第六十二話 後宮の侍女
◆◇◆
後宮には平時、国王の王妃の館が三つある。その一人ごとに住んでいる館が分かれていて、常に三人全員がいるわけではない。
俺たちが新人として配属されたのは第三王妃の居館だった。リスティがそう希望していたということもある――その第三王妃こそが、彼女の母親なのだ。
「来てもらってすぐで悪いですが、皆さんには東の宮にお食事を運んでもらいます」
後宮の侍女詰め所は複数あり、俺たち四人はそのうち一つで『近侍』という役職の女性から仕事の説明を受けていた。
今のところ、俺が男だということは見抜かれていない――最初は生きた心地がしなかったが、全くばれる気配がないのでようやく気持ちが落ち着いてきた。
「アマーリア妃は現在療養中ですので、晩餐室においでにならない場合は直接お部屋にお持ちしますが、くれぐれも失礼のないように」
「かしこまりました」
アマーリアという名前が出たところで、リスティが反応する。プラチナも隣に立つリスティを案じている――療養中と聞かされれば心配にもなるだろう。
「その後は寮に案内します。皆さんは四人で一つのお部屋になりまして、入浴の時間なども同じ時間に入っていただきますので、それはご了承ください」
「「「はい」」」
リスティたちは返事をするが、俺は口を動かしただけで声を出さなかった。いくら決まりごととはいえ、素直に従うわけにいかなさすぎる。
「どうしました? 何か気になることでも……ああ、どなたかいらしていますね。少々お待ちください」
質問の途中で外から呼ばれて、近侍の女性が部屋から出ていく。その間にリスティたちが俺の服の裾を引っ張りつつ小声で話しかけてくる。
「(マイト、ちゃんと返事しないと怪しまれるわよ)」
「(私たちは大丈夫ですから、ばれないのを優先してくださいね)」
「(っ……わ、分かった……)」
「(そうやって恥じらうのも、今の装いでは新鮮に感じられるな……ウルスラ殿の気持ちがほんの少しだけ分かってしまいそうだ)」
頬を染めるプラチナだが、彼女を喜ばせたいというわけでは勿論ないので、なんとか日頃の平静を取り戻すことに努める。
「お待たせしました……申し訳ありません、アマーリア妃の近侍、つまり私の同僚なのですが。その方が体調を崩してしまったとのことで……」
「私たちの先輩方は、何人くらいいらっしゃるのでしょうか?」
「東の宮には六名が勤めております。近侍は私の他に二名、侍女が三名ですね」
そうなると、近侍が一人休んでいるからといって新人の俺たちが代わりにすることは無い――というのも、少し違うようだった。
「実は、私以外の近侍二人、そして侍女も休んでおりまして……」
「それは……全員が、同じ原因で?」
プラチナは言葉を濁したが、この状況は流行り病も疑われる――だが、俺たちはおそらくそうではないと知っている。
しかし俺たちに事情を説明する近侍の様子を見るに、彼女は吸血鬼の仕業とは夢にも思っておらず、今の状況で俺たちを呼んだことに後ろめたさを感じているようだ――だが、そのおかげで潜入できたとも言える。
「――僭越ながら申し上げます。大変な時こそ、皆で力を合わせて乗り切ることが必要かと」
「マイティさん……」
偽名にしても適当すぎる――と今さら思うところではないが、真剣に話をしている場面でも若干力が抜けてしまう。
「私もマイティさんの言う通りだと思います。その……王妃様にも、ぜひお元気になっていただきたいですし」
「そのためにできることがあれば、何でもお申し付けください。この白……いえ、このプララ、身体だけは丈夫ですので」
「ふふっ……い、いえ、今のは不謹慎なことで笑ったわけではなくてですね。私も『元気が出るお薬』を知っているので、何かお役に立てるかもしれません」
「皆さん……ありがとうございます。急にお呼び立てしたのに、そのようなご配慮をいただき……」
素性を偽って潜入している身で感謝されるのは心苦しいが、入り込んだ魔族を見つけ出すために、後宮の中で信頼を得るのは必要なことだ。
「ですが……お薬に関しては、くれぐれも勝手にお勧めはなさらないようにしてください。それはお医者さまにお任せする領分でございますから」
「はい、じゅうじゅう肝に銘じさせていただきます」
大人しく言うことに従うナナセ。場合によっては彼女の薬が役に立つ局面もあると思うのだが、ひとまず波風は立てずにおくべきだ。
◆◇◆
――べオルド後宮 東の宮 アマーリアの居室――
