぬ来訪者
――王都べオルド 中央冒険者ギルド――
俺たちは後宮の外に出て、王都の冒険者ギルドにやってきていた。
冒険者ギルドは吸血鬼が事件を起こしていたというところまで把握していないので、魔族が関わっていたと説明すれば騒ぎになる――だが、事情の共有はしておくべきだ。
「あたしもここの人とはやりとりしてたし、話が話だからギルド長でも呼んでもらわないとねえ」
「ええっ……ギルド長って、ここのギルドに所属してる私でも会ったことないですよ」
「まあ忙しいだろうけど、魔族が関わってるとなったらそうならざるを得ないよ」
モニカはすっかりメイベル姉さんに懐いている。メイベル姉さんはすでに自分がフォーチュン盗賊ギルドの長であることは話していて、それでも物怖じする様子はない――何というか馬が合うようだ。
「そういえば、王都のギルドから報奨金が出るって話でしたよね。それを貰う前に、次の魔族事件を解決しちゃった……って、凄くないですか?」
「ふむ……先立つものがあるに越したことはないが、王宮の危機を阻止したいというだけで、見返りを求めてはいないからな」
「それに、まだ私たちは魔族の姿を見てない。全部、眷属が起こしていた事件だもの……それを考えたら、魔族を何とかしてからじゃないと、報告するには早いかもね」
眷属にされていたアマーリア妃が働きかけたわけでもなく、国王は魔族討伐には動かなかった――動くことができなかった。
このレベル帯の国では、レベル45だというサテラ相手でも、どれだけ兵力を差し向けても倒すことはできず、甚大な被害を出すだけだ。相手の強さの程を分かっていなくても、魔族というだけで触れてはならない――言うなれば、災害のようなものだ。
だが、王都を長く脅威にさらし続けた魔族に変化が起きている。
サテラに成り代わったその魔族に、会わなくてはならない――一体、何を考えているのかを確かめなければ。
「……む。外が少し騒がしいようだな」
プラチナが言う通り、ギルドの入口で何か騒ぎになっている――出入りしている冒険者たちが、外から来る誰かに目を向けている。
「あ、あれ……神官か? でもあんな装備、この周りで見たことないぞ」
「あの耳の形……エ、エルフか? 作り話じゃなかったのか……!?」
「ふ、服がボロボロだぞ……魔物にでも襲われたのか……?」
冒険者たちは状況が飲み込めずにいる。俺たちもそれは同じだった。
ありえない。そんなことは――しかし、その姿を見れば疑いようもなかった。
大神官のシェスカ。レベル99であるはずの彼女が、このレベル帯にいるわけがない――だが、彼女に双子の姉妹がいるという話は知らない。
「っ……」
ここに辿り着くだけで精一杯だったのだろう。エルフの神官は前のめりに倒れかかる――俺は弾かれるように走り出していた。
「……おね、がい……あの子を、助けて……」
絞り出すような力ない声。それでも、疑いようがない――彼女が、俺の仲間だったシェスカだということを。
しかし姿が変わっている俺のことに、シェスカはまだ気がついていない。その身体から魔力はほとんど失われ、焦燥しきっている。
「だ、大丈夫ですか……っ、大変です、こんなに魔力を失ってしまったら……っ」
「魔力を消耗しているのだな。分かった……」
――『プラチナ』が『乙女の献身』を発動――
プラチナが魔力をシェスカに分け与える――それでも意識は朦朧としたままだが、完全に魔力が枯渇するのは避けられた。
「……何があった? あの子っていうのは、誰のことなんだ?」
シェスカがこれほどに案じる相手は限られている。
彼女がここにいること、その事実がすでに理解を超えている。ありえないことは、すでに起きている――それでもその名前を耳にしたとき、何も考えられなくなった。
「……ファリナ……私の、友人が……魔族に、乗っ取られて……西の、塔で……」
エルク、そして王都の何人もが、吸血鬼の眷属に変えられていた。
ファリナがサテラに遅れを取ったとは思えない。だが、ファリナが防ぐことのできない狡猾なやり方が存在しないとは言い切れない。
魔竜を倒したとき、俺が避けることのできない『死の呪い』を受けたように。
「おね、がい……このままじゃ……」
シェスカはレベル帯の制限を超えるために、自分の力を抑制していた。その状態でなお、一人で何か困難なことに挑んでいた。
「……ファリナの気配を封じるために、結界を張っていたのか」
ファリナがサテラに成り代わってしまったのなら、その脅威はサテラとは比較にならない。
レベル99の聖騎士が、吸血鬼化することでさらに力を増す。ゾラスやラクシャからも感じた圧力とは比較にならないだろう――このレベル帯の地域では、気配を感じるだけで正気ではいられなくなる。
「……あなたは……」
「今は休んでいてくれ。良く頑張ってくれた……後は、俺が何とかする」
シェスカは意識を失ってしまう。俺の言葉が届いたかどうか――それは分からないが。
「マイト……一体どうしたの? その人は何を言っていたの?」
辛うじて俺に届くくらいの声で、リスティたちには聞こえていない。
ファリナと相対することができるのは、このレベル帯においては俺しかいない――ゾラスやラクシャとの戦いに参加できたリスティたちでも、その場に立つだけで命の危険が伴う。
仲間を信頼していないわけじゃない。だが、今はまだ早すぎる――ここでレベル99の相手と戦わなくても、経験を積む方法はいくらでもある。
「何か事情があって、ひどく消耗してたんだろう。少し休めば良くなる……と思いたいな」
「うむ……そうだな。それにしても、エルフとは……」
「皆さん言ってましたけど、この辺りじゃ見ない装いですよね……何だか次元が違うっていう感じがするんですけど、気のせいですか?」
シェスカの装備品はこの辺りでは容易に手に入れられるものじゃない。ナナセは薬の材料を見極める『鑑定眼』で、シェスカの装備の質を理解できているのだろう。
だが、彼女がレベル99であり、今は力を抑えているということまでは分かりようがない。彼女がこれほど消耗する状況の危険さも――それはリスティとプラチナも同じだ。
「大丈夫ですか、すぐに治療所に運びます」
ギルド職員が出てきてくれて、シェスカの介抱を始める。やがてギルドには元の喧騒が戻り、俺たちは冒険者ギルドの長に引き合わされた。
ゾラスとラクシャの討伐について報奨金が出た。これで当面の資金に困ることはないが、俺はどうしても考えずにいられなかった。
なぜシェスカがここにいるのか。そしてファリナも――いつかもう一度会えるかもしれない、その可能性を考えていなかったわけじゃない。だが、『始まりの街』があるこの大陸で会えるとは思っていなかった。
――西の塔に向かわなければならない。シェスカとファリナは、俺の知らないところで窮地に追いやられていた。
シェスカが目覚めたときには、彼女の心を安らげてやりたい。そのための方法を俺は持っている――ファリナを縛っているだろう赤い茨を、俺の鍵で解いてみせる。
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