第六十七話 渇望の中
――王都べオルドから西方 廃棄塔の最上階――
サテラが遺したものの中には、王都に送り込んだ眷属、そして彼女たちが作ったしもべの視界を借り、その光景を映し出す水晶球があった。
暗い部屋の中、椅子に深く座ったまま、ファリナはそれを見つめていた。
映し出されているのは、舞台の上で踊るこの国の姫。
吸血鬼は小動物を従わせることもできる。舞踏館の屋根、誰も目を向けない場所にその蝙蝠はいて、その視界をファリナのもとに届けていた。
「……ファリナ様。王都の中に入り込んだ眷属は、全てが倒されました。このままでは、サテラの行っていた侵攻は全て無となります」
「そう……私は、そんなことに興味はない」
「やはり、召し上がられる気にはなりませんか……?」
「っ……」
ファリナの側近として仕え続けているマレーネが、テーブルの上に玻璃のグラスを置く。その中には、紅い液体が満たされている。
「これを、どこで……」
「塔の周囲に張られていた結界が消え、外に出られるようになりました。ファリナ様のご意思通り、殺してはおりません。多少血を提供して……」
「そんなことは命じてない。何もしなくていい……私は血を飲まない」
冷たい刃のような言葉を向けられても、マレーネは今回は引き下がらなかった。
ファリナ自身が理解していた――サテラの魔石によって呪われてから、血を吸わないままで時間が過ぎるほど、自分の身体に異変が生じていることに。
「私たちにとっての食事は血なのです。私自身の血を吸って頂いても構いません……どうか、食事をお摂りください。このままでは、お命にも関わります」
「……私はそんな程度では死なない。それに貴女のことを仲間だとも思っていない」
「眷属たちは皆、貴女のことを女王と呼んでいます。貴女の意志がどうあれ、サテラを倒してその領土を引き継いだというのが、私たちにとって事実なのです」
人間と魔族は根本的に異なる生物で、決して相容れることはない。
出会ったなら倒さなければならない――生まれながらに『聖騎士』だったファリナにとって、それは疑問を持つまでもない当然のことだった。
そのはずが、マレーネと戦う意志が起こらない。眷属であるマレーネを従わせることはできても、魔族である彼女を排除するという考えが生まれない。
「……後宮での宴をご覧になって、いかがでしたか?」
「何も……思わない。私は、王族や貴族の集まりは……」
ファリナが水晶に視線を戻す。その瞬間に、マレーネは部屋の空気が変わるように感じた。
「あの、踊っている人物……貴族ではありませんが、ご興味が……」
舞踏館の天井にいる蝙蝠が、今までと違う場所を映している。
そこには宴の場だというのに、フードで顔を覆っている人物の姿があった。ドレス姿の女性がほとんどの中で、その人物を含めて二人だけが、男性が着るような正装をしている。
「そんな、こと……」
あるはずがない。ファリナはそう思いながらも、その人物から目を離すことができなかった。
出会ったばかりの頃のマイトに似ている。旅をするうちに身体は鍛えられ、眼光も鋭さを増していったが、元からそうだったわけではなかった。
――パーティに必要だから、盗賊を探している。腕が立つなら雇いたい。
――できれば雇うんじゃなく、俺も同行させてくれ。目的地は同じなんだろ?
魔竜討伐の志を同じくして、パーティを組んだ。初めてマイトを見たときに思ったことは、これほど線が細く繊細に見える青年が、過酷な旅路をともに踏破できるのかということだった。
「……ファリナ様」
「出ていって……ごめんなさい、一人にして」
ファリナの言葉を受けてマレーネは何も言わずに、闇に溶けるようにしてその場を離れた。
「……マイトを、蘇らせてくれたの……?」
もしそうであったとしても、かつての仲間として彼に会うことはできない。
そして、マイトにはもう別の仲間がいる。水晶球に映し出された光景には、舞いを披露していた姫がマイトに笑いかける場面が映し出されていた。
――マイトのように見える人物も、困ったように笑っている。
その笑顔が、ファリナの記憶の中にあるマイトの姿に重なる。ほとんど笑うことのなかったマイトが、こぼすように笑顔を見せた瞬間を、今でも思い出すことができる。
「……でも、もう……私は……」
呪いを受けた今、ファリナは自分が迎える終わりが一つしかないと考えていた。
魔族として、誰かに討たれる。いつか渇きに耐えられなくなり、救ったはずの人々を手にかけてしまう前に。
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