王妃の居館である東の宮は、シンと静まり返っていた。俺たちは食事を運んできて居室のテーブルに置き、近侍の女性が王妃の様子をうかがう。
「アマーリア殿下、お食事をお持ちいたしました」
『……すまぬが、気分が優れない。そちらに置いておいてもらえるか』
「かしこまりました。それでは……」
『そちらに、誰か居るのか?』
リスティとプラチナが反応する。近侍の女性は少し逡巡したが、二人に返事をするように合図をした。
「……はい」
母親であれば、声だけでリスティと気づくこともあるか――だが『隠者の指輪』は、声の印象も変えてしまう力があるようだ。
『そうか……新しい奉公人が来ると言っていたな。今は顔を合わせられぬが、この館のことをよろしく頼む』
「っ……は、はい。全霊を尽くさせていただきます」
王妃は俺たちのような新顔にも挨拶をしてくれた。リスティは背筋を正していて、母と娘といえども、普通の家族とは違う関係性なのだろうと思わせる。
『コゼット、そなたにはここに残ってもらおう。世話を頼みたい』
「仰せのままに。リリスさんたちは、居室に戻って待機してください」
『リリス……』
「殿下、いかがなさいましたか?」
『……いや、何でもない。そなたらは、今日はもう休むと良い。ここに来たばかりでは疲労もあろう』
アマーリア妃は何かに気づきかけたようにも見えた――だが、それを自分で打ち消したようだった。
リスティの顔を直接見ても『隠者の指輪』は彼女の素性を隠せるのか、そのリスクを考えると、顔を合わせずに済んだのは幸いだった。
コゼットさんに促されて、王妃の居室を出る。持ってきた料理を温め直すことはこの場でできないので、全て持って戻ることになった――まあ、それは仕事なので良いが。
「王妃殿下のご体調について、お伺いしても良いでしょうか」
「少し前から、お風邪を召されているようです。お医者様にかかる必要もない、自然に治ると仰られて……それ以上のことは話せません」
「ありがとうございます。それではまた、何かご用向きがありましたらお知らせください」
俺たちは一礼して踵を返す。そして、あらかじめ案内してもらっていた東の宮の侍女部屋に向かった。
部屋に入ってもリスティはしばらく口を開かず、静かに椅子に座る。プラチナはリスティの肩にそっと手を置き、そして彼女も席についた。
「……ナナセ、マイト。あのアマーリア殿下が、私の実のお母様なの」
「ええっ……って、お姫様っていうことは聞いてましたから、今はなるほどって思ってます。リスティさんを大人っぽくしたような声でいらっしゃいましたし」
ナナセもさすがに王妃に対しては言葉遣いが丁寧だ。一方、俺は慣れないものを着ているからというのもあるが、肩が凝って仕方がない。
「体調不良か……それも、侍女たちもコゼットさんを除いて全員」
「やはりそういうことなのか? アマーリア殿下は……」
「お母様が吸血鬼の眷属に変えられているとしたら……」
「あの場で踏み込むのは難しかった。もしコゼットさんが何も知らないのなら、アマーリア殿下が吸血鬼に変えられたと広まると、彼女の立場が危うくなる」
リスティとプラチナもそれは理解していて、顔から血の気が引いてしまっている。
「……そうなると、あくまで秘密裏にだ。アマーリア殿下が眷属に変えられていると仮定して、俺はいつでも吸血鬼化を解けるように構えておく」
「あっ……マイティさん、『俺』はだめですよ。油断するとふとしたときに出ちゃいます」
「おまっ……こんな時くらい、見過ごしてくれるのが情けじゃないのか……分かったよ。『私』だな」
「しかし全く悟られなかったな……リスティにだけは、少し引っかかるような素振りを見せておられたが」
「私だっていう確証までは持ってない……といいんだけど。このタイミングで私が来てるって知られたら、どうなるか分からないし」
「王家の宝剣を持ち出しているからな。あれが魔族に効果があるならば、おそらくリスティのことは警戒されているだろう」
そしてリスティ自身、魔族の天敵ともいえる技『誓いの剣』を持っている。サテラはラクシャに命じて、リスティのことを探させていた。
しかし、吸血鬼に変えられた者が『あの方』と呼んでいるのはサテラではない。その齟齬がずっと引っかかり続けている。
(眷属の数は減り続けている。王都の中にいるのはこの後宮でおそらく最後……しかし、眷属が主と呼ぶ相手を俺たちはまだ倒してない。なぜ動かない? 何を考えている……?)
