第五十四話 王都冒険者ギルド
「事件が起きてる場所の地図を見せてもらえますか?」
「はい、どうぞ……君はメイベルさんのとこの人か?」
盗賊ギルド員かということを暗に聞いているのだろうが、それは昔の話だ。
「俺も冒険者をやってます。姉さんには昔世話に……いや、今も世話になってますね」
話しつつ地図を見せてもらうと、すでに事件は十回近く起きている。複数回ずつ、三つの街区で犯行が起きていた。
「場所をばらつかせて特定を避けようってことだろうが、そこまで徹底してるわけでもないな。この街の人間を侮っているからか」
「この三箇所のどこかで事件が起きるってこと? 犯人を捕まえるためには三手に分かれないといけないのかしら」
「いや、方法はある。住民の夜間の外出を禁止することだ。それができれば……」
「町娘に変装して外を歩いていれば、犯人が姿を現す可能性は高い……か。ふむ、理にかなった作戦だな」
プラチナが言う通り、囮作戦であれば住民を巻き込まずに犯人をおびき寄せることができる。敵にこちらの思惑が読まれていなければだが、それはやってみるしかない。
「事件が続いているので、守備隊が夜回りをして夜歩きを取り締まってます。ちょうど今日あたりから取り締まりも厳しくなるはずですよ」
「そういうことなら、囮作戦を決行するなら今夜がいいな」
「じゃあ決まりね。変装する役はどうする? あたしがやってもいいよ」
「メイベルさんだけに危険な役目をお願いするわけにはいかないわ。ここは私が……」
「皆さんが取り合いをしていると、私も参加した方がいいのかと思えてきますね」
「いや、戦闘向きの職業ということであれば私がいいだろう」
「……プラチナ、さっきから乗り気みたいだけどどうしたんだ?」
プラチナは待ってましたとばかりに、胸に手を当てて自信たっぷりに答えた。
「この『白銀の閃光』が、宵闇に紛れて不埒を行う者にお仕置きをする。それは当然のことではないか?」
「す、凄い……そんな二つ名の持ち主だったとは、全く知りませんでした」
「いえ……自称なので、知らなくても大丈夫ではあります」
「待っていろ、王都の夜を脅かす者よ。我が閃光でその姿を照らし出してやる!」
俺が小声で訂正していることに気づかず、プラチナは闘志を燃やしていた――彼女のこの真っ直ぐすぎるところは、見習うべきではあるのだが。
◆◇◆
――王都べオルド中央部 冒険者ギルド――
王都の冒険者ギルドは、フォーチュンよりも規模が大きく、出入りしている冒険者の数も多かった。
すでに日も落ちる時間ということで、冒険者ギルドの様子を見るついでに食事をしようかという話になったのだが――やはりフォーチュンと同じように、うちのパーティメンバーは注目を集めている。
リスティは髪を出していると目立ってしまうかもしれないと、店の中でもフードを被ったままだ。それでも目を惹いてしまうのはどうしようもないが、正体がばれなければそれでいい。
「うぉっ……なんだあの美人だらけのパーティは」
「久しぶりにギルドに顔出して良かったぜ、真面目に働いてみるもんだ」
「このギルドにも可愛い子がいるだろ? ほら、あのいつも棒みたいなのを持ってる……」
「あー、いいよな。なかなか他の奴と組まない孤高なところもいい……おっ、噂をすれば……」
ギルドに併設された酒場は満席に近く、俺たちのテーブルの端が二席空いている――そこに、一人の客がやってきた。
「すみません、ここに座らせてもらっても……あぁっ!?」
姿を見せたのはモニカ――フォーチュン北の村で会った女性冒険者だ。
「あれ、モニカさんじゃないですか」
「そういえば、モニカは王都で冒険者をしてるって言ってたわね。会えて嬉しいわ」
ナナセとリスティが話しかけると、モニカは笑顔を見せる。
「そっかー、みんな王都に来てたんだ。そっちの子は初めてだよね、私はモニカ、冒険者です」
「ボクはウルスラ。丁寧に挨拶してくれてありがとう、可愛い女の子は好きだよ」
「えっ、男の子……じゃなくて、女の子だよね?」
「どっちだと思う? なんてね」
ウルスラは女性と歓談するのが好きだからか、やたら上機嫌だ。モニカは『可愛い』と言われて照れたのか、赤面して自分を手で扇いでいる。
「はー、びっくりした。急にそんなこと言うから驚いちゃった」
「もう一人メイベルって人がいるんだけど、今ギルドの職員と話してる。モニカは王都で起きてる事件のことは知ってるか?」