「……マイティが言う通り、他の人に知られないように、お母様のことを確かめなきゃ」
「ああ……しかしまずいな。コゼットさんはアマーリア妃から離れられない」
「うむ……このままでは後手に回ってしまう。体調を崩しているという侍女たちのこともあるしな」
「あわわ……侍女の皆さんが敵に回ってしまう可能性もあるんですね。今までは一人ずつだったからいいですけど、多勢に無勢では危ないです」
「お腹がすくポーション……は効きそうだけど、ものすごく血が吸いたくなっちゃったりしたら逆に危ないわね」
ここは敵地だと今こうして確認しているのに、どうにも緊張感が足りない――だがそれもまた、このパーティの良さかもしれない。
「私のレベルが高くなれば、魔族さんたちに効く聖水! ……みたいなものも作れると思うんですけどね」
ナナセの話を聞いて、レベルが上がって『赤の鍵』を生成できるようになったことを思い出す。つまり、三人の『第二ロック』を外せる状態にあるということだ。
第一段階の錠前を開けた状態でも、それぞれ強力な封印技を解放できた。第二ロックを外したらどうなるか――だが、今はどういうわけか『ロックアイⅡ』が発動できない。
(いざという時にしか使えない……のか? いや、薄く見えてはいる……)
前に見えたときはどんな状況だったか。思い出しかけて思わず首を振る――ムーランの実を食べてしまい、三人が風呂に乱入してきたときだ。
(あれが条件としたら……風呂に入ることそのものじゃなく、三人がどんな状態だったかに関係あるのか?)
ムーランとムーンプラムは同じような効果があるが――赤い錠前が見えるようにするために、三人に摂取してもらうというのもどうなのだろう。しかし、錠前を開けて新たな技が解放されるとしたら、それはおそらく切り札になる。
――その時、部屋のドアがノックされた。
『東の宮の皆様、夕食の準備ができました。食堂にてお摂りください』
「ありがとうございます。とりあえず、ご飯にしましょうか」
「まだ仕事という仕事をしていないのに食事が出るというのも気が引けるが、腹が減っては戦はできないな」
「後宮の侍女の人たちって、普段どんなものを食べてるんでしょう……庶民の私では舌がびっくりしちゃいそうですね」
「俺……私もそうだな。豪華すぎないものを普通に食べるのがいい」
「マイト、メイベルさんのお料理が好みなのよね。私も教えてもらってるから、帰ってから作ってあげる」
「おお……それは楽しみだな」
「ふふっ……マイトは素直で良いな。私まで慣れない料理をしてみたくなる」
「私はジュースとかを作る担当でいいですか? リスティさんのお料理の腕前にはかなう気がしませんから」
フォーチュンに戻ったときの話をするのは気が早いかもしれない。しかし、先の話をするのは決意の表れでもある。
必ず目的を果たしてフォーチュンに帰る。あの街には、俺たちの家があるのだから。
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