尋ねてみると、モニカの表情が変わる――今までにない真剣な顔だ。
「夜に起きてる事件のこと? それなら、向こうの掲示板にも緊急依頼が出てるでしょ」
「っ……じゃあ、もう他の冒険者の人たちも依頼を受けて動いてるってこと?」
「そうだけど、実質お手上げね。依頼を受けた冒険者も襲われて、解決に動いてる人はいなくなっちゃった。そんな仕事は守備隊に任せておけ、って言うんだけど、私はそういうの、ちょっと放っておけない性分だから」
「というと……モニカ殿も依頼を受けたということか?」
「ええ。ちょっとここからは、大きい声じゃ言えないんだけど……襲われた冒険者は私の友達なの。私も何か解決する手段がないかと思って、地元の治療師さんに相談してみたんだけど、犯人が何者かが分からないとどうしようもないって」
モニカもまた、吸血鬼の起こした事件に巻き込まれた一人だった。被害者はおそらく血を吸われ、簡単に治療できないような状態になっている。
(エルクを見つけても、ガゼルと同じように俺たちに攻撃してくるかもしれない。それでもこれ以上被害者を増やすわけにはいかない……眷属にされた人数が一定を超えたら、王都はその時点で魔族の手に落ちる)
リスティたちを見ると、頷きが返ってくる――俺たちの事情を話してもいいという意思表示だ。
「俺たちもその事件のことで動いてる。モニカも同じなら、できれば足並みを揃えたいと思うんだが……」
「えっ……マイト君たちも? すごく危険な依頼だから、ブルーカード以上の人しか……」
「まだ昇格したばかりだけど、私たちもブルーカードだから」
リスティがカードを見せる。すると少し周囲がざわついた――王都でもブルーカードは注目されるのか。王都はフォーチュンと比べて高レベルの冒険者が多いというわけではないらしい。
「レベルが上がれば、相応の仕事をしなければならない。それが冒険者たるものだ」
「私も頑張ります! 皆さんよりちょっとレベルが低いので、人一倍努力をしないと」
「……じゃあ、改めてお願いします。私も一緒に手伝わせてもらっていい?」
「勿論。そろそろ夜も近いし、食事が終わったら早速作戦開始だ」
「よろしくね、モニカさん。頑張って王都を平和にしたら、また一緒にご飯を食べましょう」
リスティがモニカと握手をする。続けてナナセとプラチナ、ウルスラも握手をする――俺の番が回ってきて手を握られるが、装備している手袋を外したモニカの手は冷たく、今まで緊張していたことが伝わってきた。
彼女の職業、そして技は何なのか。見たところは戦闘職に見えるが、彼女の手はどちらかというと繊細な仕事をする人間の手だった。
「あら、早速知り合いが増えたのかい?」
メイベル姉さんも戻ってきて、ひとまず全員でテーブルを囲む。
「お、おい……また人数が増えたぞ。それも、モニカちゃんまで同席してる……」
「あれだけ綺麗どころが揃っていて、一人だけ男……いや、待て。逆に考えて、実は女だったりするのか?」
「そう考えるとあのテーブルを見る目も変わってくるな……!」
(ちょっ……さすがにそれはおかしいだろ)
盗賊時代からの癖で俺はいつもフードを被っているので、多少分かりにくいのかもしれないが、それでも女性と間違われるようなことは――無いと思いたいが、『賢者』になってから見た目上は筋肉がついていないので、目に見えて男っぽいかといえばそうでもないのかもしれない。
「ふふっ……あんた、髭も全然生えないしね。勘違いされても仕方ないかもね」
「姉さんまで……からかわないでくれ」
「あ、あの……メイベルさんは、マイト君どはどういったご関係ですか?」
メイベル姉さんと俺が親しげにしているように見えたのか、モニカがおずおずと聞いてくる。俺と姉さんは顔を見合わせ、互いに苦笑いして言った。
「あたしはマイトのお姉さんだよ」
「ただの昔なじみだ」
「おお……何か声が揃ってますよ、このお二人」
「幼馴染みのお姉さんか……その響きにそこはかとないものを感じるのは何故だろうか」
「どういう意味なの……プラチナはそういうのが好きなの? 私もちょっとだけ分からなくはないけど」
「ボクも同意しておくよ。ついさっき疑似体験したばかりだしね」
夢の中で成長した姿になっていたことを言っているのだろうか。一体みんな、俺をどんな目で見ているのか――『賢者』である俺を侮ってもらっては困る。




